坂村真民一日一言

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

坂村真民一日一言

イメージ 1

( 写真は、2007年12月25日撮影の「火星」です。中央の頭上に明るく輝いている星が火星で、自宅近くから撮りました。2002年8月には約6万年ぶりの大接近と騒がれ、それから4年4ヶ月が過ぎ、2005年10月に続いて、2007年12月19日に火星が大接近いたしました。今回の火星接近は2003年や2005年に比べて距離が遠くなりますが、星空が美しい季節で、しかもほぼ頭上まで昇ってくるので、火星の存在感は抜群との事です。 )



昨年12月11日、真民さんが97歳で亡くなられ、12月21日「坂村真民一日一言」の書籍が出版されました。今年に入り、「一日一言」を噛みしめながら、過ごしてきましたが、今年もあと3日を残すのみとなりました。


『 坂村真民一日一言 12月28日「 こつこつ 」 』

こつこつ
こつこつ
書いてゆこう

こつこつ
こつこつ
歩いてゆこう

こつこつ
こつこつ
掘ってゆこう


『 坂村真民一日一言 12月29日「 晩年 」 』

人生の晩年になって

何をバタバタするか

静かに坐して

宇宙無限の

恩恵に感謝し

日の光

月の光

星星の光を

吸引摂取して

明るく

楽しく

生きてゆけ


『 坂村真民一日一言 12月30日「 ほろびないもの 」 』

わたしのなかに
生き続けている
一本の木

わたしのなかに
咲き続けている
一輪の花

わたしのなかに
燃え続けている
一筋の火


『 坂村真民一日一言 12月31日「 六魚庵独語 」 』

よい本を読め

よい本によって己を作れ

心に美しい火を燃やし

人生は尊かったと

叫ばしめよ


『 こつこつ、こつこつと歩き、又静かに坐して、宇宙無限の恩恵を吸引し感謝し、
わたしのなかに燃え続けている一筋の火をも燃やし続けて、生きてゆこう。
そして、よい本に触れ己を作り、「人生は尊かった」と叫べる人生を歩みたいものです。 』

今年の私のブログ発信は、ここで終わる事にしたいと思います。
来年一月一日から又お会いしましょう。みなさんよいお年をお迎え下さい。

開く トラックバック(4)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

( 写真は、2007年12月18日朝の散歩時に撮影 )

『 坂村真民一日一言 「 老樹 」 』

よく私は樹齢何百年と言われる木に会うと、悲しくはないかと聞くのです。

そうすると彼らは必ずこう答えてくれます。悲しくなんかありませんよ。

一しょうけんめい生きているものには喜びだけがあって、悲しみなんかありませんよ。

わたしの葉を噛んでごらんなさい。生き生きしているでしょう。

朝は朝日を受け、夕べは夕日を受け、こうして立っていますと、自分が老いていることさえ忘れてしまいます。

春夏秋冬いろいろの鳥たちがやってきて、いろいろの話を聞かせてくれます。

肌は老いても心だけは若木と同じです。



都府楼跡裏の坂本八幡宮のすぐ後ろの脇道に、古い「エノキ」が立っています。
私は散歩のとき神社にお参りした後、この「エノキ」に挨拶して帰るのが日課です。
春夏秋冬、立ち続けている老木になぜか愛着をかんじます。

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

( 写真は、2007年11月30日、朝の散歩時に撮影 )

私は毎朝、都府楼跡まで散歩しています。都府楼跡の裏の道をまっすぐに行くと、いつもお参りする
坂本八幡宮があり、その道の右側に、大伴旅人の歌碑が静かに建っています。
定かではありませんが、坂本八幡宮があった岡あたりに、旅人の住まいがあったと言われています。

歌碑は、万葉集巻五−七九三、の大伴旅人の詩で、すべて漢字で表記されている。
『 世の中は空しきものと知る時しいよよますますかなしかりけり 』

散歩の度に、旅人の悲しみの詩が思い出されます。

詩の日付は、神亀5年(728年)6月23日。1200年以上も昔に詠まれ、
旅人の妻、大伴郎女の死を悼んでの詩ですが、悲しみを誘います。

いつの世にも人間の「死」と「生」の問題は、かなしみの根源だと思いました。


『 坂村真民一日一言 12月5日「 きわみに 」 』

かなしみの きわみに 詩が生まれ

かなしみの きわみに 光が射し

かなしみの きわみに 手が合わされる



『 坂村真民一日一言 12月6日「 死とは真剣の代語である 」 』

「死とは真剣の代語である」。死生を解決せずして宗教は存在しない。どうでもいいと言う

人間は別として、人間らしく世を終わりたいなら、自分は自分なりの死生観を持たねばな

らぬ。



『 坂村真民一日一言 12月7日「 鳥は飛ばねばならぬ 」 』

鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ

怒涛の海を 飛び行く鳥のように 混沌の世を生きねばならぬ

鳥は本能的に 暗黒を突破すれば 光明の島に着くことを知っている

そのように人も 一寸先は闇ではなく 光である事を知らねばならぬ

新しい年を迎えた日の朝 私に与えられた命題

鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ

開く トラックバック(1)

『 坂村真民一日一言 11月12日「 足の裏から声が出る 」 』

念じてもなかか花はひらきませんなあという人がある。

一寸先はやっぱり闇ですなあという人がある。

こういう人はたいていインテリか、自分をインテリだと思っている人である。

インテリというのは何でも頭で考える、又頭が一番いいと思っている。

わたしなんか全くそういう人種ではないので、念ずれば花ひらく、一寸先は闇だと本気で言うのである。

そしてそういう声は頭からではなく足の裏から出てくるのである。

つまり体験の声なのである。原始仏教徒が礼拝したのは仏頭ではなく仏足だった。

私はそれがありがたい。


昨日、この坂村真民一日一言「足の裏から声が出る」を読み、「神渡良平氏」のホームページhttp://www008.upp.so-net.ne.jp/kami/を見ていたとき、東井義雄著の『根を養えば樹は自ら育つ』の文章の一部につきあたり、非常な感動を覚えましたので紹介いたします。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/kami/genko/gen_etc02_ashinoura.htm

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

(写真は太宰府天満宮境内の心字池 2007年10月31日撮影)



『 坂村真民一日一言 11月9日「 力のかぎり 」 』より

その力は小さくても

力のかぎり

生きてゆこう

その愛は小さくても

せい一ぱいの愛を傾け

生きてゆこう

時には切なく

生きる力を

失おうとする時があっても

力をふりしぼって

生きてゆこう

二度とない人生なのだ

開く トラックバック(1)

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
ftomoki2005
ftomoki2005
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事