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( 写真は、2008年8月14日撮影、九州国立博物館にて )
( 2008年8月14日 午後6時のテレビニュースを撮影 )

『九州国立博物館の来館者数が14日午前、500万人を突破しました。
2005年10月16日の開館以来、2年10カ月での達成です。

一般来場者には5000個の梅ケ枝もちが無料配布されました。同館の来館者は1年目が
約220万人、2年目が約157万人、 同館の来館者は1年目が約220万人、2年目が
約157万人、3年目も10カ月で120万人を超えている。

三輪館長は「予想より早く500万人を突破した。博物館の知名度が全国に定着してきたので、
今後は国際的にも情報を発信していきたい」と話した。』=2008/08/14付 西日本新聞夕刊=



14日の午前中に、行く予定で車で行きましたが、九州国立博物館の駐車場が満杯で、
駐車できるまでに時間がかかり、館内に入れたのは12時過ぎになりました。

500万人目のセレモニーは、福岡県知事、太宰府市長、三輪館長らが出席の元、
午前11時からあり既に終了しておりました。来場者には、お祝いの5000個の
梅ケ枝もちが無料配布されていました。

九州国立博物館のホームページより http://www.kyuhaku.com/pr/news/news_080814.html

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( 写真は2008年8月7日撮影 九州国立博物館のエントランスホールにて ) 

8月3日、九州国立博物館で、開催中の特別展「島津の国宝と篤姫の時代」にちなんで
武田双雲さんらを招いてトークショーやパフォーマンスを披露する記念イベント
「書の一大SHOW!」が開催されました。

パフォーマンスでは、4メートル四方の白い布を使った巨大な書に武田さんが揮毫(きごう)。
布いっぱいに「響」の一文字を書き上げた武田さんは「展示を見て感じた歴史の奥深さや面白さ、
時代を超えて人の心が響き合う様子を表現した」と話した。=2008/08/04付 西日本新聞朝刊=


披露された巨大な一文字は「響」。

私は3日のSHOWには、行けませんでしたが、後日(7日)、九州国立博物館のエントランスホール
に飾られている武田双雲の「書」を撮影してきました。

武田双雲さんの書は5日から同展会期末の24日まで、同館エントランスに展示されます。

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今年で、第4回目となる「かまど神社七夕まつり奉納コンサート」が、宝満山の麓の神社、
「竈門(かまど)神社」の神殿の中で行われましたので、行って来ました。

『だざいふリコーダーアンサンブル』の演奏で、リコーダーのやさしい音色が神殿いっぱいに響き渡り、心癒される七夕の夜の演奏会でした。
最後は、リコーダーの伴奏で、「たなばた」「荒城の月」「ふるさと」等参加者全員で歌い盛会のうちに終了しました。

尚、この演奏会は、癌で亡くなられたリコーダー仲間Sさんの追悼の演奏会でもありました。
昨年11月17日の演奏会( http://blogs.yahoo.co.jp/ftomoki2005/50487677.html )は
このSさんを励ます会でもありました。


( 過去の七夕コンサートの様子 )
2005年8月7日のかまど神社七夕まつり奉納コンサート
http://blogs.yahoo.co.jp/ftomoki2005/8421349.html

2006年8月6日のかまど神社七夕まつり奉納コンサート
http://blogs.yahoo.co.jp/ftomoki2005/38550190.html

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( 添付の「かがやき」は、クリックすると大きくなり、見やすくなります )

今朝(8月8日)は、早朝博多駅清掃の日。
少し雲が出ていましたが、綺麗な朝焼けの空でした。涼しい風が吹いていましたが、
又、昼間は暑くなりそうな気配でした。
朝5時半には、車で博多駅の八千閣へ出かけました。

集合場所の「八千閣」ではすでに、多くの方が集合しておられました。
全員でラジオ体操を済まし、いつもの朝礼で、帆足代表の話がありました。

帆足先生『八月は、私たちにとってもて、大きな出来事が起こった月です。
63年前の8月、広島と長崎で原爆が投下されました。何十万人という犠牲者が亡くなられました。
今日は掃除を始める前に、「黙祷」を捧げたいと思います。「黙祷」。』
私たちは、一分間の黙祷を捧げました。

黙祷の後、初参加の4人の自己紹介があり、今日もいづれも若い人たちで、元気を戴きました。
その後、先月紹介した精華女子高等学校生徒会実施の「博多駅クリーンアップデー」の参加お礼
の言葉が、精華女子高等学校の代表からありました。
この生徒会による博多駅清掃も今年で10年になります。伝統の行事になりました。

今日は、早朝博多駅清掃15年目の記念誌『かがやき』が製本され、戴いてきました。
創刊号から2008年6月号までが綴られ、製本されました。
このブログには、2006年11月号から掲載しています。

掃除の功徳 −釈尊 (仏典より)―

自身清浄・・自分の心が清らかになる
他心清浄・・他の人の心を清らかにする
諸天歓喜・・諸界のものがいきいきと生きてくる
端正の業を植ゆ・・すっきりと美しい行為の種が蒔かれる
( 早朝清掃15年目の記念誌 実践から生まれた 拾徳集『かがやき』の表紙より )

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( 写真は2008年8月6日朝 都府楼跡にて撮影  )

8月6日は、広島に原爆が世界で始めて投下された日です。
今朝(2008年8月6日)朝のNHKラジオ深夜便「心の時代」は、「広島の心を伝える」と題して、
元広島平和資料館館長の「高橋昭博」ご夫妻の話でした。

高橋昭博さんは、当時中学2年生、原子爆弾が投下された直前のことをよく記憶に残されておられました。その日はよく晴れていて、朝礼のために集まっていた校庭の上空に飛行機が飛来したのをはっきりと覚えてあります。その飛行機が原爆搭載機「エノラ・ゲイ」でした。
その直後、高橋さんは爆風に吹き飛ばされていました。

後に、高橋昭博さんは、ニューヨークでその飛行機の機長「ティベッツ」氏に面会する事ができ、「その日は晴れていて飛行機がよく見えた」と高橋さん、機上のティベッツ氏「晴れていて隅々まで良く見ることが出来た」と。


2008年8月6日朝、いつものように都府楼跡まで散歩に出ました。
その日の都府楼は、清清しくよく晴れ渡っていました。

世界で始めて原爆が投下された時刻、1945年8月6日8時15分17秒。
その時刻を境に、258310人の方が犠牲(2008.8.6現在)になられています。
心より哀悼の誠を捧げます。


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