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fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!)
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イメージ 2映画「ビルマの竪琴」(1956)をようやく見た。
ようやくというのは、この映画については、公開された頃は小学校入学前で、その後もタイトルは有名でアタマにあったが、内容が固い印象で、テレビ放送なども見逃してきた。市川崑監督のセルフリメイクの中井貴一主演の「ビルマの竪琴」(1985)は未見。


オリジナルの「ビルマに竪琴」の主人公・水島上等兵を演じているのが安井昌二で、安井昌二とその実の家族(妻:小田切みき、娘:四方晴美)によるテレビ番組「チャコちゃん」シリーズ(1962〜1969)を見ていたので、”安井昌二といえばビルマの竪琴”と染み付いていたのだ。

それはともかく、第二次対戦でビルマ(現・ミャンマー)に出征していた日本兵の小隊が、戦争終結で帰国命令が下る中で、水島上等兵(安井昌二)だけが、僧侶としてビルマに骨を埋める覚悟で残る、という話だが、かなり奥の深いストーリーではある。

映画はある人物のナレーションによる回想で語られていくが、その人物が、意外な人物だったという最後の展開が待っている。

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・・・
1945年7月、ビルマ(現在のミャンマー)における日本軍の戦況は悪化の一途をたどっていた。物資や弾薬、食料は不足し、連合軍の猛攻になす術が無かった。

そんな折、日本軍のある小隊では、音楽学校出身の井上隊長(三國連太郎が隊員に合唱を教え込んでいた。隊員達は歌うことによって隊の規律を維持し、辛い行軍の中も慰労し合い、さらなる団結力を高めていた。

彼ら隊員の中でも水島上等兵(安井昌二)は特に楽才に優れ、ビルマ伝統の竪琴サウン・ガウ」の演奏はお手の物。部隊内でたびたび演奏を行い、隊員の人気の的だった。さらに水島はビルマ人の扮装もうまく、その姿で斥候(せっこう)に出ては、状況を竪琴(たてごと)による音楽暗号で小隊に知らせていた。

ある夜、小隊は宿営した村落で印英軍に包囲され、敵を油断させるために「埴生の宿」を合唱しながら戦闘準備を整える。小隊が突撃しようとしたそのとき、敵が英語で「埴生の宿」を歌い始めたのだ。両軍は戦わないまま相まみえ、小隊は敗戦の事実を知らされる。降伏した小隊はムドンの捕虜収容所に送られ、労働の日々を送ることになる。

しかし、山奥の「三角山」と呼ばれる地方では降伏を潔しとしない日本軍がいまだに戦闘を続けており、彼らの全滅は時間の問題だった。彼らを助けたい隊長はイギリス軍と交渉し、降伏説得の使者として、竪琴を携えた水島が赴くことになる。しかし、彼はそのまま消息を絶ってしまった。

収容所の鉄条網の中、隊員たちは水島の安否を気遣っていた。
そんな彼らの前に、水島によく似た上座仏教の僧が現れる。彼は、肩に青いインコを留らせていた。隊員は思わずその僧を呼び止めたが、僧は一言も返さず、逃げるように歩み去る。

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大体の事情を推察した隊長は、親しくしている物売りの老婆(北林谷栄)から、一羽のインコを譲り受ける。そのインコは、例の僧が肩に乗せていたインコの弟に当たる鳥だった。

隊員たちはインコに「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンヘカエロウ」と日本語を覚えこませる。数日後、隊が森の中で合唱していると、涅槃仏の胎内から竪琴の音が聞こえてきた。

それは、まぎれもなく水島が奏でる旋律だった。隊員達は我を忘れ、大仏の体内につながる鉄扉を開けようとするが、固く閉ざされた扉はついに開かない。

やがて小隊は3日後に日本へ帰国することが決まった。
隊員達は、例の青年僧が水島ではないかという思いを捨てきれず、彼を引き連れて帰ろうと毎日合唱した。

歌う小隊は収容所の名物となり、柵の外から合唱に聞き惚れる現地人も増えたが、青年僧は現れない。隊長は、日本語を覚えこませたインコを青年僧に渡してくれるように物売りの老婆に頼む。

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出発前日、青年僧が皆の前に姿を現した。
収容所の柵ごしに隊員達は「埴生の宿」を合唱する。ついに青年僧はこらえ切れなくなったように竪琴を合唱に合わせてかき鳴らす。

