テキトーな地史学

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意外な災害の記録


地域ネタなので興味の無い方はスルーでおねがい 

wikiで調べると過去の巨大地震や津波・火山の噴火などがおおよそ把握できる。
ふ〜ん そうなんだと思いつつも ピンと来ないのは近くに史実とドンピシャの目に見える痕跡が無いからかなぁ
もしあれば 分りやすい。


 
近所に東国三社と呼ばれる神宮&神社がある。
鹿島神宮に香取新宮 そして息栖神社  
先出の鹿島神宮と香取神宮は軍神として武道場に祀られてる事が多い。


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車で程近い息栖神社    ふらっと訪れたこの神社で面白いものを見つけた。




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本殿の建て替えの記録みたいなの。
見てたら ん? って思った。 1704年と 1723年に短い間隔で建て替えしてる。
普通に考えればおかしいよね。

建て替えって普通は老朽化とか定期的な保守のためとか それ以外だと火災・天変地異による被害かな。
じゃ過去の地震とか噴火とか天変地異の史実をwikiで調べてみる。



876年の建て替えの直接の原因はこれなのかな?

864〜866年  貞観大噴火  富士山噴火  関東の広範囲に莫大な量の降灰  
869年      貞観地震   マグニチュード8.3 巨大地震&大津波被害


1704年の建て替え直近の地震
1703年     元禄地震   マグニチュード7.9〜8.2の巨大地震&津波被害甚大 

よほどの凶事だったのか災異改元が行われた。元禄→宝永


ちょっと間が空くけど1723年直近の災害
1707年     宝永地震   マグニチュード8.4 東日本大震災以前の最大級巨大地震 津波被害甚大
1707年     宝永大噴火  宝永地震の49日後に富士山噴火 関東の広範囲に降灰

この時期は未曾有の混乱の時期だとされている。それなら損壊した社屋の復旧に時間がかかったのかも知れない。あくまでも勝手な推測。

この地は香取海から陸地へと変貌した地域。
従って海抜も低く津波の影響も甚大だったのかなぁと思う。



やはり今に残る歴史的建造物は天変地異や騒乱を語り継ぐ語りべのようなものらしい。

推論で綴るテキトーな地史学なので興味の無い方スルーで。
自分のためのマトメノートみたいなものですから。あんまり信用しないでね(笑)

しかし地史なんてまったく興味が無かったのですが調べだすとこれが意外に楽しい。
多分ね 好きな女の子に興味をもってあれこれ調べるのと良く似てるよ(笑)



さて 縄文時代には広大な入り江だった香取海(かとりのうみ)がどうして消滅していったのかってお話。
結局、海が消滅したおかげで現在はその上で生活してる。


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おそらく縄文の頃の想像図  ブルーのエリアは海。
海だった理由は沢山あるみたいだね。テキトーに考えれば海面が今より恐ろしく上昇してたとか
低い所に海水が集まるのは当たり前ってことだね。

驚くべきは筑波山の麓まで海だったという事実 → 驚き 波ってワードが物語るね。
土浦市に荒川沖って地名があって内陸なのになんで?って疑問に思ってた。
つまりは目の前が海だったということらしい → 納得。



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1000年前の想像図 縄文時代と比べると香取海の面積が減少してる。(ここでは香取浦とも呼んでるね)
このころの利根川は東京湾に注いでた。 面白い

なんで香取海が減少したのかってのは関東ローム層、つまり火山灰の堆積が直接の原因らしい。
学校で教わった関東ローム層って殆ど富士山の火山灰だと誤解してた。

ところが実際は富士山・箱根山・浅間山・赤城山・榛名山とか関東周辺の火山灰を指し
その火山灰の量は想像以上の量で降っちゃ風に飛ばされ 雨に流され 川に注ぎ
やがて香取海に流入し太平洋まで到ったらしい。
川や海に流れ込むのは火山灰だけでは無くて土砂・岩なども多くあったって事らしい。





