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  1年前に書いていた日記。亡くなり1周忌ということになる。upするタイミングを失なっていたの。
 ここに書いたこと、岩田さんヘアポを取ることができなかった無念さがやはり、upすることをしなかった…。
 好きなアーチストだから!!覚え得ていて欲しい方なので。
 本日、命日にUPすることに。一部今後も追記していきますので、時々お立ち寄りください!!
 
2013年11月24日(?)天国へ   29日 告別式だった。1年たった。
 
 岩田さん【元「MーBAND(1988年活動中止、現在活動中のバンドには不参加。一昨年再結成した。ギター担当、バンドリーダー)」】が天国へ。
 自分は、『あるライブハウスのオーナーを通じて話せたのでは!!』と言う後悔がある。
 彼は関西出身で、10年ぐらい前にあの「マリア」の後期のギターの岩井真一氏とレコーディングしていたので(情報として知っていた2000年頃かな)、または、Iさんをご存知かと思い(接点はないかと思い)、オーナーを通じ聞いてもらったことがあった。
 「知っている知っている」という返答だった。もっと詳しくききたかったが…。
 「M-BAND」はあまり評論家受けするグループではなかった(渋谷陽一氏の音楽メディアで取り上げられた記憶がない)。「ジャネルズ(ラッツ&
スター)」と同じ事務所。デビュー曲。♫ハートブレイク (1982年11月17日EPICソニー)♫ はヒットチャートでかなりいい線までいったのかもしれない。
 ♫アキラ (1984年3月28日)♫のシングル発表。すなわち、東芝移籍後は「BOOWY」と同期でブレイクするまではライバル的扱いだったのではないかと思うのだが…。「M-BAND」はスタジオアルバムでは打ち込みが多く、自分としてはあまりトータル的な良さは見つけられなかった。
 ♫AKIRA♫ 、♫RUSH HOUR♫ 、♫誘惑ナイト♫などインパクト大な曲も多いのも事実。実は、自分には青春を思い出させてくれる曲たちだ(笑) おそらくアレンジで岩田さんが大きく関わっていると思われる。
 「M-BAND」活動休止後はセッションギターリストというイメージだったが、本人も歌をうたい活動したのだ。とても渋いいい声だ。
 
 ここ5、6年体調は良くなさそうだったので、心配していた。内田聖二氏;「クリキン」2代目ボーカル、「クリキン」を脱退後ソロを展開。ベースの彼と一緒にhttp://blogs.yahoo.co.jp/frictionreck/14610291.html岩田氏は手伝う、内田聖二氏と病気について話されていたので、彼に残された時間は少ないと思っていた。
 思っている以上に旅立つのは早かった。悔しい。
 ご冥福をお祈りいたします。
 最後のソロアルバムが発売されていた。2014年春。
 アンビリバーブルにも演奏シーンがONAIRとのこと。
 見逃した。また再放送してほしい。
 また、いまからシンンガーとしての作品をきこうと思う。
以下は、自分にとって参考となる情報 
 
 流れは
 岩田氏  ーセッション  → 井上尚彦
       ープロデュース→ 「ハイタイドブルースバンド」  ハイタイドハリス= ブルースマン
                    メンバー 今井宏  ーセッション→  ギター☆マン#004 関連 
                                            牧野元昭 経歴※ 元「バッドシーン」                                         ※「マジックシティ」 山下セイジのバック ほか
                            ↓
                          本田竹広  ー関連→ GS「モージョ」
                                  ー関連→ 「ネイティブサン」
                                  メンバー ロミー木ノ下(後の「竜童組」)
                                        本田珠也(本田竹広の息子)
                            
