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2018年 3月1日 に
 278人来訪 西田竜一さん検索!!
 ラウドネスドラマーの代役を務められました。
 最近訪問者が多くほとんどが西田さん関係です。嬉しいこと限りこの上ありません。
 
 これまで悲しいことに
 某ミュージシャンが亡くなるとき
 亡くなる方を取り上げていて、訪問者が増えるというパターンが多かったので…。
 
 100人を超えるのも嬉しいことです。

 関係者からの声も、同じ内容でもプラスマイナスの反応があり、受け止め方はそれぞれ。
 
 本日町田康の以前から聞きたかった音源を聴くことができた。LUCKY!!
 細かい情報は知らないのだが、2000年頃作品だ。王道なロックがそこにあった。バンド「ミラクルヤング」時代である。
 (亡き)藤井裕氏、ロジャー高橋と組んだバンドみたいだ。リズム隊も凄いな―。お二人の活動も凄いな。
 
 アルバム5曲は、ギターで「アナーキー」の藤沼さんとまだ「ARB」で活動していた内藤幸也さんだ。この内藤幸也さんは、『「フリクション」の「軋轢」を好きだ』と言っていた期待のギターリスト。「ARB」が少しだけノィジ―な音になり、最新型のロックとなりつつあった。これまでの「ARB」で一番実験している感じがした頃だ。内藤さんは「ARB」と並行して他のバンドをされていたのではないか?
 
 藤沼伸一さんは「アナーキー」で仲野茂を支え、あの骨太なロックを体現している。あのタイプのボーカリストはそのつぼをおさえることが重要なのではないかと思う。具体的に説明できないのが悔しいが。
 
 これまで聴いてきた町田康の作品ではかなりいい出来である。聴きやすいい。パンクロックしているというよりは王道のロックしている。世良公則を思い出す。

 日本語の可能性。リズムのうねりを活かしながら、ロックとぶつかる言葉。イメージの悪い言葉(間の抜けた言葉も含む)をロックな音にぶつけるのであった。町田氏の実験が行われている。
 
 以前、購入したかったのだが、廃盤になるのがはやかったのか、付加価値が付きなかなか聴くことができなかった。
 
 町田さんは芥川賞をもらった後、しばらく自分もしばしアンテナから消えていた。
 
 もう少し当時の情報を知りたなーと思うのだが…。
 
 その後、藤井裕さんは「ミラクルヤング」から脱退し、しばらくすると活動は休止したのではないかと思われる。
 
 そのあとのライブを自主CD化したものは、リアルタイムで入手できたのだが。
 
 井上陽水、亡き忌野清志郎との対談を覚えている。パンク関係者では、「ばちかぶり」の田口さんと合わせて、予想もしなかった文化人になった。嬉しい。
 
 
 音楽ニュース的には、布袋ともやすとの共演
 マスコミニュース的には、布袋とのトラブルが記憶に新しい。
 
 活動歴は以下の通り
 
2000年  『きれぎれ』で第123回芥川賞を受賞。
        町田康、「シアターブルック」の佐藤タイジ、藤井裕らとミラクルヤング結成。
2001年3月    初ライヴ。詩集『土間の四十八滝』で第9回萩原朔太郎賞受賞。
   7月17日 フジロックフェスに出演。
2002年8月   バンドとは別に“町田 康&佐藤タイジ”としてコラボレーションシングル
       「心のユニット」リリース。
    11月30日
       「ミラクルヤング」・ワンマンライヴを最後に佐藤タイジ脱退。
       『権限の踊り子』で第28回川端康成賞を受賞。
2003年5月 ミラクルヤング」 1stミニアルバム『ミラクルヤング』リリース。
        ライブ、レコーディングにゲストで藤沼氏、内藤幸也が参加。
2005年   「ミラクルヤング」改め町田康グループとして
        「MACHIDA KOUGROUP LIVE 2004 OCT 6TH発表。
 
        映画化された作品に『人間の屑』『けものがれ、俺らの猿と』がある。
 音楽には昔を思い出す力がある。
 「懐かしいねー」という時、それは年齢によって多少の違いはあるが…。
 昔の流行曲を聞き、思う感じ、記憶の中の出来事、例えば私なら、父との思い出、家族。転校、高校進学、大学、就職などなど …

 自分は近藤等則が「エレカシ」とアルバムで共演したときいた。
 そして、ライブで共演したのが以下の曲
 2:12のあたりにあるもの

 この曲を聞く時に感じるものは 懐かしさではない 

 ではなんなのか ?

