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googleの急上昇キーワードに赤木智弘という人名があったのでググってみたところ、タイトルにあるコラムがあったので読んでみました。
【赤木智弘の眼光紙背】我々は正義に酔う罪を自覚できるのだろうか?
話を要約すると「犯人は時勢に乗じて自分の犯罪欲求を満たしたかっただけだ。にもかかわらずネットメディアは正義と悪の二元論にし、悪の大津市教育長をハンマーで殴った犯人を英雄視している。おかしいじゃないか」ということ。
大筋では「そうですね」と思えるんですが、ちょっと考慮する要素が足りないようにも思えます。

まず自分なりにこのハンマー事件を10日遅れで論じてみると。
いじめ(というか生徒間犯罪)の調査において不公正を働いた大津市教育委員会や皇子山中学校、大津市、そして当初は被害届を受理しなかった滋賀県警察などに対する世間の憤りが、被疑者の行動を後押ししたのは概ね間違いのないことでしょう。
事件後、ハンマー事件では被害者側となる大津市などへ抗議が殺到しているというのは、その怒りが収まっていない、むしろ大津市側が被害者としての見解を述べたことで怒りが増幅したと思えます。
卑劣な暴力は許すべきではないのはそうなんですが、当の大津市側は卑劣な暴力であるいじめ(というか生徒間犯罪)をうやむやにしようとしましたから。
世間の怒りは、ある種の不公平感に基づいていると思います。

「被害生徒が受けた暴力に対しては不公正な態度を取ったのに、自分が被害者になると正義を求めるのか」
「自分だけが可愛いのか」
「お前達が受けた痛みより、被害生徒が受けた痛みは何倍も大きいんだぞ、それが分かっているのか」

不正義をやる奴がいるから暴力で分からせるってのは、野蛮な行為には違いありません。
社会的な不正義を正す為に法律があり、その法に実行力を持たせるために諸法に基づく義務・責任が関係機関に与えられているわけです。
もし法によらず不正義を正そうとすると、あるいは責任ある機関がそれを果たそうとしないと、この秩序が乱れ社会は混乱状態になってしまいます。

今回の件では、大津市側や滋賀県警が秩序の混乱を作りました。
一番の発端は生徒間犯罪を行った加害生徒なんですが、被害生徒遺族が救済を得るために伸ばした手を、関係機関は振りほどきました。
事件が大きく騒がれたことで警察の方は県警本部が捜査に乗り出しましたが、大津市側はまだ是正に向かっているとは言えない状態だったと思います。
そこで起きたのがこの事件です。
元々秩序が乱れていたわけですから、その狭間でより秩序を乱す行為が起きるのは不思議なことではありません。
そして自分達で混乱を作り出しておきながら、自分の利益は秩序で保護して貰おうという態度に、人々は不公平感を抱いているのではなかろうかと。

解決策なんですが、結局は混乱状態を収束させるしかないんだろうと思います。
警察は警察できちんと捜査を行い、大津市側は自分達の対応も含めて全てを明らかにすること。
ハンマー事件の加害者は、粛々と司法手続きを行って裁くこと。
上でも述べたとおり、その「粛々と行う」がなされていれば、混乱は発生しなかったと考えられるのです。


長い前置きになりましたが、話を本論に戻すと。
赤木氏の主張は個々の人間、あるいは個々の人間の集合体であるネットメディアに危険性を訴え、自制を訴えるような内容になっていました。
ただなぜそこまで秩序が乱れたのか、ということに対する考察が足りないように思えます。
基本的に正論だとは思うんですが、正論と実際の状況との間にある溝についてもっと考察したほうが良いのではないかと。

あとネットメディアがどうこうは、あまり関係ないかなと思います。
比較として1992年のロス暴動と、2011年のイギリス暴動をあげます。
ロス暴動ですが、細かい話はwikipediaに譲るとして、最終的には警察に対する怒りや人種間の軋轢も関係なくLA市全体の祭りとなり炎上しました。
2011年にイギリスで暴動ではツイッターやフェイスブックで混乱に乗じる呼びかけが行われ、被害はイギリス全土に及びました。
結果を比較してみると、ネットがあってもなくても秩序の混乱がさらなる混乱を呼ぶことはあります。
或いは、大津市教育長に対する殺人未遂を「不平不満を抱いた者が要人暗殺を試みた」と考えれば、そんなのは昔から起きているわけです。
蘇我入鹿、ニコライ二世、伊藤博文、フランツ・フェルディナント大公…。
ある事件の関係者に腹が立って殺そうとしたということでは、豊田商事会長刺殺事件があります。
今は世に蔓延る不平や不満を感じ取り、自分の不満を増大させるツールにネットメディアが加わったというだけの話でしょう。
この新しいツールへの認識が必要なのは間違いないですが、根本にあるものは昔から変わらんと思います。

