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fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!)
★「9月1日から「はてな」ブログに移りました。https://fpd.hatenablog.com/

書庫▶洋画 '20〜'60年代

この時代は、1969年を除いては、ほとんどがリバイバル、二番館での観賞か、TVの洋画劇場、一部VHS,DVDなどが中心。
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イメージ 3「M」などで知られるフリッツ・ラング監督の「暗黒街の弾痕」(原題:You Only Live Once,1937)を見た。ウォルター・ウェンジャー・プロのユナイテッド・アーチスツ傘下に於ける第一回作品。犯罪者の逃避行もので、この分野ではクラシック的な作品。
 
主演は「激怒「丘の一本松」などシルヴィア・シドニーと「月は我が家」「丘の一本松」のヘンリー・フォンダ

共演は、「ギャングの家」のバートン・マクレーン、「鉄人対巨人」のジーン・ディクソン、「ロイドの牛乳屋」のウィリアム・ガーガン、「宝島(1934)」のチャールズ・チック・セールほか。
 
自動車強盗2回、銀行強盗1回と計三度の刑務所生活を送ってきた主人公が、今度こそ堅気の仕事につこうとするが、前科者のレッテルから、雇い主から拒絶され、運悪く現金輸送車の犯人の濡れ衣を着せられてしまう。そこから再び歯車が狂い始めて、新婚の妻と逃亡生活に。その後の「俺たちに明日はない」の原型のような映画だった。
 
・・・
恋人ジョーン(シルヴィア・シドニー官選弁護士スティーヴン・ウィットニー(バートン・マクレーン)が運動したおかげで、前科三犯のエディヘンリー・フォンダは保釈出獄を許される。
 
ドーラン神父(ウィリアム・ガーガン)に送られ自由の身となったエディは、ウィットニーの世話である運送会社のトラック運転手となる。
 
ジョーンの姉ボニー(ジーン・ディクソン)はのジョーンがエディと結婚することに反対し、彼女に恋をしているウィットニーと結婚するように勧めたが、ジョーンは即日エディと式を挙げてしまう
 
前科者と蔑む世間の冷たい眼は冷たい。
そんな世間から苦しめられながらも、二人に幸せな日が続いていた。
郊外に庭園つきの小住宅を月賦払いで買うことになり、そこへ引移った日、エディの雇主は遅刻を理由に、非情にも彼をクビにする。
 
なんとか職を見つけようと狂ったように町をさまようエディだが、前科者の烙印がどこまでも前途を妨げた。その頃、毒ガスを用いて銀行を襲撃し、現金を積んだトラックを奪取した怪盗がいた。
 
乗り捨てた自動車には、エディの頭文字の入った帽子が残されていた。       直ちにエディ逮捕の網が張られる。エディはジョーンに帽子は盗まれたので身に覚えがないことを告白し、逃走しようとした
 
しかし、ジョーンは無実を証明するため自首を勧める。                  そこへ警官が現れて彼は捕縛され、裁判の結果死刑が宣告された。         執行の当日、エディは囚人マグシイの助けを得て自ら負傷して病室に移された時、医師を人質に脱獄を計った。
 
その時、銀行破りの真犯人がトラックもろとも河中に転落水死しているのが発見され、エディの釈放状が届いた。ドーラン神父は拳銃を構えたエディのもとへその知らせを持って近づくが、彼は官憲のトリックと思い、神父を射殺して逃走する。
 
ウィットニーは、ジョーンに自分の車を提供して二人を逃がす。             神父を殺した悔恨に悩みながら、二人の長い逃避行が続く。

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野に伏し山に寝て、その中にジョーンには赤ん坊が生まれた。             秘かに子供をウィットニーとボニーに托した二人は、ようやく国境近くまでたどりつく。その時、警官隊に発見され、抱き合ったまま銃弾を浴びて崩れるように倒れるのだった(MovieWalker、一部加筆)
 
