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fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!)
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今村昌平監督の「『エロ事師たちより』人類学入門」(1966)を見た。
原作は、野坂昭如の長編小説「エロ事師たち」。当時33歳の野坂の小説家としての処女作で、文学的にも高い評価を受けた代表作
 
一言でいえば、人と世の色と欲を描いた社会風刺劇世の中の男ども「エロ」を満たすため網を潜り、あらゆる享楽を求める動物。そうした需要に応えるべく”エロ事師”が趣向を凝らし提供することを使命とする中年男の物語

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主人公の緒方義元の口癖は「人間生きる楽しみいうたら食うことと、これや。こっちゃの方があかんようになったらもう終りやで。」と、エロと名のつくもの総てを網羅して提供することに夢を抱いている。その姿を、時にはグロテスクで滑稽に、またあるときは哀愁を漂わせたユーモアで描いている。
 
映画公開時のキャッチコピーは「みんなに感謝されながらパクラレる運命の人・エロ事師たち! その哀歓を通して現代日本に鋭いメスを入れる衝撃の異色喜劇大作!!」だった。同年度のキネマ旬報ベストテンの第2位となり、小沢昭一は主演男優賞を受賞した
 
・・・
スブやんこと緒方義元(小沢昭一は関西のある寺に生れたが、ナマグサ坊主の父親とアバズレ芸者の義母の手で育てられた。高校を卒えて大阪へ出て来たスブやんは、サラリーマンとなったが、ふとしたことからエロ事師の仲間入りをしたのがもとで、この家業で一家を支えることになった。
 
彼の一家とは彼が下宿をしていた松田理髪店の女王人で未亡人の春坂本スミ子と彼女の二人の子供、予備校通いの幸一と中学三年生の恵子である。
 
スブやんは春の黒髪と豊満な肉体に魅かれてこうなったのだが、春にとっては思春期の娘をもって、スブやんを間に三角関係めいたもやもやが家を覆い、気持がいらつくばかりだ。
 
そして、歳末も近づいた頃、遂に春は心蔵病で倒れた。スブやんは病人の妻と二人の子供をかかえて、動くこととなった。仲間の伴的は暴力団との提携をすすめたが、スブやんは質の低下を恐れて話を断わり、8ミリエロ映画製作に専念したのだが・・・
 
・・・
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坂本スミ子の気がふれた狂気の演技がインパクトがある。
水槽の大きな金魚がまるで人間世界を観察しているようにも映る。
水槽から映し出される画面が揺らいで映し出されたり、鉄格子の中に閉じ込められた春(坂本スミ子)が、鉄格子のまま、海上に現れたりと、実験的な映像も多く見られる。この時に流れる音楽は当時流行り始めたグループサウンズの曲だった。

ポルノ映画撮影、集団売春、乱交、ダッチワイフの制作、様々が描かれる。
この映画は、一度見ていたはずだが、ほとんど忘れていた。モノクロで、1960年代の世相なども反映している。大阪が舞台で、全編関西弁だが、ブルーフィルム映画(いわゆるエロ映画)の撮影のシーンから始まるが、言葉が聞き取りにくい。
 
ラストシーンには”オチ”があったのが面白い。
三島由紀夫は、原作について「これは一種の悪漢小説であるけれど、おそろしいほど停滞した、追ひつめられたピカレスクであり、谷崎氏の「」や「瘋癲老人日記」のやうな有閑老人の性生活とはちがつて、一つの職業非合法な)の報告であるところに意味があるのだ」と論評している。

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☆☆☆


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イメージ 2打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」(1995)を見た。1人の少女と二人の少年の瑞々しい恋を懸けた勝負の行方は…という展開は「小さな恋のメロディ」のようでもあり、花火大会をめぐる子供たちの生き生きした会話などは「わんぱく戦争」(古い!)や「スタンド・バイ・ミー」のような自然さがいい。監督は「Love Letter」の岩井俊二。
 
・・・
釣り道具屋の小学生の島田典道(のりみち、山崎裕太安曇祐介半田孝幸は仲の良い友達だが、実は2人とも同級生の及川なずな奥菜恵の事が好きだった。しかしなずなの両親が離婚し、彼女が母親に引き取られて2学期から転校することになっているとは、2人には知るよしもなかった。
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親に反発したなずなは、プールで競争する典道と祐介を見て、勝った方と駆け落ちしようとひそかに賭けをする。勝ったのは祐介か?典道か?一瞬の勝負のあとから、AパートとBパートで異なる2つの物語が展開する。
 

