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高島忠夫は、1951年に映画会社新東宝のニューフェイス「新東宝スターレット」の第1期生として芸能界入り。翌1952年、映画「恋の応援団長」でデビュー。同年に「チョイト姐さん思い出柳」で初主演し、以後、新東宝で主演級の歌うスターとして活躍した。
妻で女優の寿美花代とは寿美が司会のテレビ番組「季節のミュージカル」にゲスト出演したことから知り合い、2年間の交際を経て1963年に結婚。 1964年に生後5カ月の長男・道夫を当時17歳の家政婦によって殺害されるという事件に見舞われたが、悲劇を乗り越え、現在は俳優として活躍する次男・政宏、三男・政伸をもうけた。政宏、政伸は共に俳優として、とくにバイプレイヤーとして活躍している。
糖尿病、アルコール依存症のほか、1971年から1997年まで26年間続けて愛着のあった仕事である「ごちそうさま」の司会交代や母親の入院などがきっかけで、1998年に重度のうつ病を発症。また、パーキンソン病や、2010年には不整脈のため心臓にペースメーカーを取り付ける手術を行うなど、病とも闘い続けた。 ゴジラ映画のほか、舞台ではミュージカル俳優として一時代を築いた。 映画は「女ざかり」(1994)が遺作となった。
テレビの司会では「クイズ・ドレミファドン!」(フジテレビ、司会) などが有名。
印象に残るのは、テレビの「ゴールデン洋画劇場」の映画解説。
初代の前田武彦の後を引き継いで2代目だった。
テレビの映画解説者としては、淀川長治(「日曜洋画劇場」)、荻昌弘(「月曜ロードショー」)、水野晴郎(「水曜ロードショー/金曜ロードショー」)などと並んで人気だった。ご冥福を祈ります。
■主な出演映画: 遺作は「女ざかり」(1994)。
恋の応援団長(1952)
浅草四人姉妹(1952)
チョイト姐さん思い出柳(1952)
愛の砂丘(1953)
女といふ城 マリの巻(1953)
女といふ城 夕子の巻(1953)
愛の砂丘(1953)
アジャパー天国(1953)
戦艦大和(1953)
青春ジャズ娘(1953)
わが恋はリラの木蔭に(1953)
純情社員(1953)
娘十六ジャズ祭り(1954)
重盛君上京す(1954)
鶴亀先生(1954)
娘ごゝろは恥づかしうれし(1954)
若旦那の御縁談(1955)
爆笑青春列車(1955)
森繁の新入社員(1955)
皇太子の花嫁(1955)
のんき裁判(1955)
森繁のやりくり社員(1955)
初恋三人息子(1955)
三等社員と女秘書(1955)
お嬢さん女中(1955)
北海の叛乱(1956)
森繁の新婚旅行(1956)
君ひとすじに(1956)
チエミの初恋チャッチャ娘(1956)
大学の武勇伝(1956)
栄光と驀走王(1956)
続・君ひとすじに(1956)
大学の剣豪 京洛の暴れん坊(1956)
思い出月夜(1956)
女大学野球狂時代(1956)
君ひとすじに 完結篇(1956)
新妻鏡(1956)
軍神山本元帥と連合艦隊(1956)
空飛ぶ円盤恐怖の襲撃(1956)
坊ちゃんの逆襲(1956)
美男をめぐる十人の女(1956)
おしゃべり社長(1957)
角帽と女子大三人組(1957)
ドライ夫人と亭主関白(1957)
日米花嫁花婿入替取替合戦(1957)
明治天皇と日露大戦争(1957)
「青春万歳」より 源平恋合戦(1957)
坊ちゃんの主将(1957)
ひばりが丘の対決(1957)
戦雲アジアの女王(1957)
坊ちゃん天国(1958)
天皇・皇后と日清戦争(1958)
坊ちゃんの野球王(1958)
新日本珍道中 西日本の巻(1958)
坊ぼん罷り通る(1958)
続新日本珍道中 東日本の巻(1958)
大江戸千両祭(1958)
警察官出世パトロール(1958)
爆笑王座征服(1958)
女王蜂の怒り(1958)
坊ちゃんに惚れた七人娘(1959)
カックン超特急(1959)
貞操の嵐(1959)
影法師捕物帖(1959)
坊ちゃんとワンマン親爺(1959)
暴力娘(1959)
嵐を呼ぶ楽団(1960)
若社長と爆発娘(1960)
珍品堂主人(1960)
爆笑嬢はん日記(1960)
別離の歌(1960)
恐妻党総裁に栄光あれ(1960)
噛みついた若旦那(1960)
太陽を抱け(1960)
若旦那奮戦す(1960)
お姐ちゃんに任しとキ!(1960)
がめつい奴(1960)
弥次喜多珍道中 中仙道の巻(1960)
唄祭ロマンス道中(1960)
お姐ちゃんはツイてるぜ(1960)
サザエさんとエプロンおばさん(1960)
出世コースに進路をとれ(1961)
七人の敵あり(1961)
