飛べない豚

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学研「歴史群像シリーズ」風に編纂された、同社の架空戦記についての解説本シリーズ。
これで押井守監督作品のケルベロスサーガについて書かれていた本が出ていたので買いました。
ケルベロスサーガは犬狼伝説をすっかり読み損ねてしまい、実写版は一つも見ておらず、
ラジオドラマも聴いていなくて、見たのはアニメ映画の人狼だけという僕ですが、
興味のある作品シリーズなので買いました。

この本には作品の背景となる第二次世界大戦と日本の敗戦などについての歴史書風の解説、
時系列で首都警及び特機隊の創設からケルベロスによる2・26事件の勃発までの記録、
特機隊の組織及び戦術、首都警、自治警、自衛隊、セクトで使われる装備の図解、
押井監督へのインタビュー、藤原カムイ先生による犬狼伝説の短編などが掲載されています。
声優・千葉繁さんのPV制作がどんどんずれた方向に行ったことで生まれたというケルベロス・サーガですが、
当初のそういった悪ノリ感を完全に忘れるほど設定が色々細かい作品です。

監督のインタビューを読むと、監督は結構な思い入れを持って制作されているのが分かります。
読んでいるとこれが監督なりの戦後総括のあり方なのようです。
ご本人の考えとしては、
「戦前は政府も国民も天皇陛下も軍に責任を持っていなかった」
「軍隊のない国家なんて、戦後民主主義に脳髄を侵された日本人の妄想」
「自衛隊を軍にするまで日本の戦後は終わらない」
そうですから、最後散り果てる特機隊は監督なりに戦後への、
あるいは近代国家となって以降の日本に対する疑問と不満の表れなのかもしれません。

思えば機動警察パトレイバーでは、自衛隊の叛乱が二度大きく描かれました。
一つは「アーリーデイズ」と呼ばれる初期OVA作品の「二課の長い一日前後編」と、
「機動警察パトレイバー The Movie 2」の二つです。
そしてどちらも叛乱という暴虐を行う自衛官よりも、政治屋さんの方を醜く描いています。
海法警備部長・警視総監や祖父江特車2課長、直接顔は出ませんが右往左往する政府の方々など。
監督の作品では「例えそれが幻想でも、本人にとってそれが幸せなら良いのではないか?」
という一本のテーマがあるというのを見聞したことがありますが、もしそうだとしてもこれらを踏まえれば、
戦後民主主義という幸せな夢は醒めたほうが良いとお考えなのでしょうか?。
ビューティフルドリーマーで例えれば「ラム、戦後民主主義は全部夢だよ」なのかも。
思想的には監督とは異なるところが多そうではあるものの、
安倍晋三元首相の「戦後レジームからの脱却」と似ているのは偶然か、必然か。
岸信介の影響を受けている安倍元首相と
成田闘争に参加したという監督が同じ思想的土台を持つとは考えにくいですが、
この2人が「戦後は続いている」上で「戦後を終わらせる」ことに言及しているのは興味深いですね。

一方で関連作品全てで細かいところまで辻褄を合わせて、整合性を保とうとまでは拘ってはおられないとのこと。
それをやったら新しい作品は生み出しにくいそうです。
インタビューについては他にも面白いところがありますが、そちらは本編でご確認ください。

歴史的背景や時系列で出来事を紹介する部分については年表や文章で表わされていますが、
純然たる架空の部分と現実と一致する部分が上手く混ぜ合わされていると感じられます。
ヒトラー暗殺計画「ワルキューレ作戦」が成功し、ヒトラー亡きワイマール体制のドイツとか、
日本がドイツと戦争して敗北したといったあたりは純然たる架空戦記であるものの、
ドイツの警察制度を取り入れ、自治体警察と国家地方警察を定めた昭和22年制定の旧警察法、
自治体警察を都道府県に集約する昭和29年制定の新しい警察法などの部分は、
史実を上手く架空の設定に取り込んでいます。
ドイツではなくアメリカの警察制度を参考にした、実際の警察法では首都警がないなどの相違点を除けば、
史実の警察法の流れや中身も作中にかなり近いところがありますから。
また作中に登場する架空の人物の中には後藤田正晴氏や木村篤太郎氏など、
実在の人物と関係があった者もいます。
現実の闘争学生への対応では後藤田氏に命じられて佐々淳行氏などが動いたわけですが、
設定に明記はありませんが作品世界でも彼は存在したでしょう。
佐々氏は警察庁へ入った人物で警備畑を歩いた人物ですが、
機関銃でセクトを駆逐する特機隊を見てどう思っていたでしょうか?

