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踏み入る先にあるものは
引っ越しました http://fu32miffy.livedoor.blog/

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前掛山の記事も半端に半分しかアップしていない状況ではあるが、その後の裏那須、沼田市境、上越国境の記事を作成するに当たりこれはもう引っ越し先のライブドアブログで記事を作る練習をした方が良いのではないかと思い前掛山の記事その2からライブドアブログに移行することにした。
他にいい場所が見つかればまた候補を考えるかもしれないがとりあえずはライブドアブログで過ごしてみようと思う。
そんなわけで今後は下記のブログでよろしくお願いします。スマホではデザインが変わるらしく見にくいかもしれないのが懸念点。

http://fu32miffy.livedoor.blog/

ヤフーブログが閉鎖するらしい。
ヤフーブログの仕様に文句が全くないわけでもなかったが、深く考えずに記事を上げるのには問題なく、知り合いの更新もすぐ分かるのでまあそれなりに気に入っていた。
そんなわけで登山続けている間はヤフーブログから移転するつもりは無かったのだが閉鎖となれば仕方ない。新しい住処を探さなければ。
とりあえず調べてみるとバックアップするツールがあったのでバックアップは済ませた。
5月まで待てばヤフーがいくつのブログに移転するツールを配布するらしいが気に入らないのは移転したら即、元のヤフーブログの閲覧ができなくなる点だ。失敗したらどうするのか。
そんなわけで5月を待たずして他のブログへの引っ越し準備をすることにした。
最初はたそがれさん達の使っているgooブログにしようかと思ったのだが調べてみるとgooブログは人気がないらしい。やめた。
他の候補は色々あったが容量制限がないと言うライブドアブログにしようかなと思い立つ。
しかしながらヤフーブログからは直接移転できず、FC2ブログを経由して移転しなければならないようで。とりあえずFC2ブログへは記事移転できたがライブドアブログへさらに移転するには1週間待たなければならないらしい。
何だか面倒になってきたしFC2ブログでもいいんじゃないかとも思えてきたが、とりあえずライブドアブログに移転して体裁を整えてから今後を考えようと思う。

2018.9.16(日)

三連休は天気が悪く何処へ行こうか頭を悩ませた。天気予報はコロコロ変わるし日曜か月曜かどちらがいいのか決め手に欠ける。
しかし月曜に行くと疲れが残るしまだ中日の方が良いなと日曜に決めた。
行き先は天気予報からして奥秩父の金峰山か大菩薩辺りしか選択肢が存在しない始末。標高が高ければ雲の上かとの判断で金峰山に。ここまでの判断は良かった。

9/16、二時に起きて天気予報を再度見てgdgd。結局折角早起きしたしと三時前に家を出る。中央道でいくつもりだったがカーナビが長野側から行けと案内するのでそれ従う事に。圏央道は高速道高いし中央道は帰り渋滞するしなとの目論見もあった。

太田桐生で高速に入り、波志江PAで早くも休憩。横川SAでも休憩し天気予報が更新される5時を待つ。なんだか天気予報が悪化しているがそれでも他の場所よりはましなようで金峰山確定。六時前まで寝る。
佐久北IC方面に入ると中部横断自動車道は無料。八千穂高原から先は建設中のようだが早く開通してほしい。コンビニに寄って大弛峠へ向かう。川上村に入り軽トラの白い三連星の後ろに着いてしまい速度が落ちるがそのうちばらけて消えた。

金峰山川沿いに南進するようになるといよいよ目的地は近い。金峰山との看板を見つつ車を走らせて行くが急にカーナピの指し示す方向と現在地がずれた。
おかしいな?分岐なんてあったか?と思いつつ金峰山荘に向かう道に入ったようなので引き返す。すると狭い分岐があった。こっちが大弛峠か。金峰山荘への道は綺麗な舗装路なのに対して非常に狭く怪しげな道だ。
時折車がやってくるのだが皆金峰山荘へと走っていく。なんだか不安になってきたが道は間違っていない筈なので意を決して進んでいく。

対向車が来たら確実にすれ違えない幅の舗装路を進んでいく。すると道路の真ん中のアスファルトがかなり盛り上がり車高の低い車だと擦りそうな雰囲気に。ちょっと嫌な感じがする。
まあそれでも舗装路だし良いかと進んでいくとついには未舗装路になった。後9kmくらい未舗装路なのかこれは。辟易するがこの前の黒谷川林道も未舗装路だったしねと進んでいく。

