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ジョー山中
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詳細
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自分はファンといいながら、もぐりである。ライブを経験していないんだから(笑)1度は生のジョーさんを見たかった。
そうだ、 意外なところで、ウクレレのコメディアン 牧伸治 さんとも交流があったことを追加しよう
(牧さんが、レゲェへ接近した頃 1991年週刊(?)宝島で牧さんのインタビューを掲載)。
90年代のボランティア活動では藤岡弘(初代仮面ライダー)と交流があった。
三上寛との共演は、新宿厚生年金ホールにて1973年5月2日の 梶芽衣子のライブ「新宿アウトロウ( 演出;藤田敏八、演奏;稲垣次郎とソウルメディア )」であろうか(先日偶然資料を発見!!)? ♪去れよ 去れよ 悲しみのしらべ♪では、三上さんの伴奏で 梶さんが歌ったとのこと。
再度BSで2ショットの映像を見ると(前回お伝えしたNHK BS三上さんライブ中継) 二人の出会いを話されていた。1970年初頭であろうか、FTB時代、日比谷野音ライブに三上さんが乱入して、歌ったらしいのだ。詳しいことは分からないが、懐かしそうに二人で話していた(PANTAと泉谷の出会いも、「頭脳警察」のライブに泉谷が乱入したと聞いたことがある。単独ライブよりもイベント形式が多かったフォーク対ロック、楽屋で喧嘩になり、ステージに上がる頃にはお互い血だらけでステージをすることも日常だったときいたことがある)。
以下はジョーさんのHP等から印象に残ることのみを掲載。
2006年
9月3日 60thメモリアルDVD「One Heart」限定発売(以前の1983年頃のビデオ「 熱南風 ジョー山中 & ウイ ア ファイターズ、レゲーバイヴァイブレーション 販売元;日本ビデオ映像 制作;企画室ストーンハウス 発売元;ラム・コーポレーション」9曲 40分 レインボウ ビデオ パック NH-4011」も挿入されている)。
12月6日 ライブ版DVD「JOE'S BAG」発売 内のクラシック好きの子(当時5歳)も、ジョーの声を静かに聞いていた。
2007年
沼津市が行う秋の恒例イベント 『ジャパンアートフェスティバル2007 in 沼津』 のスペシャル企画 『幽玄の世界』 ジョー山中
大正天皇の保養所として作られた場所『沼津御用邸』 いけばな草月流第四代家元『勅使河原茜』制作の特設ステージで『ジョー山中』のライブ 出演 ジョー山中 丹波博幸(ギター) 竹越かずゆき(キーボード) 2008年
1月
クニ河内、金子マリとのコラボアルバム「Mr. Rally - stupid philosopher ミスターラリー頓間な哲学者(※1)」発売。
1. Mr.Rally 2. ヒューマン 3. 俺はギター 4. カラッポいっぱい 5. マイロード 6. 幸せすぎてうまくいかないこと 7. ホイホイホイ 8. rera 9. 自分へ
日本ロック黎明期の名作『切狂言(1972年)クニ河内, 石間秀樹との共作』から36年。驚異のボーカリスト・ジョー山中さんと、奇才クニ河内さんが帯広で録音した円熟のメッセージ・ロック!前作の続編というコンセプト。レコーディングは帯広。
1月11日再結成「フラワー・トラヴェリン・バンド」キックオフパーティ。
7月26日
「富士ロックフェスティバル」参加。 矢沢(永吉)の楽屋へ遊びに行った ことが話題になった。
この年は、「フリクション」もこのイベントに出ていた。ジョーさん
は、見てないだろうなー。 「フリクション」のステージ。ジョーさん
のBBSにて「ぜひ見て頂戴」とお願いしたのだが(笑)「フリクショ
ン」にとっても、感無量では?と思うのだが。 26年前、「FTB」は
当時の最先端のロックだった。「フリクション」も「3/3」時代、ジョ
ーさんと同じステージに立ったことがあったのだろうか(?) どちらも生き残り、リアルロックイベントで出る実力!! 同じ土俵に居ること、凄いことだ。 「フリクション」の中村達也さん(ds)は日記に感動を書いていたなー(CHAR、矢沢、清志郎と同じステージ立つことに対して)。
9月17日
CD「フラワー・トラヴェリン・バンド」アルバム「We Are Here」(カナダ・トロント録音)発売。
10月5日 日比谷野外音楽堂でライブコンサート。 フロントアクトを「J&L、CHAR(要はピンク・クラウド)」
2009年
1月1日
あのフェスが世界規模の「ニューイヤーロックフェス」になっていることに驚いた!!