図解の部分はプロテクトギアの着装方法や各種装備制服の説明がされているので、
マニアにとってはありがたいところであります。
面白いなと思ったのはこの世界では、
昭和39年の警察庁通達に基づき警視庁が特機隊を参考に装甲服を着用する特殊部隊、
「特殊突入部隊:SSG(Spezial Strum Gruppe)」を昭和40年に設立しており、
これが昭和52年のダッカ日航機ハイジャック事件で投入されたという点です。
第6機動隊と第9機動隊に設けられたSSGのうちダッカ事件で活躍したのは第9機動隊に所属するもので、
SSG9は世界中に知られるようになったとのことですから、
史実のGSG9に匹敵する名声を日本の警察の方が先にとっています。
ちなみに史実では昭和47年(1972年)に特殊部隊編成の通達が警察庁より発せられ、
以後は編成と訓練に勤しんでいたようではあるのですが、
ダッカ事件では「人命は地球より重い」との政治判断から唯々諾々と要求を呑み、テロリストを釈放しています。
一方で同年に発生したルフトハンザ機ハイジャック事件では、
ドイツ国境警備隊第9部隊(GSG9)が見事に人質救出・犯人制圧を達成したことで、
以後は特殊部隊による救出・犯人制圧・犯人の要求は呑まないというのが世界的標準となったことは、
皆さんご存知の通りです。
日本でも公式にはこの事件の後、警視庁6機と大阪府警2機に今のSATの原型を作ったとなっています。

上記のように作品にあまり詳しくないものには分かりやすく、十分な内容のように思えました。
本編では模型やCGを使って代表的事件を描いた図や事件を伝える新聞記事なども掲載されているので、
それらを見るのもまた面白いのではないかと思います。

なんじゃこりゃ?

ちょっと立ち読みしただけなのですが、公認会計士試験に挫折し自衛隊に入隊した元自衛官が書いたという、自衛隊内部の様々な問題について記した本。
その内容にあまりにもひどい部分があったので、タイトルのような感想を持ちました。
といっても買ってない本のこと、タイトルと著者名を公表して感想を書くのも失礼かと思うので、
そこは伏せたままで僕が気になった内容の部分だけ感想を書きます。

戦車不要論
日本の戦車乗りにはCleverな人が多い。
ただ有事の際に戦車で進んでいっても、避難民であふれかえっているし、戦車なんかどうするんだ。
深めの蛸壺掘れば結構防御力が高くなるし、そこから対戦車ミサイルをぶっ放せば十分。
新型戦車なんて要らないでしょ、防衛利権を潤わせるだけ。

世界一進んだ文民統制
日本の防衛省はCivilianである官僚の権限が強く、Civilian Controlが行き届いている。
あれだと日本の自衛隊は暴走できない、すばらしい。

ミリタリーヲタクの人なら耳にタコができるほど聞いてきた、珍論の典型が書かれていました。
よくこれで出版社も出版も許したなと。

まず戦車不要の話ですが、避難民があふれかえって云々というのは、戦車の有用性の是非を論じる根拠としては全く相応しくないものです。
なぜなら避難民があふれかえって戦車の行動が阻害されるような場合、間違いなく全ての地上部隊の行動が阻害されることが考えられるからです。
著者が言うような避難民の懸念は確かにあり、それによって地上部隊の戦略機動性が失われ、結果として戦闘部隊が適切に行動する機会を逸する恐れはあります。
しかしこれは非戦闘員の円滑な避難措置という国民保護と併せて考えるべきことであり、その懸念を持って戦車を不要とはいえません。
「どうせ行動できないじゃん」ではなく、「どうやったら国民の安全を保護し、行動の機会を得るか」という方向性で対策を講じていくのが必要なのです。

