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アイスランドの歴史と経済
さて、前回のエントリーで取り上げた
アイスランドは、米英、北欧との関係が深い事
独立後の、タラ戦争
1980年代の高インフレ
1991年のダヴィズ・オッドソンが首相に就任
1994年のEEA加盟
について、説明する。これらが、今のアイスランドにつながるので。
■アイスランドは、米英、北欧との関係が深い事
これは、非常に重要です。
アイスランドの銀行は近年、急速に業務拡大した。
歴史的に関係のある米英、北欧に支店を作り、融資や資金(預金)を集めをおこなった。
それにより、銀行が破綻状態になった時に預金が下ろせなくなった外国人が大騒ぎ。
イギリスは自国民の預金保護を目的として反テロ法を引き合いに出し、
イギリス国内のアイスランド系銀行全ての資産を凍結した。
他にも、英米北欧の企業はアイスランドに投資している。
さて、損失はどれくらいなのか?
また、アイスランドは地理的に欧州と米国の中間にあるので製造業の立地としては良い。
(暖流のおかげで、アイスランドの港は凍らない)
■タラ戦争。
アイスランドが主にイギリスと漁業資源を巡って、砲撃に発展した出来事。
アイスランドは、独立する前から漁業は盛んであった。
蒸気船が実用化され、トロール船も導入された事で巨額の富を得た。
戦後、欧州も大型トロール船を導入したことで漁獲量は一時的に増加。
しかし、長年の乱獲がたたり、漁獲量は減少。
1958年、アイスランドは自国の領海を4海里から12海里へと拡大すると発表。
怒ったイギリスはアイスランドの主張を認めず護衛艦を派遣して操業を継続。
これにより、アイスランドとイギリスは衝突。1961年に一旦は和解した。
しかし、1972年アイスランド政府は自国の漁業水域を50海里へと拡大すると発表。
再び、イギリスと衝突。アイスランドは漁船の網をカッターで切る作戦に出た。
1973年、アイスランドはイギリス船が50海里内の一部の水域でのみ操業することを認める協定を結んだ。
漁獲量を制限したが、いっこうに回復しなかった。
1975年、アイスランドは自国の漁業専管水域を200海里へと拡大すると発表。
また、イギリスと衝突。
1976年、イギリスの主張に反してEECはヨーロッパ全域に200海里排他的経済水域(EEZ)を設定。
NATOの交渉により同年6月、アイスランドの200海里内では、イギリス漁船は最大24隻まで操業可能、
かつ年間の漁獲量は5万トンまでという条件で、イギリスが大幅に譲歩した。
譲歩した理由?
アイスランドが戦略的に重要だからです。(モスクワとワシントンの最短直線経路の真下にある最重要拠点)
アイスランド側が基地の閉鎖をほのめかしたこと。
などです。
■1980年代の高インフレ
アイスランドで、何故インフレが発生したか?
理由は、タラ戦争の中にあります。
乱獲が原因で漁獲量が減り続けたからです。
しかし、時はオイルショック。
漁船には燃料が必要です。石油は値上がりしている。
アイスランドの外貨を得る方法は、魚の輸出。
食料の自給率は高くなく、機械の輸入も必要。
慢性的な外貨不足に陥った。そういう状況で、漁業の補助金は削減しなかった。
どうなるか?
自国通貨が多めに流通するが、外貨は不足気味。
レートは安めに推移する。燃料代が高くなり、魚を輸出した方が収益は増える。
そうなると、自国で販売される魚は減る。
流通量が減ると言うことは、インフレになる。
諸外国より高いインフレ率になると、レートは更に下がる。
さらに燃料や輸入食料の値段が上がる。以下ループ。
1年で通貨は半値。1983年のインフレ率が100%!
アイスランドの経済はガタガタになってしまった。
説明してない項目が2個あるが、長くなったので次回にします。
3000アクセスを超えたようです。
読者の皆様には、感謝を申し上げたい。
ありがとうございます。
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