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ニュース解説 (前屋毅=ジャーナリスト)nikkeiBPnet 「タクシー法」施行は誰のためか 2009年10月7日 この10月1日に「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」(タクシー特措法)が施行になった。小泉政権での規制緩和から規制強化で、右へ触れた振り子を左に振るような策だ。果たしてこの法律が、タクシー業界の活性化・消費者の利益につながるのか検証してみよう。 ■規制緩和から規制強化へ 去る9月15日午前、初乗り料金が500円の「ワンコインタクシー」を展開する大阪の12社が国土交通省近畿運輸局を訪れ、抗議文を提出した。10月1日に「タクシー特措法」が施行になることで割安運賃での新たな営業が許可されない状態が想定されるため、「消費者の支持を無視している」と主張している。 小泉純一郎政権の規制緩和路線で、タクシーの新規参入や増車、運賃への規制を緩和する「改正道路運送法」が施行になったのは2002年2月のことだった。この規制緩和を受けて事業者数も車両数も増え、さらにワンコインタクシーなどの登場で低料金への圧力も増した。 このため、「地域によっては、収益基盤の悪化や運転者の賃金等の労働条件の悪化等の問題が生じ」るようになったことが「タクシー適正化・活性化法」をつくった理由だと国交省は説明している。小泉改革で緩和された規制を再び強化することでタクシー事業者の収益基盤を改善し、運転者の賃金など労働条件の悪化を防ぐのが「タクシー特措法」の狙いというわけだ。 ■規制緩和とは何だったのか 規制緩和によってタクシー運転者の労働条件は確かに悪化してきた。国交省が今年2月にタクシー特措法について記者発表した際に配布した資料は、それを如実に示している。 「全国のタクシーにおける日車営収等の推移」のグラフには、「日車営収は平成7年と比較して、▲8007円 ▲21.2%」と特筆されている。「日車営収」は1台あたりの1日の営業収入のことだ。それが平成7年(1995年)と比べて、平成18年(2006年)は8007円の減。割合では21.2%減になっているというのだ。 そして「タクシー運転者と全産業男子労働者の年間賃金の推移」のグラフでは、平成19年(2007年)におけるタクシー運転手の年間賃金は全産業男子労働者に比べて全国で212万円も少なく、東京では格差はさらに広がって243万円と記されてある。 ただし、小泉政権下で規制緩和が行なわれたのは2002年だ。そこで前年の2001年と比べてみれば、日車営収で1248円の減でしかない。同じく規制前の2001年のタクシー運転者と全産業男子労働者の年間賃金格差も全国で222万円、東京で247万円である。規制前と後とで確かに格差は広がっているが、国交省の資料が強調するほどではない。賃金格差は、規制緩和前と比べて縮まっていることになる。 こうした数字だけを見れば、タクシー特措法の施行によって規制緩和から再び規制強化となっても、大きな変化は期待できないように思える。タクシー業界の収益基盤が悪化していることや、タクシー運転手の収入が全産業労働者に比べて大きく下回っていることも事実である。どうにかしなくてはならない緊急の課題であることも間違いないことだ。しかし、その解決にタクシー特措法が大きな役割を果たせるのかどうか疑問というしかない。 ■誰のための策なのか タクシー特措法は、全国一律に適用になるわけでもない。正式な法律名に「特定地域における」と明記されているように、「供給過剰の進行等によりタクシーが地域公共交通としての機能を十分に発揮できていない地域を『特定地域』として指定する」ことになっている。 しかしタクシー特措法がタクシー業界の基盤強化、タクシー運転手の生活向上につながっていくのなら、全国で適用してしかるべきだ。それが特定地域に限られるということは、タクシー特措法がタクシー業界を活性化するための根本的な策ではないことを国交省自らが認めているようなものだ。 もっとも、霞ヶ関で重視されるのは「一貫性」である。前策を否定することは官僚の能力を否定することになり、そのため官僚は前策を否定したがらない。次の策も、前策の延長上にあるというかたちを採りたがる。タクシー措置法が全策を全面否定しないで、一部の地域での適用としたのも、そうした霞ヶ関の「性」においては一貫しているのだ。ただし、タクシー特措法の施行によって国交省の権限だけは確実に大きくなる。 タクシー特措法が適用になる特定地域を指定するのは国交省大臣の権限だ。特定地域に指定されれば、地方運輸局長、地方公共団体の長、タクシー事業者、タクシー運転者、地域住民等の地域の関係者で協議会を組織し、タクシー事業の適性化及び活性化を推進するための計画を作成する。台数や料金についての枠を決めるわけだ。これに即した取り組みを実施する計画をタクシー事業者はつくらなければならないが、それを認めるかどうか決めるのも国交省大臣なのだ。つまり、台数についても料金についても国交省の認可が必要になる。国交省の権限復活だ。 ■根本的な改善につながらない可能性は高い タクシー特措法が消費者の利益を損ねるという意見がある。冒頭で触れたワンコインタクシー業者も、そう主張している。確かにタクシー特措法による特定地域では、規制緩和によって料金を下げやすくなっていたものが、「適正化」の名の下に認められにくくなる可能性は高い。 しかし、規制緩和が消費者の利益につながったわけではない。ワンコインタクシーをはじめとして低料金タクシーは登場したが、ごく一部にすぎない。規制緩和になっても大半は料金を下げなかった。これでは利用者が増えるわけがない。その一方で台数ばかりが増えたために競争は激化し、タクシー事業者の利益基盤は弱まり、タクシー運転手の収入も増えないということになってしまったのだ。そして2007年12月3日から東京で初乗り料金が660円から710円に引き上げられるなど、全国で料金値上げが相次いだ。規制緩和は、むしろ消費者の利益を損ねたことになる。 タクシー特措法が施行になれば、タクシー台数は減ることになる。それが消費者にとって不利益かといえば、必ずしもそんなことはない。現在でも空車で走っているタクシーはたくさんあり、バブル時代のように繁華街でもタクシーがつかまらないということなど、まずない。タクシーの数が現状より減っても消費者が困ることはないのだ。 競争激化のなかで低料金タクシーも思った以上に増えていないのが現実で、それだけに消費者が不利益を感じることはあまりないといえる。タクシー特措法が施行されても、あまり消費者には関係ないというわけだ。台数が減って競争が少しでも緩和されたとしても、利用者が増えないなかでは、タクシー特措法がタクシー業者の利益基盤の改善に大きく寄与するとは思えない。 重要なのは、利用者を増やし、低迷しているタクシー業界の構造を根本的に建て直す策である。たとえばワンコインタクシーは、ハイブリッド車を導入することで燃費効率を上げてコストを削減することで低料金を実現している。全タクシーにハイブリッド車を導入すれば、料金を下げられる可能性があるのだ。そうすれば利用者も増え、タクシー業者の利益基盤もタクシー運転手の生活も安定する可能性はある。 そうした根本的なところを改めようとしないで、自分たちの権限によるコントロールという範疇でしか考えられない国交省の発想こそが問題なのだ。タクシー特措法もそういうものでしかなく、タクシー業界のためにも消費者のためにもならない策に終わる可能性が高い。
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