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fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!)
★「9月1日から「はてな」ブログに移りました。https://fpd.hatenablog.com/

書庫▶洋画 '20〜'60年代

この時代は、1969年を除いては、ほとんどがリバイバル、二番館での観賞か、TVの洋画劇場、一部VHS,DVDなどが中心。
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イメージ 9リオの男」(原題:L'Homme de Rio1964)を見た。
デジタルリマスター版で、50年以上前の映画だが、画面がくっきり。昨年(2016年)オリンピックが開かれたリオ(・デジャネイロ)の当時の背景など興味深い。
アラン・ドロンとんでフランス映画界で人気を二分した大スター、ジャン=ポール・ベルモンド主演
モンキー・パンチはこの映画をてルパン三世を作ったと言われるが、そのことを知らずに見て、あとから知ったがまさにルパン三世そのもの。サル顔のベルモンドがモデルとあっては、ルパン三世も納得。
・・・
基本は誘拐されたヒロインを追いかけているだけだが、とにかくひっぱり回され、それでいながら軽やかにコミカルに、スタイリッシュにノースタントでベルモンドが動き回る。
あらゆる乗り物に乗り、様々な騒動を起こし、あるいは巻き込まれたり巻き込んだりする。軽快な南米音楽アクションをミックスした冒険活劇コメディ。
ヒロインを演じるのはフランソワーズ・ドルレアック
これまた峰不二子感のあるアンニュイにあふれ、チョイワル美女。ドルレアックは、カトリーヌ・ドヌーブの姉で、「ロシュフォールの恋人たち」で姉妹で共演したが、1967年に、交通事故で急死。25歳だった。
出演は、ほかに初代ボンド・ガールのウルスラ・アンドレスがお色気担当後に髪結いの亭主で存在感を見せつけるジャン・ロシュフォールも出演
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【ストーリー】
フランス航空兵アドリアン(ジャン・ポール・ベルモンド)は八日間の休暇に胸をふくらませてパリへやってきた。パリには、フィアンセのアニェス(フランソワーズ・ドルレアック)が待っているのだ。
 
そのころパリでは博物館の守衛が殺され、アマゾンの小像が盗みだされていた。
調査が開始され、考古学者カタラン教授(ジャン・セルヴェ)が呼びだされた。
 
教授の話によると、この小像は、三年前教授とビレルモザ氏、およびブラジルのディ・カストロ氏の三人が奥地探検を行ない発見したもの。 三人は三個の小像をそれぞれ一個ずつ保管し、カタラン教授は自分の像を博物館に寄付したのだった。
 
またビレルモザ氏は探検後死に、現地リオのある場所に像の一つをかくしていた。この事件を知ったビレルモザ氏の娘アニェスは、さっそく現場にかけつけた。アニェスは小像の秘密を知っていたのだ。
 
しかし、そんなときカタラン教授が、何者かに連れ去られ、さらにアニェスまでが誘拐されてしまった。ちょうど、そこにきあわせたアドリアンは、連れ去られるアニェスの姿を見つけ、必死に後を追った。
 
アニェスを連れた男は飛行機でリオに飛んだ。アドリアンも、とっさの機転で、飛行機に乗りこみ、そのまま後を追った。リオに着いたアドリアンは、土地の少年の助けを得て、アニェスをとりもどした。
 
小像のありかを知るアニェスの手引でアドリアンは小像をみつけだした。
しかし、それもつかの間、例の男たちが現れ小像を奪われてしまう。残る一つは、カストロ氏が持っているのだ。
 
アニェスとアドリアンはブラジリアに向った。そして途中、二人は“敵”にかこまれたカタラン教授をみつけ、救出に成功した。しかしこのカタラン教授こそが、この事件の主謀者だったのだ。
 
カタランは二人のすきをみて、カストロを殺害し、小像を奪い、さらにアニェスをもさらって逃走した。目的地に着いたカタランは、財宝の所在を知ると夢中で発掘した。
 
追ってきたアドリアンは、そのすきにアニェスを助けだした。
その時、森林をゆさぶる大爆発が起った。カタランは財宝とともに生埋めになり、アドリアンはアニェスと共に森林を脱出した(MovieWalker)

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監督:フィリップ・ド・ブロカ
製作国:フランス、イタリア
出演:ジャン=ポール・ベルモンド、フランソワーズ・ドルレアアック、ウルスラ・アンドレスジャン・ロシュフォールヴァレリー・ラグランジェほか。
時間:115分
イメージ 8アドベンチャー活劇で気楽に見られる映画だった。ジャン=ポール・ベルモンドは、どの映画もチャラ男ぶりを発揮して、アクションを楽しんでいるようだ。