 3:30〜
 心が動かされるものがある。

 ギターの一音、リズム、トランペットの荒れ具合、

 懐かしさと思う感覚なのか? 心地よさ?が残る。 

 リフレインからくるものか? 曲にまつわる思い出は一切ない。

 近藤さんのトランペットに絡む音から、レックのギターや「フリクション」が思い出される。「エレカシ」なのにだ。

 「フリクション」の曲を聞いても「懐かしい」とは思わない。
 ロックに出会った時の感覚を思い出させてくれることは間違いない。
 
 そしてロック原体験として、音が直接伝えるメッセージが「懐かしさ」なのかもしれない。よく歌詞を聞くと歌詞の内容は「懐かしさ」の中に居る主人公であった。


 それとは別な体験
 「甲斐バンド」の曲、アンチメジャーだった私は きいたことなかったのに  聞くと発売された時期(1983年から1986年まで)が思い出され、学生気分になった、引きもどされたのだ。39歳の時だった。
 
 「甲斐バンド」の音の構成がイメージとしてのフォークだったので、どうしても直感的に受け入れなかった。後から甲斐バンドについて聞いていくと甲斐よしひろ氏の音のへの完全主義が、バンドとして活動する難しさがあり、解散する方向へ行かざる得なかったと思われる。デビュー当時からヒットを出すまでは、自分にはあまり聞けないかもしれない。甲斐さんが前面に居て集団としてのバンドではないという見方もできる。ソロプロジェクトという側面があった。
 
 39歳の時だ、そしてその年で「甲斐バンド」の1982年から解散までの曲を聞きまくった。学生時代は、「甲斐バンド」の良さわからなかった。だけれども、何とも言えない気持で聴いていった。
 例えば、これだ。
 
  
 ソロの甲斐よしひろ、やバンドブーム時の「KAI FIVE」はリアルタイムで聞いていた。 
 https://www.youtube.com/watch?v=wtjYtDQRQnk 1988年 これは懐かしさでいっぱいな曲。当時聞いたことがあり心を動かされたものだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=rqTLvV_dD9M 1991年 よく聞いた。バンドとして。ロック原体験に近いが。
 
 話を戻すと
 
 これはどうか? 
 (曲が紹介されていなかったことに今気付きました。上記アドレスへ)
 音の深さに今も気付きながら、ジャズに近い感覚で聞いているのか? ジャズを知らない自分が矛盾した表現だ(ビルラズウェルらの参加リミックス版だから、そんな表現を思いつくとみた)。

 懐かしさではない、これを聞いてい時の矛盾なりへの答え(自己否定、自己嫌悪)がないことそれは何年たっても同じことを教えてくれる。

 1986年に聞いていた このアルバム。

 今聞いても懐かしくはない。あの時分からないと思ったことが、今も分わからないことに気付かせてくれる。あの時もこのアルバムは哲学であり(気付かなかったが)、今も哲学であり続けるとゆうことか!!

 遠藤ミチロウの意図の思うつぼ、そこに止まってしまった自分がいるのかもしれない。
 この前、ある方と話、生きた時代の違いを感じた。
 
 40代後半の自分とメールで話す相手は60代後半ぐらい?の方だ。
 60代の先輩は、「アメリカンポップス」が好きと言われた。
 しかしながら「アメリカンポップス」という言葉からイメージできるもの自分にはなかった。甘い、ジャパニーズカバーポップス、GS以前のあのミュージックとイメージしてしまいがちだが…。♪ダイアナ♪とか…。
 
 「アメリカンポップス」のイメージ
 ロックやロカビリーとは違うとトラえルのだが…。
 
 その先輩はもともとヤードバーズ系の白人カントリーロック系から入った人だから、後のニールヤングやらボブディラン信仰が強い。だから「アメリカンポップス」の信者と言われたんだと思う。
 
 「アメリカンポップス」は 
 
 イメージで、ここ最近、「ポップス」という言葉を意識したことなかった。
 
 ボブディラン = フォーク、ロックへ接近する表現者
 二ールヤング = 花田裕之が好きで、よく話題した。   
          
 この二人について、ロックという範疇か?と思っていた。
 
 邦楽でも
 「ポップス」という言葉を聞いたが
 歌謡曲より、外国より、ききやすくおしゃれというイメージだった。
 今は「ポップス」という言葉生きているか知らない。「ポップス」、懐かしい響きだ。
 