福の神 サザエさん一家(1961)
別れて生きるときも(1961)
女家族(1961)
サラリーマン弥次喜多道中(1961)
続サラリーマン弥次喜多道中(1961)
河内風土記 続おいろけ説法(1961)
花影(1961)
ガンパー課長(1961)
アワモリ君西へ行く(1961)
乾杯!サラリーマン音頭(1962)
サラリーマン 権三と助十(1962)
女難コースを突破せよ(1962)
雲の上団五郎一座(1962)
重役候補生No.1(1962) -
キングコング対ゴジラ(1962)
新・狐と狸(1962)
忠臣蔵 花の巻・雪の巻(1962)
サラリーマン権三と助十 恋愛交叉点(1962)
風流温泉 番頭日記(1962)
女に強くなる工夫の数々(1963)
六本木の夜 愛して愛して(1963)
ハイハイ3人娘(1963)
にっぽん実話時代(1963)
イチかバチか(1963)
海底軍艦(1963)
ひばり・チエミ・いづみ 三人よれば(1964)
君も出世ができる(1964) ・・・以下、文字制限で、切れました。
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ありがとうございました


> guchさん、88歳は、天寿を全うしたとも言えますが、闘病から解放されたということでしょうね。
2019/6/28(金) 午後 7:23
> ぴくちゃあさん、吉永小百合の「女さかり」が映画では遺作のようですね。
2019/6/28(金) 午後 7:24
7.16さん、ありがとうございます。
オリジナルのニュース記事を鵜呑みにしました。
訂正しました♪
2019/6/28(金) 午後 7:25
欝を患っていた事は知っていましたが、その後は日替わりメニューみたいに次から次と病気を患っていたとは知りませんでした。
老衰死だろうと思いましたが、自宅で妻子に看取られ乍逝くのは幸せな死に方だと思います。
[ tatsu2 ]
2019/6/28(金) 午後 9:10
> tatsu2さん、この20年間は闘病生活で、様々な病気を発症し大変だったでしょうね。安らかに・・・。
2019/6/28(金) 午後 9:34
「キングコング対ゴジラ」と「海底軍艦」で、共演の藤木悠とのやり取りが絶妙でした。
最初の「ゴジラ」から続いていた特撮映画の真面目で重い雰囲気を明るいものに変えたのですね。
合掌
2019/6/29(土) 午前 2:36
「ベン・ハー」が初めてテレビで放送される時、各局の激しい争奪戦を勝ち抜いたのがゴールデン洋画劇場でした。
高島忠夫は嬉しくて感激のあまり解説になっていませんでした(笑)
2019/6/29(土) 午前 2:40
「歌う映画スター」と言う番組で邦画各社の歌える俳優が出演したのですが、
東宝から出て来た高島忠夫と宝田明は抜群の上手さで「歌謡曲」ではない歌を聴かせてくれました。
2019/6/29(土) 午前 2:44
> ギドラさん、明るい役柄が多かったようですね♪
2019/6/29(土) 午前 6:35
> ギドラさん、高島忠夫も「ベン・ハー」の熱狂的なファンでしたか(笑)。
2019/6/29(土) 午前 6:36
> ギドラさん、高島忠夫と宝田明は別格のような存在だったでしょうね。細川俊之や森繁久彌もいましたが・・・。
2019/6/29(土) 午前 6:37
特撮映画とテレビでしか知りませんが、穏やかな感じのする方でしたね。
ご冥福を祈ります。
2019/6/29(土) 午前 7:43
> tosaさん、いつも穏やかな印象でしたね♪
2019/6/29(土) 午前 7:45
一世を風靡した人でしたね〜
最近どうしているのかなと思っていたところでした。
ご冥福を祈ります。
2019/6/29(土) 午前 9:15
> レイさん,このところ,表舞台にいませんでしたが,長いあいだ闘病生活だったようですね。
2019/6/29(土) 午前 11:26
傑作『嵐を呼ぶ楽団』(1960:井上梅次)は、
7月5日(金)19:00〜
7月31日(水)15:00〜
国立映画アーカイブで上映されます。
2019/6/30(日) 午後 11:09
『嵐を呼ぶ楽団』(1960:井上梅次)はミュージカルです。
2019/6/30(日) 午後 11:11
> ぴくちゃあさん、「嵐を呼ぶ楽団」は、宝田明など見所が多いということで、見てみたいですね。
2019/6/30(日) 午後 11:49
映画解説では、俳優と云う事もあって、ちょっと下に見られていましたね!
2019/7/1(月) 午後 8:32
> MARUMAさん、映画解説の専門家ではないですからね。
2019/7/1(月) 午後 8:55