水彩画晩学日記

六十の手習い真面目に通っています

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港町、「ポートクラン」だと思います、商店とその脇に露天商。
第二次大戦前から在ったのではないかと思う町並みは何処を切取っても、絵になります。

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クアラルンプールのチャイナタウンです。
商店の前を占領する露天の列、行きかう人混み、さらにその中を押分けてゆく車。
来馬(マレーシアを訪れる)されるお客さんを、必ず案内した場所でした。

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寮と工場の中間辺りにあったショッピングエリアです。
銀行、クリニック、食品マーケット、雑貨屋、食堂(マレー、中華、インド)等があり、一つのエリアで生活に必要なほとんどが手に入ります。
断食の期間、工場の食堂が閉まる時などは、ここの食堂を利用していました。

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工場は、クアラルンプール市内からハイウエーで40分ほどの所でしたので、普段の行動範囲は案外広かったと思います。ただ最初の頃のスケッチは近場でした、不安もありましたが、描きたくなる風景が何処にもありました。
絵は寮の前の道です。道には必ず名前が付いており、行き先を地図でなく、道の名前を次々たどる様に教えてくれる事が多く、苦労しました。しっかりした地図も無く、新しい所へ行くたびに書き加えた自家製地図を作っていました。

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このスケッチは、寮です。
寮は、「バンガローハウス」と呼ばれるもので、一戸建て、4ベットルーム、最多時、6人で住んでいました。

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