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江戸時代の水系図。 すごい印旛沼が現在の利根川と接続してる。
江戸時代になると幕府が農耕を奨励したため積極的に埋め立て&灌漑が進んだ。
その結果、内陸にまで入り込んだ香取海は姿を消していった。
なんか江戸湾とかいうとロマンを感じるよ(笑)

この地図だと現在の利根川の形態ではなく残り少ない香取海と太平洋を結ぶ水路のようなものだったらしい
だから銚子〜野田〜江戸を結ぶ海運路としては最適だったらしい。





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ふーんと言う感じで見てしまったけれど かなり納得の地図。
しかし小学校の授業では みんなが住んでるところは大昔は海だったんだよ とは教えてくれなかったなぁ・・
モンスーンとか地中海性気候とかそんなんじゃなくてこんなの教えてくれてたら もっと興味持ったんだけど。

でも私の疑問はまだ晴れてなくてね。
本当にそうなのかよ? って。 まぁ そうなんだけどさ。ピンと来ないんだよ スケールが大きすぎて。
それでも海が陸地になった疑問は晴れた。
次は巨大地震・噴火の歴史から事実を重ね合わせてみたい。 

縄文時代へワープ


霞ヶ浦や北浦が古代は海だったことまでは解った。ちなみに土浦市の浦も海ですよって地名が語ってる。

でもさ・・ 縄文時代の地図ってあるのか? ってことで探してたんだ。

でさ あったんだよ!



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テキトーな地史学にとっては最高の縄文ロマン地図!
ま、想像もあるけどね。


地図を簡単に説明するとブルーのエリアは古代は海だったと推測されるエリア。
ちなみに茨城・千葉にまたがる入り江は香取海(かとりのうみ)と呼ばれていたらしい。
赤い点は貝塚が発見された場所。 つまり貝塚があれば人が棲んでた証になるんだね 納得。

なぜか私の住んでるエリアは?マークが付いてて良く解っていないエリア。
何が?で矛盾しているかというと海の底だったと推測できるのに貝塚が発見されてること(笑)
海底人がいるわけないし(笑)

んー   考えてみる。
あ  そうか もともと人の棲む陸地だったけれど何かの天変地異で沈下して海の底になった。
超巨大地震とか想像を絶する津波に大地ごとむしりとられたとか。

ま 所詮、テキトーな地史学なので推測命。 だから楽しいんだけどね(笑)
次はこの超巨大な入り江がどのように消滅したのか調べてみる。

地名は時に疑問の宝庫。陸地なのに海をイメージさせる地名だったりとか。

人の住まない里山を均してニュータウンを作ればかっこいい名前をつける なんとヶが丘とか なんとか平とか

でも一切脚色されていない地名には古代の姿のヒントが隠されてる。




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北浦が望める鹿島臨海鉄道  北浦湖畔駅



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私の住んでる茨城の代表的な湖沼のひとつ 北浦

地名を深読みすると陸地なのに「浦」って変でしょう? 浦って言えば壇ノ浦とか
一般的に浦は海に面した入り江とかを指す。
もう一つの湖沼 霞ヶ浦は誰でも知ってるけど本当は「西浦」っていう。
ただ湖沼群の位置関係でそう呼んでるだけ。 ここにも浦が出てくる。

最近は便利で地形もグーグルマップで出てくるし多少の調べごとならWikiで済む。ほんとに便利。
調べりゃ何のことはない2つの湖とも「海跡湖」
つまりは昔は海。 なんかのきっかけで淡水湖になった。
きっかけは言うまでも無く地殻変動に伴う巨大地震。




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地図を見る限り古代ではかなりの面積が海の底だった可能性がある。
ちなみに鹿島神宮のある鹿嶋市は何年か前に鹿島から鹿嶋へ市名を変更した。
ここでテキトーに地名を深読みすると

もしかして海に浮ぶ鹿の棲む島だったのかも知れない。
まぁ そんなことは誰も知らないしゆっくり調べる事にしよう。




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私の住んでる対岸の千葉県のとある場所。 かなり内陸なんだけど岬って付いてる。
やはりあの海に面した岬のこと?