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■Aパート
順調に泳ぐ典道だったが、プールのヘリに足をぶつけて負けてしまう。勝った祐介はなずなに「花火大会に二人で行こう」と誘われる。しかし、祐介は男友達の考えた「打ち上げ花火は横から見たら丸いのか?平べったいのか?」を優先し、なずなとの約束を破ってしまう。

それを知らないなずなは彼の実家の病院で散々待たされ、足の治療に来た典道に「典道はこないって」と言われる。「あ、そう」と素っ気無く答えるなずなだが「君を誘ったらどうしてた?」と聞くなずな。典道は「俺は裏切らない」と返す。

しかし、この時、なずなはすさんだ表情の母親(石井苗子)がやってきて、なすすべなく連れ戻されてしまう。怒った典道は祐介を殴り倒すと「あの時、俺が勝っていれば」と後悔する。

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■Bパート
足をぶつけることなく勝った典道はなずなに「花火大会に二人で行こう」と誘われ、男友達にも「打ち上げ花火は横から見たら丸いのか?平べったいのか?」と誘われる。しかし、なずなとの約束を優先し、バスに乗せられ駅で降りた。

なずなは時間が経つにつれ態度を変え駆け落ちせずバスで戻り、学校のプールに忍び込み水遊びをした後、「2学期で会おう」と叶うことのない約束をして典道の元を去っていく。一方祐介達は灯台に向かうも花火はすでに終わってしまった。
 
典道は祭りで彼氏を連れた三浦晴子先生麻木久仁子から花火師を紹介してもらい、花火を一発打ちあげてもらう。典道は下から、祐介達は横から花火を見ることができた。
 
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奥菜恵は撮影当時13歳。映画のなかで、化粧して駆け落ちを試みるが「東京に行けば、夜の仕事もあるし、16歳に見えるかな」と典道に言うセリフがあるが、13歳にしては大人っぽい。

麻木久仁子32歳と若い。最初気がつかなかった。ほかに光石研田口トモロヲなどが出演。
 
当時は若手のテレビドラマ監督・脚本家であった岩井俊二の評価と知名度を一気に上げ、映画製作に進出させるきっかけとなった作品2017年に、この映画のアニメのセルフリメイク作品を発表している。
 
★★ (悪くはないが、☆3個まではとどかず)。


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映画「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」(1985、ATG)を見た。
かなり長いタイトル。姉の倍賞千恵子が、日本の家族を支えるしっかりものの女性を演じているのに対して、倍賞美津子は、どちらかといえば野性的で、バイタリティのある女性像を体現している。
 
松竹大船撮影所の森崎東が、監督デビュー作「喜劇 女は度胸」以来のヒロイン女優倍賞美津子を主演に、日本アート・シアター・ギルド(ATG)が配給した喜劇映画。

主演の倍賞美津子が、第9回日本アカデミー賞で「恋文」「友よ、静かに瞑れ」とともに、第59回キネマ旬報ベスト・テンと第40回毎日映画コンクールでいずれも「恋文」とともに、それぞれ最優秀主演女優賞を獲得した。

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この映画は、長年DVD化はされていなかったが2012年(平成24年)初DVD化された。現在はビデオレンタル店で見ることができる。1996年(平成8年)3月8日、東映ビデオがVHSとしてリリースされていた。

映画評論家・橋本勝は本作について「原発で働く”原発ジプシー”と、東南アジアから日本への出稼ぎ女性”じゃぱゆきさん”」という「現代日本の底によどむ問題をあぶり出す」「たいへん重要な作品」であり「浮ついた喜劇ではない、現代日本の闇を果敢に告発している恐怖劇といった趣があります」と評している(Wiki)。

・・・
(ストーリー)
バーバラ倍賞美津子は15年ほどむかし、19歳のときにコザ暴動(注:1970年昭和45年)12月20日未明アメリカ施政権下の沖縄コザ市(現在の沖縄県沖縄市)で発生したアメリカ軍車両および施設に対する焼き討ち事件で沖縄をはなれたヌードダンサー。その恋人の宮里原田芳雄は、原子力発電所の定期検査にたずさわる、いわゆる原発ジプシーだが、今は暴力団の手先になっている。