彼はやはり水島上等兵だったのだ。
隊員達は一緒に日本へ帰ろうと必死に呼びかけた。しかし彼は黙ってうなだれ、「仰げば尊し」を弾く。日本人の多くが慣れ親しんだその歌詞に「今こそ別れめ!(=今こそ(ここで)別れよう!)いざ、さらば。」と詠う別れのセレモニーのメロディーに心打たれる隊員達を後に、水島は森の中へ去って行った。

翌日、帰国の途につく小隊のもとに、1羽のインコと封書が届く。
そこには、水島が降伏への説得に向かってからの出来事が、克明に書き綴られていた。

水島は三角山に分け入り、立てこもる友軍を説得するも、結局その部隊は玉砕の道を選ぶ。戦闘に巻き込まれて傷ついた水島は崖から転げ落ち、通りかかった原住民に助けられる。ところが、実は彼らは人食い人種だった。彼らは水島を村に連れ帰り、太らせてから儀式の人身御供として捧げるべく、毎日ご馳走を食べさせる。

最初は村人の親切さに喜んでいた水島だったが、事情を悟って愕然とする。
やがて祭りの日がやってきた。盛大な焚火が熾され、縛られた水島は火炙りにされる。ところが、不意に強い風が起こり、村人が崇拝する精霊ナッの祀られた木が激しくざわめきだす。

「ナッ」のたたりを恐れ、慄く村人達。水島上等兵はとっさに竪琴を手に取り、精霊を鎮めるような曲を弾き始めた。やがて風も自然と収まり、村人は「精霊の怒りを鎮める水島の神通力」に感心する。そして生贄の儀式を中断し、水島に僧衣と、位の高い僧しか持つことができない腕輪を贈り、盛大に送り出してくれた。

ビルマ僧の姿でムドンを目指す水島が道々で目にするのは、無数の日本兵の死体だった。葬るものとておらず、無残に朽ち果て、蟻がたかり、が涌く遺体の山。

衝撃を受けた水島は、英霊を葬らずに自分だけ帰国することが申し訳なく、この地に留まろうと決心する。そして、水島は出家し、本物の僧侶となったのだった。

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小隊が船で日本に帰国する途上で、水島からの手紙は読まれた。そこには、祖国や懐かしい隊員たちへの惜別の想いと共に、ビルマにとどまらなければならない強く静かな決意で結ばれていた。

手紙に感涙を注ぐ隊員たちの上で、インコは「アア、ヤッパリジブンハ、カエルワケニハイカナイ」と叫ぶのだった。

・・・
安井昌二が水島上等兵をストイックに演じている。水島上等兵からみた、戦争による日本兵の死骸の山は目を覆うものがあり、これらを残して日本に帰るわけには行かないと決意するのである。映画には、実在のモデルに近い人物がいることが後からわかったようだ。ビルマの老婆を演じた北林谷栄の演技も絶品。

水島上等兵を英雄視はしていない。ナレーションでは、水島が帰国しなかったことを家族にどう説明するのだろうというセリフがある。隊長がうまく説明するからいいか・・・という、やや冷めたような言葉も。

そして、映像は、「ビルマの土は赤い。」で、僧侶になった水島の歩く後ろ姿で終わる。映画はカラーの予定だったが、機材などの関係でモノクロに変更されたという。

出演:
水島上等兵 −安井昌二 
井上隊長 - 三國連太郎
伊東軍曹 - 浜村純
小林一等兵 - 内藤武敏
馬場一等兵 - 西村晃
牧一等兵 - 春日俊二
高木一等兵 - 中原啓七
岡田上等兵 - 土方弘
中村上等兵 - 花村信輝
川上一等兵 - 千代京二
大山一等兵 - 青木富夫
橋本一等兵 - 伊藤寿章
清水一等兵 - 小柴隆
永井一等兵 - 宮原徳平
松田一等兵 - 加藤義朗
阿部上等兵 - 峰三平
三角山守備隊隊長 - 三橋達也
兵隊1 - 深江章喜
兵隊2 - 成瀬昌彦
兵隊3 - 天野創治郎
兵隊4 - 小笠原章二郎
兵隊5 - 森塚敏
脱走兵 - 佐野浅夫
ビルマの老僧侶 - 中村栄二
物売りの老婆 - 北林谷栄
その亭主 - 沢村国太郎
村落の村長 - 伊藤雄之助

1956年 、ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジョ賞受賞。
1957年、アカデミー外国語映画賞にノミネートされた。

