本日の朝日新聞

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2011年5月4日朝刊
報道の正当性認める 日米での機密関連裁判 (藤えりか氏)
 を読んで
 
この日の朝日新聞は、ウィキリークスの入手したアメリカ外交公電のうち、日本関係の公電7千本の提供を受け分析した記事を大々的に掲載している。
 8面では、公電を公開することの是非についての記事が掲載されている。
 そのうちの1本では、米政府がウィキリークスに対し、文書の公表中止と記録の削除を要求したが、文書の内容を報じた報道機関自体には追求の矛先を向けていないと書いている。そして、米議会の調査局では「国の安全保障に関わる情報を報じても言論の自由は憲法で保障されるとする報告を出した。」と続く。
 アメリカでは1971年に国防総省のベトナム戦争関連の極秘情報を「すっぱ抜いた」ニューヨーク・タイムズと司法省の間で訴訟になり、連邦最高裁の判決はNYタイムズ側の勝訴となったそうである。
 そして、同年に日本でも、沖縄返還に伴う密約を毎日新聞記者が入手し報道。国家公務員法違反で起訴され有罪が確定したが(‘78年最高裁)、報道自体の正当性は認めたとしている。
 この毎日新聞記者の事件は、報道の自由や知る権利の問題としてよく引き合いに出される事件であり、新聞記者にとってはシンボリックな事件である。さらに、アメリカ政府の情報公開で密約の存在が明らかになった現在では誇らしげに語られることがある。しかし、この事件はそんなに誇らしいものだったのだろうか?
 朝日新聞のこの記事では触れられていないが、毎日新聞の記者は入手した情報を社会党(当時)の政治家に渡しているのである。これは新聞記者の行動として正しいのだろうか疑問である。そもそも、この情報を入手するにあたり、外務省の女性事務官と「ひそかに情を通じ、これを利用して」(検察起訴状)いるのである。この起訴状により、密約問題で追い詰められていた日本政府は一気に形成を逆転した。世論は密約の有無や政府の態度より、毎日新聞記者の倫理性を問題にしたのだ。
 最高裁で確定した判決では、報道と公務員の守秘義務の対立拮抗を述べ、報道機関が公務員に対して機密を漏らすようにしたとしても、それが真に報道の目的からであり、その方法が社会的に許容範囲であれば違法性を問われない(かも)とされている。これがこの記事の言う「報道の正当性は認めた」である。そして、毎日新聞の記者は有罪になったのである。記事を書いた藤氏が意識しているのかどうか不明だが、この密約問題の取材は社会的にも許容されないと判断されたのである。
 「ひそかに情を通じ、これを利用して」という起訴状を書いた佐藤道夫氏(故人)は、数年前、テレビ朝日の「スーパーモーニング」で『「言論の弾圧といっている世の中のインテリ、知識層、あるいはマスコミ関係者なんかにもね、ちょっと痛い目にあわせてやれという思い」から起訴状の文言を考えたと述べた』。(括弧内はウィキペディア、ただし筆者はその放送を見ている)これに対して、インタビューした鳥越俊太郎氏は「少し下品ではないか」という趣旨の発言をしたが、「でも、事実でしょう」と返されている。鳥越氏が何と答えたかは放送に入っていなかったが、大変興味のあるところである。
 近年、密約が存在したことは規定事実となっている。このため、この毎日新聞記者を英雄扱いするような風潮があるし、それは当時もあったようだが、それは間違いだと思う。 
 政府が国民に嘘をついていたこの問題は報道に値する問題だったと思う。報道機関は大いに政府を叩くべきである。しかし、それだからこそ、取材方法とその報道方法は充分に気を使わなければならなかった。毎日新聞はその部分をもっと考慮するべきだった。それを怠った為に、この問題だけではなく、その後、報道機関が政府に対して及び腰になる契機になったことを考えれば悔やんでも悔やみきれない出来事のはずである。
「なんて事をしてくれたのだ、お前のせいでいい迷惑だ」と言うべきだと思う。
 そして、常に自戒をしながら報道に携わるべきだと思う。

