念に生きる 坂村真民・詩集

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「めぐりあい」   坂村真民

人生は深い縁(えにし)の
不思議な出会いだ

世尊の説かれた輪廻の不思議
その不思議が今の私を生かして行く

大いなる一人のひととのめぐりあいが
わたしをすっかり変えてしまった
暗いものが明るいものとなり
信ぜられなかったものが信じられるようになり
何もかもが私に呼びかけ
わたしとつながりを持つ親しい存在となった

子を抱いていると
ゆく末のことが案じられる
よい人にめぐりあってくれと
おのずから涙が滲んでくる

めのみえないひとたちとの
ふしぎなめぐりあいが
このごろのわたしに
かぎりない力を与える

ておにぎりあって
よろこびあう
めしいのひとたちとの
あたたかいまじわりが
いまのわたしに
ひとすじのひかりをあたえる

めぐりあいの
ふしぎに
てをあわせよう

真民さんの代表的な「詩」です。
「めぐりあいの ふしぎに てをあわせよう」
人生は「出会い」によって決まるといっても過言ではありません。
一つの「出会い」が次の「出会い」を生み、「出会い」の連鎖で、その人の一生が形作られます。

私と、「坂村真民」との出会いは、元を正せば、1991年「中村天風」との「出会い」にまで遡ります。偉大な人物との出会いは、次から次へと偉大な人物を引き寄せ、「縁」を形成します。

真民さんのこの「めぐりあい」の詩は、偉大な人に限らず、こどもや、めしいのひとまで、
あらゆる「めぐりあい」により、光を与えられます。

正に「めぐりあいのふしぎ」です。

「大木」 坂村真民

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(写真は2006年10月7日、太宰府天満宮にて撮影)

「大木」 坂村真民

大木たちが
私に教えてくれた
一番忘れられない話は
根の大事さということであった

目に見えない世界と
目に見える世界とがある

美しい葉や
美しい花や
美しい実は
見える世界であるが

それらをそうさせる
一番大切なのは
大地に深く根をはり
夜となく昼となく
その木を養っている

幾千幾満の
根の働きということとであった
わたしは大木の下に座して
そうした話に聞き入り
元気を取り戻しては
又歩き出していった

目をつぶると
それらの木々たちが
いまもわたしに話しかけてくる

「マザー・ツリーを持つ」-------杉本省邦著「心の薬」より

『一本の大木に教えられ、癒され、木と孤独な対話をする。
「木は少年時代からの私の導師である」-----とも真民さんは書いています。
「マザー・ツリー」といって、人は自らを母親の存在のように、抱きとめ、癒し、導いてくれる一本の樹に求めれば出会えると言います。
心の中にそうした一本の樹を持つのと、持たないとでは、生きていく上で大きな違いがあるような気がします。
自分自身の一本の樹と出合える心の準備はいつでもしたいですね。

現在の日本社会は、とかく見える世界の結果にのみとらわれがちだと思いますが、一人の英雄を支えるのが名も無い多くの兵士たちであるように、目に触れにくく、気付きにくい世界の大切さを知ってください。
現象、目に見える出来事の奥を促える目を養うのには、「大木」は何よりの良いお手本であるようです。』(杉本省邦著「心の薬」より)

私は、太宰府市天満宮に行った時は、いつもこの木に会いに行きます。
私の「「マザー・ツリー」でもある、楠の大木です。

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「尊いのは足の裏である」 坂村真民

尊いのは
頭でなく
手でなく
足の裏である  

一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として
その勤めを果たしてゆく
足の裏が教えるもの

しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ

「下座でなく、土下座まで降りてこそ本物」-------杉本省邦著「心の薬」より

『 マザー・テレサの足元に目を注いだ詩人は、本物の生き方は足の裏に象徴されるような姿だとうたいます。植物たちの根の働きが、美しい花を咲かせるところに、感動する心と同じ眼差しです。

「下座行」といって低いところに身をおいて、自分を磨こうとする道があります。
「下座行ぐらい誰でも出来ます。下座の下座に降りなければなりません。これを下座行というのです」(草垣女史)