眉間にしわを寄せて、タバコをふかす伊達男のAで始まるライバルとは全く異なるようだ。

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フィルム・ノワールの名匠ジャンピエール・メルヴィル監督の「影の軍隊」(原題:
L' ARMEE DES OMBRES、英題:Army in the Shadows, 1969、日本公開1971)は重々しい印象から見逃していたが、ようやく見ることができた。

メルヴィル自身の第二次大戦のレジスタンス活動を反映した作品で、重厚な作品となっている。レジスタンス映画では5本の指に入るかもしれない。

「影の軍隊」のタイトル通り、暗く重々しい雰囲気が続く。
レジスタンス映画で、そこに描かれているのは「脱走」「逃亡」「密告」「拷問」や「処刑」といった生々しい場面が続く。決しておもしろいといえる映画ではないが、戦時中、こうした歴史があったということを知るだけでも価値がありそうだ。

そういえば、映画「Z」(1970)が一押しのfpdだが、「Z」は娯楽映画としても最高傑作だが、コスタ・ガヴラス監督の「Z」と3部作を成す「告白」「戒厳令」に至っては、目隠しをされ処刑されるシーンなど暗く重い映画で、これらを見た当時は、息苦しさを感じた。いまでは、様々な角度から第二次大戦のさなかのレジスタンスなどを描いた映画を見てきたので、こんなこともあったのかという好奇心が勝る。
 
独軍占領下のフランスで、第二次大戦中、悲劇的な抵抗運動に命をかけたレジスタンス闘士たちのエピソードをつづっている。ジョゼフ・ケッセルの原作を「ギャング」のジャン・ピエール・メルヴィルが脚色し自ら監督した。音楽はエリック・ド・マルサンが担当。
 
出演は「ベラクルスの男」のリノ・ヴァンチュラ、「ギャング」のポール・ムーリッス、「悪魔のような女」のシモーヌ・シニョレ、ジャン・ピエール・カッセル、クリスチャン・バルビエ、ポール・クローシェ、クロード・マン、アラン・リボールなど。
 
・・・
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凱旋門の前を音楽隊を先頭に軍隊が行進する。
時は第二次大戦中のドイツ占領下のフランス。1942年10月、フィリップ・ジェルビエ(リノ・バンチュラ)は、独軍に逮捕され、収容所に入れられてしまった。

ジェルビエは、ドゴール派の分子として要注意人物と目されていた。
収容所には、様々な人種、ロシア人、ポーランド人、ユダヤ人、ジプシー、チェコ人、反ファシストたちがいた。

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数ヵ月後、ジェルビエは、突然、ゲシュタポ本部へ連行されることになった。
だが、一瞬のすきをみて、そこを脱出した彼は、その後、抵抗運動に身を投じることとなった。
 
そうしたある日、彼はマルセイユに行き、フェリックス(ポール・クローシェ)、ル・ビゾン(クリスチャン・バルビエ)、ルマスク(クロード・マン)等と一緒に裏切り者の同志ドゥナ(アラン・リボール)の処刑に立ちあった。

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その後に、彼は、ジャン・フランソワ(ジャン・ピエール・カッセル)に会った。
ジャンの仕事は、名高いパリの女闘士マチルダ(シモーニュ・シニョレ)に、通信機をとどけることだった。彼はそのついでに、学者である兄のリュック・ジャルディ(ポール・ムーリッス)を訪ねたが、芸術家肌の兄を心よくは思わなかった。一方、新任務のためリヨンに潜入したジェルビエのところへやって来たのは、意外にもジャンの兄のジャルディだった。
 
やがて無事、その任務を果したジェルビエのところへフェリックス逮捕さる、の報が伝えられた。さっそく、救出作戦を展開したが、ジャンの犠牲も空しく、失敗に終ってしまった。

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ジェルビエが再び逮捕されたのは、それから間もなくであった。
独軍の残虐な処刑に、もはや最後と思っていた彼を救ったのは、知略にすぐれたマチルダった。
 
それからしばらくたった頃、隠れ家で休養をとっていたジェルビエを、ジャルディが訪ねて来た。彼の来訪の目的はマチルドの逮捕されたことを告げるためと、口を割りそうなマチルダを、射殺するということだった。
 