こういう混乱に乗じ、社会秩序を更に紊乱する行為を「野蛮だ」「動物的だ」とするのは当たり前の発想ではあるんですが、「人間とはそういう発想をしがちなんだ」と現実を受け止めて考えるのも重要だと思います。
また、その野蛮で動物的な行為を制するために法と諸機関が定められているわけですから、これらの関係機関は責任をよくよく理解して貰いたいですね。
諸機関の中の人がその責任を果たさないと秩序が混乱し、野蛮で動物的な行動への抑えが効かなくなります。
大阪市環境局「入れ墨している」50人
以前から橋下市長が禁止及び消去の方針を打ち出していた大阪市職員の入れ墨ですが、大阪市で環境局(ごみ収集などを行う部署)の調査で50人ほどの職員が入れ墨をしていたとのこと。
その入れ墨が小紋のようなタトゥーなのか、それとも背中に昇り竜や弥勒菩薩がいるようなものかは分かりませんが、恐らく聞き取り程度の調査でこれだけが判明したのでしょう。
元々は市民からの「入れ墨をした職員がいる」との問い合わせで発覚したので、目に見えるような形で彫っていたか、きちんと隠さないで業務についていたわけです。
体裁が良くないのは間違いないので、大阪市としても対応せざるをえません。
大阪市職員の入れ墨に関するニュースでは、給食調理員が子供たちに入れ墨を見せて恫喝しているという話もありましたし。
チンピラ・ヤクザ文化を実行するのであれば、市民としては職員の質を疑わざるをえないのは当然でしょう。


2ヶ月ほど前から活発化した職員の入れ墨規制に対しては、こんな意見もありました。
「公務員に入れ墨を許す国がどこにある」とも言われたそうですが、欧米では「入れ墨」をした警官や消防夫、軍人などはざらです。
確かに欧米には警察官や消防士で入れ墨をしている人はザラにいます。
但しそれを勤務中に見えるようにしておくのは、体裁が良くないと解釈されるのは日本と同じです。
これはタトゥージャケットと呼ばれるもので、腕に彫った入れ墨を隠すためのカバーで肌の上に直接装着します。
ジャケットが各人種にあわせた肌色をしているので、うまくタトゥーを隠すことができるわけです。
またジャケットだけでなく、肌色のファウンデーションもリンク先では紹介されています。
この商品の宣伝文句として、以下の職業の人にお勧めだとされています。

・警察官
・消防官
・軍人
・公共保安業務従事者
・病院職員
・レストラン従業員やサービス業
・客室乗務員
・テーマパーク従業員

など。
タトゥーは文化としてあるものの、これらの職業ではやはり体裁の悪いものと受け止められることがあり、またその職業の服務規程で「勤務中はタトゥーを隠すこと」と定められているからです。
一例を挙げると、ニューヨーク市警察のパトロールガイド203-07 5の項目で以下のように定められています
2007年1月1日以降に雇用されている職員は制服、ビジネススーツ、肌色のカバー及びスポーツバンドでタトゥーを隠さなくてはならない。
シャツの衿からはみ出る場所、袖口から先、脚で見えるような場所、足や足首のタトゥーに限り見えても構わない。
(後略)
というわけで、隠し様の無い場所は止むを得ず見えても良いとなっていますが、それ以外の場所であれば隠せということです。
もっとも先述のリンクにあるとおり今は脚の脹脛と脛あたりを覆うカバーも出てきていますから、そのうち規定も変わるかもしれません。
いずれにしても隠すという規定があること自体、これらの業務に従事する人のタトゥーは見栄えが悪いと認識されている証でもありますし、だからこそカバーも商品として売られているわけですね。
但しどの程度厳密に守られるかは、自治体や所属長の対応によって変ります。

右の写真は昨年の「ウォール街を占拠せよ」のデモの際、ウォール街で警備にあるNYPDマンハッタン南管区タスクフォースの警官です。向かって右から二番目の巡査は、半袖の先から左腕のタトゥーが見えています。本来これは規定違反であり、長袖で隠すかカバーをしないといけません。NYPDは服装規定の遵守がどちらかというとだらしないほうなので、こういうことも起きています。他の自治体であれば、もっと厳密に守られている場合もあります。

