今は昔の巷間日記

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美少女ブームの火付け役となった”ゴクミ”こと後藤久美子さんと”りえちゃん”こと宮沢りえさん。誕生年は早生ま

れの”ゴクミ”が1 年遅いものの同学年の二人は早くからオーディション会場で顔を合わせていたのだとか。実際

に同じCMに出ていたこともあり実生活での交流もあったようです。その愛らしくもどこか大人っぽい雰囲気は”国

民的美少女”と”初代リハウスガール・白鳥麗子”の面目躍如 と言ったところでしょうか。その後数々の映画やドラ

マで活躍されたお二人ですが歩んだ”人生の道”は大きく違ったようです。                                                                               


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17歳で”ふんどしカレンダー”、18歳で”ヘアヌード写真集”とアイドル絶頂期での作品発表がセンセーショナル

な話題になった”リエちゃん”。更に19歳で当時実力・人気ともに絶頂の貴花田との”ビッグカップル”婚約発表。


そしてわずか2ヶ月後の婚約解消。これら全てがマネージャーでもあったリエママの「女優・宮沢りえ育成構想」

によるものだと報じられ”母の操り人形”との陰口も公然とささやかれ、母子共々つらい日々を送ったようです。

更に自殺未遂、激やせ、芸能活動休止と波乱万丈。様々な困難を乗り越え、今は女優としての確固たる地位を

確立。特にそのしっとりとした和服姿にはしつこくない自然な色気も滲み出ていてハッと息をのむほど。大人の

女優としての道を着実に歩んでいるようです。

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一方のゴクミこと後藤久美子さん。こちらは美少女のイメージに似合わぬ自由奔放な発言で業界内では”生意

気”との評判もあったとか。そんな面倒を嫌ってなのかどうか、自己主張する事が敬遠されがちな日本社会での

生活をあっさり捨てて、当時離婚調整中だったイタリア系フランス人のF1レーサー、ジャン・アレジ氏との生活を

選んで早々に芸能界を引退。現在は3人のお子さんを設け正に”思った通りの我が道を行く。たまにCMやモデ

ルの仕事で日本に戻って来ているようですが、ご本人は”専業主婦”を公言し”女優”の仕事をするつもりは一切

ないと宣言しているのだとか。かつての”国民的美少女”は今や”国際的セレブ美人”に変貌と言う訳ですね。
            
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そんな後藤久美子さん。かつて人気の映画「男はつらいよ」シリーズでは寅さんの甥っ子・満男のマドンナとし

て登場。シリーズ終盤の盛り上げに大いに貢献しました。満男の高校のブラスバンド部の後輩として可憐な女

子高生姿を披露したのが15歳当時。

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そして21歳当時の、その後の渥美さんの死によって実質最後のシリーズ撮影となった48作目では金襴緞子の

美しい花嫁姿を披露しており、この6年間での女性としての成長ぶりも興味深いところ。実生活でもこの頃既に

ジャン・アレジ氏と交際しており共演者の事後談によると撮影現場にも伴って来ていたとか。  

やはりちょっと型破りな”飛んでるアイドル”だったようです。       
                                                                                                                    
          

イメージ 11974年に制作され日本でも劇場公開された「ザッツ・

エンターテインメント」。ハリウッドの映画会社”メトロ・

ゴールドウィン・メイヤー(Metro-Goldwyn-Mayer Inc.

)通称MGMが創設50周年を記念して、当初はテレビ

の特番用として製作されたと言いますが、そのあまり

の出来栄えの良さに試写を見た幹部が劇場公開を決

めたのだとか。更にこれを知ったジーン・ケリーが声を掛けフレッド・アステア、ビン

グ・クロスビー、エリザベス・テイラー、ミッキー・ルーニー、フランク・シナトラ等そうそ

うたるスターたちがプレゼンターとして登場する事になり、”70年代中盤当時既に低

迷期に入っていたミュージカル映画に再び注目を集めるきっかけになったそうです。

とは言え登場するスターたちは既に高齢化し、放置されたま長年使用されずにいた

野外セットは雨ざらしに荒れ果て、隔世の感は禁じ得ません。時代の流れの残酷さ

を垣間見た気がしました。そして翌年続編として製作されたのが「PartⅡ」。ここでは

前作で紹介しきれなかったミュージカル・シーンに加えコメディーなども紹介。正にM

GMの”プライベート・ビデオ”の感?更に前作に続いてプレゼンターとして登場したケ

リーとアステアがスタジオ内に作られたセットで歌って踊り、ミュージカル仕立てで

「ミュージカル」を紹介していく。当時64歳と76歳だったと言う彼ら、「立ってしゃべっ

てるだけじゃ我々はもう動けないと思われてしまうよ」とのアステアの提案だったと

か。正に夢を売る商売の面目躍如と言ったところでしょうか。

ところでこの「PartⅡ」で異彩を放ったのがボビー・バン。ダイナミックかつ繊細なス

テップを披露する二人の大御所と違ってただ街中を飛び跳ねて笑顔を振りまいてい

るだけ。途中街中の様々な人々と関わり合って最後は集まった全員で見栄を切るそ

の図は、ジュリー・ガーランドとミッキー・ルーニーのいわゆる「裏庭ミュージカル・シ

リーズ」のエンディングそっくり。正にこれぞMGMスタイルと言うところでしょう。ただ

についての情報はネットで見ても少なく「音楽の才能のある俳優」と言う程度。バ

ンドの中でトランペットを吹いている時にたまたま披露した歌と踊りが喝さいを浴び

ハリウッドに登場するようになったとか。でももうひとつ・・・アスリートとして”ハード

ラー”の才能も見たかった気がしないでも・・・

       
           