 従来の音楽よりもおしゃれなイメージがある。
 
 「ニューミュージック」という言葉の延長で、歌謡メタル、ジャパニーズロックが確立していく中で、「ビジュアル系」と呼ばれるバンドがたくさんメジャー界へ現れ、「J−POP」とい言葉に置き換わった気がする。
 
 今もし自分が、20違う後輩と話をしたら、やはり、話がかみ合わない部分があるのだろう。
 
 今、10ぐらい違う後輩とお話しする。もちろん今のシーンの「サブカル」周辺バンドについて御存じのようだ。 とても新鮮だった。
 
「じゃがたら」も、リアルタイムで知らない世代だ。
 
 自分のブログも10代の閲覧者は少ない。
 
 いろんな方とお話ししたいものだ。
 
2016年
 1月
   ケーブルテレビで「新宿警察」を視聴。音楽が私びいき!!なんと「安全バンド」。シングルも発表していた。曲は練り上げられず、演奏されている印象がある。
 
  還暦目前に異例のメジャーデビュー 和歌山県勝浦が育んだリアル・ブルースマン YOUTUBE映像を見た久保田麻琴さんがプロデュース。メジャーからデビューした。又インディーズへ戻った。名前が濱口祐自。 
   2月
 「ラリーズ」の水谷孝さん 御存命で「ライブしようと」ノイズの帝王の…さん(「非常階段」)に連絡があったようだ。
 
 2月21日(日)
 安田南さん ♪プカプカ♪のモデル。ジャズシンガー。おそらくもういらっしゃらないらしい。合掌。
 
 『キャタピラ』見ていない邦画。成田さん出演。
 
 2月27日(土)
 旗照夫 という方を知り、聞いている。亡き父と同じ年。御健在らしい。いい声。安定した感じ。それこそジャズシンガーと(?)。丸山明宏らと彼が活躍した時代 私は生まれていない。
 何とも素晴らしい音なんだ。
 
  2月28日
 あの東芝のレコードディレクター高島さん、串田アキラさんをレコードデビューするように勧めた方。娘さんが、今話題のバイオリニストの方だったことを知る。
 そうそう思い出したことあり!!「ザ・ランチャーズ」の方でレコードディレクター、誰だったか?昭和50年頃、「村八分」がメジャーデビューできなかったので、そのあとに続く個性的なバンドへ注目。後の「リザード」の前身「紅蜥蜴」をデビューさせようと頑張った方がいた。名前が思い出せない。
 
 3月5日(土)
 内藤やす子が活動再開したらしいですね。
 「じゃがたら(暗黒大陸)」初期、女性コーラスは麻生うさぎという女優。その後インディーズでじゃがたらのアルバムでボーカルも務めたとある。同じ頃に映画は美保純主演の作品にでている。今確認すると、すでに亡くなっていた(合掌)
 コーラスは二人から三人いたと記憶。後期は、あの元タレント(?)振付師の南流石、サックスプレィヤーでもあったユカリであった。気分は1980年代。

  3月6日(日)
 偶然遠藤ミチロウの「ザ・スターリン246」のライブを見る。ドラムはもちろん中村たつや。なんとあの亡きジョニー吉長の息子KENKENが参加。びっくりだけれど。
「RIZE(?)」を聞くと、これはパンクの延長の音、そう、「フリクション」みたいだと思ったぐらいなので、間違っていない。チャ―の息子もいたんだった。コンスタントに作品は売れていると思う。知り合いに聞くと知らず。一般的なバンドではないかも。
 
 3月8日(火)
 偶然豊川誕をネット検索。ウキぺディアを確認するとリニュアルされていて内容の追記があり、充実している。機会があれば、触れたい気もする。

  3月21日(月)
 検索キーワード → 「エルタバスコスのボーカル」とある。
「エルタバスコス」とは? 大沢誉士幸と関係のあったバンド ?
1988年 ロックンロールバンドスタンドでヒットする。

 3月26日(土)
 掃除で以前購入した「日本の1960年代のロックのすべて」が見つかった。凄い情報量に感激。ここ5年で自分もかなりGS以前のこともわかってきたのだろう。黒澤さんの地道な努力の積み重ねがそこには会ったんだと思う。