というわけで欧米の欧の方は知りませんが、米の方ではタトゥーを見えるようにしたまま公共サービスに従事するのは良いことではありません。
一度彫ったものを消すのも大変でしょうから、とりあえず大阪市職員はNYPDのような規定に順次た工夫をしてみたらどうでしょうか。
服で隠す、タトゥーカバーをする、ファウンデーションを塗るなど。
そもそも給食の人にしても環境局の人にしても、人に見せるようにしていたのが原因ですからね。
給食の人の方はむしろ積極的に見せていたわけで。
人権派の皆さんが大好きな「配慮」とやらを、市職員は市民に対して行うべきでしょう。
自分の体に彫ってある入れ墨を見せないようにするだけで良いんですから

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米警察、「少女と不適切な性的関係」で逮捕に抵抗の警官を射殺

【新華社特電】 米カリフォルニア州サンタマリアで少女と不適切な性的関係があったとして逮捕されそうになった警官が抵抗し、同僚の警官に射殺されるトラブルがあった。

サンタマリア警察署長によれば、射殺された警官は28日午前、飲酒運転検問所での勤務中に逮捕されそうになり、銃を構えて抵抗。取り囲んだ警官の1人に射殺された。

警察は26日までに死亡した警官が17歳の少女と不適切な性的関係を持ち、目撃者を脅していたとの疑いで捜査に着手した。射殺した警官は停職となっており、サンタマリア警察署長は遺族に哀悼の意を示した。

元々は新華社伝で、これを毎日中国経済と言う中国メディアの日本語版に掲載されている記事です。
内容は、淫行していた警官が逮捕されそうになり抵抗し銃を構えたため、包囲していた捜査員が射撃、被疑者が死亡したという事件を伝えています。
2chやyahoo!ニュースで見た人もいるかもしれませんが、この中に誤訳があります。
「射殺した警官は停職となっており」とありますが、ここの部分の訳が適当ではありません。
停職だと処分されたかのように思えますが、射撃をした警官は停職処分を受けたわけではないのです。


これは同じ事件を伝える地元のSanta.Maria Timesの報道です。
上記の「停職」に関して伝える部分を抜粋します。

Macagni said during the press conference Saturday that the officer who shot Covarrubias had been placed on paid administrative leave, as is routine in police-involved shootings, pending the outcome of internal and external investigations.

Macagniはサンタマリア市警察の本部長、Covarrubiasは射殺された警官で、本部長が土曜日に行った記者会見の内容を伝えています。
会見内容は、被疑者を射殺した警官が管理下にあって仕事を休んでいること、これは射撃について内外の調査結果が出るまでの形式であること、これらを説明したものです。
またソースにある最後の文によると、サンタマリア市があるサンタバーバラ郡の保安官が射撃について調査しているそうです。

実包による射撃は致死性の制圧行為ですから、警官の射撃が適正であったかをきちんと調べなければなりません。
警察の内務調査課など調査担当者は本人や現場に居合わせた人の証言を集め、現場の状況を確認し、薬莢や銃弾を集め、パトカーやその他周辺に設置されている監視カメラの映像及び音声を調べ、これらを分析して射撃が正当であったかどうかを判断するのです。
この結果が出るまでの間、当該警官は勤務を離れて休むことになります。
これが停職と報道されてしまったわけです。
しかし日本の停職のような処分ではありませんし、もし発砲が違法であれば停職どころか刑事被告人になります。
発砲が正当であればカウンセリング結果にもよりますが、元の勤務に戻ることになります。

というわけで停職と言う訳は不適当と言えるでしょう。
http://togetter.com/li/179048

まぁ要は「実質徴兵制」の「実質」の中身が曖昧なまま、アメリカもイギリスも徴兵制だという人がいて、それに突っ込む人がいるというだけですが。
どうも「貧困層は生活を改善する為に軍隊に志願している、だから実質徴兵制」ということらしいですが。
それでいくと就職氷河期以降の日本では、自衛隊だけでなく国や地方自治体などの官公庁、警察、消防、海上保安庁などでも徴用が行われていることになっちゃいますよね。
「お金が無い」「他に身を立てる方法が無い」「民間企業は不安定だから」と、公務員志向が高まったわけですし。
「実質」ということばは、時に定義の曖昧さを放置したまま主張を続けるのに使われがちです。
「実質」の定義と定義の正しさ、それに続く言葉の定義、ここを明確にしないといけません。
当然ですが、実質的に○○を裏付ける根拠も必要です。