しかしすぐに大弛峠長野側・ 川上牧丘林道は黒谷川林道の比ではなくやばいことに気づく。ガレガレであちこち抉れており、通常なら嫌な石をどけながら進むのだがガレガレなのでどけていたらキリがないのだ。おまけに登りでカーブも繰り返しにょろにょろと九十九折りの個所まで出てきた。しかし下手に方向転換できないので進むしかない。なんでこれ通行可にしているのかという感じ。心が折れそうになる。
抉れた所を避けるとどうしても出っ張った石の上を通過せざるを得ず、最初は躊躇していたが気にしていたら永遠に出られないので次第に先を見てまだ乗っても言い石や段差を判別しながら進むようになる。間違いなく過去最悪の未舗装路。栗原川林道なんて可愛いものだった。ガタンゴトンと激しく上下に動き同乗者がいたら車酔い酷いだろうなと思う。
車高が低い車、軽なら何回下をぶつけているのだろうか。絶対に来てはいけないところだ。レガシイで本当に良かったと思った。

残り4kmくらいになり悪路に慣れてきた頃なんと対向車が現れた。なんとかすれ違える場所で無事すれ違うが車高がかなり高くオフロードカーに見えた。迷彩服来てたしプロなのか。
残り3kmくらいになりもうゴールも見えたななんて思っていたがそこからが一段と酷かった。それまでは一応地面から石からでているガレだったのだが何と土がなくなってしまい本当にガレだけになってしまった。あちこち溝もあるし半分河原を走っているようなものである。というかこれは河原で良いだろう。心を無にして進んだ。

そんな河原も終わりを告げて土の地面が戻ってくると何故か広いスペースが2、3ある。車が数十台とめられそう。ここなら簡単にすれ違えるので休憩。どっと疲れが来た。8kmを30分くらいかけて進んだ気がする。
前方に凸凹が見えるがこの林道においてはかなり平和な路面状況。
イメージ 1


一息ついてまた上がっていくと相変わらず嫌な感じの未舗装路が続く中に大量の路肩駐車を発見。流石腐ってる百名山。舗装されている山梨側では路駐スペースがなく未舗装路にも数百メートル侵入してるらしい。
上まで行って戻りたくないので適当に停めた。まあ他の車も入れてるようだしここまでくればパンクせずに帰れるだろう。登山する前に疲れた。今日の核心部は既にして終わったな。
事前情報仕入れずに来たらこの様である。心を削られて酷い路面を撮影する余裕は無かった。
大弛峠 長野側で動画検索してもらえれば雰囲気は分かると思う。
大弛峠長野県側途中棄権の動画を見ると登りだからまだましだったと思えた。
大弛峠長野側・ 川上牧丘林道に行ってはいけない。どうしても行きたいなら冬季閉鎖解除直後が良いかもしれない。一応整備というか締め固められた痕跡が見られる個所もあった。梅雨や秋雨で抉られた後のこの季節はやめておいた方が無難である。

備忘録として鼠径ヘルニアの手術と経過について書いておく。
山行記録ついでに書くつもりがわりと長くなったので別個で。


手術前日に入院したのだがこの日はシャワーを浴びて体を綺麗にしておく程度しかすることも無く暇だった。

手術当日、下半身の局所麻酔で行われた手術は麻酔の効きを確認した後睡眠薬を飲まされてその後の記憶がない。気付いたら病室に戻っており尿道にカテーテルを入れられおむつを履いていた。
まあ手術自体は痛みもなく終わったわけだがその後麻酔が切れるとともに酷く痛んできて寝返りも打てず。やはり腹を切ると痛いものらしい。メッシュをいれられた違和感は無かった。その夜は痛み止めと点滴も打ってもらっていたのだが一睡もできなかった。
衝撃だったのは手術後にスマホを見ると後輩から開発部の同じのグループの先輩が胆嚢炎で緊急手術・入院したと連絡が来ていたこと。お盆直前じゃなかったら課長は頭抱えてるだろうなと思った。

