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2008年08月

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写真は、2008年8月25日の昼下がり、戒壇院まで足を伸ばし撮影したものです。

翌朝8月26日午前6時ごろ(アフガニスタンの現地時間)、ペシャワール会のスタッフである
伊藤和也さんが拉致された・・というニュースが入りました。
そして、8月27日、ジャララバード近郊で遺体で発見され、伊藤和也さんである事が確認されました。

8月28日、毎日新聞朝刊「余禄」には・・
『 ・・しかし現地からは無情にも伊藤さんの遺体発見の報が伝わってきた。
血を流し続ける大儀や野心より、大地を耕す人々の小さな苦しみや喜びに寄り添って生きる道に
自らを投じた伊藤さんであった。そのような志が突然立たれてしまった事がただ悲しい。 』

31歳の志高い青年を、死に追いやったものは、何だったのか悔やまれてなりません。
ほんとうに、不条理の極みです。

天皇皇后両陛下もその日の観覧予定の行事を取りやめられたとか、聞きました。
伊藤和也さんに心より哀悼の誠を捧げたいと思います。


地球の祈り   坂村真民

地球に額をつけて

祈るようになってから

地球が唱えている祈りが

わかってきた

ありとあらゆる人間を見つくし

知り尽くしてきたこの地球の

どうにもならない業苦(ごうく)の声

それを知ってから

わたしは天に向かって

唱えていた真言を

地球に額をつけて

唱えるようになった

地球の祈りを

わが祈りとするために

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( 写真は2008年8月21日朝の散歩時に撮影した「坂本八幡宮」とその内部です )
( 絵馬の説明や説明板の写真は、クリックすると大きくなり、読み易くなります。 )

今朝(8月27日)の太宰府は今にも雨が降りそうな曇り空でした。
インターネットでの詳細な当地天気予報では、6時だい曇り、9時だい弱雨、の予報
でしたので、いつもの様に、6時から傘を持って都府楼跡までの朝の散歩に出ました。

今朝は、さすがに散歩の人はまばらでした。都府楼跡の中央、正殿跡で六時半からの
ラジオ体操を済ませた頃、ポツリポツリと雨。
その後、都府楼跡の裏道を「坂本八幡宮」の方向に向って傘をさして歩きました。

携帯ラジオのイヤホーンからは、『カーボンフットプリント制度』の話しがあり、
アフガニスタンでの日本人拉致や9月からのガソリン価格の値下げのニュースが流れる。

坂本八幡宮では、二礼二拍手一礼をして、感謝と諸々の安寧の祈願を済ませました。

「坂本八幡宮」
この神社は応神天皇を御祭神としている。
平安時代には、この坂本の地に四王寺の座主坊としての「善正寺」が成立したとされ、
中世は天台宗の寺院であり、九州の天台系寺院には境内に八幡宮を祭る形が多く見られた。
古代には太宰府や九州を守護する寺であった「四王寺」が形を変えながら、現在では
坂本区の鎮守として生き続けている( 境内の説明板より )

『絵馬「富岳図」』
坂本八幡宮の内部には、『絵馬「富岳図」』が掛けてあり、太宰府市の貴重な文化財となっています。
写真では、左上の方に富士山の絵馬が見えますが、その絵馬です。
大正4年11月に奉納された絵馬で、富士山と日の出と松が描かれています。
絵の端には秀山と落款があり、この絵馬を描いたのは「萱島秀山」だったことがわかります。

この絵馬は、秀山57歳の時の作。秀山の絵馬はここだけでなく、太宰府天満宮や市内の主要な
箇所で見ることが出来ます。秀山が師事した人たちは皆、一家を成すような凄い人たちでした
( 古都大府保存協会 )

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( 写真は、先日(8月21日)朝の散歩時のものです )


今朝(8月23日)の太宰府は薄曇り、午前中少し晴れるとの予報ですが、1日中曇りの予報です。
朝方は、少しひんやりと涼しく、秋の気配が感じられました。
いつもの様に、朝6時都府楼跡までの朝の散歩に出ました。

散歩コースは、自宅から国道3号線沿いの小道を、西鉄「都府楼前駅」の方向に歩き、
駅付近から左折、「御笠川(みかさがわ)」にかかる橋を渡り、御笠川沿いの道を川を
眺めながら、都府楼跡から真っ直ぐ伸びる「朱雀大路」の交差点に出ます。

かっては菅原道真が居住したという「榎社」から「都府楼跡」まで真っ直ぐに伸びた
「朱雀大路」があったといわれていますが、今はこの交差点まで、
ここから「榎社」までは曲がりくねった道をいく事になります。

「朱雀大橋」の交差点から、左折し、真直すると「都府楼跡」にぶつかります。
今ごろの季節、都府楼跡前の「芙蓉の花」がひらきます。
都府楼跡ではすでに、何人かの散歩者がいて、真ん中の広場には後ろ向きに歩きながら
体を鍛えてる、いつものIさんの姿がありました。

政庁跡の中央、正殿跡で六時半からのラジオ体操を済ませた後、政庁跡の裏側の道を
「坂本八幡宮」の方向に向って歩きます。神社でお参りを済ませた後、坂本の
「歴史の散歩道」をとおり、朝7時15分ごろには自宅に戻ります。

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( 写真は、市民農園から収穫した野菜 2008年8月19日撮影 ) 

共に   坂村真民


花咲けば

共に眺めん

実熟せば

共に食(くら)わん

悲喜領(わか)ち

共に生きん


昨日(2008年8月19日)の夕方、やっと晴れ間が見えたので、市民農園に野菜を見にいきました。
前に収穫していたので、収穫できる野菜はほんの少しかありませんでしたが、
我が家にとって、貴重な野菜となり、食卓にのぼりました。

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( 写真は、2008年8月14日撮影、九州国立博物館にて )
( 2008年8月14日 午後6時のテレビニュースを撮影 )

『九州国立博物館の来館者数が14日午前、500万人を突破しました。
2005年10月16日の開館以来、2年10カ月での達成です。

一般来場者には5000個の梅ケ枝もちが無料配布されました。同館の来館者は1年目が
約220万人、2年目が約157万人、 同館の来館者は1年目が約220万人、2年目が
約157万人、3年目も10カ月で120万人を超えている。

三輪館長は「予想より早く500万人を突破した。博物館の知名度が全国に定着してきたので、
今後は国際的にも情報を発信していきたい」と話した。』=2008/08/14付 西日本新聞夕刊=



14日の午前中に、行く予定で車で行きましたが、九州国立博物館の駐車場が満杯で、
駐車できるまでに時間がかかり、館内に入れたのは12時過ぎになりました。

500万人目のセレモニーは、福岡県知事、太宰府市長、三輪館長らが出席の元、
午前11時からあり既に終了しておりました。来場者には、お祝いの5000個の
梅ケ枝もちが無料配布されていました。

九州国立博物館のホームページより http://www.kyuhaku.com/pr/news/news_080814.html

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