学生時代には吹奏楽部でホルンを担当。今でもドラムを演奏するときに緊張することは少ないが、ホルンを吹く
ときは緊張し恥ずかしくなることもあるという。
1972年、フォークグループ「赤い鳥」に参加。また、1986年には渡辺香津美との全米ツアー、1987年には国際交
流基金によるアフリカツアーを行った。
その後は、ジャズ、ロック、J-POP、歌謡曲などジャンルを問わず、国内外でセッションドラマー/スタジオ・ミ
ュージシャンとして活躍。セッションドラマーとしては日本で最も有名な人物であり、最盛期には年間ライブ本
数200本以上、1日に複数のアーティストのレコーディングを担当することもあったほどの人気を誇る。ドラマー
として参加したアルバムは1万枚を超えるといわれており、ビーイング系歌手、近藤房之助と2枚のカバーアルバ
ムを出したことがある。また、PONTA BOXで活動を共にした水野正敏が、野村義男と結成したユニットJARGONの
アルバム「JARGON」(1999年)にもゲスト参加。
1998年発表の活動25周年記念アルバム「Welcome To My Life」と、2003年発表の活動30周年記念アルバム「マ
イ・プレジャー」には、それぞれ日本を代表するアーティストがゲストとして多数参加しており、セッションド
ラマーとしての幅の広さを伺わせる。一方でテレビへの出演は少なく、以前は新堂本兄弟に出演していたが、同じ
ドラマーの屋敷豪太を迎えることになってからは出演していない。
村上がジャズドラマーとして、自己のバンド「PONTA BOX」(ポンタ・ボックス)を結成した。村上と佐山雅弘
(Pf) と水野正敏 (B)の3名で結成し、1994年にアルバム「PONTA BOX」を発表。以後、モントルー・ジャズ・フ
ェスティバルに出演の他、1999年までに8枚のアルバムをリリースしている(途中でベースはバカボン鈴木に交
代)。活動休止の後、2004年には若手ミュージシャンの石村順 (b)、柴田敏弥 (p & kbds)と新生PONTA BOXを結
成し、「NEW PONTA BOX」をリリースした。PONTA BOXのアルバムは、愛称の“ポンタ”にちなんでか、タヌキの
顔のイラストがトレードマークとなっている。
一方、2000年には村上・佐山と村田陽一 (Tb) の3人でオリジナルレーベル「3 VIEWS」を設立。3人でのアルバ
ム制作の他、相互のソロ活動に参加するなどしている。2000年以後はPONTA BOXも3VIEWSからのリリースとなっ
ている。
【エピソード】 一番好きなドラマーは元ビートルズのリンゴ・スターだという。 かつて細野晴臣経由で来日
中のマイルス・デイヴィスからのオファーが来たが「はにわオールスターズ(仙波清彦)」のライブシューティ
ングの仕事が入っていた為(もちろん師匠が絡む大事な仕事なのでキャンセル出来ず)やむを得ずオファーを断
り、現在となっては本当に惜しまれるが(もし実現していたら…が容易にできるので尚更)日本人にとっての夢
の共演は実現しなかった。
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市川 秀男
(いちかわ ひでお、1945年2月20日生 )
日本のジャズ界を代表するジャズピアニスト&作曲家。スウィング・ジャズからモダンジャズ、アヴァンギャル
ド、コンテンポラリーまで幅広い演奏スタイルを持ち1960年代から今日に至るまで多方面で活躍している。静岡
県出身。
小学生からピアノを始め中学3年の時に上京し国立音楽大学付属高校に入学し作曲を学ぶ。在学中からプロのミ
ュージシャンとして活動を開始。1966年10月『ナウズ・ザ・タイム/宮沢昭』でレコーディングデビュー。同年
より当時人気絶頂のジョージ大塚(ds)トリオに参加し一躍ジャズ界から注目される。同トリオのアルバム「ペー
ジ1」「ページ2」「ページ3」の他、ロイ・ヘインズ、クリス・コナー、ジャック・ディジョネットらとの共
演盤や、日野元彦、峰厚介、松本浩、日野皓正、菊地雅章、増尾好秋、等のアルバムへの参加により日本のジャ
ズシーンで不動の地位を築く。
70年、初リーダー・アルバム「ホリデー」(ローヤルレコード/後にヴィーナスレコードより再発)リリース。同
年10月より日野皓正グループに参加。72年、ジョージ大塚トリオを退団し自己のトリオによる演奏活動を開始。
76年よりジョージ川口率いるザ・ビッグ4に参加。79年、ダイレクト・カッティングによるアルバム「ダイレク