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ヒントは近くの風景にあった。水田の広がっている場所は古代は海。
遠くに見えるやや高い丘陵地帯までは全部海だった。
水を湛える姿を想像するとテキトーなロマンが堪能できる。



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昔、岬だった小高い丘から太平洋を望んでみる。
手前に利根川そして鹿島灘。
利根川は人工の川なのでテキトーな深読みをすれば写真に写ってる所はすべて古代は海の底。



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あ 次は海の底だったという動かぬ証拠だね。
そう言えば犬吠埼灯台のある犬吠崎。  古代はどうやら島だったらしい。






古墳は普通は立ち入り禁止。 だけど近所に登れる古墳がある。 そう 前方後円墳ってやつ。

偶然登ったこの古墳から変な興味が沸きだした。




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古墳は3世紀後半から7世紀前半に有力者の間でブームだった墓の形。
関東より関西の方が大型のものが多い。それだけ有力者が関西には多かった証拠だよね。
この古墳はかなり大昔に盗掘されて長い間調査もされず放置されていた比較的小型の古墳。



さて・・ 疑問の始まりなんだけどね。

古墳は日本中に分布してる。でも全く無い場所もあるんだよね。
私の住んでる地域が正にそれ。あるラインを境に全く古墳とか無くなる。

簡単に考えれば古墳がある→陸地だった→人類が棲み文化があり有力者もいた  って事なんだろうか。
で、古墳が無いってのは→ その頃は海の底だったか人の棲めるような環境じゃなかった→ 納得。
テキトーな推理をもとにあれやこれやと推測するのは楽しい。
推論を裏付ける歴史を探ればいろんな事が見えるんじゃないかって思ったのが私のテキトーな地史学。




もうひとつのきっかけ  東日本大震災

東日本大震災は日本で有史以来最大の地震とされた。
あー でもさ。もっと昔には想像も出来ないほどの巨大地震が沢山あったはずなんだよ。
でも記録する術も無く語り部もいない。 よね?
だから被害が大きくなったんじゃないかって思ってる。

文明は栄えそして滅び記憶も風化する。
だけれど神聖な古墳や地形はカタチを変える事もなく今に残る。
そんな背景を紐解けば面白いストーリーがあるんじゃないかってのが
私のテキトーな地史学の始まり。 テキトーなロマンって感じが好き(笑)

あ 話が逸れた。
実は過去の巨大地震が日本を形作ってきたと言う事実。
造山活動や陸地の隆起や沈降もみんな地殻変動の力。 そのたび巨大地震が起きた。

ある日、丘だった場所が巨大地震で沈降し雨水が流入し池や湖になる。
また海底だった場所が地殻変動で隆起しそこへ土砂が堆積して陸地になる。
気も遠くなるほどの長いスパンの過去の話なんだけど実際の話。

そんな風に強く思うようになったのにはちゃんと理由があってね。
私の街はあの震災で平らな場所が無くなった。 そんな大袈裟なと思われるかも知れない。
でも本当なんだよ。 あらゆるところが歪んでしまった。沈降したり隆起したり。町中デコボコ。
時間が経過してこんな土地でも人が住もうとすると平らに均してしまう。

すると見た目に地殻変動の記録は失くなる。 そして人は過去にここで何が起きたのか忘れる。
ある林道作りのプロの興味深い話をテレビで聞いたことがある。
土地の歴史を知らずに林道を作るとすぐにダメになるそうだ。
自分でルートを考えると徹底的に穴を掘って岩石とか調べるそうだ。

するとこの石は大水であっちの方角の山から転がってきたとか
土石流で埋め尽くされた沢だとかわかるらしい   →納得。



つまりは最初は推測でもいい。あとは歴史の断片を張り合わせて行けば面白いストーリーがありそう
それが地史学をテキトーに楽しむ目的。

私の住んでる街はもと海の底  → 多分ね(笑)

持論も駄論も根拠があれば立派な理論→ 勝手に作ったキャッチコピー(笑)
次は じゃ 海の底だったという証拠を探してみる編。


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