クロールのライフワークs

https://ameblo.jp/fpkks223/ ネット小説「works」にて短編連載ちう。

音楽

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音楽全般にあたっての活動や感想です。
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「男祭り」!


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2月になりました。
今月は2本のライブに出演させていただきます。

今年最初となるライブはこちら、「男祭り」!
長いお付き合いであるルゥさん企画のライブです。
「男祭り」ですから「男」しか出ません、げんなりします(笑)。
しかし、タコライスがど美味いらしいのでちょっと頑張ります!
出演者は当日、ふんどし着用が義務づけられていて、リハの際ルゥさんのふんどしチェックがあるそうです。
予備のふんどしも含め、私は赤、黒、ピンクと3着用意するつもりです。


腐れ縁の浦山さんも出ます、尊敬するみつおさんのソロとご一緒できるのも光栄です。
そんな出演者の中に「景さま」と。。
そうです、「happiness label」のK1R氏のソロです。
まさかバラ売りのソロ対決になろうとは、これまた楽しみであります!

そんなこんなの9組出演のオムニバスライブ。
いつもはアノ店と年一回袋井のアソコでピアノ弾き語りしてるだけの私。
こうしたライブに、しかもピアノで参加するのは何年ぶりでしょうか?

お誘いくださったルゥ様、感謝いたします。
一組20分のライブ、今から何やろうか考えすぎて毎日悶絶しています。
とはいえ媚びることなくクロールらしさを思いっきりさらけ出したライブにしたいと思います。
18時半から、フリードリンク+デザート付きで1500円。
タコライス食べても2300円とリーズナブル!
是非とも遊びにいらしていただきたく思います。

2016年、総集編

今年もあと2週間、気づけば年の瀬です。
今年1年もいろんなライブに参加させていただきました。
感謝も含め、振り返ってみようと思います。

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まずバルンガ。
今年は3月の「豊岡ステーションフェア」に始まり、掛川道の駅、やらまいかミュージックフェスティバル、千歳町職人市場と4本のライブでした。
中でも10月のやらフェスは悲願の10年連続出場達成。
勝手に表彰式やっちまって実行委員のみなさまにため息をつかせたりとご迷惑おかけしました。
どのライブも多くの皆様に集まっていただき嬉しかったです、ありがとうございました!

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サポートやゲストプレイヤーとしての参加もいくつかございました。
昨年同様、「大木サキhappinesslabel」としてのライブもありました。
特に浜松窓枠にてのライブでは、新メンバーなおきちにベースの座を奪われ(笑)、バンドとしての楽しいライブでした。

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大木サキ様には今年も大変お世話になりました。
6月は朗読会にも参加。
「around the world」というこの日の為の書き下ろし作品を読んでいただきました。
この会への参加は、その後の私のクリエイター精神の脇腹をこちょこちょとくすぐる転機ともなりました。

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11月には「150回マムゼルフォーク集会」に、ギタリスト高田さんとのデュオにて参加。
楽器を持たずにボーカリストとして、ELPの「The sage」を歌わせていただきました。
今年は3月にELPのメンバー「キースエマーソン」が死去、このライブの翌月に「グレッグレイク」が死去とビックリするニュースが多かったです。
朗読会の作品「around the world」も、書き上げタイトルを考えていた時に「プリンス」の訃報を聞き、プリンスの曲のタイトルからいただきたものです。

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11月、雪月花にての「浦山修司ディナーライブ」にて、浦山さんのバックでピアノ参加。
今年は浦山さん自身にいろんなことがあり、この日は「手加減してやろうかな?」と考えてもいましたが、ガチンコでした(笑)。
いろんな絶賛もいただき嬉しいです。

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ソロライブとしては今年はビーフラットで5本もやらせていただきました。
1月はソロワンマンライブ「居飛車」でスタート。
「もやし(妹)」嬢をゲストに迎えてsalyuの「VALON+1」をデュエットさせていただきました。ホント動画撮っときゃよかったと後悔してます。

思えば今までの私のソロワンマン、ほぼゲストなど使わないライブですが、「もやし(妹)」嬢は今まで2回も手伝っていただいています。
これも縁ですので今後の居飛車では必至ゲストとして参加していただこうかと思ってます(笑)。

4月はベーシスト「なおきち」を迎えて「Scrap&build(〜解放と崩壊〜)」。
7月は大好きな表現者、劇空間音楽パフォーマー「あやあね」さんを迎えて「あいむひあ」。
9月はピアニストシンガーソングライター「朋」ちゃんと共に「9月の描歌」。
そして12月は尊敬するリア充ユニット(笑)「BIN&Kanaco」さんと共に「かつて降った雪の足音」。