・・・
「007は二度死ぬ」の原題(You Only Live Twice)と紛らわしい。
こちらはYou Only Live Once(一度だけ生きる)。

シルヴィア・シドニーという女優は1929年に「疑惑晴れてで本格的に映画デビューその後はフリッツ・ラングアルフレッド・ヒッチコックといった巨匠監督の映画に続々出演。

特にフリッツ・ラング監督からは重要視されていたようで、何本かの主要作品に出演。1973年にはアカデミー賞ノミネートされ、その演技高く評価され。作家としての才能も発揮、1970年代に本を出版。晩年はティム・バートン監督などの映画に出演し、年を重ねてもその健在ぶりを発揮した。1999年に88歳で亡くなるまで約70年間映画で活躍した。ヘンリー・フォンダが映画デビュー3年目で30歳前後で若い。

主な出演者:
ジョーン・グレアム:シルヴィア・シドニー
エディ・テイラー:ヘンリー・フォンダ
スティーヴン・ホイットニー:バートン・マクレーン
ボニー:ジーン・ディクソン
監督:フリッツ・ラング
製作総指揮:ウォルター・ウェンジャー
脚本:ジーン・タウン、C・グレアム・ベイカー
音楽:アルフレッド・ニューマン


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セシル・B・デミル監督・製作の傑作西部劇「平原児」(原題:The Plainsman, 1936)を見た。「オペラ・ハット」同様リー・クーパージーン・アーサー引き続き主演。娯楽大作であると同時にガン・アクションも見どころ。
 
この映画には、リンカーン大統領のほか、南北戦争後に西部で活躍したバッファーロー・ビル、ワイルド・ビル・ヒコック、カラミティ・ジェーン、カスター将軍など実在した著名人物が登場するところが興味深い。
 
共演は「疾風無敵男」のジェームズ・エリスン、「新世紀」「運河のそよ風」のチャールズ・ビックフォード、デミルが新たに発見した新人女優ヘレン・バージェス、「将軍暁に死す」のポーター・ホール、「罪じゃないわよ」のジョン・ミルジャン、「化石の森」のポール・ハーヴェイなど。撮影は「十字軍」「クレオパトラ(1934)」のヴィクター・ミルナー担当。
 
・・・
1865年、リンカーン大統領を中心に会議が行われていた。南北戦争が終了し、除隊した兵隊たちの今後の職について話し合われていた。新聞のコラムには「若者よ、西へ」という文字が踊る。会議中に、リンカーンの妻が、劇場に行く時間だと大統領を呼びに来る。ほどなくして、正義の士リンカーン大統領が暗殺される
 
そんな中、私欲のためには国家などは眼中にないという輩は、南北戦争が終結したあと、金儲けをたくらむ。売れなくなった銃器をインディアンに密売始めたのだ

中でも、ジョン・ラティマーはそうした銃器の売りさばきを指揮して、中西部のインディアン集落と連絡を計っていた。
 
新しい希望に燃えた移住民たちとともに、中西部の広野熟知している快男児ワイルド・ビル・ヒコックゲーリー・クーパーが西に向かう。奇しくもヒコックは、親友のバッファロー・ビル・コディジェームズ・エリスンとその新妻ルイザ(ヘレン・バージェスと同船することとなる。

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セントルイスに船が着くと、ワイルド・ビルヒコックは恋人の厄の神”カラミティ・ジェーンジーン・アーサーと再会した。ジェーンは女の御者だが、言い寄る男どもには得意の鞭をくれてやるので「厄の神」というあだ名がついている男勝りの女だった。

ワイルド・ビルはフォート・パイニーがインディアンに包囲されて危険に迫っていることを聞き、カスター将軍に知らせる。将軍は弾薬輸送隊を編成し、道案内役をバッファロー・ビルに命じるMovieWalker一部抜粋、加筆)
 
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シャイアン一族などインディアンが登場するが、インディアンの中にも片言の英語を話す人物もいて、「白人、ウソつき、インディアン・ウソつかない」などといったインディアン独特のステレオタイプの言葉も登場していた。
 
