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5月18日(金)
『Groovy スペシャルJAZZ ライブ!!』
山本 剛 ピアノ
水橋 喬 ベース
鈴木道子 ヴォーカル
open6:30pm start7:30pm 前売 4,500円 当日 5,000円
問い合わせ;Jazz square Groovy 長野市北石堂町1398 tel.026-227-0480
【山本 剛(やまもと つよし)】ピアノ http://robinkikaku.co.jp/tsuyoshi_yamamoto/
1948年3月23日、新潟県佐渡郡相川町に生まれる。
すぐに佐渡島より新潟に移り、小学生の頃からピアノを弾き始める。
高校生時代、アート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズの生演奏の虜となりジャズ・ピアノを独学で習得する。日本大学経済学部に入学するが、その時の選伐で世田谷校と三島校があったが、田舎から出てきたばかりで土地がわからずに世田谷は東京の外れにあると思っていたので、思わず三島校を希望してしまい、一年間は静岡県の三島で下宿生活をしましたが、私の音楽人生で多大な影響を与えた時期でした。
の後、妹が国立音楽大学に在学していた為、多摩地区の東中神にも住んでいました。そして千駄ヶ谷、仙台坂と現在は芝公園に移り住んでいます。
1967年、日本大学在学中、19才でプロ入り。ミッキー・カーティスのグループを振り出しに英国〜欧州各国を楽遊。
1974年、レコード・デビュー(「ミッドナイト・シュガー」TBM)。スケールの大きなブルース・フィーリングとスイングするピアノがファンの注目を集め、続く「ミスティ」(TBM)が大ヒット、以後レコード各社より数多くのリーダー・アルバム、共演アルバムを発表、人気ピアニストの地位を確立する。
1977年、アメリカ、サンフランシスコ、モンテレー・ジャズ・フェスティヴァル出演。
1979年、スイス、モントルー・ジャズ・フェスティヴァル出演。大好評を得、その後渡米、1年間ニューヨークで音楽活動を行う。
帰国後は、六本木のライヴ・ハウス"ミスティー"でハウス・ピアニストとして活動を再開。 笠井紀美子、安田南等ヴォーカリスト達と共演する一方、ディジー・ガレスピー、カーメン・マックレイ、サム・ジョーンズ、ビリー・ヒギンズ、エルビン・ジョーンズ、ソニー・スティット、スティーヴ・ガッド、エディー・ゴメスetc. 多数の本場ミュージシャンと共演。
その間、英国のバタシー・パーク・ジャズ・フェスティヴァル、ニューヨーク独立記念日ジャズ・フェスティヴァル、コンコード・ジャズ・フェスティヴァル等に出演。
TV番組「リュウズ・バー(村上龍構成、出演)」の音楽を担当するなど各方面で活躍。
最近はオーディオファンの方と交流する機会が増え、改めて我々のアルバムを隅から隅まで熱く聴いて頂いている事を知り、新しい発見をさせて頂いて居ります。益々オーディオファンの方々の為にもいいアルバムを造っていきたいと思っております。
【水橋孝 (みずはし たかし)】ベース http://www.geocities.co.jp/Hollywood/3273/index.html
1943年3月2日生まれ
独自のテクニックと楽才に恵まれ,日本はもとより、アメリカ、ヨーロッパのミュージシャンの間で評判が高い。世界的レベルの日本人ベーシストであり、水橋孝というよりも”GON.MIZUHASHI”のほうが通りがよい。(GONとは彼のニックネームである。)
GON MIZUHASHIを有名ならしめたのは、バッキングの正確さとともに、SOLOにおけるADLIBにみせる才能が抜きん出ているためであり,コラボレーションを崩さずに十分に自己を表現する能力と技量が何よりも高く評価されていることである。 特に、水橋がどんなにすばらしいプレーヤーかを証明するものに、外国のアーティストからコンサートツアーや、レコーディングのメンバーに名指ししてくることにある。
水橋のことを『日本人の最もソウルフルな男』と称したのはハービー・ハンコックで、ハービーはGONのブルースフィーリングの素晴らしさを賛えて『BLUES FOR GONSAN』の1曲を彼に与えた。また、BASSの巨人ロン・カーターは、一緒のステージで共演した際、非常に感動し、水橋をステージの袖で待ち受け『YEAH!WONDERFUL MEN』と言いながら、水橋の手を大きな両手で握り締め、周囲を驚かせた。そして水橋のベースを『世界中で一番自分の音楽を持つベーシスト』と評して、ミッキー・タッカーは、レコーディングのために自費で水橋をニューヨークまで呼び寄せた。
この他、アーチー・シェップは彼と三ヶ月に及ぶ、ヨーロッパのコンサートツアーのメンバーに招聘したことなど、GON MIZUHASHIの技量を求めて、グループ参加を誘う人々は枚挙にいとまがない。
レコーディングにおいても、前記ハービー・ハンコックとの共演『ONE TUESDAY IN NEW YORK』の他に、アーチー・シェップを加えた、『Early Summer in Tokyo』、セシル・ブリッジウォーターを入れた『GON'S DELIGHT』等、11枚のリーダーアルバムをリリースしている等、輝かしい記録があり,その実力を十分に聴くことができよう。また,彼のこれまでの音学歴での共演ミュージシャンは、アート・ブレーキー、フィリー・ジョー・ジョーンズ、エルビン・ジョーンズ、フレディ・ハバード、テレンス・ブランチャード、ファラオ・サンダース、ジョージ・コールマン、ソニー・フォーチュン、ジョージ・デューク、ゴンサロ・ルバルカバ、etc.と、50名以上にも及ぶ国外の一流プレーヤーと共演しているという点から見ても、並のプレーヤーでないことは想像できよう。
日本国内においての活動としては、渡辺貞夫氏、日野晧正氏を始め、超一流から一流といわれる総てのミュージシャンとの共演あり。また、ドラムのジョージ・川口氏とは、「ジョージ・川口&BIG4」の頃から、現在の「BIG4+1」にかけ、四半世紀以上に渡り共に活動しており、正に、ジョージ・川口氏の片腕的存在である。
【鈴木道子 (すずき みちこ)】ヴォーカル http://www5d.biglobe.ne.jp/~michiko-/
東京都出身。
成蹊学園大学在学中より、学園祭やクラブなどでブルースやソウルナンバー、ダンスミュージックなどを歌い始める。
卒業後、モータウン系のコーラスグループ“JOY”に参加、本格的なプロ活動に入る。
1984年頃から度々渡米し、伝説的なジャズシンガー、JIMMY SCOTT に師事。
1995年、黒生ビールのCMソングに登場し、そのブルージーな歌いかたが視聴者の高い関心を呼び、ヴィーナスレコードからCD“After Nine”がリリースされた。
JAZZを、歌を愛してやまない道子の歌は、ドラマチックであり、聴衆を自分の世界にぐいぐいと引き込む力がある。
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