岩田浩史氏の足取りを確かめてみよう。
 1957年1月30日 兵庫県神戸市生まれ B型 高校時代、フォークソングに影響を受け、ソングライティングやギターを始める。大学時代から積極的にライブ活動を開始。卒業後に上京、米軍キャンプなどを中心に年間200本以上ものLIVE活動を行う。
 1977年から上京し、岡田誠司氏とバンド活動をスタート。ター坊さんの協力。
 1980年藤タカシと出会う。 
 1982年「M-BAND」にギタリストとして加入。後にリーダーとなり、年間150本ものライブを決行。アルバム5枚、シングル9枚、12インチ1枚、CD2枚を発表(Epic/Sony Record〜東芝EMI)。
 1988年「M-BAND」休止後、セッションギタリストとして活動開始。
 白竜3rd Album「ポジティブ」プロデュース、アレンジ。同氏のビデオ作品の音楽監督を担当。
 
  『I'zz; HIROSHI IWATA(Vo,EG) HIROSHI ISOGAWA(B)  SHUICHI ARISAKA(Key)
       YAKASHI MATSUO(Tp)  KOTOBUKI YOMIGAWA(Sax) YAYOI YAMASHITA(Vo)』
   
  『LEGEND OF WEST WIND 西からの風伝説 Vol.1 』
   2.Be HI!  9.ポン木ナイト I'zzとして演奏。    「ドラマー 井上尚彦HP から」
1994年 Vo.山下弥生と、「HomelessHeart」としてデビュー。渋谷ストリートライブ展開。
 1st 「Homeless Heart 」1994年10/21
 2nd 「Shoesless」 1995年10/21    3ird Flower」 1997年1/22
 98年 「HomelessHeart」休止。
 かつて、FM横浜で盛んに紹介されていた。 情感をそそるとてもいい曲 とのこと。
  http://www.youtube.com/watch?v=1OiwF8Bjxtk  ♫Mama Don't Cry♫
 劇団「新宿梁山泊」ドイツ公演のテーマ曲アレンジ。
   ※劇団「新宿梁山泊」は、
 1991年 ドイツ講演「人魚伝説  ←この公演ではないかと思われる。
        「ハイタイドハリスブルースバンド」への参加やハイタイドハリス『ホットブルース』のプロデュース。
 1999年  日本一の男の魂 ― オリジナル・サウンドトラック に参加。
 2000年 JR東日本CMソング 白竜シングル「いつのまにか少女は」アレンジプロデュース。
  01年 映画「白い犬とワルツ」イメージアルバムに参加。
  日本を代表する和太鼓奏者、レナード衛藤のリズム大陸に参加、板橋文夫と共演。
  ミッキーカーチスとアコースティックトリオを結成。
 2002年 渡辺真知子アルバム「大切な順番」をアレンジ、プロデュース。
       「M-BAND」時代の旧友、藤タカシとアコースティックR&Rユニット「GOLD」結成。
        平幹二郎「人生劇場」テーマ曲アレンジ。 ←聞いてみたいが
        森園勝敏、鈴木シゲルらと共に「ビンテージギター」Vol.1・2に参加。
 
 1998年 「Brush&Picks(野口明彦氏と)」結成。20代のロックソルトレーベルとコラボレーション好評。 
      
 2001年 SUPER Goooooood!!」を高田エージ 結成。一時は30名を越えたが…。選抜された25名。
      東京、横浜、鳥羽を中心に活動。レオナルド・バカ・トリオから、トップチームが7名、ルーキーズを加え     て12名。
      g岩田浩史、bKenKen、dsチャッピー(「カルメン・マキ&OZ」)、SAX YUKARIE(元「じゃがたら」)
      アリサ、古村敏比古
 