現在、仮出所中のマチルダも、それを望んでいる、と彼は伝えた。
ある日、エトワール広場を一人歩く彼女に、弾丸をあびせたのは、マチルダを尊敬するジャルディ、ジェルビエ、ル・ビゾン、ルマスク等仲間たちだった。しかし、遅かれ早かれ、彼等の上にも、同じような運命が待ち受けているのだった。

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そしてエンディング・・・
車に乗っていたレジスタンス活動家たちがその後どうなったか字幕で告げられる。

マスクは、1943年11月8日、青酸カリで自殺…。
ビスクは、1943年12月16日、ドイツ兵に打ち首にされる…。
ジャルディは、拷問の末、1944年1月22日に死亡…。

そして1944年2月13日、フィリップは走ることを放棄した…
 
・・・
リノ・ヴァンチュラは「冒険者たち」「シシリアン」などでも、どちらかと言えば主役を引き立てる脇役が多いが、「影の軍隊」では完全な主役で、もっとも印象に残る作品かもしれない。レジスタンス活動の厳しさを浮き彫りにしている。
 
たとえば、レジスタンスのアジトなどを(ドイツ軍に)密告したものは、容赦なく首を絞めて殺す、また青酸カリを持ち歩き、捕まったら飲むと徹底されていた。
 
マチルダを演じるシモーニュ・シニョレの存在感が大きかった。
変装も得意で、ドイツ語も流暢に操り、敵陣に看護師として堂々と乗り込んでいた。ただ、レジスタンスのアジトを言わなければ、娘をポーランドの売春宿におくると脅され、娘のために、レジスタンスの情報を流し、仲間に対しては自ら射殺を願っていたという非業の最後だった。マチルダによって銃殺から救われたレジスタンスの主要メンバーだったジェルビエも、マチルダの望み通りにマチルダを射殺した。
 
映画の中で、1942年当時のフランスで、レジスタンスらが映画「風と共に去りぬ」(1939)を見るシーンがある。「戦争がなければ、こんな映画も見られるのにな」という言葉が印象に残る。ちなみに、日本で「風と共に去りぬ」が初公開されたのは、製作から13年後で、戦後7年がたった1952年9月のことである。
 
 2時間25分の映画で、この映画を見るには、”多少の”覚悟と忍耐が必要かもしれない。

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大人は判ってくれない(原題:Les Quatre Cents Coups1959)を”ついに”見ることができた。スティーブン・スピルバーグ監督などにも大きな影響を与えた映画と言われており、長年見たかった映画の1本。

原題の直訳「400回の殴打、打撃」)で、フランス語の慣用句「faire les  
quatre cents coups」(「無分別でだらしない生活をおくる」)に由来するという。

ヌーヴェル・ヴァーグの新鋭フランソワ・トリュフォーの第一回監督作品
トリュフォー自身の幼少時代の自伝とも言うべき作品といわれる。 全編モノクロ。

脚色はマルセル・ムーシーとトリュフォーの共同で、撮影は「いとこ同志」のアンリ・ドカエアンリ・ドカエといえば「死刑台のエレベーター」があり、後に「太陽がいっぱい」「シベールの日曜日」など、カメラの美しさが有名。音楽はジャン・コンスタンタンが担当。
 
出演は主役に扮した12歳のジャン・ピエール・レオーのほか、クレール・モーリエ、アルベール・レミ、ギイ・ドコンブル、パトリック・オーフェイなど
 
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12歳のアントワーヌ・ドワネル(ジャン・ピエール・レオにとって、毎日苦痛の連続だった。学校では成績も悪く、いたずら好きで先生にいつも叱責される。家では厳しい母親ジルベルト(クレール・モーリエと、稼ぎも少なくうだつの上がらない父親ジュリアン(アルベール・レミーに囲まれた息の詰まる生活を送っていた

寝袋にくるまって両親のケンカを聞かされる日々。ある日、登校中に親友のルネ・ビジュー(パトリック・オーフェーと出会い、学校へ行くのを止める。午後に母親が街中で見知らぬ男と抱き合っているのを見て視線が合う。

母は帰宅せず、翌朝、前日の欠席の理由を教師に追及されて「母が死んだのです」と答えるが、欠席を知った両親が現れてウソがばれる。

そんな彼の楽しみは映画を観ることだけだ。しかしある日、尊敬するバルザックの文章を丸写しして提出した作文がばれて叱られ、弁護したルネが停学になる。

アントワーヌも家を出て、金持ちのルネの家に隠れ住む。やがて金に困り、ルネと一緒に父の会社のタイプライターを盗みだすしかし、換金することができず、戻しに行った時に守衛に捕まってしまう

