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最近、お友達が経営していたお店を移転のために一時休業したのですが、彼女はいつもお店に 顔を出して「老板娘」(中国語で「オーナー夫人」)として、とても頑張っていたので、 お客さんと従業員や関係者との絆や良い思い出もたくさんあったことだろうなーと考えていました。 その時に、うちの主人が2年前まで6年間ほど、テニス&バスケットコートを経営していたときの事を ふと思い出しました。私はコートが空いているときに、日本人の友人や息子とテニスやバスケットを していただけで、経営には関与していなかったので、彼女のようにお店に対して思い入れがあった わけではありません。 でも、いろいろな常連客を見ていて、中国社会の一部を垣間見ることができたような感覚があります。 チョッとコワイお話しでもありますが、年内中に書き留めておきたいと思い、書くことにしました。 主人がテニスコートの経営を始めた当初、チラッと聞いた話しでは、「黒社会」 (中国語で「暴力団」)の手下のような若者たちが数人やってきて、コート内でわざと 喧嘩をしたり、嫌がらせを受けたようです。 夫はサッカー選手をケガで引退後、公安局で刑事をしていた時期があり、 「黒社会」の親分みたいな人とも知り合いだったようです。 今はどうか知りませんが、捜査を行う時に、そういう人たちと接触したり、協力を要請したりする という話しを聞いたことがあり、昔、マユをひそめたこともありました。 嫌がらせを受けたときに、主人は知り合いに頼んで問題を解決したそうです。 それから当事者かどうかは知りませんが、近くに住むニート兼「黒社会」の手伝いのようなことを しているバスケットフリークの若者数人が普通に大人しく、遊びに来るようになっていました。 中でも、色黒で「クロ」と呼ばれていた22〜23歳ぐらいの青年のことが強く印象に残っています。 「クロ」を最初に見たのは、拓哉がまだ1〜2歳の頃で、主人が息子のことを「ピピ」 (中国語で「尻尻」pipi)という幼名で呼んでいたのを真似て、「クロ」だけが拓哉のことを 「ピピ」と一時期、呼んでいました。といっても、私も拓哉もその頃は「クロ」と口をきいたことは 一度もありませんでした。 主人から「あいつは黒社会だ」と聞いていたので、バスケットをすることは健康的でいいと思いますが、怖くて話しをするどころか、目も合わせないようにしていました。私が想像する限り、 正確には手伝いのようなことをしているニートだったのだと思いますが。 精悍な顔つきの「クロ」は肉付きの良いがっしりとした体格で、毎日、バスケットをしているので、 日に焼けて全身が黒く、一見すると、頭は悪そうではなく、心根もそれほど悪そうでなく、 感性が豊かそうでしたが、いかにも喧嘩が強そうな若者でした。 イケメンと言っていいぐらいのルックスであるにもかかわらず、普通の青年のような 爽やかさが感じられず、表情全体に「邪気」が漂っている風に見えました。 人間の顔には普段からやっていることが表れるものなんですね。 人に胸を張れる自分ではないことは、おそらくは「クロ」自身が一番、痛感していたと思います。。。 何の商売でもそうかもしれませんが、一時期は常連客で、よく話しをしたり、親しくなっても、 お客というのは、またどこかの店(コート)に流れていくのが普通です。 経営していた6年間に最初から最後まで「忠犬ハチ公」のようにバスケットコートに頻繁に 通っていたお客さんは、私の知る限りは「クロ」だけでした。 私は拓哉を連れてコートの周辺をよく散歩していたので、「今日も来ているなー」と心の中で思って いましたが、彼とは挨拶もしたことはありませんでした。 To be continued (続く)。。。
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