  30日(水)
 GS「シャープ5」「ブルーシャム」について、しらなかったなー。
 
 4月1日(金)
 江上徹氏の「スピードキング」の広告を見て、勘違いしていたことに気付く。
 改名前のアルバムは曲を選曲を変え「パリテキサス」でアルバムデビュー。さらに、サードアルバムレコ―ディングを終えていたにもかかわらず、レコード会社がなくなり、マスターテープは破棄された。
 
 ジャズシンガーのカテゴリーはという問いへの返答は、デニ―白川氏の本にあった。ロックの中で一番ジャズに近い音をつくっていたのは、ミッキーカ―チスのはず。
 
 4月7日(木)
 近藤等則と共演、エレカシの曲を聞く。https://www.youtube.com/watch?v=pV-qj14UF3g&nohtml5=False 不思議なのは、「エレカシ」の演奏はフリクションの演奏では? 思ってしまう。近藤さんのトランペットに合う曲の構成があるような気がして…。「ザ・ロックバンド」も近藤さんと共演した作品を残していた。 近藤さん大したものだ。
 
 城卓也初めて聞きました。デビュー曲は、日本版ロックンロールと。吉いくぞうは彼の再生だったのではと思う。https://www.youtube.com/watch?v=JyROrSEV4No&nohtml5=False これが、彼の資質が表れている。カントリーですよね。歌い方にもカントリーの歌唱方法が。
 
 4月9日
 松本亮(あきら)さんを知り、http://www.koperniks.com/mzm/cd/index.html 「MZM」hp。
 カントリー傾向の音楽。

 4月11日
 実は購入した「日本不良映画年代記(洋泉社MOOK)」を見ていて驚きの記事を見つける。この本で不良映画を取り扱うので、音楽がロックを用いるの関係はあるのだが、なんとなく立ち読みして買うことにする。全編にわたり、出てくるのはこれまで好きだったロックバンド。読み進めるとP222-P229 不良と音楽の年代記 馬飼野元宏(まかいのもとひろ)氏。また内容も紹介したい。
 
  4月17日
 1970年代の「ファミリープラン」というバンドは四条ジョージさんのいたバンド。よく見るとギターリストでガキさんもいた。このバンドが後のパンタのソロをサポートする「セカンド」というバンド。昭和51年1976年頃の話だ。3か月前に再結成してライブをされたはず。もちろん、パンタのライブが行われた。

 ヒデ夕木さんのウィキぺディアを見に行く。
 ♪愛情はつらつ(丸井CMソング) シンガーズ・スリーと共演 
 ♪この木なんの木(1973年、日立グループCMソング)  朝コータロー、シンガーズ・スリ
 と共演 
  ♪この木なんの木(再録)(1989年、日立グループ2代目CMソング) 朝礼志、杉並児
  童合唱団、伊集加代子、和田夏代子と共演 
  ♪FIRST LOVE(1974年、ヤマハナチュラル・サウンド・ステレオの歌)  シンガーズ・ス
  リーと共演
 ♪ハンバーグ・ソング(1988年、『ピッカピカ音楽館』挿入歌) 「ヒデ・夕樹」名義
 テレビドラマ 
 ペットントン 第26話「不思議な森の白雪姫」(1984年4月8日、フジテレビ
 CMキヤノンオートボーイシリーズ」(1985年) 富田靖子と共演 ←見た記憶あり 学生服を着ていたお二人? 以上が追記情報あり。
 
 なんとハードコアパンク「GISM」が再始動。2016年4月14〜17日にオランダで行われるナパームデスのリードリアンが主催するRoadburn Festivalで海外公演!!4月16日と。昨日のことか。情報が知りたい。ギ―タ―は誰が?