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父親がアントワーヌを警察へ連行する。非行少年として少年鑑別所に送られ、護送車の中で初めて涙が出る。母親が判事の鑑別所送りの勧めに応じたため、束縛された日々を過ごす。母親がようやく面会に来るが「ここが似合いだよ。おまえを引き取らないからね」と冷たい。

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そんな中、監視のスキをついて脱走。野を越え、とにかく走り、海へたどり着く
初めて見る海は大きかった。海辺に立ちつくし、ふとこちら(カメラ)を向いたまま動きを止めるWikiを一部引用)。

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 カメオ出演でジャック・ドミー(後年「シェルブールの雨傘」などを監督)が警官役で出ているほか、犬を追いかける夫人はジャンヌ・モローだった。主人公のアントワーヌが映画のポスターを盗むシーンがあるが、映画のポスターは「不良少女モニカ」(イングマル・ベルイマン監督)
 
鑑別所から逃げたアントワーヌが海辺でカメラ目線になり、映画は「FIN」。当時の日本の評論家などの多くが、少年の自殺をほのめかすものとしたが、トリュフォーは否定し、カメラのほうに振り返ることによ怒りや反抗ではなく「さあ、どうしますか」という観客への質問だった(トリュフォー 最後のインタビュー」)としている。
 
トリュフォーの少年時代を反映しているというが、実際には生活には恵まれていたようだ。映画では、主人公アントワーヌは幼いころから祖母のところに里子に出されて、 8歳になってようやく両親と暮らすことになる。しかも父親は、再婚相手で冷たい。
 
両親からスポイル(大事にされない)されて育ち、疎外感を味わう。学校は学校で、教師にはいつも目をつけられ叱られてばかり。少年鑑別所に入ってからは、教官にビンタの平手打ちも喰らう。
 
12歳でタバコを吸い、祖母の金庫からお金を盗み出したり、事務所のタイプライターを持ちだして、お金に変えようとしたり、「浮浪」と「窃盗」により警察の調書を受けたり行き場のない屈折した苦しさがあったようだ。
 
鑑別所から逃げてひたすら走るシーンが延々と続くが、現実から逃れたい一心のような映像だった。ラストシーンで無言でカメラに向かうアントワーヌが印象的だった。

11、2歳のころは反抗期を迎える時期だが、悪ガキという点では、フランスでは3年後に、少年グループの戦いがエスカレートして本格的な暴力に入っていく様子を描いたコメディ映画「わんぱく戦争」(1962)も公開された。

トリュフォー作品では「突然炎のごとく」(原題:Jules et Jim、1961)「黒衣の花嫁」(1968)「野生の少年」(1970)「アメリカの夜」(1973)などを見ているが、未見作品も多く、追いかけていきたい。

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ミュージカル映画「スイング・タイム<有頂天時代>」(原題:Swing Time, 1936)を見た。トップ・ハット」「艦隊を追って」と同じくフレッド・アステア、シンジャー・ロジャース主演監督は「乙女よ嘆くな」「愛の弾丸」のジョージ・スティーヴンス。

原作は「空中レヴュー時代」の脚色者の一人アーウィン・ゲルシーが書き下ろし「トップ・ハット」「艦隊を追って」のアラン・スコットがハワード・リンゼイと協力脚色。
 
音楽は「ロバータ」「ショーボート」のジェローム・カーン作曲、作詞は「セシリア」「恋の歌」のドロシー・フィールヅ。アカデミー賞歌曲賞を受賞。テーマ曲(The Way You Look Tonight)はなじみのある曲で有名。

助演はミュージカル・コメディー俳優ヴィクター・ムーア、「トップ・ハット」のヘレン・ブロデリックおよびエリック・ブローア、「愛と光」のベティ・ファーネス、「女秘書の秘密」のジョージ・メタクサなど。
 
・・・
ラッキー・ガーネット(フレッド・アステアはポップ一座の舞台でダンサーをしていたが、婚約者のマーガレットと結婚することになった。ところが一座のダンサーたちは、ラッキーの結婚は中止になると賭けていたので妨害しようとした。

ラッキーは、結婚式の時間に遅れたため、マーガレットの父親は腹を立てて貯金が
2万5千ドルできるまで結婚を許さぬと言い出したので、ラッキーは再びニューヨークにやって来た。
 
