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人恋しくて、電話が鳴るのを、酒を呑みながら、ひたすら待った。
待っても、待っても電話は鳴らない。
あなたからの電話に待ち疲れてしまう。酒の量とタバコの吸い殻が増えるだけ。
そのうち、誰彼と関係なく電話を駆け回ってしまう。
次の日、誰に何を話したのかさえ覚えていない。そんな一人暮らしをしていた若い頃。
すべてが自分中心で、他人のことなど猶予している余裕がなかった。
願うものはすべて叶うと信じていたあの頃。
自分に成れないものはないと夢見ていた頃。信じられるのは自分自身だけ。
強いものだけが生き残れると信じていた。
喧嘩にも、バイクや車の運転にも、そして、どんな我慢比べにも誰にも負けないという
過信が間違いなくあった。
その頃の自分は、どことなく誰も寄せ付けない、ピリピリした空気を出していたような気がする。
強がっていたのは、「何か」に怯えていたから。
その「何か」を悟られるのが嫌だったから。
そして、それから逃げ出したかったから、大きな声で吠えていたのかもしれない。
それは、偽物の自分を演出していた。格好つけていたに過ぎない。
周りの目を気にして、人の評価を無視していた。
でも自分一人で生きて行けない事。
それは、他人の世話にならないと成せない事も感じていたあの頃。
いつからだろう。すべてを受け入れることを決意したのは。
それは遠い昔ではない。もしかしたらつい最近のことかもしれない。
己の弱さも、見栄も、未熟さも、運もすべて受け入れて生きて行くことに。
蓋をしてしまいたいことや目を瞑っていたことに勇気を振り絞って立ち向かうことも。
運に頼ったり、不運を嘆いたりして運命を罵ったりしても何も始まらないことに気付いた。
自身の不足を補ってくれるものは、自分自身じゃない。取り巻く環境であることに。
こんな姿勢にあの頃から気づいていたら、もっと他人に迷惑を掛けない人生を送ることが出来たかもしれない。「みんなともに生きていく」ひとりでは生きて行けない。互いに良い影響を与え、受けながら生きて行く。
こんな私でも他人に感謝される人生を謳歌していたのではないだろうか。
不動堂
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