 2005年 劇団クナウカの阿部一得とギターと語りの実験的 二人舞台。
      大橋勇(イサム)とアコースティックギターデュオ。  
 2003  白竜の作品のアレンジを担当。
       シングルCD「逆流」 2006年カバーアルバム 「BEST BALLADE 1」  
・ライブパフォーマンス
 2007年 「M-BAND」 ONE NIGHT REUNTION 25th Anniversary "ONE NIGHT SHOW"
       By OROGONAL MEMBERS In OSAKA MUSE DVDリリース。
・レコーディング参加
 2006年 金子マリアルバム「B-ethic」
・Vシネマ音楽プロデュース
 2006年 「シノギの報酬」
 2007年 「シノギの報酬2」「非常のバトルロワイアル」「赤絨毯の死闘」「極道の紋章(やくざのだいもん)1〜3」
・舞台音楽制作
 2007年7月 中井貴惠「音語り/ナゲキバト」赤坂レッドシアター5回公演
ライブ活動
 2008年
 11月28日北千住クローフィッシュ 「ZZ'Z」になる直前のセッションライブ。
       他メンバーは新井武士さん、ゴボー鈴木さん、須川光さん。
 
 2009年
 9月
      「ミッキー・カーチス&クレイジー・カーチス・バンド」のギタリスト。
 9月23日
    中川シゲオ(GS「ザ・ビーバーズ」の前身バンドのボーカル) ♪神戸ハーバーライト/気ままに♪
    40年ぶりの活動再開、最高齢デビューへのサポート
 2011年
 9月21日(水)高田馬場・音楽室DX  Open 19:00  Start 20:00  
       「slow」 ;shu(Vo&AG)  ash(Vo&AG)  Guest: 岩田浩史(Gt) 井上尚彦(Dr)
       shuさん。ashさんの奏でる熟成された世界をたっぷりと味えるユニットslow。
 12月16日(金) 「岩田浩史エイド] in 音楽室DX 新宿区西早稲田3-20-4 金子ビルB1F
           出演: 岩田浩史 and Friends (shu 井上尚彦 五十川博史 西村ヒロ 石井完治 elli
         大橋勇武and more...)
 
 2012年
 4月14日「岩田浩史」登場! 恒例の「LOVERSOUL」開催! アサキチとゆるいヤツら  Resound  MAYA feat.堂地誠人(sax)
 Guest 金子マリ& 5th Element Will  
  岩田氏は、金子マリの「5thエレメントウィル」でもギタリストとして活躍。
  Key石井為人 Gt岩田浩史 Ba大西真 Vo.パントマイム北京一 Dr松本照夫  Vo金子マリ
    ゲストDJ:リトル巨泉 Bryanいち押し! お洒落、FUNKY、センスピカイチDJ!
 4月19日(木) 「金子マリ × TSUNTA」音楽室DX 3rd ANNIVERSARY
          金子マリ(Vo) & 岩田浩史(Gt) TSUNTA(Vo&Pf) & 阿部美緒(Violin)
 
 6月1日(金) 石井完治&岩田浩史 presents 「東京ギターサミット vol.2」 高田馬場・音楽室DX  
         G石井完治、岩田浩史 天野清継、岩見和彦(from 「NANIWA EXP」.) 、加藤崇之 
         B吉岡大典、Key須川光、Dr奥田やすひろ
         豪華ギタリストの競演イベント第2弾の開催!5人のギタリスト。
 9月4日(火) 「Rock,River&Stone × Seki Trio」 音楽室DX  
 岩田浩史さん率いる「Rock,River&Stone」が、実に2年の時を経て登場!
 対するは、DXお馴染みのギタリスト関雅樹さんのトリオ! タイプは異なれど、色気たっぷりのギターサウンドが持ち味の2人。
  「Rock,River&Stone」 岩田浩史(Vocal,Guitar) 五十川博(Bass) 石田一郎(Drums)
  「Seki Trio」  関雅樹(Guitar) 大関明子(Bass) 阿久井喜一郎(Drums)
 11月18日(日)  「金子マリ Presents 5th element will 」at JACK LION   
           VO金子マリ、北 京一 G森園勝敏、岩田浩史 B大西真 Key石井為人 Dr松本照夫
            ソロライブメンバー 
            Dr,野口明彦(「センチメンタルシティロマンス」) Ba,渡辺茂(もしや「もんた&ブラザーズ」の?)          Key,石井為人 Sax,Yukarie(元「じゃがたら」)
 12月8日 奈良大輔 ソロアルバム 「ぼくらはいつもみつ蜂のようだ」
 
