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われわれにとっての幸福は、
会社や企業の中で出世し、
つまり、人の上に立ちつつ、
高給(?)を得て、
それなりの生活をすること
だった。これに反論する方は
いないだろう。
誰もがよい暮らし(貴族的な?)
を夢見つつ、それを手に入れたり、
手放したりしてきたのだ。けれども、
そういった成功が難しい時代である
こともわれわれの常識となりつつある。
みんな裏技を駆使して、生活を豊かに
しようとしている。唐突にリストラされる
こともありえるし、リストラされたあと
何らかの生きがいを見つけた方もいることだろう。
食べていくだけなら、それほど難しくない。
それなら好きなことをすればよい。
歌手になれなくても、プロ顔負けの衣装で
ライブを行うこともできるようだ。
それこそブログの発達で、仲間も集まりやすいし、
情報も得られやすい。
ですから、新たな人生観、人生とは何か?という
質問に答えを与えられるように思う。
人生とは、一言でいえば、追求であり、そこに
深さがなければならない。浅い人生は人生ではない。
こういえば、もう少し、ライトな人生を送りたいと、
私に反論する方もいるだろう。ライトに生きることも
可能である。とにかく、われわれは高度に発達した
生産様式を手に入れたし、そのノウハウは共有される
ことだろう。だから、楽しく生きることも、また、可能
である。欲しいものを手に入れたいならバイトすればよい。
手に入らないものは、ないかもしれない。ある意味、すべての
人が成功を手にしたのだろうか?
繰り返すけれども、趣味でよいから、興味を持った事柄を深く
追求することだ。人生は追求である。人間とは何か、考え始めれば
それは立派哲学であるし、その人は哲学者なのだ。大学に所属する
人間だけが大学教授ではない。思ったときに始めればよいだろう。
それが高度情報社会である。われわれは情報を共有している。
結論からいえば、2、3人分の人生を経験することも可能である
ように思われる。人生の多重性。われわれはどこかへ向かっている
のだけれども、あまりそれに意味はなく、ただ、一つ一つを経験し
個人として生成するのだ。そうして時間は流れるのである。
そこにおいて、人と出会い、共有するのである。蕎麦が好きなら、
蕎麦好き同士、情報交換すればよい。結論に達することができれば、
そこに蕎麦なりの人生観があるはずである。やはり、人は考える葦である。
ただ、従来の2、3倍の思考および経験を一度に人生で体験できる
ようになったといえるであろう。
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