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一つとして懺悔するようなライブはなく、私自身のプレイも含めいらしてくださった方に決して「損した!」と思わせるライブはなかったと自負します。


私自身の作風も作り方も、今年1年で大きく変わりました。
「詩」という世界だけにこだわらない「言葉」というものを自由に使うように、今なお試行錯誤ではありますが「作りたい」というものが具体的になった気がします。
それゆえいろんな制約や曲の作り方も大きく変わりました。
勢いや感情だけで作るのではなく丁寧に、それを育てることも考えて作る事。
来年の大きなテーマでもあります。

何はともあれ枯れることなく「音楽」にこだわりを持って身を置ける。
とても幸せな事だと思います。
それも見に来てくれる方がいる方成り立つものです。
バルンガもhappinesslabelもゲスト参加も即興ユニットもソロも、なんかの偶然でも私に触れていただけたことを嬉しく思います。

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ソロにてオムニバスライブやイベントに出ない私ですが、来年は尊敬してる人への感謝も含めいくつかソロでお邪魔したいと思っています。
イベントだからといって変わることなく、自分のやりたい歌、鳴らしたい音にこだわっていきたいと思います。

今年1年で新しく出会えた人も多くいます。
その縁の深さや長さも関係なく、来年も楽しく音楽に身を置けたらと思っています。
まだ2週間ありますが、今年1年ホントありがとうございました!!



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もう来週ですよ、あわわわ!
「BIN&Kanaco」のお二人をお迎えしてのビーフラットライブ、「かつて降った雪の足音」です。


私自身ソロピアノなので、今までずっとソロで活動する方をお迎えしていました。
今回デュオは初。
しかも県内最強のリア充ユニット(笑)、「BIN&Kanaco」。
なるべく二人きりでイチャイチャしないよう、リハの時点から一生懸命頑張って見張りたいと思います!
(ほかのことを頑張るべき)


これまでより多い今年5回目のビーフラットライブ。
こんな偏屈な野郎を5回も出してくださるビーフラットさんには感謝もしますが半ば呆れます(笑)。
「お客さんを楽しませるために演奏する」
そんな基本も捨ててソロ活動している私です。
それだけに、ここで好きなアーティストさんを呼んでご一緒することだけが私自身の大事なスタンスでもあり、自分のやる意味を考える場所でもあるのです。


BINさんは寡黙であり、とても真摯で紳士なお方です。
お互いソロとして活動を始め10年、同じ店に出演していた同期です。
そんなにしょっちゅう顔を合わせていたわけではありませんが、細羽の影でその活動をこっそりと覗いていました。

私自身この10年迷走してまいりました、あっ、今も現役迷走ナウですわ。
ソロとしての活動に限界を感じ、バルンガだけの活動にしようと考えた時期もありました。
そんな時、そんな仲良くないBINさん(失礼!)がお節介にアドバイスをくれました。
その言葉を私は今も忘れません。

当たり前ですが私一人音楽を辞めたとて、世界は何にも変わりません。
そんなことより大事なことがあります。
それはこれまで繋がってきた人との関わりです。
それすらなくして人としてどう生きることでしょうか。

おかげ様で私は今も細々ながらも「音楽」に身を置いています。
時々ですが私を頼ってきてくれる人もいます。
いやらしい話ですが、ビーフラットのライブが決まると、同じ日にほかの仲間がどこでライブするかネット開いて調査したりします(笑)。
「あ〜あの人がライブやるんじゃこの日はダメだ」とか落ち込んだりもします。
それでも来ていただけるとたまらなく嬉しくなります。
そんな一喜一憂も「音楽」に身を置いているから経験できる非日常です。
それを幸せに思います。


ぶっちゃけ12月11日、私が1番聴いてもらいたい人はBINさんです。
2番目はKanacoさんです、「クロールカッコいい!」って褒められたいです(笑)。
その為にこのライブは仕組まれました。
いらしてくれる予定のお客様には大変失礼なカミングアウトですが、裏事情ともいえる状況も踏まえて私の歌はそ
の場所で息をしているのです。

今までもそうですが私のビーフラットライブは、仲良ければ誰でも出られる場所ではありません。
私自身がミュージシャンとして全力を注がなければならない状況を自分で作る場所なのです。
そんなライブですが12月11日、皆様のお越しをお待ちしております!!

