がいじんトーク

人生、迷ってばかり。死ぬまで迷っているのかもしれない。

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 それでいいのだろうか?
 
 普通の生活をしていて、「幸せ」なんて言葉尻にも出てこない。なんとか今日をやり過ごして、明日を迎えることが精一杯の毎日を過ごしている。生活は十分とは言えないけれどもこの生活に不満を言ったら罰が当たるのではないか。そんな日々を過ごしている。
 
そんな小市民の暮らしを笑うかのようにどっかの大国は戦争の準備を着々としている。それは小市民のための戦争なのだろうか。大国の国民の支持を取りたいがために、大義名分を神輿に戦争の準備をしている。中東の西はずれで戦争をしても、アジアの東はずれで戦争をしても大国は安全だ。兵隊以外、被害を受けることはない。隣国はそうはいかない。表の舞台になってしまう。「窮鼠猫をかむ」の例えもある。無差別に攻撃してくるのをどう迎え討つのだろうか。間違いなく被害が出る。長引けば長引くだけ被害は大きくなる。戦争難民も押し寄せるだろう。一度戦争がはじまったら、落ち着くまでには相当長い年月が必要になるだろう。大震災のように。
 
食糧やお金を争って戦いをしていた頃、エネルギーを争って戦争をしていた時代。いつの時代もそこにはたくさんの犠牲と悲しみが遺された。喜んでいたのは当事者じゃなく、遠くの武器商人たちだけだった。
武器商人たちは、ベトナムの時も中東の時も、イラクの時も定期的に戦争当事者双方に囁き始める。
大国は武器の在庫整理をするかのように古い武器を使い捨てる。南北戦争の時から続いている。その繰り返し。
 
 人間は、生まれも育ちも違えば、まずその環境に適そうと求めるものが違う。一番に求めるものの違いが意見の違いになり、争いの原因になる。80億もの人間がそれぞれ意見を持っている。それは自分たちが今の環境に適して生きて行こうとする「生きる性」である。それを責めることは出来ない。意見の相違や大事なもの優先順位の違いが皆違うことを前提に話し合いをしなければならい。それは容易なことではない。そこから妥協や協力する姿勢を導き出していかなければ争いは無くならし、戦争は起きるべきして起きてしまう。それが一部の金儲けの道具に利用されていることが残念である。こんな理屈は誰もがわかっているはずである。誰もが戦争は避けたい、したくないと思っている。
武器を開発しているのは誰?武器を売りさばいているのは誰?誰が誰にお金を支払っているのか。武器を開発しているのも、売りさばいているのも、お金を払っているのも受け取っているのも皆、同じ人間なのだ。私は、そこが理解に苦しむのだが。
不動堂

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