蛸壺は深く掘れば確かにそれなりの防御力を確保しますが、当たり前ですけど、そこに張り付いている間の普通科隊員は機動力を持ちません。
また陣地移動の為に移動を始めた段階で強力な火砲はもちろんのこと、小銃弾などに対しても防御力は著しく低下することになります。
もちろん防御における対戦車ミサイル陣地の有用性はありますが、これは月刊丸5月号の高井氏の指摘にある通り車両や他部隊との連携が不可欠であり、それを持ってして戦車が要らないというものではないのです。
防御力についても今日は榴弾などの技術が進んでおりますので、過信することはできません。
まして火砲や通信技術の向上と74式戦車の旧式化や劣化を考えると、新戦車を単に防衛利権を潤すに過ぎないと断定し、その採用を一概に否定する理由はありません。
というよりも筆者が述べた避難民の話やら蛸壺の話は、戦車やその更新を否定する根拠とは全くなりえない、はっきり言って不要論とは関係ない話です。


次に文民統制の話ですが、これは「軍は政治に隷従する」という目的を完全に見失っている意見です。
まずなぜ文民統制が必要かというと、軍の行動つまり戦争とは利害が対立する外国に対し、自国の利益を強要する政治的意図によって行われるのが基本だからです。
例えば外国が日本に対して領土の奪取を目的として戦争を仕掛ける場合、その国は「領土の割譲」という自国の利益を日本に対して強要し、日本は「領土を保全し独立を守る」という利益を相手国に強要するわけです。
その「利益を強要する」という部分が政治判断ですから、これは政治の手段である軍が決定するのではなく、政治の主体者が決定し軍がそれに隷従するというのでないと、戦争をするという政治決定の公平性と透明性、健全性が保てないからです。
自衛隊法において最高司令官が総理大臣と定められており、また防衛出動や治安出動、災害出動に際し国会の承認が必要なのはその為です。

たとえ軍務を担当する役所の文民職員の力が軍人に対して強くても、文民職員は政治意思を決定する主体でもないし政治責任もないわけですから、その事で文民統制が担保されてるとはいえません。
むしろその文民職員が暴走して大臣に隷従しなかったり、勝手な判断で決済を行うことがあれば、これは文民版石原莞爾の誕生ということになります。
そして役人の跳梁跋扈を立法府や行政府がきちんと監督できず、役人の暴走を許して問題化するというのは、薬害や道路特定財源の不要な物への歳出、年金流用問題、ハコモノ行政における役人のご都合主義的事業の実施、実態のよく分からない特殊法人や独立行政法人など、国といわず地方といわず枚挙に暇がありません。
それが防衛省で起きたのが、守屋元事務次官の汚職事件でしょう。
文民職員もまた文民統制を受ける立場にあり、また文民統制の目的を考えれば、実はその必要性は防衛省に限らないというわけです。


というように疑問に思った箇所について感想を書きましたが、著者自身は自衛官の経験を持つ方であり、書かれていることは著者の経験に基づいたものです。
だから著者の考えそれ自体に僕は疑問がありますが、一読の価値はあると思います。

戦後日本の戦車開発史

著者の林磐男氏は三菱重工の技師だった方で、戦後様々な戦闘車両の開発に携わった方です。
内容は60式装甲車や73式装甲車、61式や74式戦車など、三菱重工が携わった車両開発の歴史において、
どのような失敗や経験をし、結果としてどのようなものを作っていったかが書かれています。

