日本の芸能・音楽界に激震、と言っていいかも知れない。
ジャニーズ事務所代表取締役社長のジャニー喜多川が、9日午後4時47分、亡くなった。87歳だった。同事務所が書面を通じ発表した。
ジャニー喜多川氏は1931年〈昭和6年〉10月23日、米カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。4人姉弟でメリー喜多川は姉。ジャニーズ事務所は、ジャニー氏の姪の藤島ジュリー景子氏が代表取締役となり引き継ぐ。
ジャニー喜多川さんは1962年にジャニーズ事務所を創業。
昭和から平成にかけ、数多くの男性グループ、歌手、タレントをプロデュースし、国民的な存在へ育て上げた。
1962年(昭和37年)4月、ジャニー喜多川自身が結成した野球チーム「ジャニーズ球団」のメンバーである4名の少年により最初のグループであるジャニーズ(通称・初代ジャニーズ)を結成。メンバーは真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦。飯野おさみはその後、劇団四季で活躍。あおい輝彦は「水戸黄門」の助さん役などで有名。
歌って踊るジャニーズタレントの伝統は「ジャニーズ」で始まり、解散後はジャニー喜多川により事務所の2番目のグループである「フォーリーブス」(1967年レコードデビュー)に引き継がれた。
フォーリーブスは初期のジャニーズ事務所を代表するグループであり、郷ひろみらの新御三家が誕生するまで活躍した。フォーリーブスには映画「天国と地獄」で子役出演した江木俊夫(テレビ「マグマ大使」で有名)などがいた。後のSMAPの大先輩格に当たる。
SMAPの解散騒動以降、芸能界での影響力が弱まり続けていると言われ、現在、中心的グループの「嵐」が来年いっぱいで活動を休止するジャニーズ事務所。ジャニーさんというカリスマの求心力がいなくなり、厳しくなりそう。
ジャニー喜多川さんは2011年には「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」として、2012年には「最も多くのチャート1位を獲得した歌手をプロデュースした人物」としてそれぞれギネス・ワールド・レコーズに認定されている。
ご冥福をお祈りいたします。