例えとして、「アメリカでは、ミランダ警告は実質的には機能していない、形骸化している」という話をしてみます。
ミランダ警告は皆さんご存知のように、逮捕された被疑者が取調べを受けるにあたり、黙秘権、自己の証言が裁判で不利な証拠になりうることの確認、弁護人を呼ぶ権利、公選弁護人を呼ぶ権利を、警察官が被疑者に対して説明し認識してもらうことです。
ここから上記の形骸化とは、ミランダ警告が形式としては残っているが、実質的には有効に機能していないということになります。

さて、ではこの主張は何らかの裏づけがあるのか。
こちらのブログをお読みください。
こちらでは日本で行われたノースウェスタン大学教授の公演について記されています。
教授によれば、ミランダ警告に記された権利を放棄する人は成人で80%以上、未成年だと100%近い割合であるとのこと。
権利の放棄とは、黙秘もしないし弁護士も呼ばない、ということです。
殆どの人が権利の行使を放棄しているのだから、例え警察官がミランダ警告をしたとしても、その目的は形骸化しているだろうということになります。
放棄する原因、それと冤罪との関係性について上記ブログは説明していますが、そこを細かく話すと主旨とズレるので今は割愛します。
こうすることで「実質的」の意味が明確になります。
逆に言えば、この程度のことは最低限やらないと、「実質的」というものが曖昧さを誤魔化す為の言葉になりかねません。


さて、本題に戻って「実質的徴兵制」とはなんのことなのか。
徴兵とは本人の意思によらず制度として兵役を課す事ですから、完全徴兵制にせよ選抜徴兵制にせよ、当人の意思に関係なく兵隊さんになる制度であれば、それは徴兵制ということは出来ます。
もし実質的徴兵制なるものが実在するなら、制度上は志願制であるが何らかの圧力や強制力によって、実質的には本人の意思に関係なく兵役に就く状況がある、ということになります。
志願の形骸化ともいえます。

兵役ではありませんが、建前上は志願制度になっている消防団が地域の同調圧力で「入らないといけない空気」になったり、入団を拒否すると村八分にされるなどし、一個人において「入団しないという選択肢が存在しない、拒否したら地域住民としての存在を否定される」のであれば、それは実質的には強制入団である、志願の形骸化であると言えるかもしれません。

しかし、件の話は「貧困層の生活改善」という志願動機に実質さを求めています。
これは貧困層が生活の建て直しを考える場合、軍隊が受け皿となっているともいえます。
少なくとも「軍隊に入れ」と強制されているわけではありません。
先ほどの消防団の話のように、軍隊に入らないと地域社会から村八分にされるわけでもないでしょう。
「貧困層にも多様な選択肢を持たせるべきだ、そのために福祉政策が必要だ」という話であればまだ分かりますが、実質的徴兵制と言うには主張の根拠や定義が曖昧だと思います。

この話が通じるなら、貧困層や不況下における受け皿産業は、「実質的な強制徴用」になってしまいます。
例えば、地方都市でタクシー運転手になることが雇用の受け皿となるなら、徴タクシー運転手制度になります。
地元にある大手企業の工場が雇用の受け皿になるなら、徴工員制度になってしまいます。
僕は今までそのような主張は聞いたことがありませんし、これからも聞くことは無いでしょう。
兵役もこれらと同様であると思います。

強いて言うなら。
もし国家権力が兵員を安定的に確保することを目的とし、意図的に貧困層を作り出し、貧困層の人々が軍隊に入るように計画的に誘導しているなら「貧困層の志願は実質的には徴兵制である」となるかもしれません。
しかしそんなことをやっている国があるのでしょうか?またその根拠はなんでしょうか?
人権擁護法案が出されるとか出されないとかで騒がしいですが。
日本でこの手の法律を公正に運用することが出来るのかな?というのが僕の疑問です。
というか多分無理だと思います。
日本では、人権擁護を謳う人が偏見に満ちていますから。

