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fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!)
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2010年の本屋大賞第1位に輝いた冲方丁(うぶかた とう)のベストセラー小説を、岡田准一を主演に迎えて映画化した歴史ドラマ。一昨年あたり話題になっていたので遅ればせながら見た。”文部省推薦のような” 優等生映画で、単調で面白みにはかけるが、最後まで見た。
 
岡田准一が扮するのは、日本で初めての暦作りに挑戦した実在の人物・安井算哲で、算哲が挫折や失敗を繰り返しつつも、妻や仲間たちに支えられ、偉業に挑む姿を描いている。監督は「おくりびと」の滝田洋二郎。音楽は、「おくりびと」同様、久石譲(ひさいし じょう)。
 
「明察」は、現在でも使われる言葉だが、辞書によれば・・・。
(1)はっきりと真相や事態を見抜くこと。「実情を―する」。
(2)相手を敬って、その推察をいう語。「御―のとおりです」とある。
この映画のタイトルの「天地明察」とは、 これまで一般に使われていた暦の矛盾点(何年かの周期でズレる)を、解明しようとした男の物語で、それを証明した時に、発せられた言葉が、”天地明察!”だった。
 
ストーリー:
十七世紀半ばの江戸時代前期、徳川四代・家綱の時代。
将軍に囲碁を教える名家・安井家に生まれた算哲(岡田准一)は、出世欲のない不器用な男。星の観測と算術を解くことが好きで、熱中しすぎることもしばしば。
 
そして将軍の御前で棋譜通りの囲碁を打つ、形ばかりの勝負に次第に疑問を抱き、真剣勝負の場に身を置きたいという熱い思いを心に秘めていた。
 
そんな算哲の本心を知る会津藩主・保科正之(松本幸四郎)は、暦の誤りを正す任に抜擢する。800年も使われてきた中国・唐の時代の暦がずれてきたため新しい暦を作るというこの計画は、星や太陽の観測をもとに膨大な計算を必要とした。
 
さらには本来なら朝廷の司る改暦に幕府が口を出すという、朝廷の聖域への介入という問題をはらんでいた。そしてこれは算哲の苦難の道の始まりでもあった。
 
・・・
 武士の時代をテーマにした話は、映画では「家計簿」や「献立」などがあるが、「」を扱っているのが「天地明察」である。正確な暦を作り、それまでの時間のズレを正して、正解にたどり着くまでを描いている。

朝廷の暦は絶対であり、それを一般の人々は信じて疑わず、新たな暦の存在を苦々しく思う朝廷の人間からは、証明できなければ切腹だと詰め寄られていたのだが・・・。
 
地球儀や碁なども登場するが、「地球が丸い」とは信じられない時代に、世界地図も徐々に現実に近づきつあったという背景なども歴史小説として興味深い。
 
・・・
豪華俳優陣が出演している。
のちの水戸黄門こと水戸光圀に中井貴一。算哲(岡田准一)の妻となるえん役に宮崎あおい、えんの兄・村瀬義益に佐藤隆太、 数学者・関孝和を演じた市川猿之助、そのほか岸部一徳笹野高史、徳川家綱に染谷翔太など。ナレーションは、真田広之が担当した。
 
歴史的な発見と同時に、算哲(岡田准一)とえん(宮崎あおい)との出会いから結婚までのラブストーリーも織り込まれている。算哲は、一年の予定で、全国の調査の旅に出るが、半年も遅れてしまった。戻ってみると、兄が言うには、1年間は縁談を頑として断っていたえんも、嫁いでしまったというのだ。(算哲はショック。)
 
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しかしその後、「離縁された」といって、えんが戻っていた。
算哲が、またしてもしばらく待たせることを言うが、こんど約束を破ったら知りませんというえん。「私より早く死なないでください」というのも健気。さらに、えんが「ひとつお願いがあります。帯を解いてください」という言葉だけあり、さらりと描いているのが、想像させてなかなかいい。
 
