九州国立博物館

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大宰府政庁南門跡の基壇(建物土台)の中央部から、水晶や琥珀を納めた「鎮壇」のための
「須恵器壷」が完全な形で出土した。その壷は大宰府政庁南門の築造年代を知る有力な手がかりとなった。(大宰府政庁南門跡にある説明板より)
http://blogs.yahoo.co.jp/ftomoki2005/2038484.html

その出土した「須恵器壷」が、九州国立博物館の特別展示会場の入り口の前に、常設されていたので、撮影してきた。(フラッシュなしの撮影は許可されていた)

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九州国立博物館には、大宰府政庁の南門の復元模型が常設されている。
それは、特別展示会場の入り口の前に、常設されており、フラッシュ無しでの撮影が
許可されていた。

いつも散歩で、大宰府政庁跡(都府楼跡)には、この南門の石段を登り訪れていたので、
貴重な撮影であった。

『南門は政庁の南に開かれた正門。
南門跡は昭和43年に太宰府跡で最初の発掘作業が行われた場所である。

この調査によって地表面に見える礎石群は奈良時代(政庁第二期)のものではなく、
平安時代後期(政庁第三期) に建て替えられた時のものであることが判明した。

礎石は11個残っており、平面復元が行われ、そしてこれまでの発掘調査の成果と現存する古代建築の構造・意匠を参考にして、想定復元された。

復元された南門建物は、高さ18.2m、正門5間(21m)、奥行きに2間(8.2m)の規模を誇り、
正面入り口には3ヶ所の扉が設けられていた。

また大宰府の玄関口として相応しく、2階建て入母屋作りの屋根をのせた、壮麗で堂々とした門だったようである。』(大宰府政庁跡にある説明看板より)

( 都府楼跡・南門跡の風景は 2007年1月25日朝撮影 )

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昨日(1月23日)、太宰府天満宮の「飛梅」がやっと一・二輪咲いたので、撮影に行ったついでに、
九州国立博物館で「若冲と江戸絵画」が催されていたので、行ってきました。

「九州国立博物館」へのアクセスは、太宰府天満宮の境内に入り口が設けてあり、
そこを長いエスカレーターと移動道路でトンネルを抜けると、入り口に通じている。

「九州国立博物館」へのアクセスは、3箇所あり、今回はこの天満宮からのトンネルを
通る「天満宮アクセス」から入場した。

「若冲と江戸絵画」は1月1日〜3月11日まで開催されている。「九州国立博物館」の
エントランスホールには、若冲の「鳥獣花木図屏風」にちなみ、描かれている動物たちを
中心に集めたはく製19種類。子象・キリン・ペンギンなどの動物のはく製が飾られていた。

「九州国立博物館」の入り口から館内まで「若冲」一色であった。火曜日であったに
かかわらず、多くの人が訪れていた。「若冲」の人気の高さがうかがえた。

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昨日(11月20日)付けの西日本新聞に、
「若冲、応挙 公開へ着々」という見出しで、記事が載った。

「来年1月1日に福岡県太宰府市の九州国立博物館で開幕する
「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」の作品展示作業が進んでいる」という記事。

いつか、「ブログ」で見た記憶があったなあと、思い出すと、
京都国立近代美術館の「あだーじお」さんの10月26日の「ブログ」であった。

来年早々からの「九州国立博物館」の目玉となるようである。
「九州国立博物館」は「太宰府天満宮」と繋がった位置にあり、来年の正月も凄い人出が予想される。

この企画は、西日本新聞社の創刊130周年記念企画で、今日(11月21日)の新聞から
「美の狩人」として連載企画がスタートする。

今日の新聞では、見開き2ページ全面を使って、掲載されていた。
今日は「収集家ジョー・プライス氏に聞く若冲の魅力」と題して記事が載った。

私も是非見に行きたいと思っている。

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(記事は、クリックすると大きくなり、読みやすくなります。)

「九州国立博物館開館」は開館1年で220万人を越す来館者を集めた。
その波及効果が続く太宰府市の魅力と今後の街づくりを探るシンポジウムが
25日開かれた。

「甦れ、遠の朝廷(みかど)」のテーマで討論があった。

太宰府の魅力について
「幾重にも重なり合った歴史と文化に尽きる」
「観世音寺のお面など、どこにも無い素晴らしい文化財が多い」
「大伴旅人らが歌に詠んだ太宰府の里と山々は、渡り鳥の中継地にもなっている」

今後のまちづくりに関して、
「壊れかけている自然を守り、市民が目先のもうけを考えずにまちづくりに
取り組んでほしい」などなど。(以上、10月26日付け西日本新聞より)

歴史と緑豊かな自然の町「太宰府市」を、誇りを持って次世代へ受け継いでいく努力が必要と感じられた。

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