ト・ピアノ」(CBSソニー)リリース。80年、富樫雅彦、鈴木勲と共にユニット「トリニティー」を結成し「ワン
ダーランド」「微笑み(スマイル)」の二枚のアルバムを発表。近年も精力的にアルバムをリリースし、富樫雅
彦、斉藤ねこ、中川昌三、村上秀一、赤松敏弘、五十嵐一生等との共演も行っている。 作編曲家としての活動
は映画音楽、テレビドラマ、劇場音楽、CM、スタジオ等膨大な数の履歴がある。
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吉野弘志
1955年広島生まれ。高校時代よりベーシストを志す。
1975年に東京芸術大学器楽科に入学、在学中より明田川荘之(piano)トリオのメンバーとしてジャズ・クラブに
出演するようになる。1980年、坂田明(sax)トリオに参加、翌年には同グループでヨーロッパ・ツアーをおこな
う。以後、加古隆(piano)とのデュオ活動、富樫雅彦(percussion)トリオ、板橋文夫(piano)トリオ、山下洋輔(p
iano)パンジャ・オーケストラなど数多くのグループに参加する。
ジャズ・フィールドのみならず、現代音楽の分野での活動も活発で、高橋悠治(piano-composer)、三宅榛名(pia
no-composer)、吉原すみれ(percussion)等ともしばしば共演、1985年には、故・武満徹プロデュースの" MUSIC
TODAY "に出演、さらには1989年、1993年、1995年と三度にわたって「八ヶ岳高原音楽祭」に参加、2006年の東
京オペラシティでの武満徹トリビュート・コンサート"SOUL TAKEMITSU"にも出演した。
1991年よりは、日本の先住民族であるアイヌのアトゥイ氏率いるアイヌ詞曲舞踊団『モシリ』の一員として、コ
ンサートやCD作品に出演する。また、海外での公演も活発で『坂田明・微塵子空艇楽団』の中央アジア・ツアー
(1994年)、『Asian Fantasy Orchestra』の東南アジア公演(1995年)、『金子飛鳥ユニット』のパリ公演(2000年、
2001年、2002年)、『一噌幸弘グループ』のパリ公演(2002年)、『塩谷哲トリオ』のパリ公演(2003年)、中東・
ギリシャ公演(2004年)、『金子飛鳥ユニット』の北アフリカ公演(2005年)などに参加する。
音楽以外のジャンルのアーティストとのコラボレーションも盛んで、愛知芸術文化センター主催の" 舟の丘、水
の舞台 "(1996年)での委嘱作品の発表、天児牛大演出による加古隆の" 色を重ねて "(1997年〜)への出演、
ニューヨーク在住の振り付け師・中馬芳子が主宰する『Unfinished Symphony』のアメリカ、東ヨーロッパ公演へ
の参加などがある。尚、この公演を機会に『Unfinished Symphony』の日本側プロジェクトとなる『Unfinished
Symphony Japan』の設立にも参加する。
現在は、ベース・ソロと、『彼岸の此岸』{メンバーは太田惠資(violin)吉見征樹(tabla)}を活動の中心に、
自らの民族楽器としてとらえているウッドベースの可能性を追究すべく、賈鵬芳(二胡)、張林(揚琴)などの中国
の演奏家をはじめとして、アジア、アフリカ、ヨーロッパなどの世界各国のミュージシャンとの様々なセッショ
ンを試みている。他に、『金子飛鳥アコースティック・ユニット』『塩谷哲トリオ』『一噌幸弘グループ』『坂
田明・ケストラダマシ』他のグループでベーシストをつとめ、さらには、大貫妙子、畠山美由紀、クミコ等のヴ
ォーカリスト、覚和歌子等の詩人とのセッション、レコーディングなどでも、独自の悠然とした懐の深い演奏を
聞くことができる。
さらに、2003年からは西荻窪・コニッツを会場に、作家の山田詠美、奥泉光との " 朗読と音楽 " のライヴをス
タート、この密かに行われている異色のセッションは毎回熱心なファンの待望するところとなっている。こうし
た演奏家としての活動に加え、近年は作曲活動も活発で、中でも金子飛鳥との共同作品「Unfinished Symphon
y」はニューヨークの「1998 Bessie Award・作曲家賞」を受賞している。リーダー作品に「泣いたら湖/吉野弘
志・モンゴロイダーズ」<メンバーは林栄一(as)、加藤崇之(g)、小山彰太(ds)>(2002年/ohrai)と、ベース・ソ
ロアルバム、「on Bass」(2004年/rinsen music)がある。