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映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中の主要な楽曲のひとつ、”ボヘミアン・ラプソディ”の歌詞(英語)と日本語(意訳)、その歌詞の意味につぃて、YouTube動画とともに引用。
■”Bohemian Rhapsody”(英語の歌詞)
Is this the real life-
Is this just fantasy- Caught in a landslide- No escape from reality- Open your eyes Look up to the skies and see- Im just a poor boy,i need no sympathy- Because Im easy come,easy go, A little high,little low, Anyway the wind blows,doesnt really matter to me, To me Mama,just killed a man,
Put a gun against his head, Pulled my trigger,now hes dead, Mama,life had just begun, But now Ive gone and thrown it all away- Mama ooo, Didnt mean to make you cry- If Im not back again this time tomorrow- Carry on,carry on,as if nothing really matters- Too late,my time has come,
Sends shivers down my spine- Bodys aching all the time, Goodbye everybody-Ive got to go- Gotta leave you all behind and face the truth- Mama ooo- (any way the wind blows) I dont want to die, I sometimes wish Id never been born at all- I see a little silhouetto of a man,
Scaramouche,scaramouche will you do the fandango- Thunderbolt and lightning-very very frightening me- Galileo,galileo, Galileo galileo Galileo figaro-magnifico- But Im just a poor boy and nobody loves me- Hes just a poor boy from a poor family- Spare him his life from this monstrosity- Easy come easy go-,will you let me go- Bismillah! no-,we will not let you go-let him go- Bismillah! we will not let you go-let him go Bismillah! we will not let you go-let me go Will not let you go-let me go Will not let you go let me go No,no,no,no,no,no,no- Mama mia,mama mia,mama mia let me go- Beelzebub has a devil put aside for me,for me,for me- So you think you can stone me and spit in my eye-
So you think you can love me and leave me to die- Oh baby-cant do this to me baby- Just gotta get out-just gotta get right outta here- Nothing really matters,
Anyone can see, Nothing really matters-,nothing really matters to me, Any way the wind blows….
…
■「ボヘミアン・ラプソディー」(英語歌詞の日本語意訳)
これは現実の人生?
これはただの幻想? 地滑りに捕まって 現実からまるで逃げられない 君の目を開いて 空模様を見上げて見ろよ 僕はただの哀れな少年、同情なんて必要ない だって僕は気分次第に生きているから 少しご機嫌、少し駄目 どちらのせよ風は吹くけど、僕には本当に大したことないのさ、僕には ママ、人を殺してしまった
彼の頭に銃を突き付けて 引き金を引いた、そしたら彼は死んだ ママ、人生は始まったばかり なのに今僕はやってしまって全てを放り投げてしまった ママ、ううう あなたを泣かせるつもりじゃなかった もし僕が明日のこのときに戻らなくても やっていって、やっていって、何んにも問題ないように もう遅すぎる、僕の番が来た
背筋がゾクゾクして ずっと体が痛む みんなさようなら – 僕は行かなくちゃ あなたたちを残して真実に向き合わなければならない ママ、ううう (どちらのせよ風は吹くけど) 僕は死にたくない 僕は時々願うんだ、僕なんて生まれてこなければと 一人の男の小さな影が見える
スカラムーシュ、スカラムーシュ、ファンダンゴを踊ってくれる? 稲妻と閃光 なんてなんて怖いんだ ガリレオ、ガリレオ、