西部劇の一つの原点のような作品で、インディアンと南北戦争後の元兵士たちからなる開拓者たちとの軋轢(あつれき)、闘いなどを描いている。
 
見どころの一つは、男勝りのカラミティ・ジェーンを演じたジーン・アーサー
ジーン・アーサーというと、映画出演の最後となった「シェーン(1953)がまず頭に浮かぶ。開拓農民の妻を演じた。1920年代から1930年代に活躍し「オペラ・ハット」は代表作の1本。
 
「道」「アラビアのロレンス」などで後に有名になる前の若き日のアンソニー・クインも出演していたが、この映画の1年後、監督セシル・B・デミルの娘婿になっている。

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ゲーリー・クーパーのダンディぶりからも当時の人気がうかがえる映画だった。
 
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西部の男」(原題:The Westerner,1940、日本公開1951)を見た。
「嵐が丘」(1939)などのウイリアム・ワイラー監督。ワイラー監督は、のちに「ベン・ハー」「我等の生涯の最良の年」「ローマの休日」などの名作がある。音楽はアルフレッド・ニューマンとディミトリー・ティオムキンが担当。

イメージ 5主演はゲーリー・クーパーだが、判事ロイ・ビーンを演じたウォルター・ブレナンが味わい深い演技を見せている。
 
いまさらだが西部劇は、Westernの訳語で19世紀後半のアメリカ西部開拓時代に当時フロンティアと呼ばれた未開拓地であった主にアメリカ西部を舞台にした小説映画。「西部の男」では最初に「南北戦争後、人々は西部を目指した。そこでは判事ロイ・ビーンが絶大な権力を握っていたが、テキサスの地では争いが必至…」といった文字が流れる。
 
もともと地元にいる牛飼いたちのところに、政府の許可を得て、農民の入植者たちがやってくるが、土地の所有などを巡って争いが起こっていた時代である。
 
・・・
舞台は1880年代のテキサス。
牧畜業者の天国だったこの土地へ、新天地を求める農民が移住して来るようになってから両者の間には常に闘争が絶えなかった。土地の実権を握るロイ・ビーン判事(ウォルター・ブレナンは、酒場の経営者で、牧畜業者の後盾として農民に迫害を加えていた。
 
馬泥棒の嫌疑で捕えられたコール・ハードンゲーリー・クーパーは、判事が女優リリー・ラングトリーに憧れを抱いているのを知ると、自分はリリーの髪の毛を持っていると偽って、その髪を欲しがる判事に判決を保留させることに成功した。

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             「リリーの髪はどこにある?」「それは、エル・パソに・・・」

牧童の横暴に憤激した農民が、判事に私刑を加えようとした時、コールは両者を調停し、リリーの髪の毛を与えることを条件に、牛群を農民の土地以外へ移させることを、判事に約束させた。
 
コールは、マシューズ老人の娘ジェーン=エレン(ドリス・ダヴェンポートから髪の毛を貰い、リリーのものと称して判事に渡した。牛の害もなくなり、その年は豊作であった。
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                 「思い出に髪を切らせてほしい。」

感謝祭の当日、農民たちはダンスに興じたが、その虚に乗じて、判事は牧童を率いて農場や作物に焼き打ちをかけた。騒ぎにまきこまれ、マシューズ老人は非業の死をとげた。
 
焼け跡で、断じてこの土地は棄てないと言いきるジェーン=エレンを見て、コールは判事の酒場に馬を走らせた。リリーが近くに興行に来るというので前景気をあおっていた判事の酒席に乗込み、コールは、判事に焼き打ちの責任を自白させ、更にその足で保安官を訪ねて、判事の逮捕状を発行させると共に、自ら副保安官となり判事の捕縛に向かった。
 
判事はリリーの公演の切符を買占め、ただ1人劇場にはいって行った。
幕が開くと、舞台に立っていたのはリリーではなく、コールだった。烈しい拳銃戦が展開され、ついに判事は、コールの弾丸によって、憧れのリリーの足許に倒れて息絶えたのだったMovieWalker)
 