3月 USツアー'09公演。ニューヨーク、フィラデルフィア、
?South by Southwest 2009? 海外ツアー
8月5日
CD「レゲーバイブレーションREGGAE VIBRATION IV GOING BACK TO JAMAICA 」 UPCH-1733
収録曲
1 Going Back To Jamaica 2 Reggae Love 3 Daydreamin’ 4 Don’t Touch My Deadlocks 5 I’m Lucky Man
6 Only Pray For Tomorrow 7 Dance To The Reggae
8 Proof Of The Man 9 Far East Jah
ミュージシャン
Drums : Christopher Tyrell / Kirk Bass : Dale Brow / Danny / Glen Guitar : Cat Coore / Lamont Sanore / 丹波博幸 Keyboards : Robbie Lein / Darel / 竹越かずゆき
Percussion : Alvin Vinny Haughton Jamaica conga : Bong Herman Trombone : Ronald Robinson Trumpet : Dwight Richards Sax : Dean Fraser
Chorus : Rosalyn Hillians / Thomas Hillians / Nikie Bort / Althea Hillians / 竹越かずゆき / MC : Mathew Mcanfi
7月17日(金)Blues A lley International (目黒)
8月7日(金)新宿LOFT・SOUL RED / 松田優作没20年プロジェクト
8月8日(土)タワーレコード渋谷インストアイベント
クロコダイル原宿 / CD発売記念ライブ 9月2日(水)クロコダイル原宿<JOE YAMANAKA誕生日ライブ>
9月4日(金)仙台JUNK BOX
9月6日(日)北区“アマチュアバンドコンテスト”2009
9月12日(土) 東京シネマ/SOUL RED/松田優作没20年プロジェクト
9月16日(水) 新潟JUNK BOX
9月18日(金) 長野JUNK BOX
9月20日(日) Younger Than Yesterday横須賀
9月26日(土) Billboard Live OSAKA
10月23日(金) 名古屋DIAMOND HALL / SOUL RED /
松田優作没20年プロジェクト
10月31日(土) 横浜BAY HALL / SOUL RED /
松田優作没20年プロジェクト
11月6日(金)大阪名村造船所跡地SOUL RED /
松田優作没20年プロジェクト 途中まで。
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ジョー山中さんのことを ずーっと しばらく触れていこうと思います。おつきあいください。
1996年〜97年は、ジョーさんの情報をあまりもっていなかった。個人的に忙しかったから。
ニューイヤーロックフエスを東京の知り合いにダビングしてもらい送ってもらったこともあった(笑)。ネットで恥ずかしいけど、そういう人が他にもいることを知り、自分ひとりでないことに驚いた!! 40前のおやじが、することではないのか?
1996年 ( 実は時期も不明です。)
EP 「あの空の何処かで / 真心 (「あかんか」主題歌、エンディング SUN 月 15:00-16:25 ) 2007/09/24〜」← 未聴 詳しい情報がない。
あかんか試写会&ジョー山中Live 平成19年7月29日 場所:芝居小屋 楽々座 〒671-2216姫路市飾西60-1時間:第一部14:00〜 第二部18:00〜 2007/09/24 ドラマあかんか サンテレビにて放送
1997年
SCD極真空手テーマソング「CHAMPION OF THE WORLD / 戦い続ける男達に捧げる詩」KEY:小山英樹 G:丹波博之 B:永友忠 制作 FAN PROJIECT SATORI 極真空手事務局
1999年
4月 ピーターグリーン来日。合わせてジョー、ミッキー吉野、CHAR、ジョニー吉長らでスーパーバンドを結成。その後、レコーディング・プロジェクトを進める。
2000年 10月
SCD
1A MAN, beyond the sky(日本テレビ「知ってるつもり?!」テーマソング)2 A SWEET HOME IN YOUR HEART 3JAZZ MEAN WOMAN 4MUSIC LOVES ME(CD未収録)
