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第二話 思わず踵を返そうとした千咲だが、それより一瞬早く隆生が追いつき、その手を掴んだ。
「千咲」 何年ぶりかで聞く、ややハスキーな声。いきなり目の奥が熱くなり、勝手に涙が出てきた。 すれ違う人が、訝しげな目でふたりを見る。 隆生は、まいったな、という表情で天上を見上げ、ふっと大きく息をつくと掴んでいた手を肩に回し、前へ進むよう促した。千咲は小さくしゃくりあげながら、押されるままに歩き出した。 やがて中庭を見渡せるソファまでくると、隆生は今度は座るようにと、促す。 千咲の涙は、止まっていた。バックからハンカチを取り出そうとする前に、差し出される。 「あ、りがとう・・・」 少し鼻声のまま、それでも笑顔で隆生を見る。だがその瞬間、ようやく静まりかけた心臓が、再び大きく鳴りだした。 あの頃のままの目だった。少し濡れたような黒目がちの目に優しさを浮かべ、千咲を見ている。千咲の一番好きだった目。 「落ち着いた?」 「ええ、何とか」 「相変わらず、泣き虫だな」 隆生は千咲の頬に残る涙の跡を、親指で軽く触れるように拭った。 千咲は思わずはっとした。あの頃も、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、よく泣く千咲を時にはうんざりしながらも、最後にはこうして優しく涙を拭ってくれた。そして今も同じ仕草で・・・。 このまま見つめ合ってたら、何か自分が、とんでもないことをしでかしそうで怖くなった。千咲は慌てて目を伏せる。 やがてゆっくりと指が離れる。隆生の手が離れたことに、千咲は何故か寂しさを感じた。 そっとため息をつくと、できるだけさりげない口調で、「誰かのお呼ばれだったの?」 と尋ねた。 隆生は頷いて、地元の大手企業の名をあげ、そこの息子の披露宴だった、と答えた。隆生の実家の商売がその企業と関わりあるのを思い出し、千咲は納得した顔をする。 でも、あら? と疑問が湧く。隆生は東京の企業に勤めていて、実家の商売とは関係ないはずじゃ・・・? 「お父さんの代理?」 何気なく聞いただけだった。だが隆生はすぐには答えず、ただ千咲を見ていた。そして千咲の方へ手を伸ばし、頬に軽く触れるとほつれた髪を耳の後ろにたくしあげた。その仕草があまりにも自然だったので、そのまま頬におかれた掌の不自然さに、すぐには気づかなかった。 その仕草と、返事のない時間の長さに千咲が違和感を感じたとき、隆生は答えた。 「おれ、実家継ぐことになった。こっちに戻ってきたんだ」 驚きが大きいと思考は停止するらしい。暫くはぽかんとしていたに違いない。 “コッチニモドッテキタンダ” その言葉だけが、まるで人工的な言葉のように、千咲の頭の中でこだましていた。 「千咲?」 隆生に覗きこまれ、目が合う。その瞬間、全身の血液がすべて心臓に集中したかのように、胸の動悸が激しくなった。思考は、まだ半分くらいしか回復してないらしい・・・、だから千咲は自分でも訳が分からない言葉を発していた。 「そんなの聞いてない! 今さら戻ってきたって知らない!」 千咲は勢いよく立ち上がり、その場から逃げ出すように駆けだしていた。 |

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