後編です。

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カーチャンと買い物へ行った帰りに「最近オープンしてライブもやるらしい」と言う話を聞き、ちょっと寄ってみました。
1Fが駐車場でお店は2F、メガネのマスターが一人で切り盛りしているお店でした。
コーヒーを頼み店内を見回してたところ、マスターが「バルンガさんですか?」と聞いてきました。
ビックリでした。

お店にはバルンガのCDが置いてあり(購入してくれた誰かが置いてってくれたらしい)、なんか有名人になった気分を味わえました(笑)。
まだお店でライブする人は少なく、マスターは「毎日ライブやってる店にしたい!」とおっしゃいました。
当時のライブハウスは「週末ライブ」が基本であり、そんな店ありませんでした。
それまでライブしてた「ゆるゆるライブホール」から移動し、バルンガもそのお店でお世話になる事となりました。

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そのお店は「なんでモール」。
まだ開店半年経たない頃でした。
そして2004年、バルンガ(緑)が新加入したのでした。

始めは「研修生」扱いして(薄緑)という名前でした、今思えばほとんど嫌がらせですね。
(緑)氏はギター担当で、当然バンドにギター3本も普通要らないわけで、私はベースもしくはキーボードを担当することとなりました。
正直言って不満でした。

私も(白)氏もそれぞれシンガーソングライターです。
そのうち(緑)氏が自分のオリジナルを持ってくるようになりました。
そんな(緑)氏の書いた1曲。
それは(緑)氏を迎える覚悟を持たざるを得ない歌でした。
その歌は「Dry Rain」。
ソングライターの自分を差し置いて(笑)、「バルンガの中で1番のお気に入りソングは?」と聞かれたら、私は(緑)作詞曲のこの歌を挙げます。

なんでモールでは毎週第2土曜日にワンマンライブもやらせていただきました。
それでもまだ「毎日ライブ!」というお店の野望に届くほど出演者は集まりません。
そんなマスターが取った強硬手段が「バルンガばら売り」!
3人ではなくそれぞれがソロでやるというものでした。
これこそが「クロール」を誕生させるきっかけだったのです。

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いろんな方とライブをご一緒しました。
3人になってのセカンドCD「バルンガ2」(もう全くひねらない単直さが嫌い(笑))もリリースしました。
2004年10月9日の記念ライブでは、ほんと多くのお客様がなんでモールに集まってくださいました。
もちろんこのCDももう絶版、二度と世に出す気はございません。

(白)(黒)(緑)と、3人のソングライターがそれぞれの作ったオリジナルを各々歌う。
3人ボーカルなのにコーラスワークが絶妙なわけでもなく、1曲1曲が違うカラーを見せる。
そんなバルンガの持ち味が確立されてきた時期でした。

やがて「ビーフラット」さんにもお世話になり、それまで楽器持ち変えたりしてた私のポジションが、「ベース一筋にしなければ生き残れない」的な強迫観念に襲われるようになりました。
マジでベースを特訓しましたよ。
そして本当にベースを弾く喜びを見出しました。

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2011年、お友達のバンド「〇ll Beat」のパーカションが抜けた、という情報を聞きつけスカウト。
バルンガ(灰)氏の誕生です。

これについて「(黒)が〇ll Beatからメンバー引き抜いた!」「私と〇ll BeatのH〇RU君がケンカ中だ!」という噂が立ち、私も面白いのでH〇RU君と示し合わせて一緒のライブの時は口を利かないという演出をし、みなさんをやきもきさせました。今更ですが謝りますごめんなさい(笑)。
なにはともあれ(灰)氏は我々にとって必要な音を持つ者であったのには変わりありません。
そして、バルンガとして「理想の音」が生まれました。


4人というそれぞれの時間や都合の調整により、ここんとこライブ回数は減っています。
今はライブハウスに出ることもほとんどなくなりました。
それでも呼んでいただけるライブに向けて、密度を持って向かえるようになった気もします。
沢山の方に関わっていただき、今のバルンガがあります。

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「第10回やらまいかミュージックフェスティバル」、バルンガ10年欠かさずの参加です。
結成して17年、最近ではバルンガ結成の時にまだ生まれてなかった子と一緒のライブをするときもあります。
年数(キャリア)の重みなんてもん、ひけらかすものではありません。
そして「重鎮」扱いされると不思議なモンで、新しいお客さんにそっぽ向かれるような気もします。
いつまでも新しい気持ちでやっていきたいです。
そして「クロールの本気と本業」をバルンガで知ってもらえると嬉しいです。

「応援してる」って言葉は実は嫌いです。
まず触れてもらいたいと思うのです。
10月9日、14時半から鍛冶町交差点ステージです。

(白)さんの立ち位置はいつも向かって右です。
私の立ち位置はいつも向かって左です。
1999年に並んだ二人の間に今、私以上にバルンガを楽しみ大事にしてる二人が鎮座しています。
この上ない心強さを味方に、楽しいライブを見せられればと思います。








