伝道の御言

コメントが増えてきましたので、肯定的・賛同的でなさそうなコメントやよく分からないコメントは消していくと思います。

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序に代えて

 序に代えて

 聖歌や讃美歌は、慰労と感動をもって人々の魂を神のもとにいざなう聖霊の役割を担ってきました。み言葉は神から人へかたりかけとして、また賛美の歌は人から神への呼びかけとして、信仰生活の両輪のような働きをするとも言われています。信仰復興運動が起きるとき、そこには必ず心からわきあがる歌声があったのです。
 賛美歌・聖歌の源泉は旧約聖書「詩篇」です。斉唱で、あるいは琴や笛やラッパの響きにあわせてうたわれた切々たる神への祈りは、そのまま新約時代に受け継がれました。イエス様が詩篇を愛誦して育たれたことは福音書で知ることができます。
 四十日断食のあとのサタンとの闘いに詩篇九一篇の言葉が出てきますし、最後の晩餐のあとでうたわれた賛美(マタイ二六・30)は、詩編一一三〜一一八篇までの「ハレル」の歌だったと推定されています。さらに十字架の上で叫ばれた二つの言葉「わが神わが神、何ゆえ私を捨てられるのですか」、「私は、わが魂をみ手にゆだねます」は、詩篇二二・1と三一・5の言葉であったのも、イエス様がいかに詩篇を愛唱しておられたかを語るものです。
 イエス様の十字架ののち、散っていった弟子たちが、やがて集められて、五旬節(ペンテコステ)の日の聖霊降臨により原始教団が成立していきました。
 初期キリスト教において、「賛美」とは詩篇をうたうことでした。使徒行伝に、「信者たちは日々心を一つにして、パンを割き、よろこびと、まごころをもって食事を共にし、神を賛美した」という部分がありますが、この「賛美」も、詩篇を唱和することだったのです。
 パウロとシラスが牢獄から大地震によって救われる前も「神に祈り、賛美を歌いつづけた」とあるのも詩篇のことで、原始教団はこうして神殿や会堂でうたわれていた詩篇をその集会にとりいれて、教会の歌としたのです。
 そのうたい方は時代とともに豊かになっていきました。アンテオケの最初の司教、イグナティオス(一〇〇年ごろ)は天使たちが二組に分かれて美しく賛美をうたい交わす幻を見て、彼の教会に交唱をとりいれたといわれます。これがあちこちの教会に広まりました。
 クリュソストモス(四世紀)は次のように記しています。
「すべての異なる声々が溶け合い、一つの調和した歌となって捧げられた。若者も老人も、金持ちも貧乏人も、女も男も、奴隷も自由人も、みんな同じ調子で歌った。しかし、出席者たちを一つにしただけではない。死者をも生者と一つにした。なぜなら祝福された預言者もわれわれとともにうたっていたからである。……みんなが一つの合唱の中で結ばれていた」
 聖アウグスティヌスも『告白』の中で、「私はあなたの讃美歌や聖歌を聞き、あなたの教会の美しく歌う声に深く心を動かされ、いかに多くに涙をながしたことでしょう。……そして私の心から敬虔の情感がわき出て、涙は流れくだり、私はその中にあって幸福でした」と書いています。
 時代が進み、形骸化したキリスト教に宗教改革ののろしをあげ、聖書を万人のものし、再臨時代への道を直くしたルターは、「音楽は神からの賜物」と表現しました。彼の作った讃美歌は三十八篇ありますが、その中でも「神はわがやぐら」は、国をこえて歌い広げられ、サタンの力を恐れず、ただ神のみを助けとする勇気を育てたのです。
 ルターは言います、「音楽は神からの賜物であって人間のものではない。音楽は悪魔を追い払い、人々を幸福にする。音楽と共にあるとき、人はあらゆる憎しみ、野卑、高慢、その他の悪徳を忘れる」と。
 ことばを超越する強く深い感情は、うたうことでしか表現できない場合があります。一九七五年に私が聖歌指導の現場にいたころ、故・柳光裂(ユグァンヨル)先生から次のようなお話を聞きました。
「草創期のころは、うたうことが祈りでもありました。一日中食べないで伝道して、あざけられたりなぐられたり迫害を受けて帰って来ると、何も報告できないのです。お父様の前で何も言えずに、 涙だけをポロポロこぼしていると、お父様は静かに『さぁ、うたおう』とおっしゃってうたいはじめられるのです。
 そうしてお父様といっしょに何時間もうたって、みんな涙を流すだけ流しました。あのころは一つの歌を一時間ぐらい、くりかえし歌うことがよくありました。うたいながら復帰摂理をたどり、イエス様の十字架の心と、それを見る神様の痛みを思って、ワーッと慟哭したりしました。そのうちにお父様の愛をひしひしと感じて、『ああ、自分はこの愛にどうやってこたえることができるだろうか』という思いで、また泣いたのです」。
 大きな使命の前に、あまりにも小さく不足な自分。その道を行きあぐねて涙をこぼすとき――お父様は今も私たちの前に静かにお座りになって、「さぁ、うたおう」と言ってくださるのではないでしょうか。
 私たちは、歴史が待ち望んだ時代の中にあって、賛美の心情の基台の上に立っています。宗教史の受難の中で神に呼びかけた祈りの歌を、だれよりも理解できる立場にあるのです。
「死者をも生者と一つにする賛美の歌」といにしえの聖者が表現したごとく、私たちは新しい時代と真の父母に結ばれた喜びを、うたいたいと思います。
 なお、韓国の『聖歌集』に収められている聖歌には、本来の意味が分かるよう、日本語の訳を掲載しました。


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