今みつけた。彼の軌跡。みてほしい。
岩田さん、天国でロックンロール!!  2014年 11月24日(月) UP
 
 
 
 番外編 「岩田さんから様々なアーチストにつながっていく!!」
 岩田さんが参加した不明のバンド 「ハイタイドハリス」 を検索すると
 
 黒人ブルースマン、ハイタイドハリス;「ジョンメイオールバンド」のメンバーとのこと。日本でも活動した時期がある。
 
 今出宏
 80's後半頃から地元津田沼でR&Rバンドで活躍するが、調子に乗り過ぎて活動しづらくなる。
 その後ハコバンなどを得て、福生(横田基地周辺)に拠点を移し自らのR&Bバンドで活動。
 90年頃、黒人ブルースマン、ハイタイドハリスや「ローラーコースター」にフィーチャーされプロ入り。 以後セッション活動を続ける一方、N.Y.やインドネシアなど旅しさまざまな音楽に触れる。

 94年頃、POPS界で各社からデビューの話が進むが本人も周りもパニックになり全社断る。
 そんな中ジャズミュージシャンにも世話になるようになり、
 95年、本田竹広の”JAZZ FUNK BAND"に参加。日野元彦やポールジャクソンとレコーディングやツアーで共演する。 

 同年、自らの”NATION IMADE BAND"で元「サリフケイタバンド」のママドゥドゥンビアや、クリヤマコトなど多国籍メンバーでパフォーマンスする。
 コンピアルバム”From Artist"に3曲参加。

 96年、自らの無国籍RARE GROOVE"NNAM"や元「ヒューマンソウル」のジミ橋詰らと結成した「yellow trance mitter」で活動する一方、ロックバンドやpops系のサポートを積極的につとめる。
 
 97年、自分の名前を変え女性voをフィーチャーし作曲、プロデュース、ハ−ピストという立場でメジャーで活動する。プロデュース、ヴォーカルディレクション、作詞作曲やスタジオワークをひととおり修行する。
その一方でvocalとしてアニメのSOUL,FUNKカヴァーアルバムなどをリリース。

 99年から再びフリーのセッションマンになり劇団SETの楽器指導などもする。
本田竹広のワールドミュージックバンド”PURE"にも参加。

 2000年、eweより今出宏°+kooloonで1stアルバム『being your slave』をリリース('04韓国でも発売)。野外フェスなどさまざまなイベントに出演する。ヴォイストレーナー中島先生に発声を師事する。

 2001年、eweより2ndアルバム『MONGO』をリリース。バンドMONGO-Xなどで怒濤のツアーを重ねる中さまざまなアーティストをサポート、共演する。

 2002年頃から、N.Y.~キューバの 「オラシオエルネグロ&ロビーアミーンバンド」らと綾戸智絵のツアーサポートをする。

 2004年、韓国にて1stアルバム『being....』の発売のためプロモーションする。
 映画『マーメイド』のサントラにも参加する。
 これまでにもいくつかの韓国のアーチストと共演している。

 2005年6月には元マイルスグループのジョンビーズリーproduce3rdアルバムリリース。
inter FM「丸の内cool struttin」のゲストナビゲーターなどもつとめる。

 2006年6月、三味線奏者の岩間哲也をはじめとする日・アフリカ混合ワ−ルドミュージックバンド
『ZIPPANG』でルーマニアのSIBIU音楽祭に出演。高い評価を受ける。
 
