念に生きる 坂村真民・詩集

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「地球の祈り」  坂村真民

地球に額をつけて 祈るようになってから 

地球が唱えている祈りが わかってきた

ありとあらゆる人間を見つくし 知りつくしてきた子の地球の 

どうにもならないこの業苦の声 それを知ってから 

私は天に向って 唱えていた真言を 

地球に額をつけて 唱えるようになった 

地球の祈りを わが祈りとするために


昨年末97歳でお亡くなりになった坂村真民さんの詩である。
真民さんは毎朝、未明混沌の時刻に地球に額をつけて祈り続けられた。

今年は気候変動も大きく、記録的な「暖冬」であった。
この100年間で、地球の平均気温が0.7度上昇したとの発表もあり、国際的な研究機関で、
「地球の温暖化現象」が確定された。人間活動によるCO2ガスの増加によるものとの事であった。

『地球が人間の勝手な使用にゆだねられているのではなく、私たちが多様な生命の営みの一つ
として、地球に属している事を謙虚に知って、地球の声に耳を傾ける行き方をしてゆく事が、
平和な世界の実現につながっていくと思います。―(杉本省邦著・心の薬より)』

真民さんは、「地球が唱えている祈り」を、『殺さず争わず 互いに慈しみ 全て平等に
 差別せず生きる。―――母なる地球が回転しながら そう唱えている声を 聞く耳をもとう』
と祈られた。

「地球温暖化」への取り組みの最重要課題は、「核兵器を廃絶し、戦争を無くすこと」ではなかろうか。国と国とがいがみ合ったり、戦争のための費用、地球全体でうん兆円にもなる軍事費を、全地球人一丸となつて、「地球を守る費用」に当てたらどうだろうか。

夢のような話であるが、孫やひ孫の世代のためにも考えなければならない事ではないだろうか。

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太宰府天満宮には多くの樟(くす)の木がある。
この写真の大樟(くす)は、樹齢千年とも千五百年とも言われ、国の天然記念物に
指定されている。私の大好きな巨樹で、高さ39m、根廻20m、目通12mに達する。

太宰府天満宮の境内の一角に、太宰府天満宮 第38代宮司・西高辻信貞氏の大きな
詩碑が立っている。それは、太宰府の樟(くす)の木に関する詩であった。

又、真民さんの「大木」についての詩がある。

大木  坂村真民

大木たちが 
わたしに教えてくれた 
一番忘れられない話は
根の大事さということであった
目に見えない世界と 
目に見える世界とがある
美しい葉や
美しい花や
美しい実は
見える世界であるが
それらをそうさせる
一番大切なのは
大地に深く根をはり
夜となく昼となく
その木を養っている
幾千幾万の
根の働きということであった
私は大木の下に座して
そうした話に聞きいり
元気をとりもどしては
又歩き出していった
目をつぶると
それらの木々たちが
いまもわたしに話しかけてくる

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「つゆくさのつゆが光るとき」  坂村真民

つゆくさのつゆが曼荼羅のように

朝日に光るとき

生きていることの喜びを

しみじみと感じる

日が昇るにつれて

光の角度がちがい

つゆは小女の目のように

清くきらきらと輝く

そういうひとときを

一生知らずに終わる人もあろう

可憐な紫色のつゆ草の花が光る

大地の愛を 身に付けてゆこう


12年前の今日(1995年1月17日)、5時46分52秒、阪神・淡路大震災が
発生、6434人の尊い命が失われました。哀悼の意を表します。

被災各地では17日未明から追悼行事が相次いで行われているようです。

地球が怒ると「大地震」となり、多くの尊い命が失われます。今年は特に
「地球温暖化」の傾向が激しくなってきているように感じています。

我々は、真民さんの言う「大地の愛を 身に付けてゆこう」ではありませんか。
地球あっての我々の生活です。いまや、国や民族や宗教の違いによる争いを超えて、

「地球人」が一致団結して、「貧困」と「地球温暖化」を防止する知恵を搾り出すことに
挑戦していく時代に来ているのではないかと感じています。

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(写真は三笠川、都府楼跡にて 2006年1月12日 朝撮影)
今朝の散歩で、三笠川沿いの公園の「梅の花」がいっせいに咲き始めました。
今朝も霜が降りていました。

冬がきたら  坂村真民

冬がきたら

薄い日差しの中に咲く

冬花のつつましさを

じっと見つめよう

冬花の持つ香気と

清純さとを

わが体の中に浸透させよう

以下の文章は、この詩に対する杉本省邦著「心の薬」よりの文章です。

「冬の花、冬の愛」
『一月六日、冬生まれの真民さんは、冬の花が好きです。
梅・つわ・ヒイラギ・さざんか・びわなどが冬の花ですが、「…静寂のなかにじっと自分を守っている」(「冬のもの」)とも、その姿をうたっています。

「私は愛の中で、厳しく優しい 冬の愛が好きだ それは神様のような愛だからだ」(「冬の愛」) (真民)

神さまの「きびしさ」とは、人を鍛え上げる試練でしょう。しかし、その試練をばねにして、人は本当の自分を作り上げてゆけるわけですから、神様の深い計らいの根底には広大な愛、「やさしさ」がそっと置かれてあるという事でしょう。

だからこそ、冬にも花が咲きます。凛とした鍛え上げられた立ち姿をして…・。』

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昨日(12月19日)、朝方冷え込んだが、久しぶりに青空がでるいい天気となった。
午後から家内と一緒に、都府楼跡の裏手にある「市民の森」まて散歩に行った。

まだ紅葉の赤が残っていたが、葉が落ち枯れ木の生い茂る冬の森は、単色で静まり返っていた。
ふと道端に目をやると、黄色い「ははこぐさ(母子草)」を見つける。

「母子草」は、春の七草の一つで、ゴギョウ(御形)のこと。
高浜虚子は「老いて尚 なつかしき名の 母子草」という句を読んでいる。

市民の森には、真民さんの愛した「朴の木」がある。
もちろんまだ花は咲いていないが、枯れ木の「朴」に会いたかった。
春には巨大な花を咲かせる。葉が抜け落ちた冬の朴の木、がそこには凛として立っていた。

5月のころの「朴の木」
http://blogs.yahoo.co.jp/ftomoki2005/34544923.html

「母子草」から、真民さんの代表作 「念ずれば 花ひらく」の詩を思い浮かべる。

「念ずれば 花ひらく 苦しいしき 母がいつも口にしていた このことばを

わたしもいつのころからか となえるようになった そしてそのたび

わたしの花がふしぎと ひとつひとつ ひらいていった」 


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