ガリレオ、ガリレオ、 ガリレオ フィガロ とてもりっぱな人 でも僕はただの哀れな少年で誰も愛してくれない
彼は貧しい家柄のただの哀れな少年 彼の奇怪さから命をみのがしてやろう 気分次第で あなたは僕を行かせてくれますか 神の御名において!だめだ お前を行かせるものか 彼を行かせてやれ 神の御名において! お前を行かせるものか 彼を行かせてやれ 神の御名において! お前を行かせるものか 彼を行かせてやれ お前を行かせるものか 僕を行かせて(だめだ) けしてお前を行かせるものか 僕を行かせて けしてお前を行かせるものか ううう やだ、やだ、やだ、やだ、やだ
おかあちゃん、おかあちゃん、おかあちゃん僕を行かせて ベルゼブブ 僕のために悪魔をかたづけて 僕のために 僕のために 僕のために では僕を石打ち、目につばを吐きかけるつもりか
では僕を愛して死なせるつもりか ああ君は、僕にこんなことはできないだろ すぐに逃げ出さなくちゃ すぐにこんなとこから逃げ出さなくちゃ うぅそうさ、うぅそうさ
何も心配ないさ 誰でも知っている 何も心配ないさ 僕には本当に大したことないのさ どんなふうに風は吹こうとも …
YouTubeのオフィシャルビデオの解説より抜粋:
「ボヘミアン・ラプソディー」の歌詞はオペラの一幕を模して、プロットが進行するように書かれており、その場面展開に沿って曲調が変化している。始まりはモノローグでも曲の途中から対話調へと変化する。これは、異なる曲調をパズルのように組み合わせ、また既成のメロディを引用することで、一見すると脈絡が無いようでありながら、全体としては観客、聴衆に曲のテーマとイメージを伝える技巧でもある。
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簡単なプロットは以下のとおり。
貧しい独りの少年が拳銃で一人の男性を殺害し、その結果拷問を受け、最後には死を覚悟して裁きの場に出るというもの。
曲の題名と歌詞の一部から、この少年はボヘミアン(Bohemian)であることがわかる。ボヘミアンとは元々は中欧のボヘミヤ地方の人たちを指すが、その意が転じて、旅に暮らすジプシーや自由気ままに生きる人たちを意味するようになった。 中世ヨーロッパではこうした路上民が多くいたことは知られている。そして、その頃はこの歌にあるような犯罪も数多くあったとも推測される。
今も続く西欧諸国での移民・難民・人種差別などの問題も伺い知れるテーマも含まれているように感じられる。
ラプソディというのは、19世紀に生まれた楽曲の形式。日本語では狂詩曲という言葉で訳されている。幻想的な発想で生み出された、自由奔放な形式で民族的、叙事的な内容を表現したもの。 曲名、プロットだけでも、この曲のおおよその意味が分かるが、そう簡単にはいかないのがこの曲の魅力でもある。 この曲に出てくる固有名詞について。
イタリアの即興喜劇(コンメディア・デラルテ)の登場人物であるスカラムーシュ(Scaramouche)が出てきたり、ガリレオ、フィガロという人名が出てくることから、この舞台はイタリアであることがわかる。 またフィガロという名前はモーツァルトの「セビリアの理髪師」「フィガロの結婚」を連想させ、スカラムーシュという言葉とともに、この曲がオペラを意識したものであることもわかる。
さらにガリレオという名前、フィガロという名前を知る人にとっては「地動説」で宗教裁判に遭ったガリレオ・ガリレイと、カロン・ド・ボーマルシェの戯曲三部作「セビリアの理髪師」「フィガロの結婚」「罪の母」の登場人物のフィガロを連想させる。
この二人のどちらの人物にも共通する点は反権力的な人物像である。これに続く言葉「マニフィコ」 (magnifico)は「とても立派な」という意味の言葉で、ガリレオ、フィガロは偉大な人物だと主人公は尊敬していることになる。
「マニフィコ」 に関連しては「マニフィカト」(Magnificat)、日々の暮らしに感謝する夕べの祈りの歌という言葉もある。
次に、「ビスミラ」(Bismillah)という言葉が出てくる。イスラム教の「慈悲深く慈愛あまねき神の御名において」という意味の慣用句。中世イタリアの裁判で発せられる言葉としては少し奇妙。これは、主人公の少年が異教徒あるいは異端者ということを端的にいい現わすために使われている。 この節の最後に新約聖書にある「ベルゼブブ」(Beelzebub)元は「気高き主」「高き館の主」という言葉をヘブライ人が邪教神としてなじり、もじった「蝿の王」という言葉が出てくる。
ノーベル賞受賞作家、ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」はこの言葉から題名を採っている。「蝿の王−剣を持つものは剣によって滅ぼされるであろう」、小説「蝿の王」を読んだ人は気付くが、人間が理性を保つことの困難さ、悪に堕ちやすい人間の倫理感の脆(あやう)さという暗喩が「ベルゼブブ」という言葉から読みとれる。
また、近代では「ベルゼブブ」は人の体に入り込む悪魔祓いの対象となった、邪悪なるもの・悪魔として広く信じられた。
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この歌詞の部分部分が暗喩していることをまとめてみると、この歌の主人公の少年は、その心の脆さから悪魔にとり憑つかれて人間性を失い、殺人を犯した。そして、あげくには悪魔からも見放されるという、全体の悲劇的な物語であるということになる。これは自ら人生の破綻を呼び寄せてしまった者の、内面の悪魔と神との葛藤をテーマとした曲といえる。
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と、「ボヘミアン・ラプソディ」の曲の中には、深い意味が込められていたというのだ。
うーん、さっぱりわからなかった(笑)。
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盛り上がったことがあった。
ありがとうございました

