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スムースタクシーで青森人気観光スポット廻り!
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書庫巨匠(文学)達の足跡

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きょうまでの基礎を築いてくれた偉大な賢人、
らいむたちの住む、この七戸十和田市を、切り開いてくれたことに感謝しています

こんにちは、5月7日 連休も終わりましたね よかった〜
これでまた仕事できるど〜〜。 連休は病院も休みなもので、ほとんど乗るに
来ません、幸い4件ほど走ったり、観光予約の注文など戴いております、
本当のところ言うと、連休中に小旅行などで、使ってもらいたかったですが、
今年はちょっと寒いですね、今も15℃位だし。体温的に寒いので、難しかったかな
来年に期待します。
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十和田にくれば、市のシンボル、中心街の象徴で、昔から、今も変わらずに、
ここは威容を誇っています、そばを通るとオーラを、いつも感じてました
ただ、中をゆっくり見学するのはこの時が初めて。 広くて素晴らしい、
5年ごとに、お祭りを祝う行事があるようで それはみたことはありません 
このときは、境内で賢人を偲び尊う、イベントが小さく執り行われていました。
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市を流れる一本の川 稲生川 ご存じの人もいますが、十和田地方はその昔
水も流れぬ荒れ果てた原野が広がり、今では、考えられぬほど
人も住めない地方だった様です その原野に十和田湖、八甲田山から流れる川の水を延伸し、人口の川を造り、日本有数の田園地帯にまで成長してくれました、 
十和田市の母なる川、稲生川。
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今のように、作業用工機などのハイテク機械などなかった時代 人々は身を削り、 血の流れる苦労をして、この山にトンネルを掘り、川の水を 敷いてくれました 
賢人は見るに見かねた 当時のこの原野に住む、南部地方の下々の人々のために
壮大なスケールの大工事を、完工してくれたのです
ただ一代では、この工事は終わらず、2代3代と繋いで、今の街ができたようです
すごいですね 今は、この水からできた米や、野菜などで、らいむたちは大きく成長できたことに、感謝しています。
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この崇高,稀なる境内に、お客様をお招きしたい、
去年観光で、市内を案内したのですが、いろいろな問題がおきて、
ここは近寄りがたい雰囲気だったから、 意を決して、廻ってきたわけです
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現在この中には入れません、貴重な資料が保管されているようですが、境内の見学は安心してできます。
十和田の街を切り開いた賢人は、七戸から、毎日寝起きしながら通ったであろう
この街の、この境内に眠り、やがては孫で、世界の賢人までに成りえた方までが
眠っておられることを、僕らは、忘れてはなりません。 



 

海賊と呼ばれた男

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おはようございます。
何度かブログに載せるかなと迷っていましたが 今年の3月に書店で1ページ
ちらっと立ち読みした途端 おもしろい!
後ろの値段をみたら1600円 ちょっと高いかなぁと 迷って少し買い控えたが
あまりにつづきが読みたくて 読みたくて とうとう買ってしまった!
読んだ日数は約三日 息づまる感動と迫力と希望が湧いた!
 
らいむにとっては 近年稀にみる痛快小説
           {海賊と呼ばれた男」! 百田尚樹
今年の本屋大賞を受賞したそうです! 
受賞したことでこの本は100万部を超える勢いになるとの噂となっています
また本屋大賞取った小説は映画化されやすい傾向だそうです。
 
今の時代30代〜40代の男性は0志向の方が多いそうだ
平坦に送れる人生 上がりもなく下がりもない穏やかな人生を送る志向だそう
そんな人生は 面白くもないです 後悔します。 
 
男なら一国一城の主を目指すくらいの人生を歩んでみてもいいではないか!
この本を今の時代に生きる若い男性 もちろん女性の方にも薦めます。
 
小説の主人公は ある石油会社を一代で築きあげた実際の人物です
本に出てくる内容はほとんど本当の事です。
 
涙が出てきます タオルをそばに置かなければ読めません! 
 
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啄木の故郷

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岩手県玉山区渋民  左 旧渋民尋常小学校 右 啄木借家 斉藤家
 
ふるさとの山に向ひて言うことなし
       ふるさとの山はありがたきかな
                              石川啄木
こんにちは 今晩はかな? 16:00すぎたばかりだが外はもう夕暮れ色
きょうは気温上がらず1度から2度くらい、晴れ間の覗く寒い日です
前々から岩手に行く際は画像の場所へ寄ってみようと決意していた
それがやっと叶った。
 
昨日6日 急きょ盛岡までの病院へ入院依頼があり 朝早くお客様をお乗せし
八戸経由で12:30到着無事に送り届け 天気は 雪嵐 暴風の状態だったが
帰りは昼食にと岩手の名物 本場の冷麺を食べたくてあちこち探しましたが
なかなか時間もなく 市内国道4号沿いにある有名店で済ませ 青森へ北上。
 
石川啄木 (本名 石川一) 明治19年2月20日僧侶の子として生まれる
 
らいむは啄木の歌集や詩はほとんど知りません
 ただ現代の世界にも通じるような詩、歌集を残していること
青森県にも歌碑があり また縁のあることから いつかは見ておきたいと。
 
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旧渋民尋常小学校内にあるオルガン 木製のオルガンは今はあるのでしょうか。
このオルガンがる教室で啄木は子供たちに教えていたそうです
 (啄木はこの学校で代用教員として20歳頃より勤務)
 
(17:20大きな地震が三陸沖でありました ドコモの緊急メールからの発信です。)揺れが大きいのでひとまずこの記事は次回にいたします。  
 
 

和井内神社

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十和田湖大川岱桟橋から 左御倉半島(奥は十和田三山)右中山半島