翌日、点滴・カテーテルも外され自力でトイレにいけるようにはなった。しかしベッドから下りるのも痛みに耐える状態で甲子園を見て時間を潰していた所、別の先輩を伴って当の胆嚢炎を手術した先輩が点滴したまま僕の病室に現れた時は驚いた。なんと僕と同じ病院で僕の数時間後に手術して病室も三つ隣だった。
先輩の話によると腹部が酷く痛むので朝病院になんとか自力で辿りついたらそのまま手術入院となったらしい。内視鏡手術で胆嚢全摘出してでかい胆石が三つあったとか。腹筋切られたから痛いといいつつ内視鏡手術のせいか僕より早く出歩けるようになったらしい。その後見舞いに来た後輩に先輩もすぐ近くの病室にいるぞと教えると驚いていた。

病院のベッドは硬く腰が痛くなるのでさっさと退院したかったのだが退院するためには病室のある3階から1階、タクシー乗り場までは自力で歩けるようにならないといけない。
とりあえず手術後二日目の時点で先輩の病室まで歩いて行けるようにはなったがまだ一階は遠かった。
しかし三日目になると回復してきて、病室にやってきた先輩が一階の売店に行くと言うのでそれについて行く恰好でなんとか一階まで往復することができた。明日退院しよう。そう決めた。ただこの状態では最寄駅から東京駅に辿りつく間に力尽きそうなので数日後の関西出張はキャンセルした。
一方で先輩は盆明けの海外出張には間に合わせると言っていたのだが結局キャンセルすることにしたらしい。内視鏡の穴以外にドレインチューブとやらで腹部に穴が開いており液体が漏れているらしいので妥当な判断だろうなと思った。海外で倒れたら色々大変そうだし。
ようやくまともに動けるようになり久々に浴びたシャワーは気分が良かった。

手術から四日後、昼前に退院しますと看護師さんに告げ請求書をもらう。手術費+入院費(6日間)で8万いかなかった。手術費は元々2-3万ですよと聞いていたがそれにしても思ったよりは多少安かった。
退院時に先輩の病室に寄ると先輩も明日退院らしい。一日ずれてお互い6日間の入院。後から聞いたのだが先輩の手術費+入院費は17万くらいしたらしい。鼠径ヘルニアは手術としては一番簡単な部類らしいがその分手術費用も安かったようだ。高額療養費制度のおかげで元より8万くらいしか自己負担しなくていいし、入ってる保険のおかげで帰ってくるお金の方が多いくらいだと先輩は笑っていたが。

久々のアパート、やはり自分のベッドの寝心地はいい。もう入院したくないと思った。付き添いで来ていた母、退院と聞いてやってきた父親とご飯を食べたのでこの夏は無理して帰省する必要は無くなった。
元々関西に出張して土日で実家に寄っていくつもりだったのだが、まあ鼠径ヘルニアを舐めていたと言う事だろう。簡単な手術とはいえ開腹する以上一週間で自由に出歩けるレベルには回復しないと言う事だ。

手術後一週間で抜歯して盆明け、手術後10日で仕事に復帰したのだが二三日は歩くのが辛くて大変だった。それでも医者も歩くのは自由にしていいと言っていたので痛みに耐えつつデスクワーク中心にしていると週末辺りには大分普通に歩けるようになり、翌週には日常生活を送るのに支障は無くなった。三週間後には週末後輩達と雀荘に行き、後ろで知らないおっさん達が"マジ卍"等と言いだし皆で失笑を堪えるのに必死な状況だったがもう腹部は痛まなかった。

手術後一カ月、傷跡を抑えると硬くなっておりまだ痛いのだがそこに触れさえしなければもう普通に生活できる。
医者も一月たったら自己責任で激しい運動してもいいよと言っていた。この週末でちょうど一か月が過ぎリハビリで低山に行くことにしたのだが、予想以上の体力低下に泣きたくなった。

結論から言うと盆休みは入院・手術。一か月登山禁止。


丸山岳から下山している最中、どうも下腹部と言うか足の付け根に違和感があった。
酷い痛みがあるわけではなく、なんとなく違和感。どうも腑に落ちない感触がして足が動かしにくい時があった。
とはいえ沢下りでも支障は無く、この違和感の正体は果たして何か。結石とか盲腸ならこんな耐えられる痛みではないだろうしなどと考えているうちに違和感が無くなりみー猫さんにも言わずじまいで終わった。

そのまま違和感も薄れ、帰って来てからもあれは筋肉痛だったのかと思いかけていたのだが10日くらいたってもなんとなく違和感があり少し変だなと思い始める。
そしてシャワーを浴びている時、ふと足の付け根、鼠径部というらしい個所の右が少し膨れていることに気付いた。これは何かの病気なのでは?とようやく異常に気付き、その日の仕事は午前で切り上げて医者に向かった。

