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2011年4月21日 夕刊
ジャーナリスト列伝 16 石川 文洋(報道写真家) 15 私は銃を持たない を読んで 夕刊の連載企画の一つで、タイトル通りジャーナリストの伝記シリーズである。(編集委員・上丸洋一と文末にある) 恥ずかしながらこのシリーズは殆んど視線を飛ばすだけで、気になる単語が目に入った時だけキチンと読んでいる。今回は「石原慎太郎」という人物名に目がとまったのである。 石原慎太郎氏(注意書きの必要も無いが現東京都知事のことである)はベトナム戦争中の1966年12月に、週刊読売に「特派」されて、南ベトナムに20日間滞在したそうである。当時石原氏は34歳、表題の石川氏は28歳だった。石原氏を含む日本からの取材団と、それに同行した石川氏が米軍の野砲陣地を訪れたとき、米軍の中尉が「大砲の引き金を引いてみないか」と言ったそうだ。順番を待つ石原氏に対して石川氏は『「石原さん、引いてはいけません。引くべきではない。あなたに、この向こうにいるかも知れない人間たちを殺す理由は何もない筈です」』といったそうである。(記事より引用) これについて、石原氏は石川氏の最初の著書「ベトナム最前線」の序文で紹介し、『「彼(石川)は静謐に敵味方、彼我を超えた、地獄に置かれた人間の悲しさ惨めさを取りまくっている」』(前同)と書いたそうだ。 米軍部隊が農民の集落を焼き尽くす場面を見る。あるいは従軍取材の中で親しくなる米兵や政府軍兵士が解放戦線の攻撃をうけ目の前で死んでゆく。そんな中で辿り着いた心境なのだろう。 私は、ジャーナリストという人達や、彼らの言うジャーナリズムについては常に懐疑の目を向けて見ている。彼らの伝える事には、彼らの主観が含まれているからである。「これを伝えなければならない」という判断の裏には「伝えなくても良い」と判断されたものの存在があるはずで、それ自体が既に主観であるからである。 ただし、ジャーナリスト達がその時・その場にいること自体には敬意を払う。少なくとも、その場にいない自分よりは何かを言う資格はあるはずだと思うからである。 ところで、この記事を読んで一番気になったのは、『解放戦線は米軍と違って、民衆に攻撃を加えることはなかった。』という記述である。そんな筈は無いと思うんだが、事実その通りなんだろうか疑問である。 |
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