東江人のブログ

庄川のほとりに住む住人(しょうがわんちゅう)

料理

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

昭和レストラン

 最近はチェーン店が多くなり個人経営の店が少なくなった。わたしが住む高岡市役所近くのレストランは、チェーン店ではない貴重な店の一つだ。たたずまいは、昭和の時代に生まれたモダンな洋風レストラン、手入れは行き届いているので感じは悪くない。つまり昭和レストランと呼べる店だ。
 一度いきたいと思っていたこともあり、昼食の時間に訪問させてもらった。ランチメニューがあったので注文したが、残念ながらこれはあまりよくない。近くに有名牛丼チェーン店があり値段とボリュームでは負けてしまう。味は、料理の上手な主婦が作った料理と言う感じ、なんだか懐かしい味がする。本格的な料理人が作った専門店ではなく町の和風の?西洋料理店という位置づけかな。
 
 注文するならば定食がいい。こちらは少々値ははるがしっかりとしたボーリュームだ。店に来ていた半分以上が女性客で定食を注文していた。女性が多い店はいい店が多いと思っている。値段はチェーン店に比べるならば少し高い気がするが。チェーン店には安さではかなわないのでこんなものだろう。味が薄味で体によさそう。飽きない味でまた来たいと思った。こういう懐かしさにあふれる店はなくなってほしくない。また行こう…。
 

ショウコウレストラン

少なくとも月に一度ぐらいの割りで郵便局やら銀行に行く用事がある。
車で5分ぐらいのところに金融関係の施設があるのでそこを利用している。

 その場所は問屋街と呼ばれていて、いろいろな問屋さんが店を構えている。
問屋さんのためか、一般の買い物客の姿はなく、静かなたたずまいの店が並んでいる。
 大抵は、お昼ごろ出かけるので、その近くで昼食を…というパターンが多い。
しかしながら、そこは、問屋街なので飲食店はない。少し足を伸ばせば、店はあるのだが、わざわざ、行くのも面倒だ。
 そういう気持ちに水心あれば魚心ありと言うか、おそらくそのあたりでは1軒だろうと思われるレストランがあるのを見つけた。
 その名は、なんと『商工レストラン』。
確かに、問屋街で働いている人たちも、お昼にどこかで食事をするはずである。弁当派の人もいるだろうが、お店でと言う人も少なくはないはず。
つまり、この商工レストランは、問屋街で働く人用のレストランと言うことのようなのだ。
 こういう感じの店は、僕としては嫌いではない。いやむしろ好きと言っていい。

 店は、コンクリート製の白いペンキを塗った、お世辞にもしゃれたとはいえない。
かなり年代もののようで古い感じは至る所に感じられる。入り口の上方にだいぶくたびれたビニール製の赤の突き出た屋根?があって、『商工レストラン』と言う名が黒く印刷されている。それがなければ、レストランと分からない作りだ。実に飾り気がないのである。つまり、この店は、問屋街の常連客が来るレストランだと主張してるのだ。

 中に入ると古いながらも高い天井に二階席に向かう階段もある。窓には大きなガラスが、はめ込んであり、作られた当初はモダンな建物だったのだろうと思われる。
 しかし、今は昭和の遺物という感じで、過ぎ去った時代の哀愁が漂ってくるようだ。
全体の基調は白だが、だいぶ白も汚れてくすんでいるのもいっそう時代を感じさせる。
クーラーなどは時代物の大きなもので、大げさに言えばウオン、ウオンとうなりながら、空気を冷やしているぞという代物だ。だいぶ電気代が、かさむのではないかと老婆心ながら心配になる。

 メニューはと見ると、いわゆる最近のレストランのメニューではなく、大衆食堂のメニューだ。お決まりのカレー、カツ丼、オムライス、そば、うどん、定食などのお品書きが壁に貼り付けられてある。値段は、予想したとおり、このタイプの店の中ではかなり安い。400円から600円のものがほとんどだ。高くても800円ぐらい。カレーには力を入れているらしく、多くの種類があり、辛さも4段階ほどあることが、書かれてある。
 いまだ、このカレーは注文したことがない。いずれ食べてみようと思っている。

出される食事はと言うと…
 量も少なくはなく、いい感じだ。味のほうはといえば、なんと言えばよいのだろう。
「ご飯を食べたぞ」と言う触感が残ると言ったらいいだろうか。特別うまいわけではないが、飽きることもない。「また来たいなあ」という余韻が残る味なのだ。

さすが、毎日の問屋街の皆さんの胃袋を満たしている店だと心の中で感心した。

 今回いただいたのは弁当定食(600円)で、甘辛い野菜の佃煮ふうのもの、和風のオムレツに野菜とえびのてんぷら、香の物、それに味噌汁がついていた。なかなか悪くはない。 持ってきた親父さんに何時まで営業してるのか聞いてみると3時ごろまでだという。
3時ごろになると誰もこなくなるそうだ。それを聞いて、確かに問屋街の人向けのレストランなのだと納得した。

 

金沢カレー

富山に住むようになって金沢カレーと呼ばれるカレーがあることを知った。
このカレーの基本は、カレーに何かがのっているというものだ。定番はカツカレーのようだ。。バリエーションとして、コロッケだのウインナーなどの脂滴る肉がのっているメニューもある。