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バーバラは、元教師の野呂平田満と一緒に旅に出て、久しぶりに福井県を訪れた。この地で彼女は、昔なじみのアイコ上原由恵と再会。アイコは頭の弱い娼婦で、「アイちゃんですよ。ご飯食べた?」が口癖。足抜けをはかったために、ヤクザに追われている。そんなアイコには、原発で働く安次(泉谷しげるという恋人がいたが、死んでしまったという。
 
ところが安次の墓に出向いたバーバラと野呂は、実は安次が生きていることを知る。安次は、原発事故で放射能を浴び、事故の詳しいことを知っていることがばれるのを恐れて、死んだふりをしていたらしい。アイコと安次は「じゃぱゆきさん」マリアとともに逃亡をはかるが、暴力団に見つかり、殺されてしまう。
 
アイコ殺しの罪を着せられそうになったのが宮里。
しかし宮里は反発し、暴力団員戸張小林稔侍を猟銃で射殺する。
バーバラたちは、事情を知ったため危険にさらされたマリアをフィリピンに帰してやろうと、密航を企てた。それを阻止しようと、暴力団や、悪徳刑事の鎧(よろい、梅宮辰夫が港にやってくる。撃たれて息を引き取った宮里にかわって、バーバラは猟銃をぶっ放し、悪漢たちを退治する。
 
結局マリアの乗った船は、船長真志城亀吉(殿山泰司が油を積まなかったために止まってしまったが、最終的に彼女はフィリピンに送還されることになった。船上からバーバラの姿を見つけたマリアは「あふれる情熱、みなぎる若さ、協同一致団結、ファイト!」と呼びかける。この「〜ファイト!」というのは、ヌードダンサー仲間の掛け声だった(Wikiより)。
 
・・・
この映画は、ドサ回りのダンサーの実態を描いているが、原子力発電(原発)の放射能の危険性を根底に描いているようだ。

主人公のバーバラは、たった一人のダンサーで、行く先々で同業のダンサー仲間と組むことはあるが、それぞれの場所で”箱”(ステージ)を紹介してもらう、いわばジプシーのような生活。バーバラのセリフに「”箱”だけ紹介してもらえば、あと寝るところは駅の待合室や、台所の土間にゴザ敷いて寝たり…」といった生活だ。
 
バーバラの恋人が原発の定期検査を行っている男で、国の原発施設の建設は、住民が少ない地域が選ばれているとして「万一事故が起こっても補償額が少なくて済む」などというセリフがある。
 
この映画が公開された1年後の1986年4月26日1時23分にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で原子力事故が起こっている。後に決められた国際原子力事象評価尺度 (INES) 最悪のレベル7(深刻な事故)に分類され、世界で最悪の原子力発電所事故の一つとされている
 
事故原因は、原子炉運用ルールの不徹底のほか、行政当局による事故の隠蔽、高レベル放射線により遠隔操作の機械が急激に大破・故障し、原子炉の暴走を食い止めるために数多くの人員が投入された事などとみられる。

人的被害は人類史上最悪といわれ、現在に至るまで、原子力事故の典型例として各種メディアで頻繁に引用されている事故2011年3月11日の東日本大震災の原発の放射能問題も考えると、30数年前に放射能事故の可能性を予見していたとも言える。
 
1980年代の時代背景を思い出させる映画でもあり、一部不適切な表現もあるがそのままにしているという冒頭の但し書きもあった。警察官を”ポリ公”と呼んだり…笑。
 
主な出演者:
バーバラ:倍賞美津子
野呂:平田満
正:片石隆弘
タマ枝:竹本幸恵
和男:久野真平
タケ子:小林トシ江
鎧刑事:梅宮辰夫
大内:左とん平
戸張:小林稔侍
船長:殿山泰司
安次:泉谷しげる
アイコ:上原由恵
ギン子:乱孝寿
宮里:原田芳雄


生きているうちが花、死んだらそれまで…は共感できる(笑)。

★★


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イメージ 2映画「満員電車」(1957、大映)を見た。 
監督市川崑で、主演川口浩
共演は川崎敬三、笠智衆、杉村春子、船越英二など。
 
サラリーマン社会風刺したコメディ、日本がまだ所得倍増計画などが打ち出される前の時期で、一流大学をでても、決して安定した生活がおくれるわけではないという話。
 
市川崑監督自身は、失敗作と位置づけているという記事を読んだが、サラリーマンが大挙して列車にすし詰め状態にされ、タイムカードを押すために、長い行列を作るなど、チャップリンの「モダンタイムス」のような機械文明の皮肉も感じられる。今も昔も社会構造などは変わっていないようだ。サラリーマン社会が中心の日本という国は、不思議な国である。
 