本田 珠也 → 本田竹広の息子 
 69年11月25日、東京生まれ。父本田竹広(P)、母チコ本田(Vo)、叔父に渡辺貞夫(As)、渡辺文男(Ds)という音楽家系に育ち、小学6年生の時に独学でドラムを始め、
 本田竹曠率いるNative Son」 の 1985年発表「Day Break」にて本格的なプロデビュー
 89年頃から父の勧めでジャズを志し、「Native Son」以後、「本田竹曠ビッグファン」、「ポールジャクソングループ」、「北海道バンド」、「ハイタイドハリスブルースバンド」等を経て、辛島文雄、大野俊三、伊藤君子、渡辺香津美、増尾好秋、マルウォルドロン、ジュニアマンス、秋吉敏子,渡辺貞夫等のバンドに参加。
 数多くのセッションやレコーディングの参加によって着々と自己の音を確立させていく。
 99年5月、大野俊三(Tp)の誘いで香港へ招致され、Eugene Pao(G)等と初共演し、これを機に00年12月、香港高山劇場<Ulf Wakenius(G)と共演>、
 01年5月『シンガポールインターナショナルフェスティバル』、
 同年9月『香港シティーホール公演』等に出演。
 00年3月、東芝EMIより、子供の頃から愛聴してきたロックやファンクミュージックにジャズを融合させたグループ初リーダーアルバム「PLANETX」をリリース。
 01年3月、「大口純一郎トリオ」、「菊地雅章トリオ」、「ケイ赤城トリオ」と、立て続けに3人のピアノリーダーのアルバムレコーディングに参加する。
 07年には自身のセカンド・リーダーアルバム「Elvin Jones Tribute Band」をアケタズ・ディスクから発表。またその年から「菊地成孔Dubsextet」に参加し好評を得る傍ら、最近の動向としては、積極的な即興演奏の活動が挙げられる。その主な共演者には、Peter Brotzmann、Thomas Morgan、Todd Nicholson、八木美知依、大友良英、坂田明等。
 
GS「ザ・モジョ」
 A面 欲張りな恋(All Of You) B面 クレイジー・ミッドナイト
 本田竹彦(Key)平野裕之(ds)、古田皓士(Olg)、山田英男(b)、三畑貞次(g)、鈴木実(Vo)西久保和来(Vo)
66年頃、
弘田三枝子のバックバンドとして活躍していた渡辺明とリズム&ブルーセズのキーボード奏者、本田竹彦が当時のグループサウンズブームに相乗りする形で67年に結成したグループ。本作は692月にリリースされた唯一のシングル
 
Native Son」
 「竜童組」の職人のようなベーシスト、ロミー木ノ下が在籍(後期)1980年 
  このバンドはジャズ系だったとは…。
 AUTUMN DREAMS  1980年作詞:L.Hennrick作曲:H.Fukumura 「熱い秋」テーマ曲
  Linda Hennrick  【Vocal】
 
「NATIVE SON」
  本田竹曠(key) 峰厚介(Sax)福村博 (Trombone)大出元信 (E.G)ロミー・木下 (E.B)村上寛 (Drums)
 1978年 レコードデビュー ビクターとの記録ある。

The STING

 11月22日(土)UP!!
 ここに掲載した情報は、ネット上にあったものをまとめただけです。不確かなことが多くあるので、もしお詳しい方はご連絡ください。何か問題があった場合は、削除いたします。
 
 メンバーは、楢崎修一氏・斉藤晴久氏・今関孝氏・富山光弘氏・鈴木正人氏。
 シングル「シャドー・ダンス」。徳間音工バーボンレコードからミニアルバムも発売。このシングルレコードがきいてみたい。
 アマチャアで活動し、名前を知らしめるといった当時のシーンの流れのバンドとは違ったようだ。プロデビューが難しい1980年頃のの話。よくぞデビュー出来たと思う。
 オークション等で徳間音工のバーボンレーベルからミニアルバム「KID」が時々8000円近くの値段で目にする。
 4曲入りで、1曲♪ビーバップ銀座♪は後の「M−バンド」を彷彿されるものがある(自信なし)。まさにまだ原石と言った感じ。ミュージックマガジン1980年4月号 P192 レビューでは7点。
 もしやもう1作品、アルバムがあったのかもしれないが、今のところ不明。
 1980年4月日本青年館でライブを敢行している。観客は900名動員。そのライブでは16ミリ映像を公開したらしい。メンバーの好きなアルバムを紹介したものと。現在、その映像は残っていないのでしょうか。所属プロダクションは「メロディハウス」。NHK「レッゴーヤング」にも出演したという情報もある。
 才能のある方々が集まり、作品を作り上げたといった感じだ。
 ボーカルの今関氏とメンバーのもう1名はデビュー以前はCBSソニーレコード会社に勤務。その延長でレコードを発表することになったという。
 と言いながらも、
 今関氏は、夜は六本木あたりで箱バンで歌を歌い、歌手として技を磨いていたようだが。もちろん高校時代からバンド活動をし、「銀ナウ」あたりにも出演したという情報もある。
 