SCD
1Moocha, Koocha (TBS「ここがヘンだよ日本人」エンディング) 2YU-RA-RA duet with Mai Yamanaka3戦い続ける男達に捧げる詩
新曲PVにて次男、長女と親子共演 「Moocha,Koocha」のPVで二人の子供と親子共演。共演したのは、次男の零くん(15)と長女の舞さん(13)。この頃、テレビでも歌う場面を見かける。歌番組「うたばん」など。
この前後、サブカル雑誌「バースト」もジョーさんを取り上げいたので、嬉しかったなー。
CD「WS」を発表。
2003年 9月26日
アカペラ桑田圭祐作品カバーアルバムの発売
鈴木康博(元「オフコース」),松崎しげる ,大野真澄(元「ガロ」)
2006年 春
この頃、ジョーの自伝「永遠にシャウト 証(2001年)」という本も買ったなー。ジョーと舘ひろしと20代からの仲良しとは…。生まれた環境と向き合いつつ、彼の奉仕(貢献)活動への 生き方には 感銘したなー。
以下は本からの情報。
「本物(のアーチスト)は生き残る」という発言で、ジョーさんは、遠藤賢司、清志郎(元「RC」)、「ラウドネス」を挙げていた。
いつだったかBS NHKで、三上寛のライブ公開番組にゲストで来ていた。 一緒に歌えばいいのにと思ったが、話をしに来ていた。意外と思ったが、「ジョーさんとは節目で会いたくなるアーチスト。(仲間)」とのことだった(三上談)。ジョーさんは「パンク以前のパンクフォークだ」と三上さんの音楽をほめたたえていた。照れる三上さん、いい人だなー。という印象。
ジョーさんは自分にとってとても身近な存在となっていた。今日はこの辺で。
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ジョーさんに夢中になった時が、ちょうど 30周年のアルバム「3オクターブの証明」、シングルCDで新録「人間の証明」(ともにオンリーハート)の発表の頃。ジョーさん関連ビデオも借りまくっていた。
「笑っていいとも」テレフォンショッキングに久しぶりに出演(1983年以来だと思う)、全国区へお昼休みにテレビ画面に映し出される。ジョー山中のコンサート「SATORI」のチラシ。コンサートのタイトルからジョーがヴォーカリストとして在籍していた日本を代表するロック・バンド「フラワー・トラヴェリン・バンド」の曲を歌う(セルフ・カヴァー)というコンセプトで行われたコンサート。ゲストとして「フラワー…」のジョージ和田、「ゴールデン・カップス」のエディ藩、和太鼓のヒダノ修一(♪SATORI♪のイントロの太鼓を叩いた?)、そして御大・内田裕也、etc…がゲストとして出演した豪華なコンサート。9月19日に横浜ベイホールで開催。2回目の「FTB」再結成に向けて活動のきっかけになったか? マイケルとの交流が話の中心の話題になる。「いいとも」には、毎年ニューイヤーロックフェスの宣伝で顔出していた。
この頃、上手な歌手が若者のヒット曲をカバーする番組「夜もヒッパレ」にジョーさんは必ず出ると自分は確信していた。ところが、当時タイミングが悪く、リアルタイムで出演したことを知らなかったが、youtubeで発見!!出演していた。確か「BZ」の曲をカバーしていた。
かれの日本語は少し独特のなまりがあり、それも、ジョーさんの人柄をおもわせ やさしさを感じた。英語の歌よりも、日本語の歌が、グーンと心にひびいたなー。
この頃から、ビデオ作品は見ていないので、割愛し、ここ最近までのCD、DVD作品を紹介したい。
ジョーさんは、ジョニー吉長さんとのバンド「JJプロジェクト」でライブを展開した。福祉施設の慰問も行っている(ジョニーさんも自分は詳しく知らないが、出身の福岡である福祉施設で10代の頃、お世話になったとのこと)。 バンドは勿論だが、近藤房之介らも一緒にセッションしたり、「通が集まる!!」精力的な活動を繰り広げていた。
CD「レゲーヒストリー ジョー山中ベストセレクション」ティチク・エンターメント
未発表曲の♪We are bone free♪のみkey:小山英樹 g:CAT(?誰だ?) Sax:斎藤のぶお 1990年6.9制作。 このアルバムは、80年代、レゲェに傾倒し、所属のレコード会社(路線変更の意思はワーナーパイオニアには理解がもらえなかった)を変わってまで自力で単身でボブマリーのバックバンドとのレコーディングしたアルバムを含むティチク時代の3枚からのチョイスである。
1998年
