社長の独り言

北海道の農業経営者の独り言
数日前、テレビを見ながら食卓の上に甘栗の剥いたのが、袋が開いたまま置いてあった。
皆さんがよくご存じの甘栗むいたあれです。

中身はアルミなのかわかりませんが、栗のイラストが描いてあるので見えません。

鉄腕ダッシュで、東京湾(この日は深海魚)のことを放送していたので真剣にまた、興味津々に集中して
観ていた。

テレビに集中しながら、この甘栗を視角の隅の方でとらえながら引き寄せて
袋の中身を指先の感覚で探り、指先で栗をつまんでは口に放り込んで食べていた。
時間にすると20分ほどだろうか?
指先でつまんでは食べ、指先でつまんでは食べしてるうちに、栗が底の方にしかなくなってきたので
はじめて袋の中を覗き込んで栗の位置を確認してつまみ出してみた。

「・・・・・・・・・・・!」

栗の5分の1くらいに緑色のかび生えてるやん!!!
今まで何個食べてんねん!!!

時すでに遅し・・

今晩か、明日の朝絶対おなか痛なるやん!

それよりこの栗いつのやねん!こんなもんここに置いとくなや!

うちの嫁人間がでかいのか、細かいこと気にならんのか・・
とんでもない嫁や!

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まだ治らん⤵

2/20頃にひいた風邪・・・

薬を飲んでも、ユンケル飲んでも、あっつーーーい風呂に入って汗ダラダラかいても・・・
全く風邪がすっきりと治りません。

昔なら、葛根湯飲んでユンケル飲んであっつーーい風呂に入って汗かいたら3日かかるかかからないかで
完治したもの。

もう3週間近く風邪が抜けていかないなんて・・・
自分にがっくり来てます。

もう、今年から1月に最低1日は休もうと真剣に思った。

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AI化が進んで、人件費削減やこれからなくなるであろう職業予想などが取りざたされている。
確かに、資本主義の観点から見ればそれは一部当然なことなんだろうなと思うし、競争社会を生き抜いて行く
にはその概念は必要だろうなとも思う。

が、必ずマジョリティーや効率化や新しいもの、資本主義経済だけがいつも正しいのか?と考えた場合
「自分は」そうは思わない派だ。

時代の流れや趣味にしても思考にしてもそこには絶対的な正解等は無く、単にある限定されたな切り取られた地域や時間軸のなかでのマジョリティーとマイノリティーでの正しいか間違ってるかを議論されることが多いだけで、そもそもそこにはその個人の人生観なり価値観が優先されていれば、それぞれの人生観や価値観をそれぞれが選択していればそれに対して正解も間違いもないんだろうなと思う。

みんなと一緒は、管理する側からするとすごく管理しやすい社会になるが、思考も志向も方向性も限られたリーダーのもと「右向け右」になっていくのは危険をはらんでいるし、そのことは歴史が何度も物語っている。

自分のように1次産業を生業にしていると、腕のいい素晴らしい農産物を生産される農家さんほど面白いことに
「共通する基礎基本」とそれを前提とした上での「自分なりのさじ加減・エッジ」を持っている。

これは何も、農業に限られたことではなく他産業においても同様なことを必ず耳にする。

AI化が進んでデータで平均値が上がるのはもちろん産業の底上げには好ましいことだが、その平均値が全部上がってしまえばそのこともまた意味がなくなる時代がいつかやってくる来る。そういう時代には必ず年寄りの知恵や勘や経験が差別化になってくるんだろうなと感じる。そういう時代になると今度は「起源」に近いもの、つまり「なぜそれを始めたのか」や「地球誕生の歴史から今生き残った種の理由」みたいなものをさぐっていかないとその理由をどんどん見失ってゆくんだろうなと感じる。

以前棋士の羽生善治さんがテレビでこういうことを話されていた。
「AI将棋がどれだけ進んでも、数年するとやっぱり勝率って2割ほど落ちるんですよ。つまり、人間はエラー部分に必ず理由が存在することを考えないといけない」と。

また、江戸時代の将棋の棋譜を熱心に読み返して「我々が積み重ねてきたことだが、この時代の将棋つまり、原点に近いものがすでに新しいものがある」と。

一次産業も全く同じように感じる。

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種まき

撒かない種は生えないのはあたり前。

どんなことでも、今までにないもの、行動、考え方などを始めるときに
反対や反発或いは抵抗があるのは至極当然の事だと考える。
ここでそういう反対があった時に必要なのは「論理的な熟考」だといつも思う。
 
反対意見に対して、既存の考え方、方法論と異なるからや、ただ単にそれをやることが面倒くさいなどという
感情的な反対意見に対して、感情的に意見の応酬を行ってもただの時間の浪費だと考える。

反対意見の内容を冷静に論理的に分析すれば、自分にとって「価値のある反対意見」と「価値のない反対意見」に分かれる。

ここで言いたいのは「自分にとって」とか「新たなる行動をとる場合」にどうなのか?というあくまで論理的思考の話。

「ない」と思うのは、その反対意見をすべて順列をおって因数分解して、一つ一つ具体的行動においてクリアーできるものについては、自分の能力で対処可能だしそれはまた対処してきたことである場合は、想定の範囲における反対意見なので反対意見にもはやなっていない。

一方で「価値ある反対意見」とは、感情を抜きにしてそれを理論的に分解して行動計画を立てていったときに、
自分が想定していなかった「不可能な場面」や「行動計画」を見つけられるもの。
これはすごく貴重なまさに「価値のある反対意見」。
これを冷静に分析し、想定出来ていなかったミスの可能性を含んだ後に、それをクリアーする行動計画まで立てられるならば、これはまさに「未知の種」を撒きに投資すべきターニングポイントになると考える。

50年先に咲かせる花の種をまく人は、最初から3年先に花を咲かせようとは思っていないし、そこに行きつくまでの投資を最初から「当たり前」だと考える。が、1年で咲く花の種しか知らないと、5年、10年半が咲かないとそれは種の責任にしたり、土の責任にしたり・・するが、それは最初から1年や2年で咲かない種だと知らないだけの話。
 
1年で咲く花は、1年で枯れる。それは誰でも簡単にできる。10年先に咲かせる花は、10年かけて管理するし、30年かかる花は、30年管理する。年数がかかる大変なものほどチャレンジする人が少ないが、長い年月をかけて咲かせる花はめったに見れるものではないから、その花をみることはめったにない。ただし、滅多にないことと、自分が知らないこと、全くないことは違う。

咲いた花だけを見て、あーだこーだ言うことは簡単なことだが、そこに来るまでに1日も休まない大変さは、やった人にしかわからないもの。
あーだこーだいうだけなのか、ここにくるまでたいへんだったねというのかで、その人の経験値と未来想像性はすぐにわかるもの。

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あーもう1年ぶりぐらいでしょうか・・
いや、もっとひいてない気がする。

風邪ひいてしまった。
首の付け根が痛いし、のども痛い。
年末からの寝不足と春の忙しさと心労と・・いろんなことが
重なったんだろうな。

20代なら、ユンケルと風邪薬飲んで、熱い風呂に入って汗だらだらかいたら治ったけど
今同じことやったら風邪の菌の前に自分がやられそうw

体力が低下してるのは否めないし、それは人類みな平等なんだけど
自分の感覚とのギャップを埋めないと・・

そう、アラフィフのただのおっさんなんだ・・と
お前にはもうあの頃の体力なんて存在せんぞ!・・と




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