・・・
この映画にロイ・ビーン判事が登場する。「ロイ・ビーン」(1974年公開)でポール・ニューマンが演じていた、飲んだくれの判事で、ちょっとした罪でもすぐに縛り首にしてしまう判事だった。悪名高きロイ・ビーンといえるかもしれない。
 
「西部の男」に登場するロイ・ビーンは、自身が法律であると豪語し、ろくな裁判もせず「バーが法廷」であり、取り巻き数人を陪審員に見立てて形式的に審議させるが、たいていはロイ・ビーンの意向を受けているので「有罪」であり縛り首にしてしまうのは同じだった。

子牛を殺したということでちょうど縛り首が行われたところに、”牛泥棒”として捕まりやってきたのがコール・ハードンゲーリー・クーパー)だった。牛を盗んだ男から知らずに60ドルで牛を買っただけだったのだが・・・。
 
牛泥棒は縛り首と相場が決まっていた。”陪審員”はもちろん全員が有罪判決。ロイ・ビーンはそれを受けて、縛り首を言い渡すが「いつ」とは言わなかった。
 
酒場にはリリー・ラングドリーという美人女優のポスターが貼ってあった。ロイ・ビーンはリリーにぞっこんだった。コール・ハードンは、機転で「実はリリーの本物と何回も会ったことがある。記念にリリーの髪を持っている」とビーンに耳打ちしていた。エル・パソに置いてあリ、持ち帰るまでに3週間かかると伝えていたのだ。

その髪を見せてほしい、ぜひ欲しいと、刑の執行を猶予したというわけだ。その後、ハードンに牛を売りつけた人物が現われ、その人間はハードンとの撃ちあいで死んでしまう。無実は証明されたものの、死人でさえ形の上で縛り首にされた。
 
地元の土地を守ってきたマシューズ老人を殺された娘のジェーン=エレンは、トウモロコシの栽培などで未来に希望を抱いていたが、そこには流れ者だったハードンがいた。
 
・・・
ゲーリー・クーパーといえばかっこいい保安官といったイメージが強いが、この映画では、どちらかというと、不器用で嘘八百を並べるが憎めない人物だった。ウォルター・ブレナン扮するビーン判事と飲み比べをして、翌日には、どちらも二日酔い。ビーンは寝違えると首が回らなくなり、ハードン(クーパー)がひねってやると、首が直り「ありがとう」だった。

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          「リリー、こちらビーン判事。あなたの長年のファンです。」

リリーが近くの街に公演に来るというと、ビーンは全チケットを買い占めて、一人で舞台を眺めるために前列真ん中に居座る。しかし舞台に現われたのはハードンだった。ビーンはハードンとの壮絶が銃撃戦の果てに行き絶え絶えに。それでも、ハードンに促されて、息を引き取る前に舞台裏で、わずかな時間、本物のリリーと対面する。
 
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ジャン・ギャバン主演のフランス映画「霧の波止場」(原題:Le Quai des brumes、1938、日本公開1949年)を見た。”犬(ワンコ)”(無名)が泣かせるので、要注意(笑)。

霧に煙る波止場に、わけありの人々が集まり、さまざまな出来事があって、脱走兵の30代の男と17、8歳の美少女が恋に落ち、二人で外国に脱出を図ろうとするが、悲劇的な結末を迎えるというストーリー。
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男のそばにいつもついて回る野良犬のワンコが全編に登場するが、”主人”の悲劇を知らずに街をさまようさまは”忠犬ハチ公”そのもので泣かせる。
 
ミッシェル・モルガンは映画出演時は17歳だが、大人びて見える。大きな目が特徴で美しく眼力がある。ジャン・ギャバンは、34歳くらいで、晩年の渋さはないが、哀愁を漂わせている。
  
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・・・
フランスの港町ル・アブールまで20キロの場所ジャン(ジャン・ギャバン)はさまよっていた。歩いている途中で、トラックの運転手にル・アブールまで乗せてもらう。ジャンは波止場のボロ小屋同然の酒場パナマたどり着いたそこには訳ありの人間ばかりがいた。お互いにそれぞれの素性は詮索しない。そんな中に、黒のまだらのある白い犬もいた。

