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今までに沢山のものを失ってきた。失って良いなんてものは何ひとつなかった。
それは、残酷に、電光石火に、時には知らぬ間に、じわじわと時の流れをあざ笑うかのように奪われてしまった。そんな時、決まって泣き叫び、大声で怒鳴ったり、酒浸りの時間を過ごしたり、周りに当り散らしたりしてしまっていた。
そして、ある一定の時間を過ごすと、その都度感じるものがあった。今までは、何かを失うと、その都度間違いなく何かを得ている自分自身がいたことに気づいた。それは、虫が脱皮を繰り返すが如く、悲しみが新しい目標・目的を持って来てくれていたように感じて生きて来た。それが私の生きる糧になっていたことを今は言える。
幸いだったのは、その都度何かを得られていると感じることが出来たことかもしれない。決して「絶望」になったことはなかった。
私のほしかったものは、誰かから賞を頂きたくて生きて来たわけではない。かっと言って、人の評価を無視して生きて来たわけでもない。人の評価は気になり、周りの人がどう思っているのか、どう評価しているのかは気にして生きて来た。
だからと言って、周りにへつらう生き方だけはしてきていないという自負が、私の最後の砦になっていた。
世界の人間のほしいものは、「金融」・「食糧」・「情報」・「資源」だと言う。
これらを仕切れるものが世界を制すとまで言われているけど、そこを目指して人間は生きなければならないんだろうか。
私はそれらを制したいなんて思ったことものない。ましてや私のレベルで世界を制すなど考えも及ばない。個人が生活するためのほんの僅かのエネルギーと食糧とお金。必要なだけの情報があれば十分。それより「時間」と「愛情」が約束されている未来があるなら、それで良いと気づいた。
「あなたのほしかったものは、なんですか?」
不動堂
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