そしてラッキーは舞踊学校の教師ペニー・キャロルジンジャー・ロジャースと知り合いになり、素人のふりをしてペニーに弟子入り。ラッキーわざと不器用で物覚えの悪いふりをしたのでペニラッキーを叱り飛ばしたが、この事が原因校長ゴードンはべ二ーをクビにしてしまう
 
しかしラッキーは、べ二ーに習った踊りだと言って素晴らしい踊りを見せたので、ゴードンは驚き喜んで2人をチームとしてナイトクラブに出演させることにした。

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ポップ・カルデッティヴィクター・ムーアも同じ学校に弟子入りしていて、彼が原因で受付けのベル・アンダーソンヘレン・ブロデリックがクビになる。

ポップは彼の舞台衣装を買いに出たが、その金を賭博ですってしまう。
その代わり夜会服を着た酔いどれ紳士を連れて来たので、ラッキーは賭をして服を巻き上げようとする。
 
ところが勝負は紳士の勝ちとなって、ラッキーは裸にされてしまう。
このため出演は延期となり、ラッキーはペニに絶交を宣言されたが、メーベルの取りなしで仲直りする。
 
しかし今度はクラブの持ち主シムプスンがインチキ師レイモンドにバンドを取られてしまう。ラッキー、ポップ、メーベル、ペニの4人はレイモンドに復讐戦を申し込んで大勝を博しバンドを取り戻し、試験は大成功裡に終わった。
 
ラッキーの貯金はたちまち増えたが、今ではペニを愛するラッキーは貯金が2万5千ドルに達しないように苦心する。ペニは彼の婚約をポップから聞いて失望し、また腹を立てる。
 
ラッキーはシムプスンと共同でナイトクラブを経営する事になったが、開場式の夜、レイモンドにダイスで負け、ペニの契約権もその方に移ってしまう。失望したペニは以前から彼女を愛していたバンドの指揮者ロメロと結婚の約束をする。
 
式の当日、ロメロはラッキーの嘘と策に乗せられ、ズボンを取り上げられたので遂に式はお流れとなり、結局マーガレットと婚約を解消したラッキーとペニは仲直りをして結婚するのだった(MovieWalker)
  
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1936年製作だが、アメリカの豊かさが目立つ。
日本はと言えば、この年(昭和11年)2月に「2.26事件」が起こり、東京市(当時)では戒厳令が布告されるなど、やや不穏な時代でもあった。数年後には太平洋戦争(第二次世界大戦)に突入。「欲しがりません、勝つまでは」という時代となった。

さて、映画は、タップダンスで天才的な芸を見せたフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのダンスがワンテイクで長々と踊るシーンが印象的だった。随所にユーモアも含まれ、ラブコメディの色彩が強い。

当時の結婚衣装に関して、ファッション的に男のズボンに「折り返し」があるかないかが大きなポイントとなっていた。音楽家(指揮者)の新郎のズボンを仕立てるといって、隠してしまい、だぶだぶの仮のズボンをはいた音楽家を見て「テンポとズボンが落ちなければいいがな」だった(笑)。

抱腹絶倒のシーンがある!
婚約中の主人公たちだがしばらく離れているうちにそれぞれに好きな相手ができてしまう。再会した時に、それぞれが「好きな人ができた。別れてほしい」となかなか言い出せない。女が、そのこと(=別れてほしい旨の)紙を渡すと、男は、まさかと思い笑いをこらえきれないのである。両方ともハッピーというわけ。

戦前・戦中のハリウッド映画にありがちな、ミュージカル&ロマンスを描いたハッピーエンドの物語だった。

 テーマ曲
(テーマ曲:The Way You Look Tonight)


☆☆☆


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ミュージカル映画「ステート・フェア(原題:STATE FAIR、1945)を見た。
「オクラホマ!」「ジョニイはメリーを愛する」等の音楽作者チームとして名高いオスカー・ハマースタイン2世とリチャード・ロジャースが作詞作曲したミュージカル映画。ミュージカルはMGM だけじゃない、といいたげ?な20世紀フォックスのミュージカル映画。
 
かつて映画化されたことのあるフィリップ・ストロングの小説を「アメリカ交響楽」のソニァ・レヴィンとポール・グリーンが改作し、作詞者ハマーンが脚本を書き、「センチメンタル・ジャーニー」のウォルター・ラングが監督
 
「ブルックリン横町」のレオン・シャムロイが撮影したテクニカラー色彩の1945年作品。主演は「我等の生涯の最良の年」「影なき殺人」のダナ・アンドリュースのほかは新人が多かったようだ。