 ギターの鈴木正人氏のみプロ活動経験アリ。剣田正人氏であり、元「スロッグ」。メンバー加入時期も割と遅い。
 
 富山光弘氏は、このバンドの後、今関氏と「又吉&なめんなよ」の企画アルバム「なめんなよ」にも参加したらしい。バンド活動後、Frankie T のペンネームでシブがき隊『月光淑女!』 により作曲家デビュー。酒井法子、「光 GENJI」、アニメ主題歌など、80年代のポップシーンにおいて多数楽曲を提供。福岡ダイエーホークス応援歌(現・福岡ソフトバンクホークス応援歌)『いざゆけ若鷹軍団』も作曲。その後、音楽専門学校にてギター実技、DTM 講座、音楽理論等の講義を受け持ち後進の育成に努める。2005年よりフリーのプロデューサーとして活動。インターネットミュージックスクール立ち上げのプロジェクトに参加し、コンテンツ制作の指揮を執る。その他モバイルコンテンツ制作、アーティストの音楽プロデュース、iTunes store にて配信の iJockey コンテンツの企画制作等、幅広い分野で活動中。また「Spiritual Groove」というユニットを立ち上げ、リズムに内包されるヒーリング効果を抽出した、新しい音楽も制作しているとのこと。
 
 ベースだった 当時22歳の 楢崎修一氏は現在ex「 虎舞竜」の 本間敏之さんと 「ほんならあべ」 と言う ピースバンドで活動。
 
 ドラムの斎藤晴久氏は、その後、「ザ・ジュェリーズ」で♪渚のスローダンス♪のシングルを発表。その後、「ハリマオ」の黒澤さんとも活動した時期もあったかもしれない。今関氏から「ARB」タイプのロックンロールバンド(?)の誘いを受けるが(1982年11月17日デビューする 「Mーバンド」)、断り(?)、伝統的なバンド「ダディ飯田&パラダイスキング」に参加した。2006年の再結成時の「ハリマオ」でもドラムを担当した。現在も早見龍人氏とバンド活動を展開。
 
 今関氏はこのバンドで活動中に、陣内孝則の「ザ・ロッカーズ(1982年6月28日解散)」と対バンしたと思われる。お二人は一時期交流があったと思われる。
 メンバーが再集結して、この頃のナンバーをやってほしい気もするが、「キャロル」と同じぐらい再結成の可能性はないだろう。
 
 個々にそれぞれで活躍していくことを応援したい。
 
 いい遅れたけれど、今関タカシさんは、オリジナル「M−バンド」で再活動したし、今も積極的にライブを行っている。役者もされている 藤タカシ氏のことであーる。
 
   追記
 むかし、ミクシーで「シナーラ」に藤タカシが在籍と見たことがあった。
 「シーナラ」が一体なんなのか不明、ネットで検索すると1980年シングル ビクターインビテーションVIHXー1504よりデビュー。メンバーは木戸やすひろ、三井誠(元「クラフト」)の2名と判明。♪どう思いますか/ブルー・スカイ ブルー・シャワー♪全く何の関係もなさそうだった。誰かご存じの方いませんか? ご一報ください。
 
 木戸やすひろ氏
 1978年シングル♪♪でデビュー。シングル♪Mr. Music♪ソロアルバム「kid」 このアルバム名がまぎらわしい。
 串田アキラ ♪ローラー天国♪のアレンジ ほか
 