・・・
映画は、明治九年の総長告辞から始まる。
日本国最高学府における卒業式大学の風景だが、卒業生はわずか8人。
次の大正二年の卒業式では数十人になり、昭和元年には数百人となり、現代は…と変わる。
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名門の平和大学の卒業式は、土砂降りの雨の中、校庭で行われている。
会場となる校舎が、卒業式の数日前に火事で焼失してしまったのだ。皆が一様に黒い傘をさしている。その中に茂呂井民雄(川口浩)がいる。彼は成績が良かった、大手飲料メーカーの「駱駝(らくだ)麦酒株式会社」(らくだビール)に内定していた。

さて「らくだビール」の入社式。
社長が新人に訓示を述べる。会社は人員削減を考え、新卒採用を極力抑える最中だったが、入社式会場には10名の新卒者が並んでいた。うち8名は社長・重役の縁故だった。茂呂井は実力入社のひとりであった。

社長は、総務部長に「社員を減らしたい。外国ではオートメーションの機械で人は減っている。うちでは、労働組合がうるさい。僕は板挟みだ」と嘆く。

新人研修が始まる。この時から、茂呂井はサラリーマンの空しさを覚悟している。生涯賃金−諸費用=わずかな残高を計算していた一方でサラリーマンが気楽な稼業だとも思っていない。茂呂井は計算高さと、状況に流されないドライさと前向きさを信条とする男。言い換えれば、ちゃっかり抜け目なく振舞える男だった

配属先は尼崎にある工場の経理部。配属初日の朝、配られた伝票の山をあっという間に処理した茂呂井は、上長に呼ばれ注意された。

「あの伝票の束はネ、一日かけて処理してもらわないと、職場の規律が乱れるので困る」と言われる。(人員整理を恐れている風でもある)さっそく茂呂井は、伝票一枚あたりの処理時間を割りだして、ゆっくり仕事をした。また、職場の先輩の更利満(さらりまん)(船越英二)からは、「サラリーマンはネ、健康が第一、そして怠けず休まず働かず」と言われる。

ここから、いくつかのエピソードが語られる
一番のエピソードは、茂呂井の父母の話。
父親(笠智衆)は小田原で時計屋を営む時計職人。清廉潔白な市議会議員でもある。ある日、茂呂井は父親からの手紙を受け取る。そこには、母親(杉村春子)が「気違い」(台詞のママ)になったと書いてあった。が、実は父親が精神異常で病院に入院してしまった。茂呂井は急ぎ実家へ向かった。

この話に和紙破太郎(川崎敬三)という精神科の医学生が絡んでくる。
和紙破太郎は、ハイスピードで人生の成功を実現したい男った。そこで地元有力者である茂呂井の父の協力を得て、小田原に精神病院建設を促してもらい、近い将来、和紙破太郎自身がその病院の院長の座に座ろうという魂胆だった。

ある日、茂呂井と和紙破太郎が、お茶の水駅付近の聖橋上で落ち合っていた。ハイスピードで成功を実現したい和紙破太郎が、話の勢いが余って、こうだっ!と突如、猛スピードで三段跳び。そのホップ・ステップ・ジャンプのジャンプ着地で不幸にもバスに轢かれてしまう。
 
茂呂井は驚いて駆け寄ろうとしたその瞬間、前方不注意で電柱に激突。その後、彼は病院で1ヶ月も意識不明の日々が続いた。

こんなてんやわんやののち、茂呂井は久方ぶりに尼崎に戻り出社したが、無断欠勤で既に解雇となっていた。仕方なく、職安で職探し。やっと見つけた就職先は小学校の小使い(用務員。だが、間もなく、それも解雇となった。理由は学歴詐称、大卒なのに学歴を隠していたのだ。職安での職探しには、大卒の肩書は邪魔だったのだ
 
茂呂井を頼ってきた母親とおんぼろの今にも風で吹き飛ばされそうな掘っ立て小屋で、小学生向けの学習塾を始めるというのだ。
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映画は、大学の卒業式で始まり、小学校の入学式で終わる。

