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父は名優ヘンリー・フォンダ、姉はジェーン・フォンダという芸能一家に生まれる。10歳の時に夫の浮気を苦に母が自殺。その後、母方の祖母に姉と共に育てられる。
大学卒業後ブロードウェイを経て1963年の「タミーとドクター」で映画デビュー。ナィーブな青年役で出演作を重ねていくがドラッグとバイクを愛するようになり「ワイルド・エンジェル」(1966)で今までのイメージを払拭し注目を集めた。
オムニバス映画「世にも怪奇な物語」(1967)の第1話で、姉のジェーン・フォンダと共演。
やがて、自らの製作会社パンドを設立。
“アメリカン・ニュー・シネマ”の代名詞ともなった「イー
その後は「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー」(1974)「ダイヤモンドの犬たち」(1975)などB級作品で活躍を続け「グランドキャニオンの黄金」(1979、未公開)では父ヘンリー・フォンダと唯一の共演。
以降、低予算映画への出演が増えていくが「木洩れ日の中で」でアカデミー主演賞候補になって注目を浴びた。しかし本人はハリウッドの生活を嫌い、ハリー・ディーン・スタントンや親友だったウォーレン・オーツの誘いでモンタナの山里に定住し、自由を満喫していた。最初の妻との間に生まれたブリジット・フォンダは女優となって活躍、息子も撮影助手となって同じ世界にいる。
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「イージーライダー」が公開されたのは1970年1月で、有楽町のスバル座で見た。ベトナム戦争が泥沼から脱する時期で、アメリカでは若者のヒッピー族が台頭していた時期。そんな長髪の反体制の若者を煙たがる大人たちが改造バイクの若者を銃で撃つラストシーンは衝撃だった。
この映画はデニス・ホッパーとピーター・フォンダが主役だったが、”第三の男”ジャック・ニコルソンを一躍有名にする映画となった。ステッペンウルフの主題歌「ワイルドでいこう」(Born to be wild)は有名。
ご冥福を祈ります。
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ありがとうございました


日本でも人気がありましたね。
邦画に主演した事もありました♪
fpdさんの苦手なファンタジー作品でしたが(笑)
合掌
2019/8/18(日) 午前 4:10
> ギドラさん、苦手でもだいじょうぶ。「だいじょうぶマイ・フレンド」(1983)(笑)。
2019/8/18(日) 午前 4:45
「イージー⋅ライダー」は忘れられない映画です。音楽と共に衝撃的でした。
リンゼイ⋅ワグナーと共演の「ふたり」も好きな映画です。
ご冥福を祈ります。
[ 熊本ミノル ]
2019/8/18(日) 午後 4:09
> 熊本ミノルさん、主題曲「ワイルドでいこう」も映画とともに、忘れられない名曲ですね♪
2019/8/18(日) 午後 4:46
イージーライダーは、母と観た記憶があります。すごく印象に残ってます。
ご冥福をお祈り致します。
2019/8/18(日) 午後 5:35
> ゆうちゃん、親子で見たなんてすごいですね♪
2019/8/18(日) 午後 6:08
あー。なんだか身につまされる哀しいニュースが多くなりました。自分も年を取ったということだな。それでも明日へ向かって。と思います。素敵な記事の連発、ありがとうございます。
2019/8/19(月) 午後 7:06
> さきたま新聞さん、「明日に向かって撃て!」も名作でしたね♪
2019/8/19(月) 午後 8:00
ピーター・フォンダは『イージー・ライダー』で一躍認知されましたね。
ご冥福をお祈りいたします。
2019/8/21(水) 午前 11:09
ジャック・ニコルソンは、当時ほとんど意識外でした。
翌年だったか、主演作が公開されて、そう言えば『イージー・ライダー』に出ていたな、という程度でした。
公開時のポスターやチラシは、ジャック・ニコルソンの名前は主演の二人に比べて小さく出ていました。
2019/8/21(水) 午前 11:13
> ぴくちゃあさん、この映画でメジャーになりましたね。
2019/8/21(水) 午前 11:35
> ぴくちゃあさん、ジャック・ニコルソンは、「イージーライダー」では、変なおっさんというイメージでした。
そのあとは完全主役の「ファイブ・イージー・ピーセス」「愛の狩人」等と活躍が続きましたね。
2019/8/21(水) 午前 11:35
イージーライダーは見ていないんです!
観たのは悪魔の追跡以降です!
2019/8/23(金) 午後 8:12
> MARUMAさん、「イージーライダー」は、リアルタイムでは50年前ですからね♪ テレビや「午前十時」ではありました。
2019/8/23(金) 午後 9:09