藤タカシ について

 2012年10月 ○周年のライブの情報を見て思い出す。
 
 1986年 地元の楽器店でフリー新聞をもらう。今もなぜかとっている。
 
 今となっては色も褪せてきた。25年の歳月が物語っている。
 
 そこには、当時の東芝のひと押しバンドが一覧になっている。
4つバンドが紹介されている。
 「VOW WOW」「BOΦWY」「サンディ&サンセット」と
 このバンドはある意味、シーンで知られる方々だ。
 
 1)BANDが時代をつくる。
 2)身近なバンドである。
 3)洋楽ぽく なじみがない(?)
 4)ボーカルがこのみ。
 
  そして、   
 
 「MーBAND」  東芝EMIに所属していたとは…。
 
 では藤タカシについて話をしていきたい
  2012年夏 オリジナルメンバーで「MーBAND」は再結成した。闘病生活をするギター担当の岩田さんがんばれ(と書きつつ2013年12月仏様になられた。合掌。)!!
 
 過去の記憶が思い出される。
 
 彼らの音にうちのめされることになったのは、東芝移籍シングル♪アキラ♪からだ。
 
 ニューイヤーの映像等で知った3曲が代表曲と言いたい。
 
 
 
 本当は幻のPV♫誘惑ナイト♫を見たいのだが、2012年の30周年記念の限定商品の特典に入ったらしい。
 
 1988年5月解散とのこと。当時解散した事実は知らず、ソロビデオを発売されて知った。
 
  『M−バンド』は、自分が語ると
 裏通りロック、ヤンキーロックとしては地に足がついており、「日本人にしかできないロック」で、西洋人にきかせたいと思える完成形だ(と言い切る!!)。
 
 同じ系譜に(仮に『ヤンキーロック』、世間的には『ツッパリロック』というカテゴリーか!!) 「キャロル」、「ダウンタウン」、「クールス、」「横浜銀バエ」等があげられるのかと思う。
 
 だが、パンク・ニューウエイブ(この言葉は今となっては死語か?)にも対抗できる
という意味では、他には類を見ない。
 
 ここでいうパンク・ニューウエイブとは「フリクション」「スタークラブ」「ザモッズ」「Boøwy」「ルースターズ」「オートモッド」「じゃがたら」等をさす(自分の好きなバンド群ではないか、サブカルというカテゴリーかもしれない)。
 
 一応「ザ・チェッカーズ」や「クレージーケンバンド」も同じ仲間にしておこう。
 
 「MーBAND」は四国で人気があるようだ。
 
  デビュー当時は、「ラッツ」や「ビーナス」らと活動を共にした(同じ音楽事務所だったようだ)。このバンド群で日本武道館ライブも敢行したいたのだ。恐らく「ブラックキャッツ」あたりも同期になるのかもしれない。
 
 自分には、ロカビリーブームは久世さんのドラマ「刑事ヨロシク」はリアルタイムで感じ取っていたな。自分の心境的には暗黒時代だけれど(この頃のことはいつか語るかな)。いつか、『思春期の苦悩』 ISSAYあたりと絡めて話せるといいなー。
 
 この前見たブログから 、「刑事ヨロシク」の時代に生きた方(ドラマに出演、バンドデビューされた方)の生の声を知った。とても親近感が。
 
 きっと自分は、昭和にまだ生きていたいのだ 
 
 話題がそれてきたのでこの辺で。
 
  受験勉強まっしぐらだったので、リアルタイムで覚えはない(本当か? )。
 とりとめもない話をしてしまうことになると思う。おつきあいください。
 
地域で、世間的に80年代初頭「横浜銀バエ一家」が流行り、『不良』と呼ばれる人達がロックンロールを踊るということに価値があると思われた時期がある。私は偏屈でどうしても受け入れずにいた。アイデンティティーのためか、当時
3コ―ドの「横浜銀バエ一家」のロックンロールは「GLAY」の曲と同じようにアルバムを聞くとどれも同じ曲に聞こえ、「ピン」とこなかった。

