理想の学校とは?

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挨拶

挨拶を大切にしたい。

生徒の中には教師に挨拶したのに、返事が返ってこなかったっという辛い経験をしている子がいる。その子達は、挨拶することに臆病になってしまっている。

そういう子たちには教師からアプローチをしなくてはならないと思う。

理想を言えば、生徒が教師に会ったら生徒から自主的にしっかり挨拶をすることが大事かもしれないが、いきなり生徒にそれを求めるのには無理がある。まずは挨拶のすばらしさを伝えなくてはならない。

そのためにはまず教師が積極的に挨拶すること。

そして当たり前だけど、生徒の挨拶に対してしっかり返してあげること。

それだけをすべての教師がするだけで、少しは学校の雰囲気も変わってくるのでは、と思う。

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小中一貫校の設立にむけて、いよいよ文科省が動き出した。このニュースをみた技術の先生が

「とーちくん、中高一貫校なんて厳しいんじゃないかな?発達段階があまりにも違いすぎるんじゃないかな?」

と話しかけてきた。確かに発達段階が違いすぎる。

「なんか文科省の政策に公立学校は振り回されている気がするんだよね。こういうとき、本当に私立で良かったなと思うんだよ」

確かに、小中一貫校ができたら、現場はその対応でまた忙しくなるだろう。ゆとり教育、生きる力に関しても同じことが言える。国が政策をドーンと出して、後は現場に任せた、という感じ。

教育学をやっていたから思うけど、国が打ち出す政策は確かに素晴らしいことを言っている。生きる力は人間がもっとも必要な能力である。それを育成するために受験勉強一色だった教育現場に「ゆとり」が必要と叫ぶのもわかる。今回の小中一貫校に関しても、中3と小学6年、発達段階が全く違くても、交流方法によってはお互いにとってとても有益な学びあいをすることができる。

だけど、、、それを運営していくのは学校の、現場の教師なんだよね。いくら理想が良くても、それが現場に根ざしていなければ結局「あの教育政策はなんだったのだ」、「全く意味がないではないか」、で終わってしまう。残るのはただただ、現場の疲労感。。
もちろん現場の教師がもうちょい広い視野をもって教育と接するのは求められるものだし、日本全体の教育政策を捉えた上で、実践の場で活用することはとても必要なことである。しかし、それ以上に、政策を打ち出す側は、その政策がどれだけ理想をいっているかは別として、それを導入した際にどういう手順でそれが現場に浸透していくのか、どういう風に現場は受け入れ、それを実行していくのか、をしっかり推測しなければならない。

理想の教育、それは机上の空論ではなく、実際問題現場でどういう効果が上がるかという実質効果論である。そこにもっと焦点をあて政策は実行されるべきである。
今後、小中一貫校政策がどのように進展していくか楽しみである。

先生の教えた気

先生の「教えた」という行為は、生徒が「学んだ」という行為が起こって初めて成り立つ。生徒が「学んで」ない授業というのは先生が「教えた」のではなく、「話した」という授業でしかない。

ふと、思い出したので書きます。

教育実習のこと、ある生徒が僕にこんなことを言ってきました。

「先生、これから先生になるのなら、これだけは聞いてくれませんか」

こんな感じで彼は切り出した。そして、

「先生、生徒が悪いことをしちゃったとき、決してその人自体を叱らないで。そのやった行為を叱って下さい」

突然のこの言葉に若干理解できてない僕の表情を見てか、彼は続けた。

「『どうしてあなたはこんなに悪い子なの?』じゃなくて『どうしてこういうことをするの?』といってください」

更に彼は続けた。

「人を叱ってしまうと、生徒は人格を否定されたようなのと同じ。先生たち(先生全般)は知らぬ間に『どうしてあなたはこんな子なの?』という言葉をかけてしまうことがあるが、先生(僕)はそういう先生にはならないで下さい」


彼は実は、学校で問題とされている生徒。そんな彼が僕に上のようなことを話してきた。彼はもうこう言ったことを忘れているかもしれない。だけど、僕はいつまで経っても忘れないだろう。

人生設計と教師

職業選択・進路選択に重要なこと、それは(生徒の)自分自身の理解である。当たり前のことかもしれないが、自分自身を理解することにより、自分はどの道で生きていくか、そしてどのように生きていくかが決めれるのではないかと私は思う。自分自身の理解とは、まず自分の人生の大目標は何なのかを考えることにある。自分はどういうことを人生でやり遂げていきたいのかをしっかり考え、見つめなおし、それを元に、そのためには現在、「何をすべきか、何をしたいか、そして、何ができるか」を照らし合わせていく。自分の人生目標を見つけ、自分自身で人生設計を行い、取捨選択をしていく。この手順こそがが職業選択・進路選択の第1歩であると私は考える。

しかし、これを何も支持ないまま生徒一人で考えていくのはとても難しい。なぜなら、現実と大目標(夢)との間を埋めることはなかなかできないからである。そこで教師に求められるのは、現実とその生徒の目標を達成させるための小目標、中目標を一緒に考えてあげる、もしくは指導をしてあげることである。生徒が考える大目標を達成するためには、段階的に何かを達成する必要があるが、生徒はそのための段階を理解していないことが多い(というか知らない)。がむしゃらに、がんばれば、その大目標が達成できるかもしれないが、そのための道づくり、もしくはチェックポイントづくりを生徒と一緒になって考えていくことが大事なのである。

山はただ闇雲に歩いているだけでは周辺をぐるぐる回るだけで、頂上につかない。途中途中に6合目、7合目と道しるべがあることにより頂上に徐々に近づいていくことができる。これは人生でも同じである。この道しるべを小目標、中目標を生徒に設計させること、その手助けをすること、これこそ職業教育には重要な視点なのではないだろうか?

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