☆☆☆☆


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岩下志麻が「極道の妻たち」の姉御肌の役から一転してコメディに挑戦した「お墓がない!」(1999)を見た。お墓、葬式費用、お寺の戒名の高額なことへの風刺もあってそこそこ面白かったが、公開当時の映画の評価はイマイチだったようだ。

・・・
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            映画の中で大女優を演じる岩下志麻の風格はさすが。

映画スターの桜咲節子(岩下志麻)はテレビで人気の子役女優・一風弓(安達祐実)と共演する映画「宣告」に主演することになった。ガン宣告を描く作品のため、勉強のために病院で検査を受けた節子は、なぜか自分がガンで余命が半年だと思い込んでしまう。

節子はとくに大騒ぎはしなかったが、撮影スタッフが「墓が無いのは惨めだ」と話すのを聞いて動揺する。もうすぐ死ぬというのに、自分が入る墓が無い。あせった節子は撮影をすっぽかしてまで、大女優にふさわしい墓を探そうとする。

だが、人一倍プライドの高い節子は自分が墓を探していることを知られたくない。
そこで春日アキという老婆に変装し、霊園会社「聖香メモリアル」の墓を見学するツアーに参加した。しかし節子は歯に衣着せぬ発言で担当者を怒らせてしまう。

だが、若手社員の川嶋一平(袴田吉彦)は節子に墓を売ろうと奮闘。節子に付き合い、マンツーマンで様々な墓を紹介して回る。節子からガンで時間が無いことを知らされ、親身になって彼女に接する川嶋。自分の家に招待して夕食をご馳走したりもする。

一方、映画の撮影も進んで行く。最初は生意気だった一風弓だが、節子の真剣な態度に感化され、映画に対する取り組み方が変わっていく。順調に撮影が進み、節子と弓の間にも親愛の情が生まれ始める。いよいよクランクアップが近付く中、節子は突然倒れ、病院に運ばれる・・・。

・・・
監督は原隆仁、脚本は大森寿美男、音楽は大島ミチル。

主演は岩下志麻、共演は安達祐実、袴田吉彦、橋爪功、金田明夫、高橋ひとみ、石橋蓮司、村野武範、田口トモロヲ、森山良子、中山忍など。

・・・
葬式、お墓のことを全く知らなかった大女優・桜咲節子のお寺の住職との言い争いなどが面白い。お寺では、住職が「戒名をつけないと、祟(たた)りが起こる。金額はその人の生きた証・価値を示すものだから高いほうがいい」というので、「そうやって戒名を売りつけようというのは恐喝だ」と言い返す節子。

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         住職の金儲け主義の見える”脅し”に一歩も引き下がらない節子。

墓地の販売担当の「骨壷や、お墓は結構狭いですよ」と脅すような事を言うので、「私はお墓はいりません」ときっぱり言い切る節子。「形ばかりのお墓よりも、送る人と送られる人の心が通い合うことが大事です」だった。

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      大女優の素顔を隠しておばあちゃんに変装しても、上品さが出てしまう節子。

女優であることを隠して、年配者用メガネで、白髪のかつらをつけて腰の曲がったおばあさんに変身しても、その品格と、物怖じしない物言いは、岩下志麻の持つ貫禄を感じさせる。途中で、正体がバレてしまうが、ドタバタコメディながら、全体的に起伏もなく物語も単調に終わってしまったのが残念。

コメディエンヌとしての岩下志麻の全開のパフォーマンスを見たかった気がするが、上品に収まってしまった印象。

・・・
岩下志麻のデビューは、NHKドラマ「バス通り裏」(1958)で、映画は2年後の1960(昭和35年)の「笛吹川」。松竹には1960年から1976年(昭和51年)まで16年に渡って在籍し、その屋台骨を支えた。

1960年の映画「秋日和」の数シーンで岩下を起用した監督の小津安二郎は岩下の女優としての素質を見抜き、「10年に1人の逸材だから大切に育てるように」と松竹の幹部達に語ったという。

イメージ 51962年(昭和37年)には小津にとって映画「秋日和」以来の松竹作品であり、遺作となった映画「秋刀魚の味」のヒロインに抜擢され、小津のラストを締めくくった。今でも海外に行った時には、小津について質問を受けることが大変多いと岩下は語っている。

映画「極道の妻たちシリーズへの出演が有名だが、日本メナード化粧品のCMに長く出演していることも広く知られており、2000年(平成12年)に28年という、専属タレント契約としては世界最長の記録が「ギネス・ワールド・レコーズ」に認定された。