らいむだよ 暑くなってきたなぁ 七戸十和田市は25℃でした 南の方はもっと気温がたかいでしょうね 十和田湖の涼しい画像でも観て下されば少しは癒されるでしょう
ここは秋田県側 十和田湖内各ホテルへ福祉タクシーの宣伝営業で廻ってきた
先週の画像です きれいな場所でした 大きなホテルが近くにあるのは最近まで
わからなかったので廻ってきたわけです
ここは大川岱という町、 なかなか休屋ほど大きくはないけれど避暑地としては
良い所。
らいむはここに以前から気になっていた神社を探す為の目的もあってきたわけです
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明治の中頃(明治二十二年頃)まで十和田湖は魚一匹住まない湖だったそうだ 
(十和田湖から流れる奥入瀬川には あの銚子大滝がある為、魚が入ることは
不可能。)
広い大きな十和田湖に今はヒメマス、鯉 鮒、色々あって豊かな湖となっているけれど、この神社には 十和田湖に多大な恩恵をもたらしたとても仲の良かった二人の
御夫婦が祀られています、
和井内神社 御神体 和井内貞行 カツ子夫婦
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十和田湖を世に広く売り出したあの大町桂月が初めて来湖したのは明治41年頃
この神社の御神体 和井内貞行公はそれより前 それまで魚が棲む事ができなかったこの十和田湖に苦節22年の末、今は十和田湖といえば「ひめます」と言うくらい有名な魚の養殖に成功した、本当の十和田湖の恩人 この方の偉業なくしては
今の十和田湖はなかったのではないだろうか。
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和井内貞行 カツ子御夫婦が祀られる和井内神社 最初の名は勝漁神社
カツ子のカツ→勝と十和田湖の漁からきている
和井内夫婦は慈しみの愛で凶作続く湖畔の多くの方に十和田湖ヒメマスを分けて
あげたそうです、
ヒメマス養殖が成功するまでの22年もの長い間、和井内家はそれまで罵倒 軽蔑 酷い時は石ころまで投げ出され、十和田湖に魚など棲めるわけなどないと
呆れかえる湖畔の住民からは殆ど相手にされなかった。

恨み返さず住民の幸せの為にとヒメマスを分け与えてくれた和井内夫婦の
恩に報いる形で、この神社はここ十和田湖の守り神として今も湖に向かって鎮座していました。
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この山は間違いでしたら申し訳ないのですが 鉛山?
大川岱の桟橋より撮っています、すばらしい眺めでまた来たくなる処、ここで釣りなどしながらのんびりしたくなってきた。
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十和田湖の巨匠 和井内貞行公と写真はないけどその妻カツ子様
今、十和田湖に障がい者様の観光福祉タクシーを案内、営業してまだ2年ほど、
とてもこの夫婦のような22年もの長い苦労などには及びもしないけれど、
こういう先人がいたればこそ、これからも勇気を持って仕事は開拓して行きたい。

イメージ 7和井内神社を知って
良かった、



今週は青森に行って営業
してみよう
出来ることから前に進めて
行けば何か見い出されること
あるかもしれない。



いつもその調子でらいむはやってるから  ワォン!


七戸 旧正負ける日

らいむだよ
2月4日 5日は七戸町旧正負ける日でした。いつものとおりらいむは街に繰り出し
和菓子屋の手伝いをしながらチラシ配りをしていた。もうこういう風にしてから1年以上経っている、お金もかけれないからチラシ宣伝はダイレクトでする他にないのだが、チラシをまいて需要が上がればいいけど なかなかこれもあがらないよ。
でもこれしか今のらいむにはできまへん ワォン!
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らいむの小さい頃は夜の午前0時から売り出されてこの通りは歩くことができない
ほどの人混みで賑わっていました。今はひっそりとしながらもそれでも来てくれる
お客様がいるからお店も頑張れる1年に2日ほど行う冬の商店街イベントなのです。
七戸町旧正負ける日は300年の歴史がある、
そしてこの通りにはあの行脚の鉄人こと大町桂月が足跡を残しています。
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 旧盛喜酒造店ビル 
大町桂月は晩年を蔦の温泉で暮らしましたが 亡くなる前の大正14年5月23日
蔦を出発してこの町に滞在していたのです わざわざここのお酒を飲むために。
七戸町はいわずと知れた銘酒の里 八甲田山から湧き出る泉の水とここで育んだ
米ができあがる最良の地帯なのです。
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身を代えて 樽にならばや 倉の中 一百石の酒を湛(たた)へむ 大町桂月
 
もうこのモニュメント石碑を見かける人は少なくなったようだけど十和田湖認定ガイドのらいむとしては大事にしたい町の財産としてこれからも守って行きたいと思って
います。
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七戸町の銘酒 駒泉
お酒の強いm○○○ちゃん!一回飲んでみて!口に含めば青森の八甲田山から
清い清流がお口に広がりますよ、これ飲めば青森七戸がわかります。
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駒泉とならぶ七戸盛庄酒造店の兄弟ブランド銘酒 作田
青森県内はもとより全国でも人気のあるお酒なのです。 わざわざ地方からここへ
買いに来る位のおいちいお酒なのです。 らいむはこの作田が気にいってます。
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イベントを盛り上げるために雪像コンテストを出品していました 
わかりますか? なでしこジャパンの沢選手だよ 
らいむは意地悪ばあさんに見えたけどイメージ 7
屋根から落ちた雪山だ
もうここの雪ドカシは4回目
ドカサないと窓ガラスが割れるので。
4回もドカシた事は初めてだ。
こんなに積もっているけど
まだ大雪は続くだろうな
 
もういやになってまうでぇ〜 
ワォン!

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