人権擁護法案の方向性とは異なりますが、ちょっと外国の例を。
アメリカでは人種・民族に対する憎悪から危害を加えるヘイトクライムが随分前から問題になっており、法整備や捜査手法が発展したお陰で、警察が動くこともままあります。
向こうでは、被害者や加害者が「マイノリティか、マジョリティか」は重要ではありません。
例えばある人が暴行を受けたとして、加害者の動機が偏見や憎悪であればヘイトクライムになります。
被害者が白人で、加害者が黒人やヒスパニックでもやはりヘイトクライムになるわけです。
日本で人権擁護法が成立したとしても、これと同程度の平等性を確保するのはまず無理ですね。
この手の法案を推進する人は、最初から誰を救済するか、誰が規制対象化を決めてしまっているので。

夫婦間暴力もそうです。
アメリカでは異性愛カップルでも同性愛カップルでも、男性でも女性でも、配偶者に暴力を振るえばそれは犯罪です。
配偶者に暴力を振るっていて通報されれば警官が駆けつけて逮捕しようとし、逮捕に抵抗すれば男性でも女性でも容赦なく腕を捻り上げられ、それでも抵抗しようとすればテーザー銃で撃たれ、地面に組み伏せられて手錠をかけられます。
その後はきちんと法律に則って、刑事事件として立件されていくことになります。
なんでここまで必死になるかと言うと、放っておけば殺人事件になりかねないからです。
肉体的暴力を振るう加害者が勢い余って殺してしまうか、肉体的又は精神的暴力を受けた被害者が耐え切れずにやり返して殺してしまうか。
こういった事例は過去に数多あるのです。

さて、細かい制度の説明は省きますが、一応日本の法でも条文上は性別で貴賎を付けないことになっています。
ところが、法の前文では「また、配偶者からの暴力の被害者は、多くの場合女性であり」と決め付けてしまっています。
2:1という比率が、そこまで軽視していいほどの差かは知りませんけど。
よって、行政もまた「被害者は女性、加害者は男性」と決め付ける傾向が強いのが特徴です。
「男は自分でどうにかすればいいだろ」という「南風GOGO」自治体の職員もいますし、とある「ひらがな」政令指定都市は男性の相談自体を受け付けていないとのこと。
これは直接担当部署に電話をかけて確認しました。
勿論この人たちは、加害者と被害者の性別に関わりなく、夫婦間暴力が殺人事件に発展する恐れがあるなど想像だにしないのでしょう。
件の「ひらがな」政令指定都市なんて、妻や娘から言葉の暴力を受け続けた夫が耐え切れなくなり自宅に放火し、10代の子供二名が殺害される事案も発生しています。
夫は逮捕され「ひらがな」地方裁判所で刑事裁判にかけられたのですが、情状酌量されて求刑17年が12年になりました。
相場が求刑の8掛けとして13年6月〜7月程度ですから、1年6月分程度が情状酌量になるのでしょうか。
しかしその裁判が終わった後ですら、「ひらがな」市は危機感ゼロでした。
裁判所が、これ程惨い犯罪にもかかわらず情状酌量せざるを得なかった、その重大性が微塵も分かってないのでしょう。

最初から「このグループの人は被害者、このグループの人は加害者」と決め付けると、実態に基づいて法や制度を公平に運用することが難しくなります。
上記以外の事例で言うと、一部ルポルタージュで取り上げられたコソボの事例があります。
当地では国連決議に基づいて平和維持軍が展開し、暫定統治機構が設置されました。
国連決議に基づけば、民族に関わりなく平和維持軍は住民を守らねばなりません。
ところがセルビア系住民が拉致される事件が起きても、KFORや暫定統治機構がまともに取り合ってくれないこともあったようです。
なんせセルビア人が悪人という前提で展開しましたからね。

正義感過多・思慮過少の人は、少し脳みそを冷やして多面的な見方を覚えたほうが良いと思います。
あなたが「統計上の少数派だから」「大多数は○○だから」で見過ごそうとしていること、それ自体が偏見に基づく差別なのです。
といっても分からないんですよね、その手の人は。
その手の人の認識では、自分が一番進んでいて、自分に異論を唱えるものは反動や、無知蒙昧で偏見に満ちた人間ですから、批判や異論の中身関係なく。
だから自分は何をしても良いと思っているし、ぶつかり合う正当な利益を調整しつつ、公正に運用していくシステム作りは不可能なんです。
仮に人権擁護法案のようなものが必要だとして、それを阻む最大の障壁があるとするなら、法案を推進しようとする人たちの偏見と独善性そのものだろうと思います。

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