 疲れたなーと感じるとき、このカレーが食べたくなる。
ステンレスのカレーの皿にたっぷりのご飯、そこにどろっとした茶色いカレールーがかけられ、豚カツがのり、その脇にはきざみキャベツと赤い福神漬が添えられている。
 飾り気はないのだが、なかなか癖になるカレーだ。

 沖縄にいたころ、カレーをよく食べたが、沖縄で好まれたカレーは、昔風の黄色いカレーだ。カレー粉にといた小麦粉でとろみをつけたものに人気があった。スーパーでは、初期のボンカレーのレトルトや、マースカレーと呼ばれる黄色い色のカレー粉を目にする。これらはなかなか本土で見られなくなった。
 僕としてもこの黄色いやつが好きだ。カレーのスパイスの風味がストレートに伝わってくるのもいい。

 それに対して、金沢カレーには、いろいろと入っているのだろう、こってりしている味だ。ルーをすすった後に、スパイスがピリリとしてくる。ここが、気に入っている点だし、これがなければカレーとは思えない。量もあるので、食べ続けているとくどい感じがしてくるが、このピリリで救われつつ、気がつけば完食をしているといった具合だ。 くどさも時がたてば、また食べたくなる要素に変わるのも不思議だ。
 
 今のカレーの流れは、野菜がトッピングされたり、スパイシーなものが、もてはやされている。とろみもあまりなくスープのようなものもある。辛さも唐辛子風のものであったりする。代表的なものにタイカレーなどがある。実は、これまたこのカレー、なかなか刺激的で好きなのだが、それはそれとして食べ物はただおいしい味だけじゃない気がする。
 それが、食べ物のと言うか、人間の不思議なところだ。
 
 その1つに、食べ物は心で食べるところがあると思うのだ。あの沖縄の黄色い素朴なカレーや金沢のどろっとしたカレーは、時代の香りがするのだ。
 僕個人に当てはめてみれば、黄色いカレーは小学生ころの味であり、こってりどろりは、青年のころの味だ。それらを味わうことで、心は空間と時間を越えて過去に戻ることができる。だからそれらのものは、過去にしばしいざなうタイムマシンと言っていいかもしれない。うーん、マシンではなくタイムフードか…

 それは、、カレーだけではない。ある日のこと、車を運転中、暑い日だったのでコンビニに寄った。そこには、さまざまな飲み物が置かれていたが、そのひとつに目が留まった。それは、コーヒー牛乳だった。コーヒー系の飲み物は、おいしいものがたくさん出ているが、つい懐かしさのあまり買ってしまった。味は、素朴で、他の商品に比べて特別うまいわけではない。
 しかしそれを飲む間、ちいさな至福の時を味わったのは言うまでもない。僕が子供だったころ、祖母に買ってもらった味がそこにあったからだ。あのころのコーヒー牛乳はなんであんなにおいしかったのだろうか?

国民食? カレー

日本人がよく食べる食べ物を挙げるならば、カレーライス、ハ
ンバーグ、ラーメン、オムライスなどではないだろうか?

 例にもれず、わたしの全部好きな食べ物である。

その中でもカレーライスは、国民食の上位ランクを占めると言
って良いほどのものだろう。サッポロ農学校の教師で有名なク
ラーク博士は、日本の学生の体力向上のためにカレーライスを
食べることを勧めたと聞いたことがある。日本が明治以降西洋
文化を取り入れ近代化をする中、カレーも日本の食文化に取り
入れられ工夫が凝らされて日本食になったのだろう。

 カレーはインドの食べ物でもあるが、インドは英国の植民地
であっためカレーも英国に伝えられヨーロッパカレーとなりそ
れが日本に入ってきたと考えられる。これはもはやカレーは世
界的な物と言えそうだ。

 一番美味しいカレーの作り方というものがインターネットで
紹介されていた。

 それはいたってシンプル。玉葱をバターで飴色になるまで炒め
肉を加えて市販のカレールーに水を加えて煮るだけでいいそう
だ。よけいな添加物などを入れないほうが美味しいとのことの
ようだ。

 それほど日本の市販のカレールーは完成されていると言うこ
となのかもしれない。

懲りすぎて、手を加えすぎて駄目になることがある。
わたしのずいぶん以前のカレー作りもそういうものだった。カレーの中にソースだのチョコレートだのいろいろ入れて
作ってうまいだろうと自慢したことがあったが、しょっぱすぎ
たりくどい味だったりとたいして美味くはないのである。

 よけいな力をそぎ落として作ることが一番美味いのだろうと
最近は思う。

  シンプルカレー作ってみようかな。

 隣の婆ちゃまから竹の子をいただいた。それもちゃんと茹でてあるのですぐに食べられる状態だ。とても親切だと感心した。
 数日して知人が、「竹の子をどうぞ」とくださった。採れたての竹の子だった。「すぐに煮たほうがいいですよ」と言うことだった。ほおって置くと硬くなるそうだ。そうしてる間に川向こうの方から「竹の子をどうぞ」という言葉と共に竹の子が更に与えられた。とてもありがたい。これは、茹でてある。
その夜、茹でていないほうを茹でながらどうして食べようかと思案にくれた。
 天ぷら、竹の子ご飯、煮物…

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事