ジャンはフランスの植民地支配下におけるベトナムで兵役に就いていたのだが、そんな兵役に嫌気がさして、脱走して逃げていたのだった

しかし、パナマ」で人生に絶望していたのはジャンだけではなく、お客として先にた売れない画家ミシェル(ロベール・ル・ヴィギャン)もその一人だった。ジャンとミシェルはお互いに人生に対する不平不満を言いあっていた

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ジャン(ジャン・ギャバン)とネリー(ミシェル・モルガン)

ジャンはネリー(ミシェル・モルガン)という若い女性がることに気づく。ジャンはネリーと話しているうちに安らぎを感じ。ジャンとネリーの2人が楽しそうにしているのを見て、ミシェルはある決意をする。

ジャンとネリーはパナマを出て波止場を歩いていると、波止場をうろついているヤクザのリュシアン(ピエール・ブラッスール)たち3人が絡んでくる。しかし、ジャンはリシュアンを追い払ってしまう。そしてジャンとネリーはその日の晩に会う約束して別れる。

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         画家として別人になりすましパスポートを持って出港を図るジャン。

ジャンはベネズエラ行きの船に乗って、新しい人生を始めようとしていた。
ぎよくネリーと別れるつもりだったジャンだったが・・・。思わぬ悲劇が襲う。

覆われ波止場の雰囲気がよく出ていている。そして、いつの間にかジャンに付き添うようになる野良犬の存在もこの映画に深みを与えている

ジャンは、身分証明書も旅券も手に入れ、船には手荷物と、犬をロープでつないで、最後にネリーに別れのあいさつのため出港前にいちど、船を降り、ネリーに会ったのだが、その後再び乗船しようとした矢先に、チンピラの仕返しの凶弾に倒れたのだった。

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           船に残されたワンコは、主人が戻らないことに不安を・・・?。
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                   おかしい。なぜ、主人は来ない!
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                    探しに行くしかない!
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               主人を探しに闇の中に消えていくワンコ。

船の出港の汽笛の音がなっているのに、”主人”が現われないことから、犬(ワンコ)は、ロープを懸命に引っ張りちぎって、船を降りて街をさまようのだった。主人が帰らぬ人となっているのは知る由もない(泣かせる)。

・・・
この映画は上映に当たっては困難に直面したというテロップが最初に流れる。1939年の第二次大戦前であったことによるもので、その内容(字幕)は以下の通り。
 
「製作には当初から多くの困難が伴った。脚本は撮影前に軍の検閲を受け、プロデューサーは監督に不適切なシーンの削除を要求。1939年9月の開戦後に上映打ち切りとなるが、1941年1月に再上映が許可された。オリジナルのネガフイルムは未完成のままだったが、幸い1938年のプリントが保温されており、劇場公開前に監督が行った編集により近い形での修復が可能になった。(以下省略)」

監督は「天井桟敷の人々」のマルセル・カルネ
ミシェル・モルガンは、映画デビュー2年目で、この映画によりスターの地位を確立した。主な映画では「夜の騎士道」「落ちた偶像」「田園交響楽」「狂熱の孤独」などがある。

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イメージ 2黄金の腕」(原題:The Man with the Golden Arm1955)を見た。テレビの洋画劇場でかつて見ているはずだが、ほとんど忘れていたので、再見。”名作に進路を取れ!”。

麻薬中毒者に扮するフランク・シナトラは、その禁断症状に苦しむ迫真の演技によりアカデミー主演男優賞ノミネートされた。そのほか作曲賞エルマー・バーンスタイン美術賞ジョセフ・C・ライトダレル・シルヴェラもノミネートされたが受賞を逃した。
 
映画に初めてモダンジャズが映画音楽として登場した作品。オープニングから、50年代の映画音楽のスタンダードにもなったあのジャズが流れる。このテーマ曲は、途中で数回流れるがいずれも主人公が、麻薬に再び手を出してしまうなどの場面で効果的に使われている。

