水城・衣掛天神

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「特別史跡 水城跡」

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(水城跡模型および水城の木桶 九州国立博物館蔵 2007年1月23日撮影)
(現在の水城跡 2007年2月20日午後撮影)


私の自宅から10分ほど歩いた所に、「特別史跡 水城跡」がある。
都府楼跡とは反対の方向である。

その付近の地名は「水城(みずき)」と呼ばれている。

「水城」は664年に築造された土塁で、663年白村江の戦いで敗北後、大野城や
きい城などとともに築造された防衛施設。

長さ1.2キロメートル、基底部巾80メートル、高さ10メートルを超える人口の城壁である。
1350年経った今も強固な姿を残している。

九州国立博物館には、当時の水城築城の様子と現在の姿の模型および水城の「木桶」が展示されている。「日本書紀」に水城は「大堤を築きて水を貯えしむ」と記されている。水城土塁の外側の掘りには
内側から導水した巨木な木桶(写真4)が存在した。

「特別史跡 水城跡」の岡にのぼると、長さ1.2キロメートルにおよぶ土塁の跡が
見渡せる(写真8、10)。
写真8の中央の森の部分、及び写真10の森林が続いている部分が水城跡。 

1350年も前に、人の手で作られた土塁の上の道を歩いている(写真11)、と考える時、
言い知れぬ、人間の歴史の重みが感じられます。

閉じる コメント(8)

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ここ行きました。私が行ったときは桜が満開でしたよ。

2007/2/23(金) 午後 10:26 houzan

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こんな時代から、外堀・内堀と土木の技術があったのですね。すごいですね。

2007/2/24(土) 午前 5:18 coc*ro0*1

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「houzan」さん、ありがとうございます。いつ頃いかれましたか、私は昨年の桜の頃に行きましたが、綺麗だったですよ。

2007/2/24(土) 午前 10:12 [ ftomoki2005 ]

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「cocoro011」さん、ありがとうございます。ほんとに、1350年前にこのような土木の技術があったとは、凄いですね。

2007/2/24(土) 午前 10:15 [ ftomoki2005 ]

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水城は文献でしっていました。模型と史跡を拝見できて嬉しいです。有難うございました。

2007/2/24(土) 午後 4:04 -

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「花と風景」さん、ありがとうございます。先日、「若冲」の絵を見に九州国立博物館に行った時、水城跡模型および水城の木桶を見ました。水城がこのような歴史的な土塁であることは知っていましたが、あらためて驚かされましたよ。

2007/2/24(土) 午後 6:43 [ ftomoki2005 ]

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1350年前の人々が築造したのですね。それも、規模がデカイですね。静かな散歩道になっているようですが、その頃の人たちの思いを思うと感慨深いですね。

2007/2/26(月) 午前 10:08 あだ〜じお

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「あだーじお」さん、ありがとうございます。ここは自宅のすぐ近くにあり、散歩道になっているのですが、人が余り歩かない道のようです。私も時たましか歩きません。ほんとにここは奈良時代の人たちが歩いた道なのですよね。

2007/2/26(月) 午前 11:09 [ ftomoki2005 ]

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