医者に向かったはいいが果たして何科で診察してもらえば良いものか。もしかしたら膀胱とか関係してるかも知れないし下腹部だから泌尿器科か?とりあえず総合病院の受付で症状を話すとやはり泌尿器科でしょうと言われる。
しかし泌尿器科の先生は急用で不在らしい。日を改めてと言われかけるがまた休みを取ってくるのは面倒なのでじゃあ外科とかは・・・と言ってみると受付の方が外科の先生に連絡をしてくれた。少し話しあって何やら思い当たる節が外科の先生にあったのかとりあえず外科で診察してもらえることになった。

外科の先生に症状と患部を見せた所一瞬で「鼠径ヘルニアだね」との診察結果。そんなに簡単にわかるものなのか。どうやら外科で正解だったらしい。
鼠径ヘルニア、通常は腹筋の衰えた年配の方がなるもので若い人間には珍しいらしいが腹筋に負荷のかかる人間はなりやすいらしい。心当たりは登山しかなかった。
先生はあっさりと治すには手術しかないですねと仰る。まじか・・・、今までメスを入れたことないのに。話を聞く限り通常の生活を送っている以上は緊急に手術をするものではなく、時間が空いた時にという感じではあったが毎週登山をしている僕としてはうっかり登山中に悪化したら洒落にならない。どうせいつか手術するならさっさとお願いしますと頼む。手術後は一月激しい運動は禁止らしいので盆休み前半に手術して紅葉シーズンに間に合わせようと言う算段だ。手術自体は割とポピュラーで盲腸より簡単らしい。
すると先生はこの病院専任ではないため土曜に再診して別の先生と手術の日程決め・検査を受けてくださいと言う。
とりあえず今日は帰ることになり課長に今度手術することになったんでと一応連絡を入れると流石に驚かれた。

帰宅し鼠径ヘルニアについて調べつつ面倒なことになったなあと思っていると課長から着信があった。かけ直してみるとどうやら僕が診察を受けた総合病院は市内であまり評判が良くないらしく周りがそこはやめろ、時間あるなら別の病院で診察受けて来いと言っているらしい。
そんなこと言われてもなあと一応診察を受けた病院より大きな総合病院の診察時間を調べたが午前しか診察を受けつけておらず諦めた。


翌日、手術することになった旨を課長に詳細再度伝えつつ周囲の人間に病院の評判を聞くと性別・年齢層にかかわらずその病院は評判が悪いから手術はやめた方が良いと答えが返ってくる。どんだけ評判悪いんだあの病院は。一応市内では3番目くらいに大きいはずなのに。先生の診断は正しかったと思うのだが。
流石にここまで評判が悪い病院で手術するのは怖くなってきたので、次の日午前休みを取り別の総合病院に行くことにした。「地域医療支援病院」とやらで紹介状がないと初診は2500円取られるので行きたくなかったのだがここまできたら致し方ない。
改めて2500円を犠牲に診察してもらうとやはり「鼠径ヘルニアだね」との診断。手術するしかないとの判断は一致。ボロクソ言われたあの病院も先生の目はおかしくなかったようだ。
盆前に手術したいですと頼むとじゃあ今日そのまま血液とか検査して来週麻酔科の診察と手術前の問診、10日に手術予定でとあっさりスケジュールが決まった。
面倒なことに15日に休日移動して泊まりで関西出張という仕事の予定が入っているため手術後5日で新幹線乗っていいですかと聞いてみると構いませんよ、痛いかもしれませんがと苦笑いされた。一ヶ月は激しい運動を我慢しますがその後は登山してもいいですか?と聞いてみると自己責任で構いませんよと言われる。恐らく問題は無いが腹筋に負荷がかかるのは確かなので再発の可能性は否定できないようだ。まあその辺りは仕方ないだろう。藪漕ぎしたり沢登ってもいいですか?とまでは聞かなかった。

そんなわけで盆休みは病院暮らし、その後も一月は山から離れることになった。アルプスだとかM崎君と山だとか予定はあったのだが仕方あるまい。
手術後一月たっても完全に痛みは消えないだろうし違和感や再発の可能性に怯えつつ山に行くことになるだろう。果たして今までのような歩きに戻れるかは分からない。ナゲさんと触れあえた日々が遠くなりつつある。

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