映画を見ていないという人も、このジャズの音楽を聞けば、「あ、この音楽だったか」と納得するはず。 こちら↓。

 ジャズのテーマ曲
 
↑この音楽、映画の中で、ハイライト・シーンになると必ず登場し、耳に残る。

また、シンプルな複数の直線などが印象的なタイトルデザインは、のちに「北北西に進路を取れ」「ウエストサイド物語」などを手がけたソウル・バス

ソウル・バスのタイトル・デザインと音楽の導入部はこのようなもの↓。

 しびれる導入部
 
原題の“黄金の腕”とは、カード・ギャンブルの名手フランキー(フランク・シナトラ)のあだ名である。決して金色をした義手ではない(笑)。
 
・・・
イメージ 3カードの名手フランキー・マシーン(フランク・シナトラは、六ヶ月の療養所生活を終え、古巣の町に戻ってきた。アパートには車椅子生活の妻シュ(エリノア・パーカー)が待っていた。
 
夫の飲酒運転の結果、背中と足を怪我したのだが、実はすで足は治っており、車いすは偽装だった。フランキーが自分から離れないようにするために、不具を装っていたのだ。フランキーは博奕打の暮らしに戻りたくはなく、施設で持ち前のリズム感を生かしドラムの修行を受けていた
 
しかし、妻にとってディーラーの彼こそがよき稼ぎ手であり、そのため再び麻薬に手を出すことも厭わないといった気配を漂わせていた
 
売人のルイがフランキーを利用して金儲けしようと影のようにつきまとう。そんなフランキーを親身に心配してくれるのは、酒場のホステス、モリー(キム・ノヴァク)だけだった。そのモリ―にも今はヤクザな別の男がいた。やがて、フランキーにドラマーのオーディションの口がかかる。

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恋人の目を盗んで練習に部屋を提供してくれたモリーの期待に背き、腐れ縁から受けた賭博が長丁場になり、その間、麻薬を打ち続けたフランキーは完全なジャンキーとなって、楽団入りのチャンスを逃してしまう・・・
 
・・・
クスリ(麻薬)の売人の男ルイは、「一度でも麻薬に手を出すと、必ず二度、三度と手を出し、抜けられなくなる」と語っていたが、主人公のフランキーもまさにそうだった。

「ヤク(麻薬)は抜けた」とドラマーの新しい人生を歩もうとするが、手が震えてきて、禁断症状もMAXとなり売人に注射を迫る姿が恐ろしい。注射1本が5ドルという。当時の5ドルは、映画でホットドッグが10セント(100円)とあったところから見ると、5,000円相当か。
 
夫に別の女がいるのではないかと疑う妻(エリノア・パーカー)は、車いすの偽装をしているが、ある拍子に妻が立ち上がって、足はピンピンしていることが暴露されるシーンは圧巻。

しかも、麻薬ディーラーを階段から突き落として殺してしまっていたので、最後には自ら身投げして自殺してしまう。殺人の嫌疑をかけられていたフランキーは呆然とするばかりだった。

このエリノア・パーカーは「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)にも出演しているが、代表作は「女囚の掟(原題:Caged)「探偵物語」(原題: Detective Story1951)などがある。
 
キム・ノヴァクの熱演も光る。
ノヴァクは、1950年代に多くの映画に主演し、ピクニック(原題: Picnic,1955)、をはじめ「愛情物語(原題:The Eddy Duchin Story1956)、アルフレッド・ヒッチコック監督のめまい原題:Vertigo1958)などの作品は日本でも大ヒットした。

この映画は何といっても、フランク・シナトラ
すでにアメリカの大歌手としての地位を築いていたが、ややブランクがあり、1953年にguchさん一押しの傑作「地上(ここ)より永遠(とわ)」(原題:From Here to Eter-nity, 1953)でアカデミー賞助演男優賞を受賞。

これはフレッド・ジンネマン監督の第二次世界大戦前夜のアメリカ軍兵士を描いた文芸映画。脇役であるイタリア系アメリカ人兵士「マッジオ」役に抜擢され、結果的にこれが大きな転機となった。この後、俳優としても「黄金の腕」により不動の地位を築くことになった。

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