「【グループ名】Quench(堀江健治※1) / Quiet Prayer」ジョー山中参加 (OHCA-14) バンダイ・ミュージックエンタテインメント
1ライフ・イン・ザ・アイランド 2バビロン・シスターズ ジョー山中参加
3ホット・スポット 4アウェイクニング 5ユー 6ホェア・ライフ・ビギンズ
7鳥の唄 8ウォーター・カラーズ 9スキル&リーズン
元「モンド・グロッソ(※2)」のB−BANDJ、中村雅人、大塚英仁らをゲストに迎えた2ndアルバム。ゲストを迎えて唯一バンド・スタイルでやっているのがスティーリー・ダンの曲、というあたりを含め、タフでクールなファンクネスが感じられる。2ではトランペッターの伊勢秀一郎さん(※3)、バリトン・サックスに皆川亨(※4)さんが参加。
※1「Quench」
「モンド・グロッソ」や「シアター・ブルック」のサポート・メンバーとして知られる堀江健治を中心に結成。在日外国人、いわゆるアウトサイダーから見た「カオス・シティTOKYO」を描いた、インディペンデント・ムーヴィー『tokyo skin』のサウンドトラックで衝撃のデビューを飾った。元「ラヴ・タンバリンズ」のEllie、DJクラッシュといった豪華ゲストを迎えて
制作。それは、アシッド・ジャズ、ヒップホップ、アンビエント・テクノ
など、当時のクラブ・シーンを色濃く反映したサウンドに仕上がっており、
単なるサントラ盤の範疇を超えたとして、大きな反響を呼ぶ。その後も、様々なジャンルの先駆者たちと積極的にコラボレートし、体内に新しい
血を取り込んでいる。
※2「モンド・グロッソ」
あくまで自分の美意識を貫く貴重なプロデューサーとして日本の音楽シーンに確固たる地位を築く大沢伸一が、アーティストとしての自分を表現する場であるMONDO GROSSO。
クールを気取る男性ラッパーと美声を響かす女性ヴォーカルをフィーチャーした93年のデビュー・アルバム『MONDO GROSSO』は、都会的な雰囲気が充満したUKソウル/ジャズ・テイストの楽曲を呈示。当時、日本ではまだ目新しかったアシッド・ジャズ・サウンドは、流行に敏感なクラバーたちから注目を浴びることとなった。以降、豊かな人脈をフル活用した多彩なゲストをフィーチャーしつつ、その百戦錬磨の凄腕で最先鋭のダンス・ミュージックを創出し続けている。 ※3 1975年上京、マイルス・デイビス(tp)に憧れて、大学のジャズバンド でトランペット始める。1978年頃よりプロ活動を開始。ジャズ畑のミュ
ージシャン。
※4 皆川亨(みながわとおる) 新潟県出身
「南里雄一郎&レッド・ペッパーズ」にてプロ入りする。「チャーリー石黒と東京パンチョス」、「宮間利之&ニューハード」等のビックバンドでテレビ劇場などに出演。東京ディズニーランドに4年間在籍する。その後、「竹田和夫&クリエ−ション」等のロック・バンドを経験する現在松尾明率いるテイク・テン・オーケストラに在籍中。 1999年2月24日
CD「KEY OF LIFE (※5)1」 ジョー山中参加 VICL-60355
5人のヴォーカリストをフィーチャーしたユニットの作品。
1. This Love(フィーチャリング・アリソン・リメリック) 2. One&Only Love(フィーチャリング Micky-T&Yu[-]ki)
3. Tender Illusion(フィーチャリング・アリソン・リメリック) 4. Over and Over(フィーチャリング ORITO) 5. Never Fall In Love(UK Flavor Mix)(フィーチャリング Micky-T) 6. I Shall Return(フィーチャリング ジョー山中) 96年SCD。 7. This Love(Extended Club Mix)(フィーチャリング・アリソン・リメリック) 8. One & Only Love(Spiritual Mix)(フィーチャリング Micky-T&Yu[-]ki) ※5 KEY OF LIFE 1995年、フュージョン・グループ"カシオペア"のヒット曲「ASAYAKE」を大胆にサンプリングしてつくられたマキシ・シングル「ASAYAKEの中で」にてデビューしたKey of Life(という方々?)。プロデューサー&アレンジャーである坂本裕介(※6)を中心に、ある時は女性シンガー、ある時はラッパーと、楽曲に合わせて様々なアーティストとコラボレートしていく流動的ユニット。80'sブラック・コンテンポラリー風サウンドに、サンプラーを駆使してR&Bやハウスのテイストを加味、インテリジェンスを感じさせるアーバン・Jポップを創出する。
