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[ つうくん ]
2012/9/26(水) 午前 7:11
[ 8-mori ]
2012/9/25(火) 午後 3:01
[ dys29o922z34z40 ]
2012/9/22(土) 午前 0:37
[ 吉舎調 ]
2012/1/10(火) 午前 9:25
[ 吉舎調 ]
2012/1/9(月) 午後 5:47
[ つうくん ]
2012/1/4(水) 午前 10:41
[ 工藤 ]
2012/1/4(水) 午前 10:34
[ satoshi ]
2011/8/29(月) 午後 2:07
[ 吉舎調 ]
2011/8/11(木) 午後 7:51
こんにちは。いつぞやは生意気なメールを送り申し訳ありません。このブログを見てくださる方を少しは増やしたつもりですが、なかなか動きがないので、私、少ししびれを切らしました。こんなに詳しいドイツの林業、林学事情は最近の欧州流行の中でもなかなかありません。まだまだ知りたいことがあるので、これから度々質問させてください。私の勉強不足はちょっと棚に上げることにいたします。
せっかく造林学系の話になっているのでその方面を質問すべきなのですが、もっと気になるのは歴史です。針葉樹一辺倒からどのように針広混交林に誘導していったのでしょうか?皆伐後に更新したのか、徐々に複層林から入っていったのか(陽樹ではできないと思いますが)。いきなり天然更新は難しいと思うのですが、やはり植栽までしたのでしょうか。針葉樹の伐期より混交林化を優先させるようなことがあったのか。かつては法正林を目指していたが、日本のような間伐手遅れの問題はなかったのか、等々、さらに、混交林化の流れとフォレスター制度が出来上がった時期の前後関係はどうだったのでしょうか。知りたいのですが。
[ yoccharu ]
2011/8/7(日) 午後 8:42