2011年5月1日朝刊
ジャーナリズム精神を支えに 主筆就任にあたって 若宮啓文
 を読んで
 
 タイトル通り、執筆者の若宮啓文氏が朝日新聞主筆に就任するにあたっての思いを記している。掲載は8面「オピニオン」で、1面にはそれとは別に、東日本大震災後の内閣を始め政治家全体に対する批判と要望が署名記事で書かれている。
 8面の記事は、関東大震災の時、壊滅状態の東京から3日間かけて大阪まで写真を運んだ福馬謙造記者を紹介して、「一刻も早く事実を伝えたい」という記者の一念だったとする。
 その当時と比べ、NHKの生放送が津波をリアルタイムで放送し、それがさらに海外に同時に放送される今の時代には、新たな問題があり、政治を批判してばかりではすまない役割が求められていると自戒している。
 記事によれば、「ジャーナリズム精神を体現し、紙面と報道の声価を高める」ことが主筆規定としてあるそうだ。主筆主任就任
でこれまでとは違う立場から震災後の日本を探っていき、新たな国造りを考え旗振りをしてみよう、とも考えているらしい。原子力発電所の問題や国際協力に触れた部分には異論があるが、基本的に就任挨拶の記事なので、理想を掲げた清々しささえ感じる記事である。
 ただし、この記事の中に見逃してはいけない記述がある。「一つ反省を書いておこう。」と前置きをして、それを「政権交代への期待を語り続けてきたことだ。」と書いている部分だ。それは「日本の民主主義を本物にするため」だったが、「民主党政権の実態には次々と期待を裏切られてきた。」「『想定外』とは言いたくないが、予想を大きく超えた不覚。」「もう一度『政治改革』のやり直しを求めていきたい。」ということだ。
 震災より以前のことだが、テレビ番組の出演機会の多い著名なコメンテーターが民主党政権を批判する人達(その中でも主にネットユーザー勢力)に向けて、「あのまま自民党政権が続いていてよかったのか」とコメントをしていたが、私は「今の有様よりはましだっただろう」と思っている。年金問題から始まる、安倍・福田・麻生政権の、「自民党政権末期的症状」は確かに褒められたものではない。しかし、それでも民主党に政権を任せるべきでは無かったのだ。それは何故か?民主党には国家構想がないのである。
 例えば自民党には昭和30年11月15日の自由民主党結成時の日付で「党の政綱」と言うのがあり、「六、独立体制の整備」として、「現憲法の自主的改正」と、「国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。」ことを訴えている。つまり、「自主憲法制定」と「再軍備」である。自民党は、日本国にはこのことが必要であると思い定めているのである。対して民主党は、自民党との政権争いを重視する中で、勢力拡大に急いだ結果、現在でも党内の意見調整が出来ずにいる為、大局的な国家観を築けないのだ。何しろ松原仁氏と、岡崎トミ子氏が一緒にいるような政党なのである、沖縄米軍基地問題や、中国との領土・領海問題で時の総理がフラフラするのも当たり前である。民主党としての方針があれば、総理の思想がどうあれシステム的に問題処理も可能だったと思うが、そんなものが無いのだからどうしようもない。
 ただ、このような事は本職のジャーナリストならとっくの昔に分かっている筈の事である。諸問題に対し「我々ならこうする」と自民党を攻める民主党議員に対し、「あなた個人はそう言うが、民主党内はまとまっていないから無理でしょう」とやり返す場面はテレビでよく見かけたものである。
 沖縄米軍基地問題は現在デッドロックであるが、その主な原因は2009年の政権交代をもたらした選挙期間中にやれもしないことをやると言い、結果やれなかった総理にある。しかし、それを無批判に垂れ流したマスコミや、あまつさえ応援した文化人達の罪も万死に値するだろう。ほんの少し民主党を調べるだけで、こんな政党に政権を渡してはいけないことに気がつく筈なのに何故彼らは民主党を対象にした政権交代に乗ってしまったのか大変疑問である。
 ところで、若宮氏は「想定外」とは言いたくないと書いてあるが、民主党を応援したメディアや文化人達にとって「想定外」だったことが一つ思い当たる。
 それは、政権交代後の総理大臣があまりにも駄目過ぎだったと言うことだ。
 とにかく、すべてにおいてとても総理大臣となった政治家のやることとは思えない事ばかりで、いろいろな理由で心配していた人がいたとしても、あそこまで駄目だとは思っていなかったであろうと言うことだ。
 経験を積んだ記者や経験豊な文化人にとっても「想像を絶する大バカヤロウ」の事まではわからなくて当然である。

