「立ち去った女」(原題:THE WOMAN WHO LEFT, 2016、フィリピン)を”ついに”見た。日本での劇場公開は2017年10月。見たいと思いつつためらっていたのは、時間が4時間!(3時間48分)という長さ。感想を一言で言えば「凄い!」につきる。傑作!
■1年前に「見たい!」という記事を書いていた。
フィリピンの”怪物的映画作家”と称されるラヴ・ディアス監督の、初めての日本公開作にして人間ドラマ。各国の映画祭で高い評価を受け、第73回ベネチア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞。
4時間の長さで驚いてはいけない監督のようだ。
東京国際映画祭で大評判となった「昔のはじまり」(2014)の上映時間は5時間38分、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得した「痛ましき謎への子守唄」(2016)は8時間9分!ディアス監督は長尺が特徴だった。平均でも5〜6時間、長い作品は11時間超という極端に上映時間の長い映画を好んで撮るという。ということは4時間の映画というのは、この監督にとっては”異例の短編”といってもいい作品かもしれない。
「立ち去った女」は、殺人の罪で30年間投獄されていた無実の女ホラシアが出所するところから始まる。事件の真の黒幕で、彼女を陥れたのはかつての恋人ロドリゴだった。ロドリゴに復讐するため、ホラシアは孤独な旅に出る。
そんなホラシアの前に、困っている者、弱い者たちが現れる。
貧しい卵売りの男、物乞いの女、心と身体に傷を抱えた謎の女、彼らに手を差し伸べ、惜しみなく愛を注ぐホラシア。
そんな彼女を慕う者たちの助けにより、ホラシアは復讐のターゲットとの距離を次第に縮めていく…といったストーリーがじわじわと染み渡って伝わってくる。
そんな物語の背景に、当時(1990年代後半)の”アジアの誘拐王国”=フィリピンの実情が描かれる。
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全編モノクロ。背景の音楽はほぼゼロ。会話以外で聞こえてくる音は、行き交う車、バイクの音や雨の音だけ。白黒ならではの場面が写真のような絵も素晴らしい。
しかし最大の驚きは、全てのシーンが固定したカメラの映像。
ワンショット長回しの撮影。例えばカメラが移動して、出演者を追うということが一切ない。ズームで拡大したりアップで顔を写したりも一切なく、固定されたカメラの前で、人が行き来したり乗り物が動いていくだけ。
しかも、セリフが少なく同じ画面がずっと映し出されることがしばしば。
ともすれば、見ていて眠くなる…という事態に陥りそう(笑)。
何かで読んだが、監督は「映画の途中で、数分トイレに行っても、ストーリー上、まったく問題ない」のだとか(笑)。
ところが、退屈かといえば、そうではなく、事件らしい事件が起こるわけでなく時間が過ぎるが、最後まで飽きることがない。
わずか20年前のフィリピンの現状の一端を知ることができて興味深い。
ラジオでは、誘拐報道が相次いで流れていて、誘拐された人数が前年の3倍になったなど治安の悪化が伝えられる。特に中国系フィリピン人がターゲットにされているという。身代金目当ての誘拐のようだ。ニュースで、マザー・テレサの死去も伝えられる。マザー・テレサ(Mother Teresa, 1910年8月26日 - 1997年9月5日)。
そんな中、刑務所に30年間収監されていた女性が、自身の無実が実証され釈放される。女性は、名前を変え、一部の知人には、自分が出所したことを誰にも知らせないように口止めする。拳銃を手に入れ、復讐に立ち上がるのだが、事態は思わぬ方向に…というのがサスペンス的ではある。
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ホラシアは、復讐の目的を果たそうとする中で、様々な社会的弱者と関わっていくが、それらの人々にを助けていく。自身は小さな食堂を営み、従業員を使って、それなりの普通の家に住み、経済力はあるようだ。
ホラシアに助けられるのは大きく分けて四組。
バロット(ふか直前のアヒルの卵を加熱したゆで卵)売りのおじさん、ボロ小屋に暮らす子供たちと保護者、性同一性障害(ゲイ)のホランダ、物乞いをする女信者マメン。
ホラシアは、元教師であったったことから、教育を受けられない貧しい子供たちに本を読み聞かせたり、バロット売りの男には、仲間のように接し、性同一性障害のホランダには、自身の過去を打ち明ける。ホランダはそのことは、書類(供述書)を盗み読んで知っていた。ホラシアの”親切さ”に恩返しをするためにとった行動が実は…だった。
黒幕でホラシアのかつての恋人ロドリゴ(左)の運命はいかに・・・。
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主人公ホラシアを演じている女優チャロ・サントス=コンチョ(写真)は、ABS-CBNの社長兼CEOに就任して以降、16年間女優を休業していたあとの復帰作だという。
復讐というとどす黒い感情だが、人間の在りようを美しく指し示していたのだが、その在り方は皮肉にも、ホランダによる復讐の代行によって奪われてしまう。
ラストシーンで行方不明の息子を探し続けるホラシア。行方不明者のチラシを配り続けるホラシア。地面に多数ばらまかれたチラシの上をぐるぐると動き回るホラシアの印象的なシーンで映画は終わる。
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堅苦しい映画かといえば、そうでもなく、ニヤリとさせられるシーンも多い。
バロット(卵)売りが自分の後をつけてきたことを知ったホラシアが待ち構えていると、男は「闇から現れてまるでバットマンのようだ」というと、ホラシアは「闇から来た」というのだ。この闇からは自身の過去(投獄という闇)も示しているのではないか。
性同一性障害のホランダが「屋根の上のバイオリン弾き」の中の有名な曲「サンライズ・サンセット」をぎこちなく歌い始めると、一緒にホラシアが、歌手のように上手く歌う。その後ホラシアが、この歌は知っているかと口ずさむと、ホランダは「オズの魔法使か?」と答えると「ウエストサイド物語」の”サムウエア”だ」と言って、一緒に歌うのだ。まさか、ミュージカルの名曲が飛びだすとは思いもかけなかった。
ホランダが次に歌い始めたのは「胸がドキドキしちゃうのよ♪」というメロディだったが、ホラシアが「知らないわ」というと「ドナ・クルーズの歌よ」だった。
調べてみると、フィリピンの歌手ドナ・クルーズの「Wish」という曲の一節で、”There's a star in the sky tonight And it's trembles like my heart ・・・”であるようだ。
こういう発見も面白い。
この映画を見るには、4時間を見るぞという勇気と覚悟が必要だが、見て損のない傑作の1本であることには変わらない。