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東京の香蘭女学校を出て米国留学。
帰国後、英字紙でフリー記者として活動。航空会社主催の「世界早回りコンテスト」で約73間の記録を樹立し、広く知られるようになった。
1959年に紀行番組「兼高かおる世界飛び歩き」がスタート。
翌60年「世界の旅」となり、1990年9月30日まで30年10か月の間、TBS系列局で主に毎週日曜日朝に放送された。テーマ曲には映画「八十日間世界一周」のテーマが使用された。
…
まだ海外渡航が珍しい時代に、世界の旅を映像で見られるというので、毎回見ていた。この番組の聞き手役として、ナレーションで有名だった芥川隆行の存在が大きい。芥川が、兼高にインタビューする形で番組が進行し、長寿番組となった。
1950年代後半から60年代に世界を駆け巡る女性ということで、洗練されていて、時代の先端を行くような存在に映った。
guchさんは、1960年代もはじめの63年には、自らの意思で10代半ばで、アメリカに飛び出したのだった。guch少年、すごい!先取り!?(笑)。
fpdもguchさんの10年以上後になるが、運命のいたずらか、社会人2年目でアメリカに”行かされる”ことになった(第一回目)。まだ、マンハッタンにパンナム(PANAM)ビルもあったし、ニューヨークにはロッキー青木の鉄板焼きステーキ「紅花(べにはな)」と「サッポロラーメン」くらいで日本食店は3軒くらいしかなかった。
おっと、脱線。
ご冥福を祈ります。
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ありがとうございました