歴史モノはこれまで苦手の部類だったが、戦争ものにしろ、歴史の一部を、読書とは別に、映画を通して垣間見ることができるのは、知的好奇心を満足させることがあり、いい。
 
映画的には、面白さ、起伏に富んだエンタメ性にはややかけるが・・・笑。
 
☆☆☆
 
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1970年代はじめの頃は、イタリア映画やフランス映画の佳作が次々に公開されていた。いくつか思い出すタイトルだけあげてみる。
 
ドミニク・サンダの美貌に魅せられた「悲しみの青春」「暗殺の森」。
ソフィア・ローレン&マルチェロ・マストロヤンニの名作「ひまわり」「結婚宣言」。
アラン・ドロンの「仁義」「帰らざる夜明け」「栗色のマッドレー」。
カトリーヌ・ドヌーブ主演の「哀しみのトリスターナ」。
ブリジット・バルドーの「ラムの大通り」。
イブ・モンタン、ジャン=ルイ・トランティニャンの「Z」。
 
そんな中、オッタビア・ピッコロ主演の2作品「わが青春のフロレンス」と「愛すれど哀しく」があった。ピッコロはドロンの「帰らざる夜明け」で見ていたが、「愛すれど哀しく」は未見だったが、今回初めて見た。
 
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                     日本でも人気だったオッタビア・ピッコロ
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映画の原題は「BUBU(ブブ)」で男の名前。
20世紀初頭のミラノを舞台に不運な薄幸女性の哀しみを描いている。
 
ミラノの純真な洗濯女ベルタ(オッタビア・ピッコロ)は、端正なパン職人のブブに恋をする。ブブの男らしさにとらわれ、老父の反対を押し切って誘われるままブブの元へ行くベルタ。
 
しかし、同棲を始めたものの、このブブという男がとんでもない男だった。
ブブは、仕事をしたくないと言って、パン職人を辞め、ベルタに街に出て客を取れ、つまり娼婦になるよう強要するのだ。
 
拒んでいたベルタだが、やがてブブを失いたくない一心から言うがまま娼婦となってしまう。実姉も娼婦で、疲れきって落ちぶれていたが、ああにはなりたくないと思っていたベルタだったが、親の病気の費用やらのために、街へ出た。
 
辛い生活の中で、日々の稼ぎをブブの元に持ち帰り、その笑顔を見ることだけがベルタの喜びとなっていた。「街が自分の居場所だ」と自らに言い聞かせ。
 
そんなある日、ベルタはピッコロという田舎から出てきたばかりの青年と知り合う。ピッコロの優しさと誠実さにベルタは淡い恋心を抱き、ピッコロもまたベルタへ好意を募らせるようになる。
 
だが、ベルタはその娼婦としての生活の中で性病(梅毒)を患い、またブブの激しい束縛のために、ピッコロと二人での生活を考えることができなくなっていた。
 
やがてベルタは病が悪化し、収容施設に入院する。
一方、収入源がなくなったブブは窃盗を行うようになり、ついに警官に追われて足を撃たれ、窃盗もできないようになっていた。
 
その顛末を聞いたベルタは、ブブが自分を連れ出しにくることを恐れ、同じく娼婦となっていた姉の元に駆け込む。
 
しかし、姉はすでにベルタと同じ病の末期症状を示しており、さらに姉のヒモのガストンはベルタへも売春を強要するのだった。絶望し、ベルタは街を放浪する。
 
最後に行き着いたのはピッコロの元だった。
ピッコロはベルタを受け入れ、二人は病を克服して希望に満ちた未来を夢見るが、その二人の元へマフィアの上役を連れたブブが迫っていた。
 
・・・
イタリアの貧しい暮らしを背景にしているが、生活のために、街角に立って、何もしないでヒモになっている男のために売春で稼ぐとは、あまりにも悲惨。当時の状況は、日本の戦後まもない時期に通じるところもあるのか(赤線地帯は、昭和33年頃までは合法的に存在した。)
 
音楽は、カルロ・ルスティケリ(「ブーベの恋人」)で、哀愁を帯びていた。
 
 
 ★★ (暗い映画で、救いもなく・・・)
(GYAOで動画配信中)
 
 
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