※6 I Shall Return(虹の男達)の作曲家。ジョーさんについてコメント
されている。昨年のパーティの様子も。ジョーさんのバックバンド
にも参加したことがある。
この2枚は当時発売されたことは知っていたが、情報が少なく、実体をつかめないアーチスト群で、今回確かめてみたのである。「KEY OF LIFE」のフィーチャリングされた方についてはほとんどわからないが、割愛した。「Quench」にしろ、KEY OF LIFEにしろテレビ等で見た記憶がない。ジョーさんの交友関係は、しらないことばかりだ。
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ジョーさんの第3の謎を話題にしよう。または、清水健太郎の謎とも言い換えられる。
ジョーさんの2回目の事件についてのインタビューから抜粋する。
「清水健太郎とだね。事務所一緒だった。俺が彼のアルバムをプロデュースしてレコーディングした時のことだけど、それもなぜか発売日に逮捕だった。人間の証明も発売日。ホテルに帰ったら健太郎が遊びに来て、いったん奴は部屋に戻ったんだよ。夜中、眠ろうって時に健太郎の部屋が ウルサイの。頭に来て、どんどんどんってあけたら、健太郎が「ジョーさんちょっと一服していかない?」って。そこで吸って、言われちゃた(笑)。最初、彼 の女(お元気でしょうか?)が捕まって、あいつのスケジュール帳が没収されて、何月何日ジョー山中って書いてあったらしい。その時は不起訴だったんだけどね。帰りあいつ新幹線 の中でくれるって言ったけど、断った。全部そういうことも言ってたみたいで、不幸中の幸いだね。大麻吸って喧嘩するとか、暴力沙汰になるって聞いた事なくて、やっぱりおかしくなるのは覚醒剤の方。平和とバイオレンスの違いだよ」
実は、下線のアルバムを捜しているのだ。清水健太郎の作品である。
70年代歌手でデビューしCBSソニーでサードアルバムあたりまではコンスタントに作品を発表している。その後の情報が一切現在入らない。歌手から役者の仕事が多くなっていった。不定期ではあるが、音楽活動をシミケンはされていたと思われる。
当時の報道によるとシミケンさんは5年半ぶりに音楽活動を再開しようとしていた時期とのこと。ジョーさんとも良く行動を共にした時期。
ここで、ジョーさんがプロデュースしたというシミケンの作品も、もしやオクラ入りしたのではないかと思うのである。
ご存知の方は教えてください。発売後(直前に)回収されたのではないかと思うのである。発売日に逮捕と言う貴重な情報から調べることは可能であろうが…。
事実、ジョーさんは音楽生活20周年記念アルバム「20th ANNYVERSARY(ポリドール 28MH−1001)」を 1986年9月25日発売(資料パンフより)したのだが、発売直後、ジョー山中が逮捕されてしまったため、回収となり、その後一切の発売のなかったアルバムらしい。合わせてシングルも発表していた(♪ ララバイ・オブ・ユー フジテレビ系「フロッピあ!」テーマ曲 毎週土曜日23:00〜23:30 / アフリカ :製造元ポリドール P 7DH−1001 レイトンハウス音楽産業(発売元)第1回新譜 ♪) この2つはなんとか入手することはできたのだが(レイトンハウス音楽産業は他にどんなアーチストの作品を残したのだろうか)? F1参戦前年の1986年にはレコードレーベル「レイトンハウス音楽産業」を設立。
ほかの清水健太郎の作品については
1994年9月25日 発売元 - MAY KISS RECORDS 品番 - TKDM-78043
1 アメジスト 作詞清水健太郎 作曲大山功 竹書房ビデオ「雀鬼4」主題歌
2 失恋レストラン 作詞・作曲つのだひろ
3 アメジスト ,4 失恋レストラン はインスト。
2004年3月17日 発売元 - スバック 品番 - SVCA-151
1 OYAJI(親父) 2 海に唄おう 共に作詞・作曲:清水健太郎
3 OYAJI(親父)(コーラス入りカラオケ) 4 海に唄おう(カラオケ)
が判明。YOU TUBEで ♪アメジスト♪を聞くことができる。かなりいい曲である。
2015年4月現在新作を発表し、活動中。
PS
ジョーさんのプロデュースしたアーチストは以下のとおりである。
アマリア・ロドリゲス 、シミズヤスオ 、
他にもいらしたら教えてください。シミケンも知らなかった。
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