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fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!)
★「9月1日から「はてな」ブログに移りました。https://fpd.hatenablog.com/

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 「現代やくざ 人斬り与太」「人斬り与太 狂犬三兄弟」(1972)は、
 菅原文太を東映のスターに押し上げた作品だった。実際のやくざだった
 安藤昇のすごみも、半端でなかった。

 深作欣二監督=菅原文太の黄金コンビは、1973年からはじまった

 「仁義なき戦い」シリーズ

 で、花開き、日本のやくざ映画の金字塔を
 打ち立てることになる。

 それまでの "健さんヤクザ映画"の流れをも変える
 現代やくざ映画の傑作を生み出すことになったのである。

 人斬り与太(菅原文太)を通して、やくざ組織に挑戦する愚連隊と
 組織の中で巧みに泳ぐ二人の男を通して“暴力"のナマの姿を描いた。

 撮影の技術的には、ノーライト、手持ちカミラ、100ミリ望遠レンズを主体にし、
 また全篇 ”4倍増感現像”で粒子の荒れた画像を出しているという。

 「人斬り与太 狂犬三兄弟」は、脚本が「博徒斬り込み隊」の石松愛弘、
 監督は脚本も執筆している「軍旗はためく下に」の深作欣二。
 撮影は「喜劇 セックス攻防戦」の仲沢半次郎。

 当時の映画感想メモ:
 (197X年3月14日)「ワイルドバンチ」のサム・ペキンパーにも劣らない暴力描写の
 すさまじさ。文太の圧倒的な演技。脚本がよく、あきさせない。
 
 川崎のうす汚れた売春街に住んでいる沖田勇(菅原文太)は、売春婦だった
 母親が死んでからは、チンピラの手下となって馳げずりまわっていた。そして、
 感化院とシャバを往復しているうちに、男は街の愚連隊の番長となっていく・・・。

 やがて、滝川組が川崎を牛耳るようになった。組織に支配されるのを嫌う勇は、
 滝川組と対立し組員を斬って刑務所入り。勇を失った仲間は自然離散していった。

 それから5年---。日本は終戦後の復興処理が急速に進みあちこちの都市では、
 大きなビルディングが建ち、その姿を変えていった。川崎も例外ではなく、
 ただ勇が住んでいた売春街の一角だけは取り残され、今だに昔の面影を残していた。

 菅原文太の映画史で、代表作「仁義なき戦い」へのステップとなった
 記念すべき作品で、一見の価値はあった。

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    おや、見落としてました。先輩がおっしゃるとおり、任侠路線→実録路線(仁義なき)への過渡期の重要な作品ですね。残念ながら未見です。

    [ ひろちゃん2001 ]

    2007/6/7(木) 午前 9:21

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    hi6さん>菅原文太は、「仁義なき戦い」でぽんと出てきたのではなく、実績をつんで、代表傑作を生んだのでした(笑)。文太時代が、しばらく続きました。

    fpd

    2007/6/7(木) 午前 9:46

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    そうですね、文太は東映生え抜きではなく、新東宝出身ですからね。良く考えると、深作も、任侠映画では片隅にいたわけですからね。

    [ ひろちゃん2001 ]

    2007/6/7(木) 午前 9:53

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    深作も、うまく時代に乗って、さまざまな作品を残してきましたね。「仁義なき〜」シリーズ以外では、「軍旗はためく下に」が、一押しですね。丹波哲郎がすごいです!

    fpd

    2007/6/7(木) 午前 9:59

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