映画ではこのほかATG製作の「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」(1969)、「内海の輪」(1971)や「鬼畜」(1978)などが印象に残る。



★★


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映画「同棲時代 今日子と次郎」(1973)は見ているはずと思ったが、あまりにもヒットした主題曲が刷り込まれて、未見だったようだ。40年前の時代を反映していて面白かった。今見ても、由美かおるがキュートで、大胆なヌードを見せている。

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映画は、やや漫画チックなところもある。
セリフや感情(思っていること)が、突然画面にあらわれたりする。
当時の時代背景では、厭世主義や、あきらめ、生きる意味を見失った若者の無気力などが主人公に反映していたようだ。

「同棲」という言葉は、今では手垢がついた言葉だが、当時としては新鮮で、どことなくジメジメした印象があり、反面、その響きには妄想を起こさせるものがあり、自分には無縁だがいいなというなにかあこがれのような響きがあったことも事実。

この映画の関連記事によると、今でこそ、独身男女が一緒に暮らすのはよくあることだが、1970年代は「結婚前の男女が一緒に暮らすなんて、ふしだらだ」という人が多数派。同棲というと「婚前交渉」が前提になり、当時は「もってのほか」が多かった。

NHKが1973年から実施している「日本人の意識」調査によると、同棲がブームになった1973年に、「結婚式がすむまでは性的まじわりをすべきでない」と考える人が58.2%と圧倒的だった。ところが、2013年には「愛し合っているならよい」が46.2%で最多と逆転。40年前に青春を送った若者にとって、同棲は許されない、がちょっと憧れるライフスタイルだったという記事で結んでいる。

当時は100万枚を超えるセールスを記録した「神田川」が流行った時代。
大学生と、印刷工場で働く少女の恋愛物語(映画「神田川」1974年)。4畳半で暮らして、銭湯に二人でかけて、外で待ち合わせて・・・という世界。その頃、1972〜73年、双葉社「漫画アクション」では、上村一夫の「同棲時代」(双葉社)が大ヒットした。

売れないイラストレーター、次郎(23)と、小さな広告会社に勤める今日子(21)。
ともに地方から上京してきた2人が恋に落ち、ひとつ屋根の下で暮らし始めるというストーリー。映画化、ドラマ化され、「同棲ブーム」を巻き起こした。

・・・
「同棲時代」の舞台は、古い木造アパート。狭い部屋に、ちゃぶ台と布団と机、タンスが共存。ふすまには穴が開いている。売れないイラストレーターと、しがないOLの
2人暮らしは、どことなく湿っぽい。

のんきな次郎とは対照的に、今日子は不安を抱えている。仕事や結婚、セックスなど、全てを曖昧にしていられる同棲生活。「結婚」となると互いに責任も生まれるが、2人の同棲は、単に様々な決断を先送りにしているだけ、とも取れる。

今日子は、のほほんと生きていくのがいい、と自分に言い聞かせているよう。
そのうち今日子が妊娠すると、次郎はうろたえ、今日子は堕胎を選ぶ。

だんだんと精神を病んでいく今日子。電車が走ってくる踏切で、一瞬、飛び込もうかという衝動にも駆られる。1970年代の同棲は、「自由恋愛」の開放的なイメージとは裏腹に、女性の茫漠とした不安、堕胎という悲しい結末がつきまとっていたようだ。

当時の20代は、今の団塊世代や、その少し下の世代(fpdなど)に当たる。
ジーンズやミニスカートなどの流行モノに身を包み、モラトリアムを謳歌していた若者たち。今日子の真っ赤な衣装とミニスカートが印象的だ。

イメージ 2同棲生活は、いつか終りを迎える。今は楽しいが、いつまでもこうしてはいられない。甘い夢ばかり見ているわけにはいかない。必ず不幸な結末を迎える「同棲物語」は、当時の若者の気分と相まって広く受け入れられた。

映画にも出演している大信田礼子の主題歌が大ヒットした。
こちら↓。
  主題歌
(再生は不可のようで、中央のYouTubeをクリック)

四谷、新宿、銀座の風景など1970年代の風景も懐かしい。映画は記録としても時代背景や風俗を写す資料としても価値があると言えそうだ。

「同棲時代」の山根成之監督は、本作がデビュー2作目だが、このあと「愛と誠」「さらば夏の光よ」「パーマネント・ブルー 真夏の恋」「おとうと」など青春映画の佳作を残した。なかでも「さらば夏の光よ」での秋吉久美子郷ひろみのフレッシュコンビは鮮烈な印象を残した。