小学校入学式では校長が、何もわからない小さな子供たちに「小学校の次は、中学校、その次は、高校、さらにその次は大学とあり、実に前途洋洋たるものです」と語るのだが、子供たちはきょとんとした顔や、シラケた顔つきで、映画は「完」。

やや地味な映画だが、喜劇映画としては面白い

・・・
大学卒業生の一人として、田宮二郎の顔が見えた。この映画は田宮二郎のデビュー作でもあった。今では放送コードに引っかかる差別用語「気狂い(キチガイ)」などが普通に使われている。「小使」(=用務員)というのも久しぶりに聞いた。
 
主人公の川口浩演じる茂呂井民雄だが、小市民的というのか小賢しいというのか、3人の女性と同時に付き合っていたが、それぞれに、勤務地が関西(尼崎)になるからと、一方的に別れ話をさらりと持ち出すのだ。

相手の反応は、映画館の切符窓口の女性(久保田紀子も、百貨店の女性店員(宮代恵子も「私もそれがいいと思っていた」と割り切っていたのか、未練もなくあっけらかんとしたもの。

高校教師となり地方に向かう同窓の壱岐留奈(小野道子)に別れを告げようとすると壱岐は「西と東に別れるわけね」と社員講習の日、軽くキスして別れるのだった。
 
「満員電車」というタイトルで、確かに、ギュウギュウ詰めのサラリーマンが電車に乗るシーンがあり、駅員が乗客を押し込んで、靴で尻を押すシーンもあるが、「日本には、われわれが座れるような席なんてありゃあしない。満員電車に乗り遅れてしまわないようにしないとね」と言うセリフが象徴しているようだ。
 
映画館の窓口の女性に茂呂井が別れ話をしている時に上映されていた映画は「キリマンジェロの雪」(1952)だった。入場料は、一般70円だった。
 
ビールの製造工程などが延々と映し出されていた。明らかに”キリンビール”をもじった「らくだビール」のラベルが瓶に貼られていたが(笑)。

1950年代のバスや電車、街の風景など約60年前の日本の街並みが見られるのもいい。


監督:市川崑|1957年|99分|
脚本:和田夏十、市川崑|撮影:村井博|
主な出演:川口浩(茂呂井民雄)|笠智衆(その父・権六)|杉村春子(その母・乙女)|小野道子(茂呂井の彼女で教師になった壱岐留奈)|川崎敬三(精神科医の卵・和紙破太郎)|船越英二(茂呂井の先輩社員・更利満)|山茶花究(駱駝麦酒社長)|見明凡太郎(本社総務部長)|浜村純(平和大学総長)|杉森麟(町の歯医者)|響令子(その奥さん)|新宮信子(女歯科医)|佐々木正時(茂呂井のYシャツを修理する洋服屋)|葛木香一(小学校校長)|泉静治(教頭)|花布辰男(新人教育講師の工場長)|高村栄一(新人教育講師の営業部長)|春本富士夫(尼崎工場の給与課長)|南方伸夫(人事課長)|宮代恵子(茂呂井の彼女で百貨店の女店員)|久保田紀子(茂呂井の彼女で映画館の女)|吉井莞象(大学総長(明治時代))|河原侃二(大学総長(大正時代))|宮島城之(大学総長(昭和時代)
 
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父と暮せば(2004)を見逃していたがようやく見た。
監督は「美しい夏 キリシマ」の黒木和雄。
 
原爆投下から3年後の広島を舞台に生き残ったことへの負い目に苦しみながら生きている娘と、そんな彼女の前に亡霊となって現れた父との心の交流を描いた人間ドラマ。井上ひさしによる同名戯曲をもとに黒木監督と池田眞也が共同で脚色。
主演は「たそがれ清兵衛」の宮沢りえと「HARUKO ハルコ」の原田芳雄
 
・・・
1948年夏、広島。
原爆によって目の前で父・竹造原田芳雄を亡くした美津江宮沢りえは、自分だけが生き残ったことに負い目を感じ、幸せになることを拒絶しながら生きている。
 
そんな彼女の前に、竹造が亡霊となって現れた。
実は、美津江が青年・木下浅野忠信に秘かな想いを寄せていることを知る竹造は、ふたりの恋を成就させるべく、あの手この手を使って娘の心を開かせようとするのだが、彼女は頑なにそれを拒み続けるのだった。

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しかし、やがて美津江は知るのである。
瓦礫の下から助け出そうとする自分を、なんとしても逃がそうとした父の想いを。
自分の分まで生きて、広島であったことを後世に伝えて欲しいという父の切なる願いを。