新人歌手スターのジーン・クレイン、新進の歌手スターのディック・ヘイムスさらに新進ヴィヴァアン・ブレーンなど。ほかに「美人劇場」のチャールズ・ウイニンジャー、「町の人気者」のフェイ・ベインタードナルド・ミークフランク・マクヒューパーシー・キルフラィド等が助演。音楽は「剃刀の刃」のアルフレッド・ニューマンとチャールズ・ヘンダーソンである。
 
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舞台はアメリカ中西部のある田舎フレイク夫妻息子も娘も大きくなったし、主人エイベルは年一回の州主催共進会」(ステート・フェア)養豚一等賞を、妻のメリッサ漬け物一等を取るのが望みである。

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デーヴ・フイラーはエイベルをからかって、一等は取れない、たとえ取れても不幸なことが一家に起こるに相違ないケチをつけ、かけをする。
 
エイベル自慢の豚にブルー・ボーイ命名し、メリッサは腕によりをかけて漬け物作りだ。娘マジージーン・クレーン共進会記事をとりに町から来た新聞記者パット・ギルバードダナ・アンドリュース好きになる

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パットは皮肉屋都会ずれがしていて、純情とはいえない青年だが、彼女は彼が心の奥底善良だと直感したのだ。パット都会の若い女に見られない純情な美を彼女に見というわけである。
 
イメージ 2歌が得意の息子ウェインは町から来た歌い手のエミリー・エドワーズヴィヴィアン・ブレインが好きになり、2人合唱するのに夢中共進会ではブルー・ボーイ一等栄冠いただきメリッサ漬け物優等賞だった。
 
ところがパット消えていなくなり、エミリー一時結婚していということが分かって、マジーもウェイン失望落胆、どうやら賭デーヴの勝ちになりそうな形勢となる。
 
エイベルメリッサも賭けはそっちのけ子供たちの不幸が心痛だ。
しかしパットシカゴ新聞社から電報呼ばれて急行していたので、引き返し来てジーに結婚申し込むし、ウェイン純真エリナーという乙女連れて、レイク家へ帰ってくるというおめでた続きで、エイベルメリッサも大ニコニコとなったのである
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・・・
物語の起伏に乏しく、大きな事件もなく、ハッピーエンドの、ややお気楽映画だった。ただ、マージーを演じたジーン・クレーンという女優は、その美貌で印象に残る。この映画は戦時中の1945年に製作された映画で、アメリカの田舎でも豊かさを垣間見ることができる。歌の中に、”エアコン付きで家は合理的”と言った歌詞があった。

イメージ 1また、ハンバーガー(「ビッグマック」のような)も登場(日本には1971年にマックが上陸)。アメリカでは、各州ごとに、年に一度のお祭り(=ステート・フェア)という催しがあって、品評会などを行っていたようだ。ジェット・コースターなどのシーンは今見ても古さを感じさせない。豚の鳴き声が、音楽にかぶさって低音のバスのようだった(笑)。

■「ステート・フェア」とは。
「ステート・フェア」(State Fair)は19世紀に、家畜の品評会や農産品の展示会を通じて、州の農業を促進するために始まった。やがて20世紀に全米的な工業化が、そして21世紀に入ってサービス経済化が進むと、ステート・フェアは各種の遊具を設置したり、工業製品を展示したり、自動車のレースを行ったり、コンサートなどの娯楽的な催し物を行ったりと多様化してきた。

全米で初のステート・フェアは、1818年に始まった、メイン州中部の町スカウヒーガーで開かれるスカウヒーガン・ステート・フェアである。古くに始まったステート・フェアの1つに、1849年に始まった、デトロイトで開かれていた(旧)ミシガン・ステート・フェアがあったが、2009年に州政府の予算削減により、その160年の歴史に幕を閉じた。
 
ステート・フェア(原題:STATE FAIR
1945年/アメリカ/20世紀FOX/日本公開1948年/100分)

【監督】ウォルター・ラング
【製作】ウィリアム・パールバーグ
【脚本】オスカー・ハマースタイン二世(原作:フィリップ・ストング)
【作詞】オスカー・ハマースタイン二世
【作曲】リチャード・ロジャーズ
【出演】ジーン・クレイン、ダナ・アンドリュース、ディック・ヘイムズ、ヴィヴィアン・ブレイン、チャールズ・ウィニンガー、フェイ・ベインター、ドナルド・ミーク、フランク・マクヒュー、パーシー・キルブライドほか.

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