これを読むと戦車開発力で諸外国に遅れていた日本が、いかに追いつき追い越せで大変だったか、
その片鱗をうかがうことができます。
例えばキャタピラや変速機をとっても、日本は素材や設計といった基礎的な技術の遅れから、
それら製品の製造技術、あるいは部品管理といった兵站にかかるところの認識まで、
いかにアメリカに比して遅れていたか。
著者は戦後三菱重工に入社し、車両開発に携わりながら経験を積み、外国に学び、
技術を高めていったそうです。

圧倒的な遅れは、90式戦車でほぼ横並びまでなりました。
FCSの目標追尾性能など高性能な電子装置や、50tという軽さでJM33を防ぐ防御力を達成しているとなると、
むしろ抜きん出ているところもあるでしょう。
それでもそこまでいくのに、およそ45年の歳月を要したことになります。
技術は一日にして成らず。

皇国の守護者

といっても漫画の方なんですが。
前から気になっていた作品で、最近全5巻を買って読んでみました。
天龍と人間が協約を結んだ架空の地球が舞台ですが、皇国は日本、帝国はドイツかオーストリアでしょうか。
なんか5巻目以降の話が気になるのに、尻切れトンボのような感じで終わっていて疑問に思ったんですが、
これ打ち切りになっていたんですね、残念。
検索すると原作の佐藤大輔先生らに対する批判や罵詈雑言も見られて、
どうやら非情な大人の事情で終わったようで…
それはともかく、読んでいていくつか気になったところなどを書いてみます。

まずは技術ですが、これは皇国の方が上回っているように思えました。
皇国は蒸気機関で船を動かす技術を確立していますが、一方で帝国はまだ陸上で作業などに使っている程度。
また皇国は魔術のようなものを積極的に活用しており、帝国には無い導術兵で通信・策敵などを行えます。
空を飛ぶ竜を活用して航空機動力を有しているのも、皇国の特徴でしょう。

一方で大軍を擁する動員力、騎兵を活用する打撃力などは、帝国の方が圧倒しているようですね。
船舶の輸送力自体も皇国より帝国の方が上回っているように思えました。

しかし漫画を読んでいると、皇国は物量で自軍を上回る帝国に対し、
上記のような優位点を活かしきれていないように感じられました。
原作を読むとまた違うんでしょうか。
ロバート・ウェストールの児童文学「ブラッカムの爆撃機」(岩波書店)を読みました。
この本には同名の作品の他「チャス・マッギルの幽霊」と「ぼくを作ったもの」の2作品、
そしてアニメ監督の宮崎駿氏が、「ブラッカムの爆撃機」とウェストールについて思うところを描いた漫画が掲載されています。


「ブラッカムの爆撃機」は第二次世界大戦下のイギリス空軍(RAF)の爆撃機搭乗員のゲアリーを主人公に、彼ら爆撃隊が遭遇する不思議な出来事について書かれたお話です。
児童文学なので文章は簡単なのですが描写が非常に優れているので、爆撃機の戦いや搭乗員の心理が生々しく伝わってきます。
その優れた描写ゆえ戦争の酷さが強く感じられつつも、日本の反戦目的の図書のような、悪く言えば大仰な残酷さのようなものもありません。
ともかく「リアル」に感じられるのです。


また登場人物達も魅力的で、その中でも特筆すべきはゲアリーが乗る爆撃機機長のタウンゼント大尉でしょうか。
彼からは既に死語となったダンディズムのようなものを感じます。
大尉はよれた制服と体によく馴染んだ制服を身に纏い、搭乗員を上手く操って任務を遂行します。
優秀な軍人ですが、プロパガンダ映画に出てくるような勇猛果敢さはなく、自分の果たすべき義務に忠実な人物です。
「大人の男」「ダンディ」など褒めようは色々あると思うのですが、彼にはそういったことばのどれも当てはまりそうです。


この作品を読むと、大人も楽しめる児童文学もあるのだなと思いました。
もっとも、ぼくが活字に慣れ親しんでいないせいもあるのでしょうが。

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