こうして、美津江は生きる希望を取り戻し、それを見届けた竹造は再びあの世へと帰って行くのだった。
 
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映画の最初のシーンで、娘の美津江が父にお茶を勧めても「飲めん」といい、まんじゅうも「よう食えん」と拒絶する。この父親は、1945年(昭和20年)8月に広島に落ちた原爆で亡くなっており、娘に助言したく、亡霊として登場していたのだ。

この父によれば「ぴかぴか」あるいは「ぴか」は、太陽が2個分の熱とパワーを持って広島一体を覆い隠したという。その雷は「どんどろさん」あるいはマグネシウムとも表現され、自らは火の中にあって、娘を逃げるように諭したが、父と娘との間で押し問答の末、娘はその場を逃げ生き延びたのだった。
 
娘・美津江宮沢りえ)のみ生き残り、親友だったあき子を失くし、あき子の母は「うちの子やのうて、なんであんたが生きておる。なんでですか」という言葉が耳に残り、生き残った自分に負い目を感じ、その母との約束として「幸せになってはいけんのじゃ」と人並みの幸せは求めてはいけないと生きていたのだ。

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そんな娘に対して、すべて見通しているような父親・竹造原田芳雄が、図書館の勤務する娘の前に現れた木下(浅野忠信)が現れたことで、「お前の恋の応援団長として現れてきたんじゃ」と説明する。
 
この映画は原作が井上ひさしによる戯曲で、原爆投下後の広島を舞台に被爆した父の亡霊と娘を描いた二人芝居であることから、映画もまるで舞台劇を見るように、ほとんどが父と娘の二人だけの会話で成り立っている。

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「あん時の広島は生きているのが不自然だったんじゃ」という言葉が重い。
多くの人が亡くなり、生き残った人が罪悪感を抱いていたといった環境だったようだ。
 
美津江23歳で、図書館で受付をしていたが、そこに現れたのが木下という26歳の男で「原爆の資料はありますか」と聞いてきた。原爆に関する資料は、占領軍(GHQ)の目が光っていて、資料は収集していない、持っていても貸出は出来ないと答えるのだった。美津江自身も父の思い出になるようなものは焼いてしまっていた。
 
映画は原作に忠実に映画化したというが、舞台と異なり、映画の特権とも言えるCG使用し、原爆投下の瞬間のきのこ雲や、瞬時に熱線と爆風に覆われていく広島のまちの様子などは、舞台では表現できない、リアルで、ショッキングなものを見せている

色彩はカラーというよりも、セピア調でモノトーンに近い映像で当時の背景などがリアルに再現されている。二人の会話を捉えるカメラが360度回って映しだすシーンもある。カメラの位置を意識させないので、おそらく天井にカメラを吊るして回しているのか。
 
この映画の素晴らしさは、全編広島弁で演じきった原田芳雄と宮沢りえの芸達者ぶりに尽きる。
 
この映画は、原爆投下の3年後の広島の夏における火曜日、水曜日、木曜日、金曜日の4日間を描いたものだが、その中でも水曜日における、「鬼の体の中に入った広島の一寸法師」を実演する原田芳雄の迫真の演技は壮絶で涙を誘う。

撮影時、原田芳雄は64歳。若い時代は、アウトローの役が多かったが熟年俳優として名俳優の仲間入りを果たしている。原田芳雄は、2011年7月に惜しくも71歳で亡くなった。

一方、主人公の美津江を演る宮沢りえは当時31歳。
たそがれ清兵衛2002年)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など映画の各賞を総ナメにするなど、彼女の女優として大飛躍した時期だった。

そして、この映画での彼女の演技は神がかり的とも言えるすばらしいものだった
父親と2人で語り合うだけの場面が99%を占めているから、下手な女優では観客の目をくぎづけにし続けることなど到底できない

宮沢りえの演技は、最初から最後まですばらしい。
31歳にして日本映画界の大女優宮沢りえの誕生といっても過言ではないだろう。
 
スタッフ
原作:井上ひさし
監督:黒木和雄
脚本:黒木和雄、池田眞也
撮影監督:鈴木達夫
美術監督:木村威夫
音楽:松村禎三
 
キャスト
福吉美津江:宮沢りえ
父・竹造:原田芳雄
木下 正:浅野忠信

                                               予告編

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