あの時みんな若かった


東京オリンピックの翌年。中学校の教室で夕べ見たテレビの話を友人としていまし

た。「なんかやらしかっやなぁ〜」。私が取り上げたのは当時それまでなかった学園

ドラマ。雨の中を何かの罰として走らされる高校の生徒たち。「男子は上半身裸にな

れ!」と言われると「男だけ裸と言うのは不公平じゃないですか。女子も同罪で

しょ?」とにやけて言う男子生徒に「馬鹿野郎!お前たちは女生徒にに対して男と

ての思いやりがないのか!」とアメリカ帰りの熱血先生に一括された場面。すると

ろからクラス委員の女子が「いい番組じゃないの。面白かったわ」とニコリともせ

顔で言い放って行ってしまったのです。あっけにとられた私と友。、しばらく無言

で彼女の後姿を目で追っていました。

「青春とはなんだ」は石原慎太郎さんの小説。その後人気が出て継続されるに従って

脚本が広がって行き原作から原案になって行きます。その次の「これが青春だ」

は文字通りこれをモチーフにしたもの。これが小説として書かれたかどうかについ

て、私は知りませんがその脚本家の中に倉本聰さんの名が連なっていたのを発見し

た事はちょっとした驚きでした。
 

     

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学生時代、私の青春の大部分はキャンパスと三ノ宮

周辺にありました。キャンパスの友人との付き合いの

他に三ノ宮で別の大学へ通う友人と会う事も・・・。実

はこの友人、出会ったのはアルバイト先なのだがなん

と高校の同窓生。3年の時にお互いの高校が合併し

統合されたと言う訳で、お互いの存在は全く知らず1

年間を過ごし卒業した訳である。さらに知り合ったの

が私が大学2年で彼が1年の時。「年下のくせに随分ぞんざいな口を利く生意気なやつだ」と思っていたら一浪

だって・・・。結局その後3年間の付き合いの中で最も大事な友人の一人となったのである。当時勿論”携帯”など

まだない時代。連絡はお互いの自宅の黒電話か、会って分かれる前に決めておくしかなかった。待ち合わせ場

所はいつも三ノ宮駅の西口改札口前。当時伝言手段として活用されていた”伝言板”には書き切れないほどの

多くのメッセージが。「○○ちゃん先に行って待ってる」「どこどこにいる」。中には「○時まで待った。また電話す

る」などと言うものも・・・。伝言板の欄外には”2時間以上経過した伝言は消去します”と言う駅側からの警告が

書かれており、伝言した時間を表示しておくのもルールになっていたようです。ただ私も彼も時間には割と几帳

面でお互いに5分以上遅れる事はまずなかったと記憶している。そんな彼に誘われて学生時代初めて行ったの

が三ノ宮駅近くにあった映画館”ビック”。当時学割で二本立て300円ぐらいだったか・・・?。これはお金のない

学生にとっては強い味方。その後一人でもたびたび通うようにもなり「イージーライダー」「ウッドストック」「禁じら

れた遊び」「俺たちに明日はない」「パピヨン」等、多くの名作や話題作を見た思い出の場所。ネットで調べてみる

と今もスクリーンを飾り、昔の映画館の雰囲気を残しながらレストランとしてし営業しているとか。次回帰省した際

にはちょっと立ち寄ってみるかな・・・
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男はつらいよシリーズ、1981年公開の「寅次郎紙風船」。若い岸本加世子さんのはつらつとした演技と渥美清
 
さんの酔っ払いの演技が秀逸で何度か繰り返し見ている私の好きなシリーズの一つ。先日またまた録画映像を
 
見ている内、このシリーズのマドンナ音無美紀子さんが仲居さんをつとめる旅館を寅さんが訪れるシーン。今ま
 
で何気なく見過ごしていたこのシーンで、はっと思い立って中学の卒業アルバムを取り出して見ると・・・
 
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箱根・東京方面を巡った修学旅行の写真の中に東京での宿舎が写っています。小さな路地を入った奥にひっそ
 
りとたたずむ純和風のたたずまいの旅館の看板には”章文館”の文字。
 
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比較して見ても私たちが訪れた15年後に撮影されたこの界隈の風景と殆んど変化がない様に見受けられま
 
す。「正にここがそうだったんだなぁ・・・」とちょっと感慨に・・・。但し300人の生徒と先生はは実際にはこの近辺
 
の数件の旅館に分かれて泊まったのですが、さて私が泊まったのはここだったのか・・・?今となっては確かめ
 
る術はありません。

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