がいじんトーク

人生、迷ってばかり。死ぬまで迷っているのかもしれない。

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「ワン吉とそら」

 「おじさん、どうしていつもベランダで寝ているの?」とワン吉そらに問いかけた。
 ワン吉から見ると自分の身体の倍以上あるそらに友達にでも話すかのように尻尾を振りながら寝ているそらを起こした。そらは小僧の話しかけには気づいたが、気付かないふりをして昼寝を続けている。それにはお構いなしにワン吉は「おじさん、この間はシマシマたちを追い払ってくれてありがとう。おじさんは、どうして彼らのように外へは出掛けないの?僕はフェンスがあるから出られないけど、おじさんは自由に出られるでしょう」
 
 ワン吉は、3キロしかないポメラリアン。そらは、8キロもあるアメリカンカール。シマシマは、雑種で年齢体重不詳のクロネコ軍団の隊長。クロネコ軍団には、特攻隊長のクロネコとシマシマの子(尻尾だけがシマシマ)がいる。二人ともシマシマより一回り小さい。クロネコ軍団はこの辺を縄張りとして、いつもうろついている。嫌われ者たちである。
 
 ワン吉がしつこく話しかけてくるので、半分根気負けをしてしまいそらが口を開いた。
「小僧よ。いつも元気だな。俺の昼寝の邪魔をするなんていい度胸しているじゃないか」
「やっと、起きてくれたね。ありがとう」
「ところで、お前のところの娘さん、もう時期嫁ぐらしいな。我が家でそんな話をしていたぞ」
「嫁ぐ?って?・・・・」
「お嫁さんに行くということだよ。つまりお前の家から出て行くということだよ」
ワン吉は、ハトが豆鉄砲くらったような顔をして固まってしまった。
「あれ?お前はまだ知らなかったのか?近々らしいぞ。俺の方から言わなかった方がよかったかな」
小さなワン吉の頭では理解できなかった。お父さんとお母さん、そしておねいちゃんがいる家族が当たり前で、誰かがいなくなるなんてワン吉には考えられないのである。よりによって一番仲良しのおねいちゃんが家族でなくなることが。
「聞かなかったことにしてくれと言っても、もう遅いか・・・・小僧にとっては相当のショックだったようだな。俺を恨まないでくれよ」と昼寝を決め込んだ。
 
ワン吉の頭の中は、「お父さんが帰ったら聞いてみよう。おねいちゃんが帰ったら確認してみよう」とそのことばかりで一杯になってしまった。
その夜、いつもと変わりない家族とのやり取りで、ワン吉がいくら尋ねようがお父さんは、「今日はやけに元気いいな」と言われ、おねいちゃんは、「ワン吉、お利口さんだね」と抱っこしてくれるだけだった。ただテーブルの片隅に置いてある「グランダルシュウエデングヒルズ」のパンフレットだけが気になった。         不動堂
出会わなければならない人がいる。その人に会うまで生きなければならない。
 
自分自身で決められない事は、生んでくれる両親を選ぶことはできない。また生まれる時代も自分自身ではどうしようもない。自分で決められないもので、もしかしたら、その時点で人生の運命のほとんどが決まるのかもしれない。そのあとは努力で多少は変わっても落ち着くところに落ち着いてしまうのが人の一生なのかもしれない。誰もが他人に憧れる。自分自身にないものに魅力を感じてしまう。だからと言って皆が皆、その憧れる他人のようになるために努力をするかと言えばしないのが現実。努力しても途中で挫折。そんなもの。「人生とは挫折と妥協」の上に成り立っている。
ここまでは人生に不満な考えの人の屁理屈に過ぎない。もうひとつ自分自身で決められないものがある。それは「出会い」である。新たなる出会いは、時間移動出来ない人間にとっては未知数なもの。はじめの二つとは違い、これこそが運命を変えていくキーになる自分自身ではどうにもならないものだ。そのことに気づいている人は幸せを手にしている。
「人」と「人」が出会うことは1+1ではない。一つの薬品が必ずしもAにもBにも同じ化学反応することはない。Aには無反応かもしれないがBにはノーベル賞的な反応をするかもしれない。「出会い」には、どんな化学反応を起こすかわからない未知数なロマンがある。
 
60歳近くまで生きれば、大抵の人は(生涯、出会いう人)出会えているだろう。
「まだ、出会ってない人がいる」なんて話をしたりすると誰もが「もう出会っている。ここから出会う人は、出会わなくてもいいおまけの人じゃないか」なんて言い返される。
出会うとは、ただ単に言葉を交わしたり、すれ違ったりする人じゃない。互いの言動に影響を受けて成長する?育つ人との出会いである。それは30~40代のエネルギーがあふれ出ていた時に影響した人ばかりと思い込みたいが、果たしてそうだろうか。確かに、間違いなくその時には、自ら発するエネルギーは良い影響もあっただろうし、悪い影響もあっただろう。それは、仕事を通してであったり、酒を飲み交わしての会話であったり。
 私の場合、影響を受けた人は、妻、子供はもちろん私に関わりあった会社の後輩たちは嫌でも受けただろう。それが、肥やしになったか、無用の長物であったかは別として関わってしまったことに後悔しても始まらない。それを自分の人生にどう生かすかは皆それぞれだ。出会うことは運命。それは意図的に避けることは出来ない。1億分の一の確率だろうが、80億分の一の確率だろうが出会うべきして出会っている。その人と関わりを持たないと次の人生の展開はないと正しく「人生の台本」に書かれているはずだ。
出会わないといけない人がいる限り、それまでは死ぬに死ねない。
            不動堂

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