山根監督作品:
「復讐の歌が聞こえる」(1968年)
「同棲時代 今日子と次郎」(1973年) ☆☆☆
「新・同棲時代 愛のくらし」(1973年) ※脚本も担当
「しあわせの一番星」(1974年)
「愛と誠」(1974年) ※脚本も担当 
「あした輝く」(1974年) ※脚本も担当
「続・愛と誠」(1975年) ※脚本も担当
「おれの行く道」(1975年) ※脚本も担当
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(1975年) ※脚本も担当
「さらば夏の光よ」(1976年) ☆☆☆☆
「忍術 猿飛佐助」(1976年) ※脚本も担当
「パーマネント・ブルー 真夏の恋」(1976年)☆☆☆
「おとうと」(1976年) ☆☆☆
「突然、嵐のように」(1977年) ※脚本も担当
「愛情の設計」(1977年)
「ワニと鸚鵡とオットセイ」(1977年)
「ダブル・クラッチ」(1978年)
「九月の空」(1978年)
「黄金の犬」(1979年)
「五番町夕霧楼」(1980年)☆☆☆
「ヘッドフォン・ララバイ」(1983年)
「地球物語 テレパス2500」(1984年)



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石坂洋次郎原作の映画「青い山脈」(1963、日活)を見た。出演は、吉永小百合、芦川いづみなど。同名の映画は、これまでに5回(1949、1957、1963、1975、1988) 映画化されているが、見るのは今回が初めて。5作品では、最も有名なのは、原節子主演の1949年版であるようだ。

・・・
城下町にあるこの女子高校に転校してきた寺沢新子(吉永小百合)はちょっと変っていた。前の学校で恋愛問題を起して退学になったのだという噂もとんでいた。

しかし、新子は級友たちの反感の渦の中でも少しも悪びれなかった。
ある日、英語教師の島崎雪子(芦川いづみ)の所に新子が一通のラブレターを持って来た。これはクラスの誰かのいたずらだ、と新子にいわれてみれば、誤字だらけの文章はどうみても大学生の手紙ではない。

雪子は丁度そこに来合わせた校医の沼田(に相談した。徹底的に究明しようといきりたつ雪子に、沼田は事を荒立てるなと忠告した。ひそかに雪子を愛する彼は、彼女がいつまでも前向きの姿勢でいることを危ぶんでいたのだった。

数日後、雪子はとうとうラブレターの一件を生徒たちに切り出したが、強い反撃にあった。犯人は松山浅子と分ったものの新子が男の子とキスをしたという発言があって教室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

そのあとの休み時間に、丘に連れ出し気分を晴らすように踊りながら話を聞く雪子に、新子は事件が誤解であることを訴えた。翌日、新子はキス事件の相手として騒がれている六助と出逢った。

話を聞いて目を丸くした六助(浜田光夫)と親友のガンさん(高橋英樹)。
二人とも進歩的な青年をもって任じているだけあって、大いに新子に同情し力を合わせることを約束したが、折も折、三人が街を歩いていると浅子たちがやって来たのでまたまた一騒動である。問題は日毎に大きくなった。

父兄たちの反響、ことにPTA会長の井口の怒りを恐れた校長は職員会議を聞いて善処を要望したが、教員の殆んどは雪子の行き過ぎを非難した。ただ、沼田だけが雪子を支持し励ました。

井口は雪子と新子、それに沼田の締め出しにかかった。沼田もすぐ雪子、新子それに六助とガンさんを呼んで対策をねった。そしてPTA会議、六助とガンさんも父兄代表に化けてのりこみ断固として井口一派と対決するのだった(MovieWalker)。

・・・
1949年版で原節子が演じた教師役を芦川いづみが演じているが、旧来の悪弊を除いて、改革していこうとする態度などがビシッとしていてすがすがしさがある。この映画の当時18歳の吉永小百合も、スクーターを乗り回し、快活な女子高生を演じ、生き生きしている。PTA会議で、理屈でかく乱をねらう大学生役の高橋英樹が若い。

”平手打ち”のエピソードや、海に向かって叫ぶシーンなどが見所だった。
女子校内で起こった、偽”ラブレター事件”を巡って、生徒、教職員、PTAなどの騒動の顛末が描かれている。「ラブレター」のなかで、「恋しい 恋しい」が「変しい 変しい」となっていたというエピソードは広く知られているようだ。