改めて言います。
私は実はベーシストなんです。

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ほらね。

というか、1番好きな楽器はベースであり、どうにも「マルチプレイヤー」とか呼ばれるのは「浅く広く」みたいな軽薄な感じがしてホントは嫌なのです。
楽器やったり詩や曲作ってなければただのプリキュア好きなおっさんですよ。

最近縁となった人には、どうも私が「バルンガ」というバンドのメンバーだという認知度がアレです。
今日は私の住む「バルンガ」というバンドの、武勇伝も含めおさらいしときます。

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バルンガは1999年に私「バルンガ(黒)」と「バルンガ(白)」によって結成されました。
(白)さんとは私が高校生の頃同じサークルにいた縁がありました。
(白)さんの歌は「めじゃー7」や「でみにっしゅ」なんてコードをふんだんに使い、フォークと一線を越えたアーバンな楽曲が良い塩梅でした。

それから数十年の時がたち、再び会う機会がありました。

当時、私もオリジナルの自主制作カセットをシコシコ作ったりはしてましたが、ライブに関しては様々なバンドの助っ人を引き受けるくらいでした。
自分のオリジナルをゆるりとやってみたく、確か私から声かけた気がします、そんな気がします。
「お互いのオリジナルをやっていこう」というコンセプトは今も変わらず、当時は私もギターのギターデュオでした。


練習場所はアクト周辺の夜の広場でした。
まだ「ストリートミュージシャン」という言葉がない時代でした。
練習中に様々な人に出会いました。
ロシア人観光客に向けて「ふぇいますじゃぱにーずみゅーじしゃん!」ってうっかり言ったのらバシャバシャ写真撮りまくられたのも今じゃいい思い出です、いずれプーチンさんに謝らんといけません。
そんなある日、今は無きフォルテガーデンでフリーマーケットやってるという人がやってきて「うちらのフリマで歌わない?」と誘われました。
道端から卒業して、初めて「ライブの場所」を手に入れたのです。

フリマのライブはほとんど聞く人もいませんでした。
そしてそのライブに当時出ていたのは、今をときめく「遠州ギタートリオ」の長谷川さん。
それでもやれる場所、歌える場所があることが嬉しかったのを今でも覚えています。


2000年、時々ジャズライブを観に行ってたライブハウスから「出てみない?」とお誘い受けました。
バルンガ初のライブハウスです。

毎回、ライブが終わる度にマスターが「お疲れ」と言ってビールを注ぎに来るのです。
最初の10分くらいはライブの褒め言葉なのですが、後半は酔いも任せてダメ出しの嵐。
「オリジナルばっかやりやがって」だの「アンサンブルがどうのこうの」だの。
毎回ケンカモンカで「もうバルンガなんか出さん!」「あ〜結構!もうこんな店出るか!」と言って帰宅。
そして2週間後マスターから「次のライブ〇日でどう?」私「オッケ〜!」ってな間抜けな恒例行事が2年くり返されました。
店の名は「フルハウス」。
店主は悪名高きKさんですよ。
同期ってわけじゃないんですが、当時時々店にプラッとやってきて空気読むことなくバンジョーかき鳴らしてったのは、まだデビュー前の「Kingsize」の「てらだっち」でした。


2003年、知り合いがライブホール作ったっていうので、そこのライブに参加させてもらいました。
ここで運命の出会いがあります。
当時一緒に出ていた男女混合バンドさんが、いたくバルンガを気に入ってくれたのです。

そのメンバーの一人は勝手にうちらの曲をコピーしたりする始末。
そして(白)さんが後に、「彼、メンバーに入れちゃおう」と衝撃の発言をするのでした。
それこそが「バルンガ(緑)」、我らがリーダーです。
その後、その男女混合バンドは解散。
そのバンドには「もやし(妹)」「にゃーご」が在籍していました。

このライブホールのライブは中々身勝手ゆるゆるだった!(笑)。
告知もろくにしないばかりか、開演30分前になっても誰もいないときもありました。
それでもそこのライブにて「奥山会長」とも出会い、当時は「今の因縁」が起きるとは思ってもみなかったのでした。

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2003年2月にはバルンガ初CD[バルンガ」を発売(まだ2人バルンガ)。
絶対「ジャケ買い」しないであろう、このセンスのなさ!(笑)。
もう発売してません。

ないと分かると「欲しい〜!」とおっしゃる輩が多くて困ります。
たった100枚売るのにどれほど苦労したことか!もうその手には乗らんぞ!!再発なんかするもんか〜!!(笑)
(一部で海賊版が出回ってるらしい)

その後乗り込んだあるライブハウスでバルンガは大きな転機を迎えるのでした!

(続く)



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