真民さんの、「一生人に知られず、一生汚いところと接しもくもくとしてその勤めを果たしてゆく」―――は、ここまで下りきって始めて言えた言葉だったと思います。

釈迦が入滅の際に残した足型に由来する、大きな「仏足跡」には、花が刻まれています。
「足跡を偲ぶ」という表現がありますが、足の裏には、存在、生き方がこめられることになります。「地に足をつけ」ぐっと力を込めれば、大地からエネルギーが足元に満ちてきます。

本物のエネルギー、真実の力は目立たぬところ、見えぬところに隠れ潜んでいます。
脚下照顧(足もとを見てください)ですネ。 』(杉本省邦著「心の薬」より)

又、真民さんの詩に
『頭から光が出る まだまだだめ 額から光が出る まだまだいかん 
足の裏から光が出る そのような方こそ 本当に偉い人である』というのがある。

坂村真民先生こそ、本当に偉い人である。正に尊敬に値する詩人ではないだろうか。

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「サラリ」  坂村真民

サラリと
流してゆかん
川のごとく

さらりと
忘れてゆかん
風のごとく

さらりと
生きてゆかん
雲のごとく

「さらりと捨てる勇気、握っている物を手放してみる」-------杉本省邦著「心の薬」より

『いつも朗らかで、積極的であるためには、心の窓を開いているためには「サラリ」という感度と、「常に生き生きと動いている」事が大切なように思います。
流れる水は腐れる事がありません。

何かに一生懸命になるのは悪い事ではありませんが、余りにそれにらわれ、執着すれば、心のしこりとなり、苦しみ、悲しみの原因となります。停滞も起こり、心も暗くなるでしょう。

今、必死になって握り締めているものを、一度手放してみると、もっと楽な握り方、自分の握れる量に気付くかもしれません。
人生捨てる勇気も大切です。

サラリと捨てて、一記に雨雲をジャンプして、夏空に抜けてみましょう。』
(杉本省邦著「心の薬」より)

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(写真は、2006年9月28日 都府楼にて撮影)

真民さんの「詩」には、よく「 つゆくさ」が出てくる。下の「心の薬」杉本省邦さんの解説を聞くとよく理解できます。

「つゆくさのつゆが輝きだした時」  坂村真民

遠い遠い昔
まだ地球ができたばかり
一匹のこおろぎが
嗚きだしたばかり
タンポポが
咲き出したばかり
みそさざいが
歌いだしたばかり
果てしない青空の
青い色のつゆくさのつゆが
いっせいに輝きだした時
一つのうたが生まれた
そのうたを受け継ぐために
わたしは生まれてきた
つゆはあめつちの
いのちの滴(しずく)
つゆくさのつゆを吸飲し
光るうたを作ってゆこう

「心のふるさと、原風景をもつことで、人はそこから命を、光を、清らかさを汲み出してきます」-------杉本省邦著「心の薬」より

『「いつも嵐が吹いている それが詩人というものだ」-----「嵐と詩人」という短い詩の中で、真民さんは真の詩人として生きる際の覚悟を書いていますが、ここでは、どんな気持ちで、真民さんが詩を書いてきていられるかを読みとってほしいと思います。

「はじめに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。-------万物は言葉によって成った。言葉の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇のなかで輝いている------」(ヨハネによる福音書)

「原風景」という言葉がありますが、今回の真民さんの詩は地球誕生の原始の光景を「タンポポ」「こおろぎ」「みそさざい」「青空」「つゆくさのつゆ」に託して書いた物と受け取ってください。そして、この原風景は、ヨハネの福音書の書き出しと同じ内容を詩的に表現したものだと私は思っています。詩人の語る言葉は、光ある言葉、いのちある言葉でなければなりません。それは、医者という存在が病苦の闇にある人々にとって、光あふれる姿で登場するのと同じ事です。真心をこめて、一言「ありがとう」を言えば、その言葉は瞬間に輝きだして、生命ある言葉に変わります。詩人はいつも、そうした言葉を発する事ができるように、嵐の中で生きているのだと思います。私たちの日々も嵐の中で生きる覚悟が必要ですヨネ…・・。』(杉本省邦著「心の薬」より)


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