  4月17日
 2013年NYを拠点にホセ・ジェイムズのバンド・メンバーも務める気鋭のトランペッター、黒田卓也。日本人として初となるUSブルーノートと契約!近藤等則氏を知った時を思い出す。高尚過ぎて自分にはきくことはないかもしれない。
 
 「サーカス(昔ブレイクしたコーラスグループ)」→茂村さん、すが健さん→HALMA GENさん 
上の関連をどう説明するか?いつか触れたい話題。
 HALMA GENさんが、昔1985年、茂村さんのバンドに居て、竹本孝之の作品をサポートしていたことがわかりここに書きたくなった。竹本孝之のレコード『I’m just a LONELY RUNNER on the 2nd streen』 ( CBS/SONY LP:28AH2102 86年発売)のレコーディングに参加したらしい。HALMA GENさんのプロフを見ると詳しくお知らせしたくなる。1981年には大場博さんともバンドしていたとは…。
 
 4月24日(日)
 なんとGS「ザ・ガリバーズ」の2期についてご存じの方がいらした!!
 オーエンタープライスにいらしたと思われるオリジナルメンバーもほぼ限定できた。
 
 内田聖治 氏と串田アキラ氏の夢の共演!! なんて。
 
4月27日(水)
 時の葬列 「マダムエドワド」を初めて聞いた(笑)。名前、1980年代をイメージするバンドであったが…、ビジュアルがかっこいい。ジュネの歌唱を思い出す。

5月5日(木)
 三好鉄生のサポートギターを確認すると出てくる出てくる。

 山下敬二郎関係で気になる音楽家を発見。

 1970年代ジャズ理論を、ナベサダがアメリカで修行され、日本に持ち込む。当時、個別指導をされたりした。
 
 ココを見て行くとかなり深くしることができる。

 長年の夢、BIG NEWS を得る。とにかくうれしい。自己実現の在り方を考えたい出来事。

 残念昨日書いた情報がここにないぞ!!あれっ!

5月10日(火)
○ナベサダ、ジャズ理論をまとめ専門書を出されていた。

○BOROの演奏メンバーにヒント。
 南條ソウルバンドメンバー

○2年前イベント「88ロック」

○関西ロックについて
 知らないバンド名「空想男爵」を聞く。メンバーのオリジナルを聞く。

5月20日(金)
○なぜか「ザ・ヤンキース(改名ムラマサ)」が、ウキぺディアに掲載。

○同様に鈴木正人もウキぺディアに掲載。

7月8日
○久しぶり。この数ヵ月夢のような時間を過ごしました。
 あまりここに話せることは少ないのですが…。
 昭和51年(1976年)横浜のロックバンド「ハウスフッカーズ」のメンバーが判明したことが嬉しいですね。ライブのゲストに今ちゃんもプレィしたこともあったんだって。もう40年も前のことなのに新鮮な気持ちで聞きました。
 偶然にも堀さんからもコメントをいただく。「ハウスフッカーズ」で今も活動されているのは、ボーカルの朝倉さんと、ベースの入江さんです。

7月15日
○「ザ・フラワーズ」、「横山エントツ」さんのウキぺディア充実しています。

7月18日
 横内正さんは、水戸黄門で有名な役者。兄、弟それぞれ演奏者。兄は他界されたのではないかと思われる。兄はジャズ。弟はギターリストでスタジオミュージシャン。

久しぶりです!!
10月1日
 片桐圭一氏 アニメの歌を担当。
 とてもいい声、1980年デビューされていた。

10月27日
 田中ヤッチ裕千さんは、前野曜子のサポートをされたらしい。
 現在、「ハウンドドック」の西川氏と活動中とのこと。

11月13日
「へたくそ」のスエキチさん、今年の3月23日に亡くなられていた。知らなかった。何度かアポを取りました。とてもいい方でした。下山淳のライブには参加されたのではなかったかな。合掌。

11月27日
 チケットは11月25日正午からイープラスで先行発売中。ライブにはKATAMALI(G原田喧太/B満園庄太郎/Dr.満園英二)& Key都啓一。江口洋介が歌手活動をされるみたい。

12月16日
 本ブログをお休みすることに。”ありがとうございました” 今も見てくださる方々ありがとうございます。日記だけは続けようかとはおもいますが。
ヒデさん元気かな。

12月29日
 荒木一郎さんを思い出すという記事に”怒り” 某役者と同じではない!!と思うのだが、世間の見方は…。

12月30日
 「チューリップ」を35年振りに聞いてみようか。
 「ザ・ウッド(柳ジョージと分かれた後のバンド)」の行方!!

12月31日
 「ザ・ウッド(柳ジョージと分かれた後のバンド)」のvo楠木勇有行(楠木 恭介)さんは「カシオペア」と活動したのですね。1985年ぐらいでしょうか。

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