堅苦しい説教じみた映画かと思ったら、全体的に明るく、コメディ的な要素もあって面白い。オープニングと最後にかかる「青い山脈」の主題歌が印象的だ。


主な出演:
吉永小百合
浜田光夫
高橋英樹
田代みどり
芦川いづみ
二谷英明
南田洋子
松尾嘉代
下元勉
織田政雄
井上昭文
藤村有弘
神山勝
新井麗子
北林谷栄
進千賀子
左卜全 


☆☆☆☆

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木下恵介監督の「」(1948)を見た。
なんともシンプルなタイトルだが、DVDの説明書きに、登場人物がふたりだけでサスペンスタッチの映画とあったので見た。

なかなか面白く、引き込まれた!
”か弱き者は女なり”という言葉もあったようだが、男の言うなりになっていた女が、最後には、強烈パンチをお見舞いするというところもいい。

ずる賢い男の表情を伺う女の視線も強烈。
ダンサーの敏子(水戸光子)は、恋人でもあるやくざ稼業の正(ただし、小沢栄太郎)から「あすの朝の列車で、箱根のホテルに来い。俺はきょう出発する」と強引に言われるが、「舞台があるじゃない」と言い返すものの「お前の役など誰でもできる」と無理やり箱根へと連れていかされることになる。どうやら正は、また罪を犯したようなのだが、そんな彼から敏子はなかなか逃れられずにいた・・・。

・・・
映画の冒頭のクレジットは、手書きの殴り書きのような文字が続く。昭和23年(1948年)完成という文字も出てくる。物資も予算も乏しい戦後の日本映画界の中、たったふたりきりのキャストを伴い、思い切って撮影所を飛び出してオール・ロケを敢行して完成させた、木下惠介監督ならではの実験精神に満ちた意欲的ヒロイン映画

どうしようもない男の内から醸し出される優しさと狡猾さ、そんな男に翻弄される中から頭をもたげていく女の強さと非情さ、その双方が舞鶴や箱根、熱海と、戦後まもない日本の牧歌的な景色を背景とするロード・ムービー感覚と、俳優の顔のサスペンスフルなアップの対比で描かれていく。

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クライマックスの火事場シーンは、ライバルでもある黒澤明監督から絶賛されたという。なお、SKD(松竹歌劇団)のレビュー・シーンで群舞を踊るダンサーの中には、映画デビュー前の桂木洋子の姿も見られる。

・・・
小沢栄太郎が若い(撮影時は39歳)。小沢栄太郎といえば、「白い巨塔」の鵜飼教授役など仇役や悪役が多いが、「女」でも、窃盗や強盗を戦争のせいにして自分の悪行を正当化し、女には凄んだり、甘い言葉を言ったり、なだめすかしたりと救いようのないいい加減な人物を演じている。女は、世間知らずだった頃に甘い言葉に騙されて、ダンサーになったりしてきたが、ついにヤクザな男に見切りをつけて、自我に目覚めていく過程を描いている。

・・・
正という人間は、とにかく自分勝手な考えの持ち主。
小学校の校庭から「赤とんぼ」を歌う歌が聞こえてくると、敏子に対して「俺も、赤とんぼを歌った子供時代があった。暑いさなか、買出しに行ったこともある。戦争が悪いんだ。戦争に行って、戻ったら食っていけなかった。あんときからだ、うんと悪いことをしだしたんだ。」 敏子は反論する。「いい人だってたくさんいる。(食えないからって)悪いことをしていいということはない。」

新聞記事に、「3人で強盗」の記事があり、にやつく正。
それを見て、また悪いことをしてきたと直感する敏子。
敏子も「悪いことをしたのはあなた一人でたくさん。私を道ずれにするのはやめてください」と訴えるのだが、正は、「世の中にも見捨てられて、ひとりの女からも見捨てられて。」と弱い人間ぶったりと姑息。「あなたの金儲けは人間のすることじゃない。鬼だ」と敏子。しつこくつきまとう正に、最後の手段を取ることになるのだが・・・。

低予算の映画であることがわかるオールロケの映画で、登場人物は、2人だけ。
ただ、カメラの顔のアップや、口元のアップ、目のアップなど大写しのシーンが多く、迫力がある。また音楽もサスペンスタッチで、盛り上げている。

木下恵介監督の初期の頃の作品として注目されている作品のようだ。

★YouTubeでも見られるようだ。

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