 対局にある音の塊に対して少しづつ、冷めていくであった(当時であれば「
DTFBWB」、その後になると「ザ・スターリン」、「ARB」、「オートモッド」、「リザード」、「フリクション」、「リビドー」、「吉野大作」、「不失者」、「裸のラリーズ」ということになるか)。

 残念ながら私のアホさ加減(豚耳お宅加減)により、「クールス」「横浜銀バエ一家」関係バンドの作品は一部しか聞いていない「ブラックサタン(恐らく横浜銀バエ一家のバンド)」のアルバムのジャケットは見覚えある。よくレコード屋で見かけたのだろう)。

 バンドブーム時に再結成した『クールス90s』もかなり興味があったが、イクラの「ムーンドックス」、翔(「横浜銀蝿」)のソロ作品、ケン横山「クレジ―バンド」も同様である。

 唯一「M−バンド」だけは、自分には別格だった。ヤンキーロックの中にいたはずなのに…。藤タカシ見られる表現力の高さとしっかりした音づくり、真摯な態度を自分は知ってしまったからかと思うのだが。
デビュー時は、「ラッツ&スター」と同じ音楽事務所で「ブラックキャッツ」「ザ・ビーナス」らと行動をともにしていたことを最近知った。「クリームソーダ」なんて、うっすら覚えているロックンロールファッションのインディーズ(本県にはなかったなー、確か)メ―カー。いなかすぎて私は知らないに近い。確か昔の知り合い(某中学の番長)のファッションだったはず。合わせて同時期の「NOVELA」ねーちゃんファッション(ジュラルミンバックを持ったいかしたおねさん方)を全く知らないのと同じだ。
 高校の時、あるビデオをダビングしてもらったのだけれど、ロカビリーの音楽ビデオで、安岡力也と「クールスRC」のメンバーが出演していた。1985年位のものだった。

 王道の純然たる「ロカビリー」は、山下敬二郎ののれん分けをした(?)ビリー諸川氏とゆうことになるが、
知る人ぞ知る状態かと思う。
 個人的には倉田さんの「THE BOTT」やジョニーサンダースのプロデュース作品はわざわざ買ったけど、その後、再発されたなー。


 自分の頭のでっかち、精神的なひ弱さはさておき、ヤンキー思考(
=短絡的な思考ではないが、かなりそれっぽい)は当時嫌だったことは確か。「クールス」は(ワルの)本物ぽさが漂う!!しかし、聞いているリスナーは日ごろの嫌なことを忘れて「クールス」の音を楽しもう!!というノリ(もしかした暴走族も行動同じメカニズムか)。だけれども、気分転換にしかならず、なんら自分たちのくらしの問題解決はできていないではないか。ともう一方の自分が叫ぶ(解決できれば、苦しまないで済むのだけれど と)。 だから、自分など「根暗」と当時言われる部類に属したんだと思う。ビジュアル的にも「どよん」として人を不快にする雰囲気があるかもしれない(笑)。

 尾崎豊を聞いて朝から泣いていたり
浜ショーをきいて同じ思いの方々と語り合って青春時代をすごすのもいいかもしれない。「じゃがたら」を聞き、壁に語りかける自分が居た(涙&「アパシー」)。亡き住職成田氏の「リビドー」を聞いて、なんとか生きながらえたのであった。「オートモッド」のジュネになりきる「ソバージュ」ヘァーにした
22歳の苦学生時代が懐かしいこの頃だ。  今日はこの辺で。

 「M-バンド」の話がしたい。ISSAYの10代のつらい体験を語り、「デルジベット」の良さを知らしめたい。今年は再結成バンドが多かった。いや、30年前にタイムトリップしてあの頃の宇崎竜童さんへの思いをぶちまけたい気もする。もう32年もたとうとしているから。書きたいことは有りすぎるが、まとまらないことが悩みの種。後日で新年だ。

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