九州国立博物館

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九州国立博物館は、2007年10月15日で開館二周年を迎えました。

この2年間の入館数は、380万人あまりに達し、国内での博物館集客数の記録を更新しました。
市民ボランティアの輪を大きく広げ、市民と共に歩む国立博物館として、力強く歩みを進めています。

2007年10月31日には、開館2周年記念の特別招待として、天皇皇后両陛下のご来館にあわせ、
一緒に館内展示を見る機会を得ました。

(そのとき頂いたパンフレットと絵葉書)
1.「エントランスホール」
2.「上空からの航空写真」
3.「【国宝】36人家集 重之集 京都・本願寺市」・・現在、「本願寺展」に展示中。

九州国立博物館の写真 2007年10月27日撮影 
4.博物館ドーム全体の写真
5.一階エントランスホール
6.博多祇園山笠の飾り山・・1階エントランスホール内にすっぽりと入る。
7.三階の特別展示室に通ずるエスカレータ・・ドーム外側の壁面は全面ガラス張り。.

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2007年10月31日、九州国立博物館 開館二周年記念事業の特別招待を受けましたので、
博物館に行って来ました。その日は、天皇、皇后両陛下が、九州国立博物館を訪問される日、
その日にあわせた招待でした。

 9時半から10時まで記念式典があり、10時過ぎから今開催されている三階の特別展示の
「本願寺展」を見ました。両陛下は、四階の「文化交流展示室」をご覧になるということで、
我われは四階に移動。大勢の報道陣や宮内庁関係者、警備の人たちが取り囲む中で、
「文化交流展示室」の展示品を一緒に見て回りました。

 並んでいる我われに対して、両陛下が近くまでお寄りになり、声をかけられました。
『みなさん見にこられたのですか、立派な博物館が出来て良かったですね・・と言うような
意味の言葉』を話されました。

12時前には終了しました。昼食後、帰り道に再び、両陛下の帰りの車の列にお会いし、
そのときは咄嗟に写真をとって来ました。




両陛下、九州国博を訪問 31日帰京 =2007/10/31付 西日本新聞夕刊より=

『天皇、皇后両陛下は31日午前、福岡県太宰府市の九州国立博物館を訪問、古代から日本とアジアを結ぶ窓口となってきた九州の地で、文化交流史をたどる展示を熱心に見学された。2005年10月に開館した同館を両陛下が視察されたのは初めて。

 両陛下は、三輪嘉六館長らの案内で館内を見学。同館設立の経緯や開館2年で300万人以上の観客が訪れたことなどについて、熱心に説明を聞かれた。またアジアの民芸品に手で触れることができる体験型展示室や、大陸文化の影響を受けた宮地嶽古墳の金銅製馬具、平原遺跡の内行花文鏡など同県内での出土品、中国の建築物の模型などに見入られた。

 両陛下は31日午後、福岡空港から特別機で帰京される。』

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(写真は、2007年6月25日撮影)
(天満宮側入り口、入り口の動く歩道前、九州国立博物館ドーム全景)


2007年6月25日、九州国立博物館 一階 研修室にて、
「九州国立博物館を愛する会」の設立総会が開かれましたので、参加してきました。

「九州国立博物館を愛する会」設立趣意書より・・内容抜粋

『昭和63年、「つくし青年会議所」により設立された「九州アジア国立博物館を誘致する会」は、
太宰府市のみにかかわらず筑紫地区全体を網羅し、会員の長年にわたる尽力の結果、誘致活動に
おける市民運動の代名詞ともなり、当初の目的が完遂され、「九州国立博物館」が誕生した。

この運動の過程で、「誘致する会」から「支援する会」へ名称変更。
この一連の市民運動を通じて、「国立博物館(国博)」を中心として「生涯学習」「社会運動」という
新たな存在要素を見出し、わが国の命題でもある、「持続可能な循環型社会」の要素「生き甲斐」を
代償とするボランティア」、「市民としての価値ある精神性」が育まれた。

しかし、解散を機に今までの活動や成果をこのまま終息として見送ることは、地域社会における価値
ある芽を摘むことになり、市民に開かれた生きている博物館を実現し、併せて、まちづくり・ひとづくりに生かしていく為には、新たな目的をもつ市民団体が必要であるとの結論に到り、
「九州国立博物館を愛する会」と名称をかえ、設立する運びとなった。』

私は、新たな名称で発足した、新団体「九州国立博物館を愛する会」の設立に賛同し、
すぐに会員登録を行った。

挨拶の代表幹事の話によると、「国博」2005年10月開館から2年たらずして
すでに「344万人」の入場者を記録。これは博物館誌上、記録的な数字との事。

地域社会の市民が、「国博」を中心に、文化的、まちづくり・ひとづくりに、ムーブメントを
起こしていく。素晴らしい事ではないでしょうか。

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摩崖刻経の拓本は、特別展での提示の「中国泰山石経」の拓本、エントランスホールの
「山東省鉄山摩崖刻経」の拓本、エスカレーター横の「すうじょうかつ山摩崖刻経」
の拓本が展示されていた。特別展内での提示の「中国泰山石経」の拓本は、撮影禁止
のため撮影できなかった。

特別展内の浄土教美術の展示物は、撮影禁止のため撮影していない。
その中の一つ重要文化財「空也上人像」愛媛・浄土寺蔵 は、ポストカードから
複写した。

未来への贈りもの (パンフレットの言葉より)

―未来へ何を残すべきかー
時代は、仏法が廃れ乱世が訪れるという末法の世。
人々が後世に伝えようとしたのは、正しい仏の教えだった。

中国の大地に刻まれた、一行30メートルの巨大な経典。
日本の山々に埋められた、僅か30センチの経筒。

中国泰山の摩崖刻経の巨大な拓本、
九州の経塚遺宝をはじめ末法の世に華開いた浄土教美術の至宝や、贅と美を尽くした
装飾経の名品の数々。

それは、人々の厚い信仰心が守り伝えてきた「未来への贈りもの」。
そして、現代に生きる私たちが後世に残すべき「未来への贈りもの」とは何なのか。


30メートルを超える巨大経典の採拓に挑んだ孤高の拓本家・井上拓歩氏。
中国の泰山・鉄山・葛山の石経全拓という偉業を成し遂げた、井上拓歩氏本人の
苦難の道のりを、この九州国立博物館のホールで先日、切々と語られたという事でした。

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2007年4月10日から6月10日まで、九州国立博物館において、
「中国泰山石経と浄土教美術」の特別展が開催されております。

5月17日、久しぶりに九州国立博物館に行き、特別展にいつてきました。
エントランスホールを入ると、真正面に「山東省鉄山摩崖刻経」から採った
全長約35メートルの巨大な拓本が、天井からかけられていた。

この拓本は、「現存する拓本では世界最大級ではないか」とされているもので、
高知市の拓本家井上拓歩さんが中国当局と長年交渉の末、拓本を採ることに成功
したといわれている。この拓本の大きさには、驚かされた。

摩崖刻経の拓本は、特別展での提示の「中国泰山石経」の拓本、エントランスホールの
「山東省鉄山摩崖刻経」の拓本、エスカレーター横の「すうじょうかつ山摩崖刻経」
の拓本が展示されていた。特別展内での提示の「中国泰山石経」の拓本は、撮影禁止
のため撮影できなかった。

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