ジャーナリズム列伝

2011年4月21日 夕刊
ジャーナリスト列伝 16
石川 文洋(報道写真家) 15
私は銃を持たない
 を読んで
 
 
夕刊の連載企画の一つで、タイトル通りジャーナリストの伝記シリーズである。(編集委員・上丸洋一と文末にある)
 恥ずかしながらこのシリーズは殆んど視線を飛ばすだけで、気になる単語が目に入った時だけキチンと読んでいる。今回は「石原慎太郎」という人物名に目がとまったのである。
 石原慎太郎氏(注意書きの必要も無いが現東京都知事のことである)はベトナム戦争中の1966年12月に、週刊読売に「特派」されて、南ベトナムに20日間滞在したそうである。当時石原氏は34歳、表題の石川氏は28歳だった。石原氏を含む日本からの取材団と、それに同行した石川氏が米軍の野砲陣地を訪れたとき、米軍の中尉が「大砲の引き金を引いてみないか」と言ったそうだ。順番を待つ石原氏に対して石川氏は『「石原さん、引いてはいけません。引くべきではない。あなたに、この向こうにいるかも知れない人間たちを殺す理由は何もない筈です」』といったそうである。(記事より引用)
 これについて、石原氏は石川氏の最初の著書「ベトナム最前線」の序文で紹介し、『「彼(石川)は静謐に敵味方、彼我を超えた、地獄に置かれた人間の悲しさ惨めさを取りまくっている」』(前同)と書いたそうだ。
 米軍部隊が農民の集落を焼き尽くす場面を見る。あるいは従軍取材の中で親しくなる米兵や政府軍兵士が解放戦線の攻撃をうけ目の前で死んでゆく。そんな中で辿り着いた心境なのだろう。
 私は、ジャーナリストという人達や、彼らの言うジャーナリズムについては常に懐疑の目を向けて見ている。彼らの伝える事には、彼らの主観が含まれているからである。「これを伝えなければならない」という判断の裏には「伝えなくても良い」と判断されたものの存在があるはずで、それ自体が既に主観であるからである。
 ただし、ジャーナリスト達がその時・その場にいること自体には敬意を払う。少なくとも、その場にいない自分よりは何かを言う資格はあるはずだと思うからである。
 ところで、この記事を読んで一番気になったのは、『解放戦線は米軍と違って、民衆に攻撃を加えることはなかった。』という記述である。そんな筈は無いと思うんだが、事実その通りなんだろうか疑問である。
2011年4月19日朝刊
3・11記者有論 「減税日本」躍進 行革なき復興増税に疑問
  を読んで
(名古屋報道センター 寺西哲生氏)
 東日本大震災からの復興財源の確保に「増税やむなし」の声が広がることに対し、河村たかし名古屋市長の「減税論」を引き合いに出して一考を促す内容である。
 河村たかし名古屋市長は衆議院議員も長年勤め、その間には全国ネットのテレビ番組に多数出演した経験もある知名度の高い人物である。「総理を狙う男」を公言し(現在でもあきらめていないようだ)、議員報酬の削減・議員年金の廃止などを訴え、所属政党である民主党では異端児であり疎まれもしていた。
 名古屋市長になった現在も、議員の定数削減・報酬の半減などを打ち出し、(当たり前だが)議会側と揉めた挙句に、2010年夏の市議会リコール運動へと走ったのは全国ニュースにもなった。
 河村劇場とも呼ばれるこれらの動きの中で、もう一つの争点は「減税」である。減税を通じて経済の活性化をうながし、最終的には税収の増加を図ると言うのが河村氏の論法であるが、これに対して反対の立場を取ったのが名古屋議会の多数派だったのだ。
 減税して税収が下がれば、公共サービスの低下を招くと言うのが反対派の論法である。これに対して、市長は「減税で税収を減らせば、支出も削らざるを得ず、行革が進むという論法で、昨年度に減税した161億円は、人件費51億円削減などの行革で補った。」(記事より引用)
 河村氏は、市長就任前の議員時代から著作物などでも減税を訴えており、減税を先行させる理由に「行革で金を浮かせても、その金を別のところで無駄に使うだけなので、先に収入を限ってしまえばそんなことも起きない」という趣旨のことを言っている。
 議員や役人の権力の源は金の配分権である。権力を維持するために、役人は議員に増税を囁き、議員は公共事業で選挙民に恩を売る為にそれに同意する。この構造が無くならない限り、無駄は際限なく生まれ、常に増税の危機に晒されるというのだ。
 より良いサービスを、より安くが世間の常識である。究極のサービス業である役所とそれをチェックするはずの議員がなぜそれを目差さないのかという河村氏の訴えは、間違っていないと思う。
 
朝日新聞グローブ2011年4月17日第61号G−5面
「テレビが伝えた震災。現実と影響力の狭間で」   を読んで

 この記事を書いたのは一色清(いっしききよし)氏。この3月末まで、テレビ朝日「報道ステーション」でコメンテーターを2年半務めていたそうだ。その間、テレビの特性や役割などについて活字媒体の人間として、驚いたり考えたりしたが、一番考えさせられたのは3月11日の地震以降の3週間だったと書いている。
 その他に、テレビならではと思われる色々な経験も書かれて、テレビ局とコメンテーターの間でのやり取りなどの記述もある。
 私が一番興味を惹かれ共感を覚えたのは、記事の最後の部分である。
『ある報道番組でキャスターが強い口調で「東京電力は(記者会見で)国民にわかりやすい言葉で語るべきです」と言っていた。私はふと、国民にわかりやすい言葉で語るのは東京電力の仕事だろうか、それはテレビを含むメディアの仕事なのではないか、と思った。』
と書いている。
 流行の言葉で言えば、東京電力には説明責任がある。しかし、当事者が「業界用語」でしか喋れないのなら。それを一般の人にわかりやすく解説するのが、間をつなぐメディアの仕事ではないかという問いかけは正しいと思う。
 ここ数年、池上彰氏がテレビで人気である。池上氏の出演する番組は、厳密にはニュース番組とはいえないかもしれないが、ニュースに対して、受け取り側の抱くであろう疑問を予期しその回答を用意しておく、或いは先回りして解説するという、受け取り側の目線を意識している点が池上人気の元だろう。
 わかりやすい言葉で語ってくれたことを伝えるだけなら、ニコ動で充分である。

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