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私には判る。今、親父が「何」を想っているかが。
もしかしたら、この言葉を待っていたのかもしれない。この言葉を引き出すために振舞ってしまったのかもしれない。今の私の周りの人間は皆、優し過ぎる。優しさに慣れていない自分だから、今後どうやって生きて行けばいいのか戸惑っていた。
帰省して、5日目の夜、あまりにも弱音を吐く私に82の親父が怒鳴った。
「お前はいつからそんな様になったんだ。病気をいいことに周りを巻き込んで最後はお前に同情してくれと言わんばかりに振舞っている。情けない。人間一度は死ぬんだ。それが50なのか60なのか80なのかの違いだけで、お前より若い人がもっと大変な病気になって亡くなっていることをもわからないのか。それより、今こうして薬の副作用に耐えられる身体に生んでくれたお母さんに感謝しろ。いつまで、どうすることも出来ない過去を悔いているんだ。前を向くんだ。今をどう生きるか、これからをどう生きて行くのかを全部を受け入れて行くしかないんだから」
今まで一人で生きて来たから、少しだけ田舎の両親に甘えたかっただけ。それ以上も、それ以下もない。弱音を吐くのが嫌で、強がって生きて来たから、自分の周りには甘えて縋る人はいない。自分を鼓舞することで震え立たせ、乗り切ってきた。追い込まれれば追い込まれるほど頑張れる、そんな性格を知ってか知らずしてか。親父は泣きながら怒鳴ってくれた。
「そんな情けない男に育ててしまったのは、すべて親の私たちの所為だ。学校も出てないし、親とはどうあるべきかなんか、考えたこともなく、職人になって必死で生きて来た。
金を稼ぐことで自分自身の親というものを誤魔化して生きて来た。高校入学の時も、大学入学の時も過分にほしいものを与えてきてしまった。一人暮らしも授業料もお金を出すことで親の責任を果たしたと思い込んでいた。そんな育て方しか出来なかった。そして今、こんな病気になったお前に何もしてあげられない。替われるものなら替わってあげたい。
お前は、一人で35年以上生きて来たのだから、酸いも甘いも判っているかと思ったらこの様だ。大きな図体して、大声を張り上げて。情けなくて、情けなくて」
82の親父に言い返す私を必死に息子が止める。
ワン吉までが私の足を舐めてくれている。心の中で待っていたものが今届いた。
幼い頃のように「怖い親父」に叱ってもらいたくて、忘れかけていた頃を思い出した。
それは、この歳になると懐かしくて堪らない。そんな親父がいるから帰省した。
優しさに慣れていない私には、この薬は良く効く。
窮すればするほど、力が出せる性格の私には堪らなくてならない。 不動堂
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